星河の覇皇
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第六部第五章 処刑その四
「それを考えるとゲリラとは戦うよりもいい方法があるのだな」
「はい。ですがそれは同じサハラの者に対してだけですね」
ラシークはここで口調を変えた。
「他の勢力に対してはまた別の方法を採らなければならないでしょう」
「そうだな」
それはアッディーンもわかっていることであった。
「例えばエウロパですが」
「彼等はあまりそうした戦い方を採るとは思えないがな」
「ですが一般市民はわかりませんよ」
「一般市民か。惑星においてだな」
「はい。そうした場合の対処も考えておきませんと」
「だが一般市民に銃を向けるのは駄目だぞ」
それは言うまでもないことであった。アッディーンはそうしたことを事の他嫌う。
「それはわかっております。ここでやったように全市民の武装解除等を進めていくのがいいかも知れませんね。占領地において」
「そうした地道なやり方が一番か」
「本来戦争とはそうしたものです」
彼はここで苦笑混じりに微笑んだ。
「緻密でなければ戦争は務まりませんよ」
「確かにな。それは俺も同意見だ」
彼もそれに同意した。
「それではそれは今後の対策案に入れておこうか。ゲリラ戦に備えてな」
「はい。それがいいと思います」
そうした話をしながら彼等は進撃を続けた。そして遂に敵の首都を包囲した。
それまでに受けた損害は微々たるものであった。オムダーマン軍はほぼ完全な戦力でムワッハド連合の首都星系を包囲した。
すぐに外務省と彼等の政府の間で交渉が詰めに入った。そして彼等の降伏が正式に決まった。
これでムワッハド連合との戦いは終わった。アッディーンは時間こそかけたが何ら損害を被ることなく一つの国を占領することに成功した。
それは彼等に大きな成果をもたらした。それによりムワッハドの周辺諸国が彼等に帰参を申し出てきたからである。
そしてそれは全て受け入れられた。
「アイユーブの時と同じですね」
「はい」
アッバースがアッディーンに答えた。彼は今アリーの艦橋にいた。
「まさかここまで上手くいくとは思いませんでした」
「そうですね。それは私も同じ考えです」
アッディーンが言葉を述べた。
「最初はかなりの損害も覚悟していたのですが」
「そうだったのですか」
「ええ。ゲリラ戦は他の戦いとは違いますから。何かと厄介なのです」
「それは知っているつもりでしたが」
彼も軍事に関して全くの素人ではない。兵役の経験もあるのだ。
「しかしそれ程まで損害を覚悟しておられたのですか」
「ええ。二割は覚悟していました」
「二割」
軍の損害としては致命的なレベルである。三割で全滅とされている。
「まさかそれ程までの損害は」
「有り得ます」
アッディーンはそこで言った。
「軍の損害はそれだけではないですから」
「といいますと」
「はい、後方での補給の途絶や市民の蜂起等も考えられますから」
「あっ」
アッバースはここで思わず言葉を出した。
「そうでしたね、それがありました」
「はい」
アッディーンはそれに対して頷いた。
「そうしたことを考えると二割は有り得ると思っていました。ですから兵力も倍に増やしたのです」
「そうだったのですか」
「そして政戦両略で攻めることにしたのです」
「だから侵攻もこれまでと比べて遙かに遅かったのですか」
「はい、まずは宙域の確保を優先させました。そして防備を固めながら進みました」
「成程」
「補給路も確保しながら。それはどうやら正解だったようですね」
「そのようですね。それが結果としてこのムワッハドをほぼ無傷で手に入れられることになりました」
「はい。成功して何よりです。正直この戦いは疲れました」
「ほう」
アッバースはそれを聞いて意外といったような声を出した。
「それは何故ですか。さしたる損害もなかったというのに」
「損害の問題ではないです。ゲリラ戦には撹乱の他にそうした心理戦もあるのです」
「心理戦ですか」
「はい。これはまた厄介でして。例えば敵が何処から来るかわからないと恐怖を感じますね」
「ええ」
それはアッバースにもよくわかることであった。
「そして誰が敵かもわからない。市民や商船がいきなり襲い掛かってきたらやはり怖いでしょう」
「確かに。普通はそのようなケースは考えていませんから」
「だからです。私は今回の戦いで将兵のそうした不安を取り除こうと腐心していました」
「だから疲れられたのですね」
「はい、それに私もはじめてでしたし。苦労しましたよ」
「そうだったのですか。そして苦労のかいはありましたか」
「そのようですね。おかげでムワッハドだけでなく多くの国がオムダーマンに帰参してきました。これで我が国の力はさらに強くなりました」
「そして貴方の地位も」
「それは関係ありませんよ」
だが彼はそれについては笑って否定した。
「私はもう元帥です。これ以上望むものはありませんよ」
「そうですか」
「はい。それに私は戦場にたいですし。もうこれで満足です」
「国民、いえサハラの者がそれ以上を望んだとしても」
「サハラの者が!?」
彼はその言葉にキョトンとした。
「何を私に望むというのですか」
「いや」
アッバースはここで言葉を濁した。
「サハラが一つになるか、それが確実となった時にわかるかも知れませんね」
「?お話の意味がよくわかりませんが」
アッディーンはそれを聞きながら首を横に振った。
「大統領になるというのならお門違いですよ」
やはりアッディーンは笑って否定した。
「私はそうしたことに興味はありませんから。あくまで軍人でしかありません」
「貴方が望まれなくとも」
アッバースはここで小声で呟く様に言った。
「サハラがそれを望んでいるのなら違うでしょうね」
「何かおっしゃいましたか」
それはアッディーンにはよく聞こえなかった。思わず問うた。
「いえ、何も」
アッバースはそこで誤魔化した。
「独り言です。気にしないで下さい」
「そうですか」
彼はそれ以上聞こうとしなかった。そして話を変えた。
「では今後についてお話しましょうか」
話を戦いに向けることにした。アッバースもそれを受けた。
「はい。次の侵攻計画ですね」
「ええ。まずはここに全艦隊を移動させようと考えているのですが」
「戦える全ての艦隊をですね」
「そうです。それから軍を然るべき勢力に進めようと考えております」
彼はここで三次元地図を開いた。開かれた地図から惑星達が浮かんできた。
「まずはここに戦力を集中しまして」
ムワッハドの首都星系を指差す。
「それからですね。兵を実際に向けるのは」
「何処に向けるべきと御考えですか」
「ううむ、まずは」
アッディーンは地図を見ながら考え込んだ。それから口を開いた。
「ここでしょうか。そしてそこから」
「ふむふむ」
アッバースは頷きながらその話を聞いていた。そして彼等は今後のオムダーマンの南方侵攻計画について軍事及び外交の両面から話を進めていった。
「南方でオムダーマン軍の動きが顕著なようだな」
その話はサハラ全土に伝わっていた。それはエウロパが占拠、移住を進めている北方でも同じであった。
総督であるマールボロはそれを執務室で聞いていた。秘書官が報告を続ける。
「はい、彼等はムワッハド連合及びその周辺国をその勢力圏に収めました。そしてその国々はオムダーマンに併合されることが決定しております」
男の若い秘書官である。彼はいささか機械的な口調で報告を続ける。
「そうか。ではオムダーマンは南方にかなり攻め込んでいるな」
「はい。既に三分の一程をその領土としました。そしてその間の損害は皆無に等しいです」
「多大なる戦果だな。普通に戦っていてはこうはいかない」
マールボロは顎に手を当ててそう答えた。
「外交もかなり駆使しているようだな。まずは軍を向けてそれで戦意を萎えさせそこで外交交渉を開始する」
「はい、最初はそれで南方に侵攻しました」
「ゲリラ戦には政戦両略で攻めるか。それも慎重に進みながら。巧みとしか言いようがないな」
素直に賞賛の言葉を述べた。
「そうですね。確かに普通に軍事力のみで攻めるとかなりの損害を出しているでしょう」
秘書官はやはり機械的な口調であった。
「そして彼等は今どうしている」
「ムワッハド連合の首都星系に戦力を集結させているようです。その数は三十個艦隊です」
「防備はどうなっているかな」
「本土から増援の艦隊が向かっているようです。その数は詳しくはわかりませんが」
「オムダーマンによくそこまでの余裕があったな」
「再編成し旧ミドハド、サラーフの兵にも艦艇を回せるようになったかと。その兵力を向けていると思われます」
「そうか。それなら納得がいく」
彼は頷いてそれに応えた。
「それを考えるとオムダーマンの軍事力はかなりのものになっているな」
「はい」
秘書官はそれに対して頷いた。
「それは間違いないでしょう。今の時点でオムダーマンには五十個艦隊を動員できる国力が備わりつつあります」
「五十個かい」
「はい、そして南方を制圧したならば七十、いえ八十に達するかと」
「ついこの前まで八個艦隊程だったがな。国力の伸張が鰻上りだ」
マールボロは素直に感嘆の言葉を漏らした。
「このままいくと南方はほぼ間違いなく完全に掌握するだろうな。問題はそれからだ」
「といいますと」
「それによりサハラの勢力は完全に三つに統合されるということだ」
マールボロはここで壁にかけられているサハラ全土の立体地図に目をやった。
「まずはそのオムダーマンだ。西方と南方を掌握する、な」
「はい」
「そして東方のハサン。その属国も合わせるとやはりサハラで最大の勢力となるな」
「そうですね。ただ彼等は現状に満足しておりますから積極的には動いておりませんが」
これはハサンが連合やマウリアとサハラ各国の交易の中継により多大な利益をあげているからである。むざむざ利益のもとを潰すような者もいない。オムダーマンや北方も彼等を仲介として連合やサハラと交易を行っている。本音では彼等と直接交易をしたいが地理的な状況がそれを許してはいない。
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