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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第46話 イザベラ登場

 
前書き
 第46話を更新します。
 

 
 六月(ニューイのつき) 、 第四週(ティワズのしゅう)、マンの曜日。

 湖の乙女と名乗る少女との出会い。そして、夢の世界での微妙に心の何処かに触れる少女との邂逅の翌日。……ユルの曜日に、魔法学院の異常事態は起きた時と同じ唐突さで解除されたらしいです。
 そして、その後の調査でも、あの異界化現象が起きた原因は不明。異界化現象に巻き込まれた学院生徒や教師達も、何かが起きていた事さえ知らないような状態で眠っていたようです。

 果たして、あの俺が巻き込まれた夢の世界と、魔法学院を覆った闇色のドームにどんな関連が有るのか判りませんが……。しかし、無関係と言う訳はないと思いますね。

 それで、現在は学院の方には帰らずに、未だモンモランシーの屋敷の方に厄介に成っている状態なのですが。



 時刻はそろそろ午後の十時。タバサは俺の隣の天蓋付きのベッドで、うつ伏せに成った状態で和漢の書物を紐解いています。
 そんな、タバサのページを捲る音のみが支配する室内で、俺は、自らの右手首を見つめる。
 其処には、……紫色に変色した生け贄の印が存在していた。

 右手首。左手首。左わき腹。右足首。終に四ヵ所にまで刻まれた生け贄の印。但し、未だに、この生け贄の印の意味は判らないのですが。
 ただ、同じ形をしたものは同じ性質を持つと言う魔法。地球世界の救世主と同じ能力(ちから)を持つと言う魔法。

 もし、そう言う種類の呪が、この傷痕に籠められているのなら。この世界は滅びに瀕している可能性が有るのですが。

 何故ならば、彼の救世主は、世界中の人間の原罪を背負って十字に掲げられたはずですから。

 其処まで考えてから、仰向けに倒れ込むようにベッドに横に成る。
 瞬く事のない光に照らされた天井を自らの瞳に映しながらも、思考はまったく別の世界を漂う。
 いや、光も波であるのは間違いない以上、例えそれが魔法に因り発生した光で有ろうとも、まったく瞬く事がない訳は有りませんか。

 ティンダロスの猟犬。魔女の守護者ヘカテー。影の国の女王スカアハ。湖の乙女ヴィヴィアン。こうして並べてみると、最初のティンダロスの猟犬以外は、何か繋がりが有るような雰囲気も感じるのですが……。

 そう思い、無為に見上げるだけであった天井から、我が主。蒼き姫の方向に視線を移す。

 そう。最初のティンダロスの猟犬の時は、タバサの身を護る為に。
 次は、ヘカテーの依頼により、ショゴスに囚われたタバサの精神体の救出の時に。
 三番目は、カジノ事件の際に介入して来たスカアハに、何処かの少女を救ってくれと言う依頼を受けた時に付けた傷痕。
 そして最後は、湖の乙女に依頼されて、俺と縁を結んだ事の有る少女の救出の時に。

 いや。こう考えてみると、違和感が有るのは、ティンダロスの猟犬の際に付けられた右手首の傷痕ではなく、ショゴスの中からタバサの精神体を救い出した時に付いた左手首の傷痕のような気がしますね。
 そう。タバサのみ、二度、関わりが有ったと言う点が。

 そして、おそらく最後の傷痕も、誰かを護る為。誰かを救い出す為に刻まれる可能性が高いのでしょう。

 其処まで考えた刹那、突如、タバサが捲る和漢に因って綴られた書物のページが発する音にのみ支配された来客用の寝室の扉が、少し躊躇いがちにノックされた。
 そして……。


☆★☆★☆


「それで、今日は俺も連れて出頭しろ、と言う事なのか?」

 最後の確認の為に、一応、そう聞き返す俺。出来る事ならば、そんな面倒な事からは逃げ出したいのがホンネ、なのですが……。
 何故ならば、ガリアの姫との直接の面識など、俺は必要としていませんから。
 それに、騎士団の長との面識も。

 そう。普段ならば、リュティスまで転移魔法を使用しての移動の後、ヴェルサイユ宮殿ならぬ、ヴェルサルテイル宮殿の庭園内に有る離宮の内のひとつ、プチ・トロワと呼ばれるイザベラ姫の宮殿に入って行くタバサを見送る俺なのですが、今日に関しては、俺まで出頭を命じられるって……。

 時刻は午前十時。夏本番目前のリュティスの空は良く晴れ渡ってタバサの瞳と同じ色を示し、風は適度の湿り気と、涼を運ぶ。

 俺の問い掛けに、俺を少し見つめた後に、ひとつ首肯くタバサ。
 その瞳。そして、表情ともに普段通り。但し、気の質が普段とは違っていた。
 これは……。焦燥?

 俺までもがガリアの機構。……統治機構に組み込まれる事に対する焦りか。

 装飾過剰で、矢鱈と仰行な造りのヴェルサルテイル宮殿。つまり、バロック建築風の宮殿内に有る離宮の内のひとつ、プチ・トロワは過剰なまでの装飾を抑え、どちらかと言うと荘厳なとか、崇高な、と表現すべき雰囲気を持つ建物と成っていた。
 但し、兵が駐屯するようなタイプのお城と言う雰囲気はなし。
 おそらく、この宮殿は、双方とも軍事的な拠点と言うよりは、行政府の中心としての役割を持った宮殿と言う事なのでしょう。

「タバサ。気にする必要はない」

 俺が、そう気休めに等しい言葉を口にする。
 但し、気休めは気休め。この流れて行く事態を止める術は、今の俺には有りませんから。

 そして、ガリアの統治機構としては、使えるモノは使う。この姿勢は正しい。
 まして、タバサは、現在はそのガリアよりの禄を食んでいる人間です。その人間の使い魔を使っていけないと言う法はないでしょう。

 俺の事を真っ直ぐに見つめていたタバサが、少し首肯く。
 但し、彼女の心から、すべての陰の気を払う事は……出来ませんでしたが……。



 さて。そうしたら、少し落ちて仕舞った雰囲気を上げる為に、今回のタバサの服装についての説明を少し。

 先ず基本のドレスについて。今回は、カジノ事件の際に纏っていたシルクのキャミソールドレスではないのですが、ほんのりと淡いピンクの掛かったシルクと金糸に彩られたアール・デコ調のドレス。両肩には大きめの真珠の装飾品を。そして、七分丈のスカートの裾にも、歩く度に裾が優雅に揺れるようにと多めの真珠をあしらって居るイブニング・ドレスを着用しての登場となって居ります。
 う~む。しかし、最早、彼女は何時の時代の人間か判らない服装となっていますね。

 ちなみにアール・デコ調のドレスの採用理由は……。矢張り、成長途上の彼女には、胸を強調するような衣装よりは……。まぁ、色々と理由が有ると言う事です。
 それに、コルセットやパニエに関しては、その後の展開次第では彼女の動きに不都合が生じますから。

 尚、肩に巻いているストールは、上質の白鳥の綿毛を使用した白。更に、パーティ用の長手袋も白。それから、ピンヒールの夜会靴も白なのは前回と同じ組み合わせと成って居ります。
 今の彼女の衣装を正確にコピーしたのなら、このハルケギニアのファッション界は、三世紀以上は未来に進みますよ、間違いなくね。

 そして、今回の俺はと言うと……。
 白い詰襟の学生服。肩には、良く判らない階級章らしき意匠。白い皮手袋に、白の革靴。腰には、現出させた七星の宝刀を帯びる。

 いや、これは正に海軍の礼装。白いドレスを纏ったタバサと並ぶと、姫に付き従う武官と言う雰囲気。

 そう。今回の任務も、ドレスコードが存在する場所への潜入捜査の類と言う事なのでしょう。昨夜、モンモランシー邸に届けられた命令書には、タバサは正装で。俺には、姫に付き従う武官の衣装でリュティスのプチ・トロワに出頭するようにとの命令が有りましたから。



 控えの間らしき場所に待たされる事しばし。イザベラ姫付きの侍女に先導されるように、彼女の執務室に案内される俺とタバサ。
 但し、その際に軽い違和感。ここが聖域だとは思えないので、これは……、このプチ・トロワ内には、何らかの結界が施されていると言う事なのでしょう。

 ドアを二度ノックした後、内部よりの許可を待って、扉を開く侍女。
 その開かれた扉の向こう側に自然な形で進み、執務机と思しき机の前で、片膝を付いて騎士としての礼を示すタバサ。そして、彼女の左後方で同じように片膝を付き、跪く俺。

 そのイザベラ姫の執務室を何と表現したら良いのでしょうか。……そう。とにかく、紙に支配された部屋。そう表現すべきですか。

 床にまで平積みにされた本、本、本。そして、うず高く積み上げられた書類、書類、書類。
 執務机の背後の壁に存在している別室に続くドア以外の部分は、すべて本棚に因って埋められ、図書館……と言うよりは、その雑然とした、如何にも整理されていない雰囲気からは書庫を思わせ、
 執務机の、俺から見て右側に存在するワゴンに整然と積み上げられた決済前の書類と、左側のワゴンに雑然と積み上げられた決済後と思しき書類の山。

 ……どうやら、イザベラ姫とは右利きで、更に活字好き。そして、少々、ズボラな性格だと言う事は良く判りました。
 タバサも、日常生活にはあまり頓着しない人間なのですが、従姉に当たるイザベラ姫は、更に日常生活を送る上で問題の有る人間だと言う事なのでしょう。

「二人とも立ちな。そんなトコロに跪かれて居たら、顔の確認も出来はしないよ」

 そう、俺とタバサの下げた頭に向かって少女の声が……投げつけられた。
 どうやら、この声の主がイザベラ姫だと思うのですが、なんと言うか……。そう、このぞんざいな言葉使いが大国ガリアの姫なのでしょうか、と言う感じですか。
 この少女と比べたら、ルイズやキュルケの方が、ずっと貴族の姫様らしいですよ。

 そんな事を考えていると、タバサがあっさり立ち上がったのを確認する。成るほど。どうやらこのイザベラ姫と言うのは、貴族の形式ばった体面よりは実用的な態度で臨む人間だと言う事ですか。
 何故ならば、タバサは従妹とは言え、現在は表向き謀反人として家名を奪われた存在。まして、彼女の現在の身分は勲功爵を持っているに過ぎない。そんな相手に対して、簡単に立ち上がれとは言えないでしょう。
 ここには、イザベラ(彼女)付きとは言え、侍女たちの目も有るはずですからね。
 直接、目で確認出来る範囲内には、俺とタバサ。そして、イザベラの三人しか存在しては居ませんが。

 タバサに続いて立ち上がった俺の視界に、うず高く積まれた書類に挟み込まれた執務机に向かう蒼い髪の毛の少女の姿が映る。
 但し、顔も見えないと言った割には、本人は立ち上がった俺とタバサを見つめる事はなく、視線は手元に落としたまま、羽根ペンを使用して書類にサインを施していた。

 確か、彼女はタバサとは一歳違いと聞いたはずですが……。

 見た目は蒼い長い髪の毛を持つ、タバサと何処か面影に通じるトコロの有る少女。少しおでこが光っているような気もしないではないのですが、それでも富士額と言うのは美人の条件の内にも入っていますから、許容範囲内でしょう。
 いや。顔の造作が良くなければ、前髪をアップにして額を完全に晒すとかなり残念な印象に成る方も居ますから、それだけでもこのイザベラと言う少女は美少女に分類されても良いとは思います。

 但し、同じ血族に繋がるタバサや、龍の姫アリアと比べると……ですが。

「今回の任務は、わたしの影武者として、有る貴族の開くパーティに参加して貰う」

 ここでようやく顔を上げたイザベラが、タバサと、そして、ついでのように俺を一瞥してから、再び、書類に視線を落とした。
 そして、

「本来なら、伯爵家の新当主のお披露目パーティなどに参加する事はないんだけどね」

 次の書類に目を通しながら、イザベラはそう続ける。口は悪いし、行儀も良くは無さそうですが、仕事に関しての熱意を感じはします。
 それにしても、タバサのひとつ上ならば俺と同い年のはずなのですが、その年齢とは思えないような仕事ぶりですね。

 もっとも、北花壇騎士団とは、騎士団と表現されていますが、その仕事はむしろ、何でも屋。汚れ仕事から、その他の細々とした仕事まで、普通の騎士団が担わないような仕事を熟す騎士団の長ですから、俺の想像よりも仕事が多いのかも知れませんが。

「ただ、其処でわたしを殺すと言う予告状が届いてね。面白そうだから、参加する事にしてやったんだよ」

 ……と、騎士団の長に相応しい剛毅なる台詞を口にするイザベラ。但し、その際に影武者を立てるのですから、剛毅だろうが、剛直だろうが、あまり関係はないのですが。
 もっとも、この姫さんを殺したら、ガリアが混乱する事は間違いないでしょう。まして、未だ旧オルレアン派と言う貴族が存在している現状のガリアでならば、想像以上に酷い状況に陥れる事も可能だと思うのですが。

 そこまでイザベラが話した瞬間、再びノックされる扉。

「入ってきな」

 部屋の主イザベラがそう答える。
 その声を待っていたかのように開かれる扉。その扉の向こう側には、俺達を案内してきた侍女とは違う侍女と、一人の青年騎士が存在していた。
 そして、俺達の時と同じように侍女は扉の向こう側に留まり、青年騎士のみが室内に入って来る。

 手に羽飾りの着いた派手な帽子を持ち、中世ヨーロッパ風の衣装。……と言うか、中世よりは少し下る三銃士に登場する銃士風の衣装。ズボンは膝丈のキュロットに乗馬用のブーツ。全体的に派手な刺繍が施されており、袖口からはレースが覗いている。

 洗練された仕草で軽くイザベラに対して一礼を行う青年騎士。但し、服装自体は、俺の目から見た印象から言わせて貰うなら…………(道化者)。少なくとも、この世界の騎士の姿を、俺は真似をしたいとは思いません。
 更にカイゼル髭とまでは言いませんが、両端をピンと張った髭も、この世界的には強さや威厳の証かも知れませんが、俺から言わせて貰うと………………(明治時代の警官)。真似をしたくは有りません。

「東薔薇騎士団副長シャルル・アルタニャン。参上、致しました」

 そう、青年騎士が自己紹介を行う。その台詞に、少し口元のみを皮肉の形に歪ませる俺。
 やれやれ、またもや超大物の登場ですよ。今回はシャルル・アルタニャン卿ですか。ただ、銃士隊ならぬ、東薔薇騎士団の副長を務めていると言う事は、既に三銃士は存在しない可能性も有りますが。

 それにしても……。
 俺は、もう一度確認する為に、そのシャルル・アルタニャンと名乗った青年騎士を能力の籠った視線で見つめてみる。

 ……矢張り、間違いなし。この青年騎士は、少々御近付きには成りたくはない類の陰の気を放っている人物です。

「わざわざ、済まなかったね」

 部屋に入って来たシャルル・アルタニャンに対して、口先だけの雰囲気を放っている謝罪の言葉を口にするイザベラ。もっとも、流石に書類に向けられていた視線はシャルルの方に向けられて居ましたが。
 しかし、彼女の方も微妙な反応。どうにも、胡散臭い関係のように見えますね。

 何と表現すべきか少し難しいのですが……。タバサに対して居た時の態度と、シャルル・アルタニャンと名乗ったイケメン騎士に対する態度は同じです。但し、彼女の発して居る雰囲気が違う、と表現すべき状態のように感じますね。

 シャルル・アルタニャンが何か腹に一物持っているのなら、イザベラの方も何かを隠し持っている。と言う雰囲気ですか。
 どちらにしても、俺やタバサのような人間には、向いていない世界に生きる人間達のように思いますね。この人たちは。

「わたしと、00893号では、少し印象が違うからね。だから、フェイス・チェンジを使用して変装して貰う」

 この場に、東薔薇騎士団副長が現れた理由について、そう判り易い答えを口にするイザベラ。但し、どうも、この少女も複雑な思考を持っているようで、発して居る言葉がすべて真実とは限らない雰囲気が有ります。
 何となくですが、キュルケに近いような雰囲気と説明したら伝わり易いですか。
 そのイザベラの言葉を首肯いて答えるタバサ。これは同意。元より、彼女に命令に対して否はない。

「なら、済まないけど、この()に魔法を施してくれるかい。アルタニャン卿」

 タバサの同意を受けてから、シャルル・アルタニャンに対してそう言うイザベラ。しかし、その際のイザベラの言葉からは、どう考えても命令を行っている、……と言う雰囲気を感じる事は有りませんでした。
 この程度の事ならば王族らしく、上から命令したら良いと思うのですが……。

 確かに、ガリアの騎士が正式に忠誠を捧げるのはガリア王でしょうが、彼女は王女であるのは間違いないと思うのですが。
 もしかすると、東薔薇騎士団所属の騎士に対して命令を下せるのは王のみ、と言う法が有るのかも知れませんね。確か、地球世界のフランスでは、銃士隊の隊長は国王で有ったはずです。つまり、彼。シャルル・アルタニャンに対して命令出来るのは国王のみ、と言う法律が、このガリアに有ったとしても不思議ではないと言う事ですか。

 東薔薇騎士団イコール銃士隊と考えるのならば。

仰せのままに(イエス・ユア・ハイネス)

 こちらの方は騎士らしい仕草で命令を受け取り、腰に差していた魔法使いの杖を引き抜き、呪文を唱えるシャルル。
 その一瞬の後、タバサの雰囲気が変わった。容貌が微妙に変わり、タバサ(我が主)から、イザベラ(ガリア王女)の顔へと変化する。

 しかし、顔の形は変わりましたが、変化は其処まで。身長はどう考えてもイザベラの方が高いですし、体型の方も、イザベラの方がより女性的な……。
 どう考えても、この程度の変装で刺客の目を誤魔化せるとも思えないのですが。

 俺が、タバサとイザベラ。そして、魔法を施したシャルルの間に視線を彷徨わせた後、再び、タバサの元に視線を戻す。
 そう。自らの仕事はタバサの身を護る事で有って、イザベラの護衛ではない。そう考えた後に、この件に関しては深い詮索は行わずにスルーする事に決めたと言う事です。

 ただ、今までタバサの元に下された指令は、どう考えても、この目の前の少女より発せられていた物。その今までの命令と、今回の命令との間には、同一人物が発したとは思えない程の差が有ると思っては居るのですが……。
 少しドコロか、かなり穴の有る命令のような気がしているのも事実です。

 但し、もしそうだとすると、今回の指令は、タバサを囮にする以外の目的が有ると言う事なのですが……。

 そんな事を考えていると、既に立ち上がって、タバサの傍らにまで接近して来ていたイザベラが、タバサの顔に残った唯一の自らと違うパーツ。赤いフレームのメガネを取り去る。これで、容貌だけならば、誰もイザベラとタバサの二人を見分ける事は出来ないでしょう。

 ちなみに、タバサの掛けているメガネは伊達。中世ヨーロッパの人間とは思えないのですが、彼女は何故か、ファッションの為に伊達メガネを愛用している、と言う事です。
 そんなに安価なモノでもないのですが……。それでも、彼女にメガネは良く似合って居るとも思いますから、これは、これで良いのでしょう。

 それに、このような任務の時にメガネが無ければ、他人の顔の見分けが付かないくらいに目が悪くては、問題も有りますから。

「今回の任務は、ポルトーと言う街の支配者。ブランシュー家の新しい当主の御披露目のパーティへの出席だよ」

 そんな、何処か違う世界に向かっていた俺の思考の事など気にする事もなく、イザベラは、タバサと、ついでに俺に対して任務の内容を告げた。
 但し、その言葉に続けて、

「そして、今回の任務はわたしも、王女付きの侍女として同行する」

 ……と、不穏当極まりない台詞を続けたのでした。


☆★☆★☆


 ガリア西部にあるポルトーの街へは、最初の日は飛竜を使用して移動を行い、次の日には王族専用の馬車にての移動。直線距離にして片道、五百キロメートルにも及ぶ大移動と成りました。
 もっとも、俺としては五百キロ程度なら、俺の式神のワイバーンならば二時間。悪くても三時間程度も見て置けば余裕で到着出来るので、非常に無駄な時間を過ごしているような気がしないでも無かったのですが。
 ……って言うか、最初からその予定で、兵と物資。それに、王女付きの人間達を、初日に泊まる予定の街まで移動させていたと言う事ですか。

 王族のやる事は、無駄が多いと言う事です。
 もっとも、質素倹約を旨として、国内の活発な消費を落ち込ませるような無能な連中よりは、少々派手で華美で有ったとしても、国民の雰囲気を上げるようにする王家の方がマシですか。

【タバサ。そうしたら、ポルトーの街に関する説明を頼めるか】

 かなり乗り心地の良くない王族専用の馬車に辟易としながらの俺の問い。もっとも、この世界の馬車に関しては、何時でもこんな感じで、何回乗ったとしても慣れるモノではないのですが。

 流石に、完全にアスファルトで舗装された道路ではない街道を、ポルトーへと進む王女一行。

 但し、次の時には、サスペンションの効いた馬車と言う物を用意して貰うか、俺自身が用意した方が良いでしょう。……と、心の中で決意を固めたのは言うまでも有りません。

 それで現在の状況は、……と言うと、現在は行程の二日目。王室専用の馬車にて運ばれるイザベラ(タバサ)イザベラ付きの武官()イザベラ付きの侍女(イザベラ)。そして、この王女一行のポルトー行きを護衛する東薔薇騎士団の騎士達を統括するシャルル・アルタニャンの四人が、さして広いとは言えない王女専用の豪奢な馬車の中で鼻を突き合わせている状態。

 しかし、普通に考えるのならば、アルタニャン卿は、馬車に同乗するのではなく、騎馬によって付き従う方が筋だと思うのですが。
 これは、タバサに施した魔法が効果を失った際に、即座に対応出来る為の処置だと説明されているのですが……。

 どうにも、取って付けたような理由のような気もしますね。

【古くからワインの生産が盛んな港町】

 乗り心地の良くない馬車の中に有っても変わる事のない雰囲気のタバサに因る、かなり端的な説明が為される。もっとも、彼女の座っている場所には、俺が準備したクッションが置かれていたのですが。

 それにしても……。
 ワインが有名で、呼び方がポルトーで、ガリアの西部に位置する港町。

 ……と言う事は、これから向かう先は、地球世界で言うトコロのボルドーと言う街の事ですか。その街の新しい支配者と言う事は、ガリア国内でもかなりの有力者で有る事は間違いないですね。

 まして……。

【そのポルトーの街と言うのは、過去にアルビオンの領地で有った事はないか?】

 俺の問いに、軽く首肯くタバサ。これは肯定。
 ……これは、もしかすると、厄介な時期に、厄介な場所に向かう事に成っているのかも知れませんね。

 俺の知って居る地球世界の歴史では、この清教徒革命の時代のボルドーは、フランスの支配に対して反逆を企てていた時代に当たるはずです。確か、ヘンリー二世と結婚した公女の関係で、百年戦争の間はイギリス領だったはずです。このボルドーと言う街は。そして、その際に培った自主独立の気風がフランスへの反発へと繋がったはずなのですが……。

 まして、現在のガリアの状況は、殺人祭鬼の暗躍に因って内乱寸前にまで事態が進み掛けたトコロを、タバサの父親が抵抗した為にクーデター自体は防げたものの、そのクーデター計画に関わった貴族達に対する粛清の風が吹き荒れつつある状態。
 そんな安定した、とは言えない国の状態の時に、新領主が誕生したばかりのポルトーに、王女が行幸するって……。

 俺は、イザベラ姫(タバサ)を見つめてから、この厄介事を引き起こした張本人のイザベラ姫付きの侍女(イザベラ)を少し睨む。
 今回の任務についても、命懸けの任務に成る事は間違いないじゃないですか。まして、今までの例から考えると、この姫はそんな火種の燻っている場所に敢えて乗り込もうとしているようにしか思えないのですが。

 刹那。俺の鼻先に付き付けられる魔術師の杖。
 もっとも、この場の精霊はすべて俺の支配下に有るので、魔術師の杖を突き付けられたトコロで、痛くも痒くもないのは確かなのですが。

 まして、俺とタバサに関しては、物理反射と魔法反射。更に、木行無効。呪殺無効状態と成っているので、この馬車ごと吹っ飛ばされたとしても、生き残る可能性は非常に高いですから。

「謀反人に付けられた御目付け役如きが、王女に対して不敬であろうが」

 王家に対して忠誠心の厚い騎士に相応しい台詞を口にするアルタニャン。
 しかし、

「それは、失礼致しました。私としましては、新しく付けられたイザベラ姫付きの侍女と言う少女に興味が有ったのですが、どうやら、私が見つめていたのは、イザベラ姫の方でしたか」

 ……と、涼しい顔で答えを返す俺。

 もっとも、どうも、このシャルル・アルタニャンと言う人物は好きに成れないので、少々、挑発をする気に成った、と言うのが真相なのですが。
 まして、コイツが本当に史実上の彼と同一人物ならば、この場にシャルル・アルタニャンと言う人物はいないはずですから。
 俺の見鬼の才にも、違和感として伝わって来ていますしね。

 俺の挑発に等しい台詞に、流石に気色ばむアルタニャン卿。
 しかし……。

「止めな、アルタニャン卿」

 この一触即発の事態を招き寄せた張本人が、ここで割り込みを掛けて来た。
 その声を聴いて、ようやく、俺の鼻先に突き付けられた杖を収めるアルタニャン卿。

 しかし、この馬車中だけの出来事とは言え、イザベラ姫の影武者役のタバサの事を謀反人と呼び、御付きの侍女の事をイザベラ姫と呼ぶこの迂闊な男に、重要な仕事を任せる事が出来ると言うのでしょうか。
 どう考えても、こいつに出来る仕事なら、ジョルジュやジルでも熟せると思うのですが。

 俺を陰の気の籠った瞳で見つめるシャルル・アルタニャン。
 どうも、男性騎士と言う相手には嫌われる運命に有るようですね。大して嫌われるような事をした覚えもないのですが。
 間違いを軽く指摘した程度なんですけどね。俺としては。

 そんな皮肉に満ちた、あまり褒められる類ではない思考に囚われていた俺の横顔に視線を感じる。
 この視線の主は……。

【わたしなら気にしてはいない】

 俺を見つめていた俺の主人が、普段通りの雰囲気でそっと、【告げて】来る。
 それは、彼女に相応しい静。

 対して、俺は平静を失っていた、と言う事なのでしょうか。
 タバサに対するアルタニャンの台詞や、今回の任務の危険度に対して。

 少し、ため息のように息を吐き出した後、軽く頭を振って、回転の悪くなった頭に喝を入れる。
 そして、

【大丈夫。俺は平静やで】

 やや微妙な状況だった事は棚に上げて、タバサに対してそう【伝えて】置く。
 そう。こんな煮えた頭では、冷静な判断が出来る訳は有りません。冷静な判断を下せなければ、悪手を打つ可能性も高く成りますからね。

 まして、何時までも、そんな同じ任務に就く仲間内の間でいさかいのようなマネを続ける訳には行きませんから。

 何故ならば、既に、この馬車の中にも、ポルトーの住民たちが放つ熱狂的な歓呼の声が聞こえ始めていたのですから。

 
 

 
後書き
 この第46話に登場したイザベラは、ゼロ魔原作小説版のイザベラとは別人です。
 流石に、この物語内に原作小説のイザベラを登場させると、あまりにも内容にそぐわないキャラと成って仕舞いますから。

 それでは次回は『東薔薇騎士団副長』です。

 ただ、次回の内容は少し問題が有る内容と成って居ります。

 追記。サリカ法について。

 以前にも書きましたが、この『蒼き夢の果てに』の世界のガリアには、地球世界のフランスに存在していたサリカ法が適用されています。
 この法律が存在する事によって、この物語上では、タバサの女王即位は有り得ない話と成っています。

 尚、今回の一見、原作小説内に置ける地下水関係の話の結果、何故、この世界のガリアにサリカ法が有るのかが判る事と成ります。

 私の物語ですから、理由は存在しています。そして、それは、フランスが元ネタだから、などと言う、今まで明かして来た理由などでは有りません。

 追記2。タバサが大食漢で有る理由。

 この物語上でも、原作小説内のタバサのように、彼女が非常に大食漢である、と言う描写を行って居ります。
 但し、これも単なるギャップ萌えを起こさせる為の安易なキャラ付けや、原作小説でそうだったからそのままの設定を維持している、などと言う訳では有りません。
 この部分にも、明確な理由付けが為されて居ります。

 追記3。各王家に王位継承者が異常に少ない件について。

 この部分にも、ある程度の納得の行く理由付けを行います。ただ、この部分に関しては、世界に迫っている危機に繋がるネタとなるので……。
 まして、ソロモン七十二の魔将の一柱。魔将オロバスを式神として連れて居ませんから、アカシック・レコードにアクセスする方法を主人公は有していません。
 故に、非常に難しいのですが……。

 忘れて居ました。『複合呪符』に関して。

 主人公は、湖の乙女に教えて貰う必要などなく、普通に呪符は行使出来ます。
 第44話で湖の乙女に教えられたのは、第45話の最後に使用した複合呪符と言う技。

 これは、複数の呪符を同時に使用して、術の効果を上げると言う、一種の合体魔法です。ゼロ魔の原作世界で言うトコロの、ヘキサゴン・スペルの事です。

 但し、それを、湖の乙女とは、主人公の意識を繋げる事に因って、術も重ねて、更に、それを行使する術者の意識も重ねると言う、ムチャな事を為したのですが。
 何故、そんな事が出来たのかと言うと……。

 その内に判ります。何処かで、理由は語りますから。 
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