| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星河の覇皇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第八部第二章 議会その四


 また同じ頃に連合とティムールの条約も締結された。これにより連合とティムールは同盟関係となった。そして連合にエウロパの情報が渡されたのであった。
「兄上」
 中性的な顔立ちの美しい少年が宮殿の鏡がちりばめられた豪奢な一室でシャイターンに声をかけていた。彼の末弟であるアブー=シャイターンである。
「どうした」
 彼はそれを受けて弟に顔を向けた。
「連合が作戦方針を決定したそうです」
「そうか」
 彼はそれを聞いてまず頷いた。
「だが実際に動くのはまだだな」
「はい」
「議会において議決すらしていない。それまでにはまだ時間がある」
「そのようですね」
「だが方針が決定したというのは大きいな」
 鏡に映る無数のシャイターンがそう言った。
「連合は本気でエウロパと戦争をするつもりだということだ」
「本気ですか」
「本気だ。だがこれは前からわかっていたことだな」
「ええ」
「ならば」
 彼はまた言った。
「我々も動く時が来たということだ。その時のことはもうわかっているな」
「無論です」
 アブーは強い声でそう答えた。
「ですが彼等も動くかどうかですね」
「動く」
 シャイターンの声が鋭くなった。
「必ず動く。さもないと彼等は滅びる」
 そこには確かな洞察があった。
「滅びたくなければ動くしかないのだ」
「それしかありませんか」
「そうだ。おそらく彼等の中には我々の動きに気付いている者もいるだろう」
「はい」
「だがそれでも動かさなければならなにのだ。我々はその時を待っていればよい。そして」
 笑った。
「果実はその時に手に入る。熟れた果実がな」
 そう言ってニヤリと笑った。
「しかし我等が動いた時が問題です」
「それなら心配はない」
 彼は弟に対してそう答えた。
「あの者達は動かぬさ」
「動きませんか」
「あの者達は基本的に現状さえ維持できればそれでいい。現状さえな」
「それではもう一方は」
「既に手は考えてある」
 シャイターンはそれにも答えた。
「手を」
「そうだ。マルヤムはいるか」
「姉上ですか」
 アブーにとっては姉にあたるのである。
「今この宮殿にいるか」
「はい」
 彼は兄の問いに答えた。
「ならばここへ呼んでくれ」
「わかりました」
 アブーはその場を去った。そして程なくして姉であるマルヤムを鏡の部屋に連れて来た。
「御呼び致しました」
「御苦労」
 彼は弟に対して礼を述べた。
「下がってよいぞ」
「ハッ」
 そして下がらせた。後にはシャイターンとマルヤムだけとなった。
「兄上、どの様な御用件でしょうか」
「うむ」
 彼は妹に問われて口を開いた。
「御前ももう結婚してもいい歳になったな」
「はい」
「ならば縁談があるのだが。いいか」
「兄上の望まれるままに」
 そう答えるしかなかったと言えばそれが事実となる。シャイターン家は婚姻によっても勢力を伸張させてきた。それを考えると彼女だけがそれから逃れられるわけもなかった。
「そうか。ならばいい」
 そう答えがくるのをわかったうえで兄も答えた。
「それでは御前の嫁ぎ先だが」
「はい」
「アッディーンという男を知っているな」
「名前だけでしたら」
「知っていればそれでいい」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「彼と縁談を進めたい。いいな」
「はい」
「アッディーン提督は立派な男だと聞く。若いながら一軍を任せられ多くの武勲をたてている」
「はい」
「御前の婿として問題はない。安心して嫁いでくれ」
「わかりました」
 形式的にではあるが了承を得た。これでマルヤムの方は決まった。
「ならばよい。あとは」
 シャイターンは考えていた。
「あの男に話を持ちかけるだけだ。さて、どうするべきか」
 笑っていた。その笑みはやはり何処か悪魔的であった。その笑みが無数の鏡に映っていた。それはまるで地獄の中に浮かぶ魔王の笑みのようであった。

 連合とエウロパの間がキナ臭くなっているその頃オムダーマンにおいても大きな動きがあった。
 憲法が改正されたのである。これによって副大統領が置かれることが認められた。そしてそこには現役の軍人の就任も認められていた。
「そこでだ」
 ブワイフは官邸の自室にアッディーンを呼んでいた。
「貴官に副大統領に就任してもらいたいのだ」
「私がですか」
 彼はそれを聞いて意外といった顔をした。
「そうだ。頼めるか」
「私には」
 だが彼はそれには乗り気ではなかった。
「そこまでの力量はありません」
「それは違うな」
 しかしブワイフはそれを否定した。
「貴官はまだ自分の力を全てわかってはいない」
「そうでしょうか」
「そうだ。貴官は一軍人で終わるにはあまりにも惜しい。その力はよりオムダーマン、そしてサハラの為に使われるべきだと私は考えている」
「買い被りですよ、それは」
 アッディーンはそれを聞いて苦笑せずにはいられなかった。
「私はそこまでの器ではありません」
「今言ったな」
 しかしブワイフも引かなかった。
「それは貴官が自分のことをわかっていないだけだ」
「またそのような」
「いや、この際だ。言わせてもらおう」
 ブワイフは口調を変えてきた。
「アッディーン元帥」
「はい」
「貴官はその若さで元帥となった」
「アッラーの御加護です」
「そう、アッラーの御加護だ」
 ブワイフはそこに言及した。
「そこに全てがある。貴官の実力も」
「そうでしょうか」
「少なくとも私はそう考える。貴官はアッラーにある使命を頂いているのだとな」
「それがサハラの為なのでしょうか」
「違うだろうか」
 ブワイフはここで問うた。
「だからこそ貴官はここにいる」
「はい」
 答えはしたがあまり強くはない答えであった。
「そしてその使命を果たしてもらいたい。それが貴官の運命なのだからな」
「・・・・・・・・・」
 アッディーンはそれを聞いて暫し考え込んだ。それからおもむろに口を開いた。
「私などで宜しいでしょうか」
「無論」
 ブワイフは強い声で応えた。
「是非とも頼む」
「わかりました」
 もう断ることもなかた。彼は頷いた。
「是非ともお願いします。やらせて頂きたい」
「よし」
 ブワイフは満面に笑みを浮かべた。こうしてアッディーンの副大統領就任が決まった。これがサハラにとって実に大きな出来事であるとわかったのはこれからかなり経ってからであった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧