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星河の覇皇

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第一部第四章 若き獅子その一


                  若き獅子
 サハラは多くの勢力に別れている。オムダーマンのある西方は大小七つの勢力に分かれており南方はそれ以上の多くの小勢力がある。東方にはサハラ最大の勢力であるハサン王国とその属国達がある。そして北にも別の勢力が存在している。
 サハラ北方にはエウロパが植民地を形成していた。人口増加に悩む彼等はこの地が多くの小勢力に分裂しているのに乗じ侵攻しその地を奪ったのだ。それはこの地のおよそ七割に達していた。そしてそれは日増しに伸張していった。北方の国々はその勢力拡大に怯える日々であった。
 無論これはこの地に住んでいた者にとっては迷惑以外の何者でもない。彼等は住むところを追い出され東方に流れるか遠い連合に逃れるかしていった。中にはエウロパの者に仕える者もいたがその様な者はサハラの恥とされた。
「だがこれも我々が生きる為に仕方のないことだ」
 赤と黒、そして金の豪奢なエウロパの将校の軍服に身を包んだ長身の青年が白亜の宮殿の中を進みながら行った。
「そうでなければ我等はこれ以上の人口を養えぬ」
 彼はその豊かな金髪をたなびかせながら言った。
 立派な体格をしている。引き締まっているが筋肉質ではない。瞳は青く湖の様である。その顔はまるで古代ギリシアの彫刻の様に整っている。彫りは深く鼻は高い。そして青い目は大きく唇は地球産の薔薇の様に紅い。
 彼の名をヴォルフガング=フォン=モンサルヴァートという。ドイツの有力な貴族である名家の嫡男として生まれた。幼い頃より活発で頭の良い子供として知られ長じて士官学校に進んだ。そして卒業後このサハラに赴任となり今まで大小無数の戦いを経てきた。そして若くして大将に任命されている。性格は勇猛で名誉を重んじる。そして苛烈にして清廉な人柄の持ち主と言われている。この地のエウロパ軍の柱とさえ称えられる若き名将である。この時二五歳、その武勲は歳に反比例してあまりにも高いものであった。
 この白亜の宮殿は彼の屋敷である。元々裕福な家で生まれ育った彼であるがこの宮殿は特に気に入っていた。
 かってはこの地を治めていた王の宮殿であったという。だが彼の国はエウロパに滅ぼされ王は東方に逃れていった。言うならば彼は奪い取った家に住んでいるのだ。
「サハラの文化は私には合わないと思っていたが」
 彼は側に従う美しい侍女に対して言った。
「この宮殿は別だな。実に素晴らしい」
 見れば内装は全てかつて欧州でその絢爛さを称えられたロココ様式である。煌びやかでありかつ装飾は様々な形であった。
「こうした宮殿に住むのは征服者の特権だと連合の者達は言うが」
 彼は連合政府に対して激しい敵意を持っていた。
「あれだけ豊かな領土と無限の資源があれば何とでも言える。我々にはそれがないのだ」
 彼は連合は自分達が豊かであるからそう言えるのだと考えていた。そしてそれはある意味において真実であった。
「我々には限られた土地と資源しかない。そんな状況ではこうするしかないのだ」
 エウロペは半ば追い出されるような形で今の星系にやって来た。この地は比較的豊かであり彼等は最初はこの地に進出出来たことを多いに喜んだ。
 だがそれは暫くの間だけであった。彼等がいる場所は北と西は何千、何万光年もの間何もない場所であった。恒星も何も無い。ただただ拡がる暗黒の空間があるだけであった。
 そして東は広く高く厚いアステロイド帯に阻まれている。ここは磁気も激しく彗星までが乱れ飛んでいる。変光星や超惑星、赤色巨星、ブラックホール等がひしめいていた。しかも全域に渡って重力も異様なものであった。それは事実上連合とエウロパを阻む壁であった。これは連合とマウリア、サハラとの境にもあったがエウロパの側にあるこれは一際長く高く厚いものであった。
 唯一の回廊には相互に要塞群を置いている。互いの侵攻を阻む為だ。そこからは誰も行き来することなど出来はしなかった。
 そうした閉塞した状況に彼等はあった。そんな彼等が多くの勢力が林立している南方のサハラに進出するのは当然の成り行きであった。
「スペースコロニーなどたかが知れているしな」
 エウロパにはスペースコロニーも多い。だがこれはかかる費用や資源の割には収容出来る人員が少なく甚だ不経済な代物であった。
 コロニーは巨大なものは作れない。技術的には可能でも資源がそれを許さなかった。コロニーを建造するよりも惑星を開発し居住可能にする方が余程効率が良かった。
 しかしエウロパにはそれが可能な惑星は残されてはいなかった。元々狭く惑星も一つ一つは豊かだが数は少ない。そして資源についてもそれは同じであった。
 連合の様に何処までも続く開拓地など無い。彼等はその狭い領土で人口を何とか抑制してその勢力を保っていた。
「連合の人口が三兆を越えているというのにな。我々は長い間一千億で抑制せざるを得なくなっている」
 それはエウロパにとって致命的な弱点となっていた。彼等は経済力、技術力において連合と比肩していたが人口において大きく水を開けられその国力差は覆せないものとなっていたのだ。
 だが連合がまとまりに欠くうちはそれでも気にならなかった。しかしここ二百年の流れは連合の中央集権に傾いていた。
「だが今までは特に気にする段階ではなかったのだ」
 しかしこの前遂に中央軍が設立された。各国の軍を連合中央政府の下に統合して置いた連合の統一軍である。
「奴等が中にいるうちはまだいい。しかしそれが外に向かったならば・・・・・・」
 真っ先に狙われるのは小勢力に分裂しているサハラとエウロパであろう。とりわけこのエウロパには致命的な弱点が存在していた。
 この領土は狭いだけではなかったのである。地形は単調でこれといった障壁は存在しない。ブラウベルク回廊を越えたならば護りはニーベルング要塞群だけしかないのである。
「若し連合がその全戦力を使ってニーベルング要塞群攻略に向かったならば・・・・・・」
 エウロパは忽ちのうちに蹂躙されるであろう。それは容易に想像がついた。
「最早一刻の猶予もないらん。今整えなければ大変なことになる」
 彼は心の中でそう呟きながら自身の執務室に入った。
 執務室はかってこの宮殿の主であった王が執務室にしていた。従ってその内装は見事なものであった。
 大理石を基調とし白銀やダイアで装飾されている。机はこの地では貴重なものとされるサハラ東方産の黒檀から作られている。ペン等机の上に置かれているものも見事な装飾が施されている。
「だが今私がこの場でどうこう言ってもはじまらないな」
 彼は机に座りそう思った。
「それに今はこのサハラ北方への殖民を進めていくことも重要だしな。連合が動くにしてもまだ時間がある」
 その通りだった。連合にとって最大の関心は開拓とその地の治安である。それがある程度まで進むまでは動くことはないと彼は見ていた。この予想は的中する。だが彼の予想を越えた部分もあった。そのことを彼は後に驚愕と共に知ることになる。
 机の上の電話が鳴った。彼はそれを手に取った。
「はい」
 電話の主は彼の直属の上司であるサハラ総督マールボロ元帥からであった。頭がすっかり禿げ上がった皺の多い人物である。
「これは閣下、お早うございます」
「うむ、お早う」
 マールボロは挨拶を返した。
「どうやら気分は良いようだね」
「少し悩んでおりますが」
 彼は冗談交じりに言った。
「どうした、また若い女の子に振られたのかね」
 マールボロも冗談で返した。モンサルヴァートは別に女好きというわけではない。だがその整った美貌の為女の子からは
人気が高い。流石に俳優やアイドル程ではないが。
「ええ。とびきりの美人に。おかげでこの宮殿で今まで沈み込んでおりました」
 これはこの地のエウロパ出身の女の子の間の格好良い男性ランキングで惜しくも二位になったことを言っているのである。一位は今大人気のアイドルだ。
「ははは、まあ彼には勝てはしないだろうな」
 マールボロはそれを聞いて笑って言った。彼は中々の芸能好きで知られている。
「確かに男前ですからね。それでも男色家という噂がありますが」
 この時代では同性愛はどの地域でも特に珍しいものではなくなっていた。同性の間でも結婚も認められていた。だがやはり異性同士のカップルが圧倒的に多いのは言うまでもない。
「それは彼の事務所の社長の趣味だろう。わしも彼とは会ったがごく普通の好青年だぞ」
「そうなのですか」
「ただ髭が濃いな。あれでは全身毛だらけだろう」
 一部の若い女の子が聞いたら幻滅しそうな言葉である。だが今この場には彼のファンはいなかった。
「まあその話はこれ位にして」
 マールボロは話を変えてきた。
「君に頼みたい仕事があるのだが」
「何でしょうか?」
 モンサルヴァートは表情を変えた。
「アガデス連邦についてどう思うかね」
 アガデス連邦とはサハラ北方にある国の一つである。エウロパの進出に反対する強硬派である。
「アガデスですか」
 モンサルヴァートの蒼い目が光った。
「今彼等は大統領派と首相派に分裂しております。好機かと思います」
 彼はそう言った。
「そうだな。ではそこにつけ入るか」
「そうすべきかと」
「よし、では早速手を打とう」
 それから暫く後でアガデスにおいて内乱が勃発した。首相派が突如としてクーデターを起こし大統領と彼を支持する者達との間で武力衝突を起こしたのである。
 彼等は確かに仲違いしていた。しかし武力衝突する程のものではなかったのにである。
 ことの発端は些細なことであった。首相と仲の良い軍の高官の一人を何者かが銃撃したのだ。
 銃弾は逸れた。だがそこに残っていたのは大統領直属である特殊部隊の使用する特殊な拳銃から放たれるビームの後であったのだ。
 これに首相と彼の近辺は激昂した。このままでは自分達の命も危ないと危惧もした。そして彼等はすぐに行動に移したのである。
 内乱はアガデス各地で起こった。とりわけ首都での騒乱は凄まじいものであった。アガデスは大混乱に陥った。
 ここでエウロパが動いた。彼等はアガデスにいるエウロパ市民の保護を口実に軍を派遣してきた。そしてそれに抗議するアガデス大統領に対し一方的に宣戦を布告した。そしてモンサルヴァート率いる艦隊がアガデス領内に入って来た。
 これに驚いたのは大統領である。首相とも争っているのにもう一つ敵が増えたのだから。
 彼は首相と手打ちをしようとした。だがそれより前に首相は急死した。夜青い色をしたコーヒーを飲んだら急に胸を押さえて倒れたのである。
 首相派はリーダーを失い瓦解寸前になった。エウロパは彼等を瞬く間に掃討し武装を解除させた。これで残るは大統領だけとなった。
 大統領は首都にて徹底抗戦を叫んだ。そして首都のすぐ側にまで進撃していたモンサルヴァートの艦隊に対して決戦を挑んできた。
「ほう、来たな」
 モンサルヴァートは旗艦リェンツイの艦橋でアガデス軍を見て言った。
 
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