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サロメ

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第二幕その三


第二幕その三

「これ以上話をしてもいつもの堂々巡りなのだから」
「ううむ」
 王は王で難しい顔をしていた。王としてこの議論を無闇に止めさせるわけにはいかなかったのだ。ヘブライの者にとって神は何よりも重要なものであるからだ。
「預言もよいが」
 彼は誰にも聞こえない声で呟く。
「その預言者も何人も出ておるしな。何かと難しい」
「その日は来たぞ」
 またヨカナーンの声がする。
「御子の足音が山々に聞こえるぞ」
「御子とは何じゃ?」
「皇帝陛下のことでは?」
 ナラボートは事情をよくわからないまま述べてきた。シリア人である彼にとってはそもそもヘブライ人達の神がどうしたその力がどうしただのいった議論はよくわからないものである。それ以上に御子といった存在は訳がわからないものであった。
「確か称号にそうしたものの一つが」
「左様か。いや」
 だが王はここに今一つ引っ掛かるものを感じていた。
「違うのではないのか?」
「違いますか?」
「陛下はこのエルサレムへは来られぬ」
 王はそう述べた。
「昨日親書を受け取ったがそれは」
「どうでしたか?」
「そんなことは書いてはいなかった」
「そうなのですか」
「うむ」
 王は答える。
「それにじゃ。陛下は健康を害されていてここまでは来られぬし」
「それはないか」
「ではそれは」
 またユダヤ人達が出て来た。
「やはりあの預言の救世主」
「まさか」
 彼等は早速話に入る。
「あれは偽りでは」
「いや、偽りではない」
「左様、実際に預言に残されているではないか」
「その預言は誰のじゃ?」
「何処の馬の骨なのじゃ?」
 彼等はまた口々に言い合う。
「しっかりと言え」
「誰なのじゃ」
「あの御方じゃ」
 中の一人がここで言う。
「あの水を葡萄酒に変えられ手を乗せるだけで病を治されると話にある」
「治されるのは盲人では?」
 また妙な議論に入っていく。
「天使と話されたのでは?」
「またはじまったわ」
 王妃はそんな彼等のやり取りを聞いてうんざりとした顔で溜息をつく。
「どうしてこうも」
「天使はおられる。だからこそ」
「ふむ。それはエリアの言葉だったかな」
「モーゼではないのか?」
「しかしそれならば」
「その御子とは」
「何か起ころうとしているのか」
 王はそれを聞いてどうにも複雑な顔を見せていた。
「そうだとすれば何か」
「奇跡だけではないであろう」
 また誰かが言う。
「それだけでは」
「死者を生き返らせるのもまた」
「まさか」
「幾ら何でもそれは」
「まずい話じゃな」
 王は死者を生き返らせるのに顔を暗くさせてきた。
「死者が生き返るとなると摂理が乱れる。それだけは」
「淫らな女よ」
「また」
 王妃はヨカナーンの言葉に顔を顰めさせる。
「また言うのね」
「金色の目と瞼を持つバビロンの娘よ」
 バビロンの淫婦のことである。これはヨハネの黙示録にあるが実際はヘブライを苦しめたローマを指し示していると言われている。だがヨカナーンはこれを王妃への言葉に使っているのである。
「裁きは近いぞ。覚悟はいいな」
「あの声を黙らせなさい」
 王妃はそう周りの者に黙らせる。
 
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