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星河の覇皇

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第五部第三章 巨大戦艦その五


「我が国の外交官は腕利き揃いですからかなりの効果が期待できますよ」
「それを考えると今度の最高会議には外務省の参加も必要かもな」
 これは時々あった。外務省はそれだけ戦略においても重要な位置を占めているのだ。
「有能な外交官程有り難いものはない。無能な外交官程有害なものはない」
 オムダーマンではよくこう言われる。
「一方に進出している間もう一方への備えも必要ですね」
「そうだな。それについても話し合うとしよう」
 アッディーンはそれを頭の中に入れていった。彼はあまりメモ等をとらない。それよりもそのズバ抜けた記憶力で頭の中に叩き込む。そして決して外部には漏らさないのだ。
「南方にはあまり艦隊は必要ないのではないかと思います」
「地形のせいでか」
「はい。むしろ少数精鋭でいくべきであると私は考えます」
「そうだな。南方進出案が通ったならばそれについても上奏するか」
「そのかわり北方には多くの兵が必要です」
 これも地形のせいであった。
「そういうことを考えてもやはり南方に行くべきだな、今の我々の国力からしても」
「そうですね、北方諸国を併合してサハラの総督府を攻撃した時にはエウロパ本国から援軍が来る可能性がありますし」
「そう、それが問題だ」
 アッディーンの懸念はそこにあった。
「エウロパ本土には五十個艦隊がある。それだけで我々の兵力を上回っている」
「それが向けられたらまずいですね。今の我々では勝てません」
 アッディーンもそれがよくわかっていた。だから警戒しているのだ。
「今はエウロパとの衝突は避けるべきだ。それには我々の力はまだ足りない」
「そうですね。それを考えるとやはり南方に進むべきです」
「そうだ。だから俺もそれを主張するつもりだ。だが」
 彼はここで一呼吸置いた。
「問題は会議の他の参加者がどういう考えを持っておられるかだ」
「長官に参謀総長ですか。御二人共識見も確かですから大丈夫でしょう」
「御二人には俺も信頼している。必ず俺の案に賛同して下さるだろう。だが問題は」
「国防大臣と首相、そして大統領ですね」
 この会議には首相も参加するのである。
「そうなのだ。どうしても政治家は軍事の知識が疎い人が多い。仕方ないことだがな」
 ある程度は知っていても専門的なことまでは詳しくないのだ。軍事のことだけに注意を払ってはいられないのだから当然といえば当然であるが。
「首相も国防大臣もそれ程軍事に疎いとは思いませんが。当然大統領も」
「そうだな。だが政治家の考えとして一つのことがある」
「一つのこと!?」
「そうだ、これは政治家ならば仕方のないことだがな」
 アッディーンは暫く間を置いた。
「戦略よりも時として政治的効果を優先させるのだ」
「政治的なものですか」
「そうだ、もし政治的効果が北によりあると判断された場合には厄介なことになるぞ」
「そうですね、確かに北には絶好の宣伝材料がありますし」 
 それが総督府であるのは言うまでもない。
「南方よりも遥かにそうした意味で効果は大きい。だがエウロパ正規軍には勝つのは困難だ。勝てたとしてもその後のダメージを受けた状態でハサンに後ろからやられかねない」
「はい。そうなっては元も子もありません」
「どう判断するかだな、大統領が。とりあえず会議がはじまってからだ」
「期待しています」
 二人はそれから話題をデスクワークの方に変えた。実はアッディーンはデスクワークは好きではない。だがそれも軍人、しかも高官にとっては避けて通れない仕事であった。
「書類がまるで山の様だな」
 彼はサインをしながらぼやいた。
「宇宙艦隊司令長官ともなれば当然ですよ」
 ハルダルトもそれを手伝っている。秘書の仕事も大変だ。
「これも仕事か」
「そういうことです、指揮を執るだけが軍人の仕事ではありませんよ」
「それはわかっているつもりだが」
 それでも彼は面白くなさそうであった。
「俺がこうした仕事を好きじゃないのはわかっているだろう」
「好き嫌いを仰っては仕事はできませんよ、閣下」
「それはわかっているつもりだが」
「わかっているなら仕事です、仕事」
「ああ」
 彼は嫌々ながらデスクワークに取り掛かった。そして一枚一枚確実に書類にサインをしていくのであった。

 連合には実に多くの国が存在する。元々アジア、アメリカ、アフリカの国々から構成されている為その数も多いのだ。
 彼等はかっての国際連合の後継者を自認していた。事実連合の設立母体は国連であった。
 この国際連合はあまり力のない組織であった。常任理事国の専横が目立ち、それに小国は振り回されることが多かった。
 常任理事国の数は後にアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの五カ国から増やされることになった。日本、ドイツ、インド、エジプト、ブラジルの五カ国が新たに加わった。
 これで多少変わるかというと事態は更に悪化した。宇宙に進出して資源を巡って太平洋諸国とEUが対立すると完全に二つに別れた。
 まずはアメリカ、中国、日本、ブラジルの太平洋側の国とイギリス、フランス、ドイツのEU側。インドはどちらかというと太平洋に寄っておりエジプトは中立であった。当初ロシアはEUの側にいた。
 ここで太平洋側は常任理事国以外の他の国々にも働きかけた。これによりアフリカ諸国が彼等に賛同した。そしてイスラエルやトルコもそれに加わった。
 ロシアはそれでもEUの方に近かった。だがウクライナやベラルーシ等かって自らの勢力圏にあった国々が太平洋側に加わったのを見て次第にEUと距離を置くようになった。そして遂には太平洋側についたのだ。
 これでEUの劣勢は決定的となった。既に欧州以外の国々は太平洋側についていた。あとはアラブ諸国だけだが彼等はあくまで自分達の路線を貫いていた。ましてやかっての長い対立関係があるので彼等に協力を期待することなぞできはしなかった。
 それが欧州諸国の孤立と国連の分裂を決定付けた。彼等は追われるように今のエウロパの地に向かった。アラブ各国もまた国連から離れ今のサハラに移った。インドは国連に留まっていたがやがて距離を置き今のマウリアとなった。
 こうした歴史からもわかるように連合は国際連合の後継的な存在であった。だがその権限はやや強化され、中央政府として作り替えられた。それが今の連合であった。
 だがその統制力は弱かった。各国の発言力が強く中央政府は調整役に過ぎなかった。
 そうした状況が長く続いた。その間連合各国は周辺の星系への開拓を進め国力を伸張させていった。連合の一千年の歴史は開拓と発展、そして利害調整の歴史であった。多くの者は中央政府に調整役以外の役割を期待していなかったのだ。
 攻め込んでくる勢力はない。異星人はいるとしてもまだまだ遥か彼方である。エウロパにはガンタース要塞群がある。マウリアとは友好関係にあり、サハラは各国で争っている。とてもこちらにまで攻め込んでくる余裕はない。だからこそ彼等は今まで気兼ねなく開拓に専念してきたのだ。
 だが宇宙海賊やテロリストの存在が次第に問題になってきた。それに対処する為もあり中央政府の権限を強化するべきだという声が徐々に大きくなっていったのだ。
 その声を受けて中央政府はその権限を少しずつ拡大していった。それは長くかかった。だが確実にそれを進めていき遂に軍を持つに至ったのである。
 これにより長年連合の頭痛の種であった海賊やテロリストは大幅に減った。そして今遂に観艦式が行われることになったのである。
「長かったな、本当に」
 観艦式は太陽系で行われる。キロモトは月に設けられた席で隣にいるアッチャラーンに対して言った。
「まず中央警察が設立され、そこから二百年ですからな。今まで中央軍の設立に必要性はよく言われてきたことですが」
「そうだ、だが設立されるまでに二百年もかかった」
「連合の歴史も考えると一千年、まあその間は各国の軍がありましたが」
 だが彼等は協定により他国には許可なく入られない。そこに海賊達が付け込んだのは言うまでもないことであった。だから今まで彼等は頭痛の種だったのだ。
 彼等はその機動力を使い商船等を襲撃する。そして軍が来たならば素早くそこから逃げる。他の国のところに逃げ込んでしまえばそれでもう安心だ。
 連合は各国の所有する星系が複雑に入り組んでいる。その為彼等が逃げるのには適していたのだ。こうして彼等は海賊行為を繰り返していた。
 これに対処するには中央軍しかなかった。中央警察も効果がないわけではなかったが、彼等は犯罪者に対するものであり海賊を相手にするにはいささか武装が弱かった。やはり軍が必要だったのだ。
 だがそれには各国が反対した。その様な得体の知れない軍に自国を通過されたくはなかったし、防衛の不安もあった。自らを守るべき軍がなくてどうして防衛ができようか。彼等は連合に属していながらもやはりそれぞれの国に属していた。連合では連合市民という言葉は必ず二番目に来る。まずはそれぞれの国の国民と呼称する。それだけ各国への帰属意識が強いのである。
「アメリカ国民であり、連合市民である」
「中国国民であり、連合市民である」
 ここを日本に替えてもベトナムに替えても同じである。連合はやはり各国の権限が強かった。そしてその個性もまた強烈なものであった。
 そうしたこともあり中央軍は中々話が進まなかったのだ。だがキロモトの手によりようやく設立された。
「大国程ごねてくれたな、本当に」
 彼はその時のことを思い出して苦笑した。
「あの時日本が参加を表明してくれたのは大きかった」
 そう言って貴賓席にいる日本の天皇と首相である伊藤を見る。日本だけでなく連合にいる全ての国の元首や主席閣僚が揃っている。
「さて、連合軍の全容が遂に公開されるな」
「はい、まずは地上兵器ですね」
「ああ、ではじっくり見させてもらうとしよう」
 
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