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星河の覇皇

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第七部第一章 流浪の民その五


 連合が利用しようとしている難民達であるがこれはサハラのとっては深刻な社会問題の一つであった。それは最早どうしようもないのではないかとすら思われていた。
 彼等はサハラにおいては主に北方の残りの国々、そしてハサンに亡命していた。そこでコロニーを形成しかろうじて生きていた。
 そうした彼等を各国の為政者達はもてあましていた。確かに何とかしなければならないがすぐにどうにかできるものではなかった。それにはまずエウロパ総督府を何とかしなければならないからだ。
 だが彼等の力は強大であった。二十個艦隊が駐留し守っていた。守っているどころかつい最近までは逆に彼等の侵攻に怯える状態であった。
 それはシャイターンの登場によって終わった。彼が北を統一したことによりその侵攻は進められなくなっていた。だがそれでも脅威であることに変わりはなかった。
 この時東方の覇者ハサンはこれといった動きを示していなかった。彼等は西方での戦いにも介入しようとせずただ現状を維持することにだけ努めているようであった。
 ハサンは言うまでもなく東方を支配する大国である。その勢力はサハラ随一でありオムダーマンやティムールをも凌駕するものである。
 この国の歴史は古い。七百年前にワシード家によって建国させ中継貿易によって力を蓄えた。そして軍備を整え主に傭兵の力で勝利を収めてきた。彼等は最初はそれ程人口は多くなく軍備については不安があったが傭兵を雇うことによりそれを補ったのである。
 勢力が大きくなると徴兵に切り替えた。そして小国を次々と併呑し東方の大国となった。そして遂には東方を統一したのである。
 その軍備は百個艦隊に達していた。これはサハラでは最大であり他の追随を許さない。だが彼等は東方を統一するとそれ以上動こうとはしなかった。むしろ防衛に回るようになった。
 これは彼等の要である中継貿易の為であった。彼等は東方を抑えるとそこから連合、マウリアとサハラ各国との中継貿易を中心とし富を蓄えることに専念した。従ってそれを害されなければよく積極的に戦争を行う必要はなかったのである。彼等はサハラ統一を考えていなかったからそれでもよかったのである。
 そのハサンの首都はブルジルトである。この中央に一際大きな黄金色の宮殿がある。そこが王家であるワシード家の宮殿であった。
 この家の歴史は古い。それだけに多くの逸話がある。
 その逸話の多くは血生臭いものである。特に王位継承では何かと陰惨な話が多い。
 王妃が王の寵愛する侍女を虐殺したという話もある。そしてその侍女の霊は夜な夜な宮殿を徘徊するという。それを見た王妃が狂死したと言われている。
 兄が弟を殺す。その遺体は地下に埋められた。だがそこから地の底に入り込み魔物と化したという伝説もある。
 こうした話は古い家には多い。とりわけ王家というものは王の座や王の寵愛を巡って多くの争いが起こってきた。従ってそうした話も多くなるのである。これはイギリス王家の幽霊話を見ればすぐにわかることである。連合においてもとりわけ長い歴史を誇る日本の皇室にそうした話がある。怨霊の存在をことの他怖れてきた歴史があるのだ。
 そうしたことからこの黄金色の宮殿は『血塗られた宮殿』と仇名されていた。今その王座には一人の年老いた男が座っていた。
 長く白い髭と髪を持っている。彼はハルジャ五世という。齢七十に達する老人であり四十年に渡ってこの国の王を務めている。
 彼は先王である父の長子として生まれた。母は王妃であったので珍しく何の波風もなく王太子となった。そして父王の崩御により程なく王となった。
 それからは特に何もするわけではなかった。国政は議会に任せ彼はただ宮殿にいて儀礼にのみ専念していた。彼は国政はあくまで家臣が行うべきであると考えていたのだ。
「王の仕事はより重要なものがある」
 彼はそう考えていた。それこそが儀礼なのであった。
 それは王でしかできないことであった。王はその政事によって成り立っているのではない。祭事によって成り立っているのだ。連合やエウロパの各皇室及び王室を見ればそれはわかることであった。
 ハサンは複雑な政治システムにある。王の権限が強いが議会にも内閣にもそれなりの力が存在する。国王がその気になれば国政を司ることができる。だが彼はそうした考えではなかったのだ。
 彼はあくまで儀礼にのに携わった。政治は内閣及び議会が行った。それでさして支障はなかった。
 だが王族の存在もあった。ハサン摂政であるルクマーン=ワシードである。彼はハルジャ五世の長子であり王位継承者第一位である。ようやく三十になったばかりの美男子であるが彼の指導によりハサンは的確に動いているのである。彼と内閣、そして議会によりこの国の政治は安定していた。
「連合の動きがまた激しくなってきたな」
 彼は政治についての話は自身の書斎においてすることが多い。ここで彼は首相であるシャービル=ラージーと話をしていた。
「どうやら難民達を兵に迎え入れているようです」
 痩せた小柄な男がそう答えた。顔も痩せておりその目はくぼんでいる。だがその光は強かった。
「そうか。どういうつもりなのか」
 ルクマーンはそう言いながら自身の形のよい顎を撫でた。見れば舞台俳優の様に整った顔立ちをしている。
「あれだけの軍備でまだ足りないというのか」
「どうやら精鋭部隊を欲しているようですが」
「精鋭部隊」
 ルクマーンはそれを聞いて首を少し傾げた。
「それを難民達に求めるというのか」
「どうやら有事の際に火急に動ける部隊を求めているようですが」
「そうか、それなら納得がいく」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「今連合にはそうした部隊はなかった筈だからな」
「はい」
 シャービルはそれに頷いて答えた。
「連合も連合で色々と問題がありますからな」
「うむ」
「ただとりあえずは我々に対しては動いては来ないかと」
「何故そう思う」
 ここで問うてきた。
「どうも火急の際に動ける部隊を置いただけのようですから。さしあたっての脅威となる可能性は低いと思われます」
「そうか。では国境の部隊も増強する必要はないな」
「かえって連合を警戒させるだけでしょうな」
「よし、では連合に対しては今まで通りでいこう」
「ハッ」
 シャービルは頭を垂れた。
「次はエウロパだが彼等は今大人しいようだな」
「そうですな。ただ諜報部の動きが活発になってきております」
「諜報部か」
「はい。ただ我等の領内に入り込んではおりません」
「ティムールか」
「そちらもありますが」
「オムダーマンか?今も戦争状態にあるが」
「そちらにも入り込んでいるようです」
「我等の領内を経由してか。御苦労なことだ」
 それで問題にもなっている。エウロパは総督府からハサンを経由して諜報部の者を各国に潜入させているのだ。とりわけ連合がこれに対して警戒している。
「取り締まりを強化しておくか」
「そうですな。では憲兵隊にはそう伝えておきます。そしてまたエウロパの諜報部ですが」
「まだ何かあるのか」
「ステッラですが」
「あの女がどうかしたか」
 彼女の名は二人も知っていた。
「また動きはじめたようです」
「連合の領内でか」
「はい。既にその諜報網を完全に修復し連合の情報を収集に入っているようです」
「流石だな。一時は自身の命まで危うかったというのに。もう整えるとは」
「そうですね。最初はエウロパに帰ったと思っていたのですが連合に留まっておりましたし」
「連合は隠れる場所が多い」
「それを利用したようですな。それで連合は彼女を捉えようと躍起になっているようです」
「捕らえられるかな、果たして」
「それで我が国にも要請が出ております。国境に向かう者に対して注意してくれと」
「出口を塞ぐか」
「そのようで。それからあの女を追い詰めていくつもりのようです」
「ステッラをか。難しいだろうな」
「ドトールやアラガル、ンガモといった人材を使うと思われますが」
「ふむ。警察に軍のそうした部隊をか」
「それに憲兵隊かと。大掛かりな捜査になりそうですな」
「狐狩りだな」
 ルクマーンは微笑みながらそう呟いた。
「女狐狩りだ。連合全土を狩猟場にした狩りだ」
「獲物は一匹ですかな」
「一匹とは限らないな」
 彼はそこでこう言った。
「他にもかかるかも知れない」
「女狐の持つ目と耳」
「それもあるがな」
「他にも」
「そうだ。女狐を操る皇帝が捕まるかもな」
「皇帝とは」
 シャービルはそこで首を捻った。
「皇帝とは一体」
「いずれわかることだ」
 彼はそこで微笑みの形を変えた。
「いずれな。皇帝と教皇が捕まるかも知れないぞ」
「教皇」 
 シャービルはそこで眉を顰めさせた。
「それはバチカンのことでしょうか」
「さてな」
 だがルクマーンはそれには答えなかった。
「だが面白いことになるかも知れないぞ、今後の連合とエウロパは」
「戦争でしょうか」
「可能性はある」
 彼はそう答えた。
「その場合エウロパにとっては国家存亡の危機となるでしょうな」
「そうだな。だがそれは我等にとっては好機だ」
 彼はここでそう言った。
「彼等の力が弱くなるということはそれだけで利益となる」
「はい」
「その為に手を打っておくとするか」
「具体的にはどのようなものを」
「そうだな。とりあえずは総督府との国境の兵を増強しろ。いざという時の為にな」
「わかりました」
「時が動くかも知れないな」
 彼はここで部屋を出た。そしてテラスに向かう。シャービルもそれに従う。
「見ろ」
 彼は空を指差した。空には星が瞬いていた。
「この星達を」
 そうシャービルに対して言った。
「この星達が教えてくれる。これからの我々の進むべき道を」
「はい」
「そしてこの星達、サハラの星は全てサハラの者のものだ。他の誰のものでもない」
「そう、そしてその東は我等がものですな」
「そうだ。だが首相はそれで満足か」
 彼はここでこう言った。
「といいますと」
「サハラは一つになるべきだと思わないか」
 笑いながら彼に顔を向けてきた。
「我等のことは我等で決めるべきではないのか。そしてそれは一つの勢力の下にまとまるべきだ」
「それは」
 シャービルはやや口篭もったが答えた。
「私も同じ考えでございます。ですが今オムダーマンやティムールとの衝突は避けるべきかと」
「わかっている。それはな」
 今のサハラの事情は彼にもわかっていた。
「今オムダーマンを攻めるとティムールやエウロパが何かしてくる危険があるな」
「はい。あのシャイターンという男には警戒すべきかと」
「そうだな。ティムールを攻めても同じだ。むしろ彼等をエウロパに向けさせるべきか」
「それが得策かと」
「ではあちらに話を持ちかけるか」
「総督府への攻撃ですか」
「そこまでは考えていない。軍事同盟程度だ」
「わかりました」
 彼はそれを聞き答えた。
「ではあちらにはそう使者を送っておきます」
「うむ、頼むぞ」
「はい」
「だが今後のことはよく考えておかなければな」
「兵を動かしますか、やはり」
「そうだな。さしあたっては邪魔者の排除から進めていこう」
「ハッ」
 彼等は星の海の下で話を続けた。黄金色の宮殿は星達の光の中で輝いていた。 
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