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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始前
  第五話「アルカード」

 
前書き
投稿して間もないのに早くも日間ランキング一位!? これも皆様のおかげです!
これからもよろしくお願いします! 

 

「兄さん――――ッ!!」


 兄さんの首が目の前で斬り落とされた。あまりの現実に私の脳が認識を拒むが、視界に映る光景はこれが現実だと突きつけてくる。


「せんや……せん、や……」


 隣では母さんが涙を流しながら兄さんの名前を口にしていた。


 震える足で兄さんの元に近づくと、亞愛姉さんが目の前に立ち塞がる。


「来ないで萌香、見ないほうがいい」


「……なんで……どうして…………」


 涙を流しながら震える私を姉さんは目を逸らしながら口を開いた。


「ごめんね、これが本当の私なの……。昨日見せたでしょう、地下に眠る真祖のアルカードの姿を。人間を憎み、世界を憎み、その全てを破壊することで運命に抗おうとした、哀れな吸血鬼を。私はね、その意思を継ぐアルカードの血族なのよ」


「――」


 頭の奥で、何かが切れる音がした。胸の底から湧き上がる激情が私の身を焦がす。


 だから、逆らわないことにした。


「………け」


「うん?」


「そこをどけぇぇえええええ――――――!!」


 姉さんの側頭部に回し蹴りを叩きつける。兄さんに教わった蹴り……。


「がふっ……!?」


 吹き飛ばされる姉さんを放り、私は兄さんの元に駆け付けた。虚ろな目で私を見つめる兄さんの首を抱き上げギュッと抱きしめる。


「兄さん……にい、さん…………う、うう…………うわぁぁぁあああああああああ!!!」


 膨大な妖気が身体から溢れる。それに疑問を持つことなく、私はただ慟哭の悲鳴を上げた。





   †                  †                †





 萌香の強烈な蹴りを受けた私はふらつく足を叱咤しながら立ち上がる。


「なっ……こ、これは、なんて凄まじい妖気……っ。まるで漆黒の闇が溢れて来るかのよう――ま、まさか、あなたが真祖……!?」


 しかし、なぜ……? 真祖の力は遺伝しないはずでは……?


 アカーシャさんも驚いた顔で萌香を見つめているけど、それは萌香が真祖ということに対してではなく、ここで発現したことに対してのようだ。


 兄様の首を抱き締めた萌香は今も悲しみの悲鳴を上げている。


 その時、凄まじい振動が一帯を襲った。


「な、なに? 地震?」


 揺れが部屋を伝い、壁に亀裂を作っていく。


「――どうしてだ、亞愛姉さん……」


「萌香……」


 そっと兄様の首を床に置いた萌香は幽鬼のように覚束ない足取りで歩み寄ると、次の瞬間には私の目の前に立っていた。


「どうして兄さんを殺したぁあああああ――――――ッッ!!」


「くぅっ」


 紙一重で萌香の拳を回避する。分厚い城壁が一撃で粉々に砕けた。


「この力、やはり真祖の……!」


 ――しかし、何故……アカーシャの血は、真祖の血は遺伝しないはずなのに! なぜ、あなたが……!?


 再び凄まじい揺れが襲ってくる。まるで、強大な生き物が地下で蠢いているような。


「――っ! まさか……!?」


 その時、足元にピシッと罅が入る音がすると、轟音を立てて床が崩れた。


「な、なにっ!? これは……!」


 床から――いや、屋敷の地下から巨大な触手のようなものが何本も現れ、館を破壊する。衝撃の余波により、私たちは家の外へ吹き飛ばされた。


 幸い瓦礫に埋もれることも傷を負うことも無かった。視線の先にはいくつもの触手がウヨウヨとうねっている。


「あ、アルカード……? まさか生きていたなんて……」


 ――これは完全に予想外だ。萌香が真祖の血に目覚めたから? まるで二つが同調しているかのよう……。一体何が起きているというの……?


「う……うぅ……」


 萌香のすすり泣く声が聞こえた。慌てて顔を上げると、視線の先には巨大な掌の上に触手によって雁字搦めにされた萌香の姿があった。


「萌香っ!」


 駆け寄ろうとすると、足元の地面から触手が出現し、私の足を拘束する。触手の先は蛇のように口がついており、私の足に噛みついてきた。


「このっ」


 次元刀で触手を切り裂き拘束から逃れようとするが、斬った矢先から直ぐに繋がり拉致があかない。


 横から伸びた腕が私を拘束していた触手を握り潰した。


「気を付けて亞愛。この触手に掴まると血も肉もアルカードに吸収されるわ」


「アカーシャさん……」


 私を助けたのは、もう一人の真祖であるアカーシャさんだった。


「なんで、私を助けたの……?」


 ――私は腹に一物を抱えてあなたたちに近づいたのに、何故助ける? 千夜兄様を殺した私を……。


「――あなたが千夜を手に掛けたことは、今は何も言わないわ。これが終わったら、ちゃんと話し合いましょう」


 そう言って歩み寄ったアカーシャさんは私を正面から抱きしめた。


「さっきはごめんなさい。あなたのことをちゃんと受け止めてあげられなくて……」


「――!?」


 信じられなかった……、こんな私を赦すというの!?


 愕然とした気持ちで動けないでいると、アカーシャさんはそのまま言葉を続けた。


「二百年の眠りでアイツは腹を空かせているわ。下手に妖気を出すと餌として認識されてしまう、萌香のようにね。このままだと萌香がアルカードに吸収される、今は協力し合いましょう」


 抱擁を解いたアカーシャさんは捕らわれた萌香を見上げる。


「待ってなさい萌香、今助けてあげるわ」


「おかぁさん……!」


 泣きそうな声の萌香。そんな妹の首筋に無情にも触手が喰らいついた。


「あ、ああぁあああぁぁぁぁ!」


 ――萌香の血を吸っている? いけない……っ!


「萌香ぁ!」


 アカーシャさんとともに駆け出すと、巨大な触手が目の前を立ち塞がった。地面を蹴り、跳躍する。


「邪魔をするなっ!」


 崩月次元刀で触手を斬り落とす。が、やはり直ぐに再生してしまう。


「ちぃっ」


「こいつらは斬ったくらいじゃすぐに再生するわ! ダメージを与えるには徹底的に破壊するしかないの! こんな風に――」


 アカーシャさんの蹴りがうねりを上げる。アカーシャさんを食べようと口を開く触手は次の瞬間には爆散し、無数の肉片と化していた。


 あまりの衝撃に爆散する触手に私は開いた口が塞がらなかった。これが、三大冥王首領――アカーシャ・ブラッドリバー……。朱染家ナンバー一の実力者……なんて圧倒的な力!


「もう一度眠ってもらうわ、アルカード。あなたなんかに私の大切な娘たちを奪わせはしない。――身の程を知りなさい」


 戦況が不利だと悟ったのか、アルカードが手を閉ざしていく。萌香を連れて逃げ去るつもりか!


「させない!」


 跳躍し萌香の元に向かうアカーシャさんに槍のような触手が殺到した。


「アカーシャさん!」


「お母さんっ」


 アカーシャさんなら迎撃しようと思えばできるだろう。しかし、それだと間に合わない。私の位置からも萌香の元に向かうには時間が掛かる。


 アカーシャさんも同じ結論に至ったのか、萌香の顔を一目見て――ふと笑った。


 その身に無数の触手が突き刺さる。


「おかぁさあああん――――ッ!」


 萌香の悲鳴が夜空を駆け抜けた。





   †                  †                †





 気が付けば俺は真っ白い空間の中を漂っていた。


 ――俺は、確か亞愛に殺されたはず……。ということは、ここが死後の世界か?


 何もない真っ白い空間には床も天井も無く、まるで無重力空間にいるかのようにふわふわと漂っている。どちらが上でどちらが下なのかも分からない。


 ――こんなところにずっといたら気が狂いそうだな。もしかして、ずっとこのままここにいるのだろうか?


 そこはかとなく不安な気持ちに駆られていると。目の前に不思議なものが出現した。


 二つの小さなリボンだ。それらがひとりでに動くと、まるでチャックを開けるかのように空間が裂けた。


 裂けた空間の向こう側はこことは違う場所に繋がっているのか、紫色の空間が広がっており、よくわからない複数の目がこちらを眺めている。


 ――怖……っ! なにこれ!?


 未知の恐怖を感じた俺の背筋が震える。遠ざかろうと距離を取ろうとするが、どうやって移動すればいいのか分からない。というより、床がないから移動できない。


 自分でもよく分からない焦燥感に駆られていると、目の前の裂けた空間から一人の女性が姿を現した。


 白を基調にした長袖とズボンに、紫色の対極図が描かれた前掛けらしきものを着た女性は、背中まで届く金色の長髪に帽子らしきものを被っている。


 手にした扇子で口元を隠しながら俺に微笑んだ。


「久しぶりね」


「誰だ、君は?」


 訝しげに尋ねると、女性は眉根を寄せた。


「あら、確かに顔を合わせるのは五百年以来だけど、友人の顔を忘れるのは酷いんじゃない?」


「は?」


 ――五百年以来? なにを言っているんだこの人は? それに初めて会った俺に対して友人だと?


 困惑する俺を見た女性も同じく戸惑った顔を見せるが、ふと表情を変えた。


「貴方――なるほど、そういうことね。道理で私のことを覚えていないはずだわ」


「――?」


「まさか記憶喪失だなんてね……。でも、それなら貴方が今死んでいることも、こうして干渉できることも納得がいくわ」


 得心がいったように頷く女性はパチンッと扇子を閉じた。なぜ、俺が記憶喪失だと知っているんだ、この人は?


「君は何者なんだ?」


「私が何者で、誰かというのは貴方自身が既に知っているわ、思い出せないだけでね。約束通り、貴方を幻想の世界に招待しようと思ったけど、まずは記憶が戻らないとどうしようもないわね」


 ――約束? 幻想の世界?


 訝しむ俺を余所に女性は扇子を一閃させる。


「――? ガァアアアアアァァァァァァ――――――!?」


 突如、莫大な量の情報が俺の脳に押し寄せてきた。あまりに膨大な情報量のため、とてつもない頭痛が俺を襲う!


「いま貴方が感じているそれが、今まで貴方が培ってきた記憶の量よ。辛いでしょうけど耐えなさい」


 ――なにを、無茶な……っ! 尋常ではない量の情報だぞ……!


「――! 徐々に能力も戻ってきているわね……。これ以上貴方の精神世界に干渉することは難しいようだから、今回はお暇させてもらうわね。次に逢うときは、私の名前を呼んでくれると嬉しいわ」


「ま、て……お前――いや、君は……ッ!」


「今度は藍と一緒に来るわね。その時こそ約束を果たしてもらうわよ、リシャルト」


 震える手を伸ばす俺にクスッと微笑んだ女性は、チュッと頬に口付ける。そして、そのまま裂けた空間へと戻って行った。


 空間が閉じると俺の意識も遠ざかって行くのを感じる。死んでも意識が遠退くことがあるのかと、新たな発見をした瞬間だった。

 
 

 
後書き
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