星河の覇皇
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第六部第一章 星河の海その二
「それだけでもわからない場合がああります。政治にしろ本当の成果がわかるのは政策が施行されてから数年後の場合もあります」
「うむ」
アッディーンはそれに頷いた。
「そうだな。だからこそ難しいのだが」
「はい。それを見極めていかなければなりません。作戦も政治も」
「よくわかっているな。ところで」
アッディーンは問うた。
「貴官の官職氏名を知りたいのだが。なかなかいいことを言うからな」
「ハッ」
彼は敬礼をして答えた。
「参謀本部付将校ウスマーン=ハワージャ大佐です」
「ウスマーン=ハワージャ大佐か」
「はい、ついこの間まで連合中央政府大使館に駐在武官として赴任しておりました」
「成程、だからか」
アッディーンは納得するものがあった。
「政治的な感覚が備わっているのは」
連合はその内部でも複雑な外交の駆け引きが存在する。銃を突き付けあってはおらず、紛争も衝突もないが彼等は別の戦争を常に行っているのである。
それは銃弾の代わりにコインが飛び交い、要塞ではなく札束のシェルターがある戦いである。経済や流通を巡って常に激しいやりとりがあるのだ。
「連合は常に内戦状態にある。経済ではあそこは全ての国が敵同士だ」
かってサハラのある経済学者がこう評した。そもそも開拓と発展こそが連合の一千年前から変わらぬ国是であり、それを求めて各国が経済的に衝突するのは当然であった。そしてそれを仲裁するのが中央政府の仕事である。
そこには外交の駆け引きもある。どの国も自分達の経済がかかっているから必死だ。武力こそ使えないが時には経済制裁を含めた恫喝もある。実際にそれが発動されるのは稀だがそうした剣呑な事態も存在するのだ。
それを見てきたからであろうか。このハワージャの考えはかなり政治的なセンスが備わっており、かつドライであった。
「大佐」
アッディーンは彼に声をかけた。
「貴官も来るか、南方へ」
「私もですか」
「そうだ、今は参謀本部付だろう。マナーマ参謀総長には俺から話をしておくが」
「それは私の一存では」
「そうだな。では参謀総長には俺から話をしておく。その結果次第で頼むぞ」
「はい」
ハワージャは頷いた。いや、頷くしかなかったと言うべきか。
「ではな。まあどうなるかはわからないが」
だが半ば決まったようなものであった。マナーマにとっても断る話ではないからだ。
「南方で会おう。先に待っている」
そう言って敬礼をした。ハワージャもそれに返す形で敬礼した。アッディーンの方が上官であるがこの場合は仕方がなかった。
アッディーンは車に乗った。そして軍港に向かった。
軍港では既に多くの者が集結していた。そして次々と船に乗り込んで行く。
「活気があるな」
アッディーンはそれを見て満足そうに笑った。
見れば家族や恋人との別れを惜しむ者もいる。彼等は抱き合い、そして別れ言葉を口にしている。
実際に彼等のうち幾らかは生きて帰っては来れないだろう。それが戦争だからだ。
その中にはアッディーンも当然入っている。彼も戦場に立つからだ。
だが彼を出迎える者はいない。両親には来ないように言っている。何かあったら親にとって辛いことになるからだ。
少なくとも彼はそう考えている。だが他の者が別れの挨拶をしていてもそれについてはとやかく言うつもりはない。人それぞれだからだ。
アリーの前に来た。既に幕僚達が総員で立っていた。
「お待ちしておりました」
ガルシャースプが彼等を代表して敬礼をして言った。アッディーンはそれに返礼した。
「外交部のスタッフは来ているか」
「ハッ、既に艦内に全員入っております」
「そうか」
「もうこれからのことについて仕事をはじめているようです。私が朝来た時にはもう全員いました」
「アッバース外相もか」
「ええ。外相は昨夜のうちに来られたそうです。当直士官から聞きました」
「またえらく気合が入っているな」
アッディーンもこれには少し驚かされた。
「外交部も真剣だという証拠でしょう。いいことだと思いますよ」
「そうだな」
「では漢へ。もうすぐ出港の時間ですよ」
「わかった」
彼は幕僚達を連れ艦内に入った。艦内では既に船員達が各自の持ち場についていた。
「司令が乗艦されました」
「わかった」
艦橋に報告が入る。艦長はそれを聞いて了承して首を縦に振った。
アッディーン達が艦橋に入ると持ち場に就いている者以外が総員で敬礼をした。アッディーンも機敏な動作でそれに返した。
「では今から南方に向けて兵を進める」
アッディーンは言った。
「ハッ」
幕僚達がそれに答える。
「全軍まずはカッサラに向かう。そしてそこから南方に侵攻する。いいな」
「わかりました」
「よし」
アッディーンは了承したように頷いた。そして言った。
「南方侵攻作戦、ハッティーン作戦発動!」
これが戦いを告げる笛の音となった。こうしてアッディーンに率いるオムダーマン軍は南方に向けて侵攻を開始した。三十個艦隊、総兵力五千万による一大侵攻作戦のはじまりであった。
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