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サロメ

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第一幕その二


第一幕その二

「目の見えない者は目が見えるようになり耳の聞こえない者は聞こえるようになる。赤子もまた竜や獅子に負けないようになるであろう」
「今の言葉は」
「聖なる方の御言葉です」
 黒い髪の兵士が彼に答えた。
「聖なる方の」
「そうです。その方の」
「預言者なのです」
 同僚の兵士も述べてきた。
「私が日々の食事を持って行くと礼を言われ」
「非常に優しい言葉をかけて下さるのです」
「その方の名は」
 ナラボートは彼等に問う。
「何といわれるのだ」
「ヨカナーン」
 彼等はそう答えた。
「それがその方の御名前です」
「ヨカナーン殿ですか。何か神々しい響きのある御名前ですね」
「ええ」
 兵士達はその言葉に頷く。
「全くです」
「元は荒地から来られた方で」
「荒地から」
「そうです、ヘブライの荒地から」
 シオンの地は決して豊かな地ではない。荒涼とした場所である。だからこそここではヤハウェの神が現われたのだ。絶対的な指導者、導くべき存在が彼等に必要だったからだ。
 それがユダヤ教の興りである。しかし今ではそれが形骸化し、先程の宮殿から聞こえてくるような下らない論争になってしまっていたのである。
「蝗と野蜜を糧として生きてこられ、駱駝の皮の粗末な服を着ておられたのです」
「そうだったのか」
「ええ」
 黒髪の兵士はそうナラボートに述べた。
「おわかりでしょうか。凄い方なのです」
「そのような方だったとは」
「驚かれたようですね」
「驚かない筈がない」
 そう兵士達に返した。
「できれば。御会いしたいのだが」
「残念ですがそれは無理でしょう」
 同僚の兵士がナラボートに述べてきた。
「それは何故だ?」
「陛下が御許しになられないからです」
 黒髪の兵士はそうナラボートに説明する。
「ですから」
「そうなのか」
「申し訳ありません」
「いや、いい」
 それはよしとした。しかしまた聞いた。
「ただ。何処におられるのだ?」
「井戸の中です」
 兵士達は答えた。
「井戸の中に」
「そうです。そこにおられるのです」
「そこに誰かいるの?」
 この話はサロメに聞かれていた。彼女は兵士達とナラボートの方にやって来て声をかけてきたのだ。
「井戸の中に」
「王女様」
「誰なの、それは」
「いえ、その」
「言って」
 じっと兵士達の目を見て問う。その眼差しには魔性がある。兵士達はその目を見ると逆らえなくなってしまったのであった。まるで魔法にかけられたかのように。
「いいわね」
「は、はい」
「それでしたら」
「悪いわね。無理なお願いをして」
「いえ、それはいいです」
 兵士達は慌ててサロメを宥めてきた。
「ただ」
「ただ。何かしら」
「どうしてこちらへ」
「宴には」
「楽しくなくて」
 サロメはその妖しい目に憂いを含ませて答えてきた。
「だから」
「そうだったんですか」
「そうよ。御義父様はね」
 彼女は言う。
「私を変な目で見ているのよ。だから」
 実はヘロデはサロメに対してよからぬ想いを抱いていたのである。彼女もそれに気付いている。だからそれを嫌がって離れたのである。そうした事情があったのだ。
 
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