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星河の覇皇

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第一部第四章 若き獅子その二


「正面から決戦を挑むつもりか」
 両軍の兵力はほぼ互角であった。双方共正面から楔形の陣を組んでいる。
「面白い。ならばこのモンサルヴァートの戦いをよく見せてやろう」
 彼は自信に満ちた笑みを浮かべそう言った。
 エウロパ軍はそのまま突っ込んで来た。
「来たぞ、全軍一斉射撃!」
 アガデス軍の司令官は全軍に指示を下した。艦隊はそれに従い主砲から一斉にビームを放った。
 だがそれは効かなかった。エウロパ軍は正面にとりわけ防御力に優れる戦艦部隊を置いていたのだ。そして彼等はそのエネルギーを正面のバリアーに集中させていた。
 それでも普段ならば幾らかは効いていたであろう。しかし今のアガデス軍は内乱で疲れきっていた。どの艦も大なり小なり損傷しておりエネルギーも減っていたそれがこの攻撃に出たのである。
「やはりな。彼等は普段の戦力を発揮出来てはいない」
 モンサルヴァートはそれを見て言った。
「今彼等は動揺している。すぐに決着をつけよ!」
 モンサルヴァートの左腕が振り下ろされた。それに従い全軍突撃した。
 戦いはこれで決まった。アガデス軍は瞬く間に蹴散らされた。そしてエウロパ軍は首都に再び進撃を開始した。
「そうか、敗れたか」
 大統領は敗戦の報告を聞くと肩を落としてそう呟いた。そして全軍に対し停戦及び武装解除を指示した。
 翌日エウロパ軍から降伏勧告があった。彼はそれを受け入れた。
 彼はその後で執務室に一人になった。そして机の奥にあった拳銃を取り出した。
 こうしてアガデスはエウロパの領土となった。アガデスの民衆は国を失いその殆どはサハラ東方や連合に流れていった。
「これでまた我等の地が増えたな」
 モンサルヴァートは国を去る民衆の船を見ながら言った。彼等の周りをエウロパの艦隊が監視している。大人しく出て行かせる為である。
「はい。しかしあまり気分のいいものではありませんな」
 傍らにいる幕僚の一人が晴れない顔で言った。サハラ進出と地域民追い出しはエウロパ内においても批判が多い。実際に選挙の時は世論を真っ二つに分け僅差で可決されている。今だに反対派が多く殖民よりも何万光年先の星系に移住した方がいいという意見が多い。
「だがこうするしかあるまい。あの何万光年もの先に強大な異星人がいた場合取り返しのつかないことになる」
 エウロパの人々はその何万光年にも及ぶ空白の宙域を『暗黒宙域』と呼ぶ。果てしなく何一つない空間が広がっているだけだからである。
「それに我々は彼等の命まで奪おうというわけではない。こうして艦艇まで与えて他の地域への移動をさせているではないか」
 一部にはそれでも残ろうという者もいるが実際に残るのはごく一部である。エウロパの者に仕えるようなことを好まない為である。
「ですがこれによりサハラ、そして連合において我等に対する批判が高まっております。これは憂慮すべきことかと」
「それはわかっている。だがサハラは小勢力に分裂している。反感は気になるが我等が生きる為には無視しなくてはなるまい。しかしな」
 モンサルヴァートはここで顔を顰めた。
「連合の者達に言われたくはないな」 
 その言葉には怒気を含ませていた。
「連中は数をたてに何かと宇宙開発で有利なように話を進めてきた。そして幾度となく我等の発展を妨害してきた。そして今の領土に追いやってくれた。もとはといえば奴等のせいではないか」
 シンガポール条約以降エウロパは何かと連合に遅れをとっていた。彼はこのことに対し強い不満を覚えていたのである。
「しかもあの者達には無限ともいえる開拓地と資源がある。持てる者に持たざる者の気持ちがわかってたまるか。その証拠にあの者達の人口を見よ」
 エウロパの人口は一千億である。それに対し連合の人口は三兆、約三十倍の差がある。
 サハラやマウリアの人口は二千億程度である。やはり連合の人口が圧倒的に多い。これには多くの原因がある。
 まずエウロパは移住した時より避妊具等を使い人口を抑制していた。これは将来のことを考えてのことだが先見の明があったと言えよう。実際に今彼等は人口問題に悩まされている。これは流石に辛かった。これにより今のサハラ殖民が行なわれるに至ったのである。
 サハラは土地はエウロパよりずっと広く南方や西方に開拓可能と思われる星系が多数存在するが戦乱に明け暮れ開拓は全く行なわれてはいない。特に南方は複雑な地形で知られるサハラにおいてもあまりにも複雑な地形の為人口も少なく惑星ごとの国家や海賊、軍閥等が乱立しているような状況である。彼等は特に人口を抑制したりはしないが戦乱の為人口はそれ程増えなかったのである。
 マウリアは領土が広く地形もそれ程複雑ではなかったが彼等は決して焦りはしなかった。独自の文明を持つ彼等は泰然自若とした行動を好みゆっくりと開発を進めていった。人口は積極的に増加させるような政策は採らず増えるに従い他の惑星に進出するといった方法を採った。彼等は別に平和主義でもなかったが連合やサハラとはアステロイド帯等で安定した国境があり外敵に悩まされることもなかった。その為穏やかな進出が可能となったのである。
 さて連合であるが彼等は元々の人口が多かった。当初の構成国である環太平洋諸国だけで全人口の約半分に達していたがそこにブラックアフリカの国々や中南米、トルコ、イスラエル等が入ったのである。これにより彼等全人口の大半を抱え込むこととなった。
 そして彼等が得た領土は広かった。なおかつ何処までも広がっていた。彼等は東に、北に、そして南に、次々と進出していった。
 そして多産を奨励した。これは開拓をより的確かつ迅速に進め国力を高める為であった。ただでさえ人口が多い彼等はこれにより爆発的に増加した。そして彼等は今の人口に至ったのである。
 人口増加政策は連合に合っていた。こうして彼等は人類の全人口の約七分の六、国力にして九割近くを占めるようになったのである。個々の星や人々の豊かさにおいてはエウロパの方が上であったが彼等には数があった。今までまとまりに欠いていたおかげで他の三国の脅威とはならなかったのである。
「だがそれも変わってきているからな」
 あまりにもまとまりに欠ける為治安上の問題が深刻であったのだ。そして跳梁跋扈する宇宙海賊を取り締まる為に中央警察を設置し中央政府の権限を強化した。そして今度は。
「中央軍が出来たとなると情勢は一変しかねないな」
 モンサルヴァートは危惧する顔をした。
「果たして上手くまとまるでしょうかね。あの連中が」
「指導者次第だな」
 彼は幕僚に対して言った。
「今の大統領キロモトは中々能力のある人物のようだ。それに国防省となった八条という男だが」
「日本の政治家だったのでしたな。何でも大学を出て軍に入ったとか」
「そうだ。あの男の行動により今後連合は大きく変わる可能性がある」
「今まで変わらなかった連中がですか?」
 別の幕僚が言った。
「そうだな。変わる時はあっという間に変わるものだ。連合がその時に来ているとしたら」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この宇宙に及ぼす影響は計り知れないものになるだろうな」
 最後の船が出発した。モンサルヴァート達はそれを黙して見ていた。
 エウロパによるアガデス侵攻は幕を降ろした。エウロパはアガデス政府の降伏と領土の併合を宣言しアガデス市民のほぼ全てを国外退去させた。そしてこの地にエウロパ市民を移住させる計画を発表した。
 これに対し連合中央政府及び構成国全ては強く抗議した。そしてアガデス市民の受け入れを発表した。彼等の多くはサハラ各地に亡命するか連合の開拓地に入っていった。
 サハラ各国もマウリアも抗議した。とりわけサハラでは反エウロパの運動がさらに激化していくことになった。なおアガデス攻略の司令官であったモンサルヴァートはこの功績により上級大将となった。
「おめでとう、これで君もその背にそのマントを背負うことになったな」
 マールボロは司令室においてモンサルヴァートに対して笑顔で言った。エウロパでは少将以上は軍服の両肩にケープを着ける。大将になると黒いマントを着用するのだ。上級大将になると白いマントだ。今彼はそれを身に着けたのである。
「はい、有り難うございます」
 モンサルヴァートは微笑んで答えた。
「二十五歳で上級大将とはな。これはエウロパ軍設立以来のことだぞ」
 マールボロは上機嫌なままである。彼の昇格が余程嬉しいらしい。
「そして君は新たな役職に任命されたぞ」
「それは何でしょうか」
 彼は問うた。
「エウロパサハラ方面軍の艦隊司令だ。どうだ、やりがいのある仕事だろう」
「はい」
 この地には今だ多くの反エウロパの旗を掲げるサハラの国やレジスタンスが存在していた。そしてこの地には総督が置かれていた。彼の下に軍があり宇宙艦隊は彼等に対するエウロパの主力ともいえる存在である。
 その司令官ともなれば与えられる兵力及び権限は絶大なものである。事実上ここにいるエウロパの軍の司令官とも言える存在であった。
「卿にはやってもらうことが山程ある。期待しているぞ」
「お任せ下さい」
 モンサルヴァートは自信に満ちた声でそう言うと敬礼した。そして彼は颯爽とその場を立ち去った。
「将来が楽しみだな」
 マールボロはそんな彼の後ろ姿を見送ってそう呟いた。

 この時連合では一つの大きな騒動が起こっていた。
 アメリカと中国、そしてロシアで行なわれる総選挙である。三国共同時期に、しかも大統領を選ぶ選挙まで行なわれていたのである。
 選挙の争点は連合軍への参加であった。日本がまず参加を表明すると日本に賛同する多くの国がそれに従った。そしてオーストラリアやブラジル、そしてトルコといった他の影響力のある国々も次々に参加を表明した。それから暫く経った今連合軍に参加を表明していないのはこの三国と彼等に近い国々だけであった。
 三国共保守派は参加に反対の意向を示していた。連合の独自性に反するというのである。もっとも自分達の勢力を維持したいという考えもそこにはある。それに対し改革派は賛成であった。勢力の維持など最早関係なくこれは時代の流れであると彼等は主張する。そして連合の大義に従うべきだと。
 三国の世論は真っ二つに分かれていた。テレビでも雑誌でもネットでも議論は紛糾していた。中には暴動まで起こっているところもあった。
「果たしてどうなりますかね」
 連合の首相を務めるラフディ=アッチャラーンがキロモトに対し問うた。彼はタイ出身で若くして政治家となりそれから
今に至る人物である。やや小柄な痩せた身体つきの人物であり実務派として知られている。
「そうだな。おそらく賛成派が勝つだろう」
 キロモトはそのざっくばらんな笑顔を見せて言った。
「世論は何だかんだ言っても賛成派が多数を占めるしな。反対派で目立つのは一部の声が大きい者達だけだ。こうした時少数派はどうしても声が大きくなり目立ってしまうものなのだ」
 これは彼等が追い詰められているからであろうか。民主主義においてはよく見られることである。
「それに時代がそちらに向かっている。賛成派が言うようにな。これは人間には如何ともし難いものだ」
 彼は時代の流れも読んでいた。
「では閣下は今回の議論について何も心配はされていないのですね」
「うむ。今は吉報を待っているだけだ」
 彼は笑顔で言った。
「それでは食事にしないか」
 丁度お昼時であった。
「今日は地球産の鶏を焼いてスパイスで味付けしたものだ。マウリア風らしいぞ」
「ほう、マウリア風ですか」
 マウリアの料理はスパイスをふんだんに使ったものが多い。そして独特のカレールーは人気が高い。
「それでしたらご一緒させてもらいますか。私は自国のものとマウリアの料理が大好きでして」
 彼はとりわけ細長くサラサラした米が好きである。
「うん、では食堂に行こう」
 二人は食事を採った。そして午後も選挙に対する分析を行なった。
 そして選挙投票日となった。投票日まで激しい議論が交わされテレビやネットはこのことで話題がもちきりであった。
 投票結果が発表された。三国共僅差であったが賛成派が勝利した。
「これで決まりだな」
 キロモトはテレビでそれを見て満面の笑みを浮かべた。
 新たに発足した三国の政権はどれも中央軍への参加を公式に宣言した。そして残る国々もそれに続いた。こうして連合の各国の軍隊は全て中央軍に編入されることとなった。
「これで全ての国の軍が中央政府の中に組み入れられたわね」
 伊藤はシンガポールにある少し洒落た日本食のレストランで食事を採りながら向かいに座る八条に対して言った。
 内装は日本風である。二十世紀頃の日本の料亭をイメージしたらしい。木の椅子やテーブルは白っぽく料理は箸を使って食べる。連合の食事はフォークとナイフ、スプーン、そして箸を同時に使うことが多いが日本食は箸のみで食べるので非常にユニークな料理として知られている。
「はい。ようやく全員揃ったというところでしょうか」
 八条は地球の大西洋で採れた海老の天麩羅を天つゆに入れてそれを口に入れた。口の中に衣のカラッとした歯ざわりが満ち海老の弾力が歯に伝わる。
「そう、色々なメンバーがいるけれどね」
 伊藤はカルフォルニア産の鮭の刺身にワサビ醤油を漬けた。そしてそれを食べる。鮭のあの脂っこくそれでいてトロリとした味が口の中を支配する。
「これは大変なことよね。人類の歴史史上最大規模の軍隊が突然現われたのですもの。そしてその構成員はどれもこれも一癖も二癖もあるのばかり」
「はい」
 しかも装備も編成もバラバラであった。
「それを纏め上げて再編成するのは大変よ。これは骨が折れる仕事になるわよ」
 伊藤は八条を悪戯っぽい眼差しで見た。
「けれどだからこそやりがいがあるって思っているでしょ」
 彼女はそこで微笑んでみせた。知的でその中に優しさを含んだ笑みである。
「はい。今何から何まで私のところに仕事が来て目が回りそうですけれどね」
 それは嘘ではなかった。親切された国防省は今不眠不休で働いている状況である。
 
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