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星河の覇皇

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第五部第三章 巨大戦艦その三


「すぐに来てくれ」
「わかりました」
 やがて秘書官のベニチャコヴァー大尉が入って来た。モンサルヴァートの秘書官である。茶の髪に青い瞳を持つ美青年である。高い鼻が印象的だ。
「閣下、お呼びでしょうか」
 彼は部屋に入ると敬礼した。
「うむ」
 モンサルヴァートは返礼して頷いた。
「すぐに今ここに来られる艦隊司令を集めてくれ」
「全員ですか」
「全員だ」
 彼は言った。
「わかりました。それでは」
 こうして各艦隊司令に召集がかけられた。彼等は会議室に集められた。
「閣下、何か緊急の事態でも」
 ゴドゥノフが問うた。
「緊急の事態ではないが諸君等に見てもらいたいものがありここに来てもらった」
 モンサルヴァートは長の席に座り彼に対して言った。
「見てもらいたいもの?」
「それは何でしょうか」
 司令達は首を傾げた。
「まずはこれだ」
「といいますと」
「これを見てくれ」
 モンサルヴァートはここでベニチャコヴァーに合図をした。彼はそれを受けてモニターを切り換えた。
 それは三次元モニターであった。それを見た司令達は思わず絶句した。
「どうやら信じられないようだな」
「はい」
 誰もが肝を潰していた。
「見たところ艦艇の様ですが」
「そうだ」
「それにしてはあまりにも大き過ぎませんか。側にあるのは見たところ戦艦と空母ですが」
 戦艦や空母が他の艦艇に比べて大型なのはこの時代でもそうである。火力や艦載機を考えるとどうしても大型になってしまうのである。
 大体エウロパの今までの戦艦で四〇〇メートル程である。これでもかなり大型だ。空母も大体それ位である。
「戦艦の優に三十倍はあります」
「最早これは艦艇の大きさではありません。小型の人口惑星です」
「信じられないだろうがこれは事実だ。どうやら連合はこれを量産しているらしい」
「これを」
 流石にそれには絶句した。
「益々信じられません」
「幾ら連合の国力があるとはいえそれでもこの様な巨艦を量産するなどとは」
「本当だ。私の予想では各艦隊に一隻ずつ配備する。それも旗艦としてな」
「各艦隊にですか」
「あくまで予想だが」
 モンサルヴァートはそう断った。だがそれは確実だと予想していた。
「連合はそこまでの力がある。我等のそれとは比較にならない」
「確かに」
 残念だがそれは事実だった。否定しようがなかった。
「問題はこれが我々に向けられた時だ」
 モンサルヴァートは本題に入った。
「その人口による圧倒的な兵力とこの巨艦、これ等をどのようにして防ぐかだ」
「難しいですね」
 ターフェルが言った。
「ただでさえ圧倒的な差があるというのに。これを防ぐのは困難であると言わざるを得ません」
 歴戦の将である彼の言葉はそれだけに重みがあった。
「しかしやらなければならない」
 だが彼はこう言った。
「本部長もその為に我等をここへ集められたのでしょう」
「その通りだ」
 モンサルヴァートはその問いに対し頷いた。
「まだ詳しい情報は入っていない。だが卿等には前もって知らせておきたいと思ってな。事前にある程度知っておいた方が今後何かとやり易い」
「確かに」
 司令達は彼の言葉に頷いた。
「今後この艦の詳しい情報が入るだろう。それまでにこの艦について考えてくれ」
「どの様な能力を持っているか、どの様に運用されるか、ですね」
「そうだ。これだけは言える」
 ここで彼は声を引き絞らせた。
「どの様な強大な艦でも絶対に沈められないということはない。人間が作ったものにおいて完璧なものはこの世に一つもないのだ」
 それは真理であった。不完全な存在でしかない人間の作りしものが完全な筈がないのである。神々ですら欠点がある。ましてや人間なぞ言うまでもない。
 それはどの時代においても変わることがない。宇宙に進出しても人間は不完全なままであった。そしてそれが為に日々を努力して生きるという面もあった。だからこそ人間は進歩するのである。思えば人間は不完全だからこそ進歩し、そして宇宙に進出したのだ。今の人間の姿があるのは彼等が不完全な存在だからだ。完全な存在ならばオリンポスからも楽園からも出る必要はないのだ。
 これは古代より論じられてきたことである。そしてこの時代も。エウロパでは特に哲学が発達している為こうした話には花が咲く。モンサルヴァートも嫌いではなかった。実学を重んじる連合とはここで違いがあった。
「だからこそ考えて欲しい。この艦の姿を。そして弱点を」
「わかりました」
 提督達は頷いた。
「必ずやこの怪物の弱みを掴んでみせましょう」
「頼むぞ」
「ハッ!」
 こうして会議は終わった。エウロパはまだその全貌すら現わさぬ巨大な怪物の影に警戒していたのであった。

 この巨艦の情報はエウロパだけではなかった。連合内部においても囁かれていた。
『今回の観艦式の目玉か!?』
『この巨大な艦の正体は』
 マスコミにおいてもネットにおいても話題になっていた。そして例によって軍事専門家やファンの議論の的となっていた。中にはこれは人口惑星だと言う変わった意見もあった。だが大抵はこれは軍艦だと見ていた。
 しかしこれに対して中央政府は一切コメントしなかった。観艦式まで一切秘密としていた。議会からの要求に対してはキロモトが答えた。彼は戦艦の一種とだけしか答えなかった。他は一切語らなかったがそれでとりあえずの説明にはなった。だがそれ以外はわからなかった。
「焦らすつもりか?」
「キロモトも八条も案外狸だな」
 ネットではこうした言葉が出た。面白半分で書く者もいて議論は白熱した。そして観艦式を首を長くして楽しみに待っていた。連合においてはそうであった。だが他の国々もそうだとは限らない。
 エウロパではかなりの危機を持たれていた。他の国々でもそれは変わらずやはり警戒されていた。
 マウリアは友好関係にある為それ程問題にはならなかった。だがその三兆もの人口とそれに基く国力は問題視されていた。
 サハラにおいてはより深刻であった。それでもエウロパ程ではなかったが。それでも脅威として受け止められていた。
「ハサンではとても食い止められるものではない」
 東方に覇を唱えるハサンですらそう思われていた。ハサンですらその人口は一千億には遠く及ばない。ましてや兵力は言うまでもない。だが彼等の救いは連合とは同盟関係にあるということだ。
「この同盟がある限りとりあえずは安心だ」
「連合は満ち足りている。おそらくサハラには積極的に出ることはないだろう」
 そうした意見が大勢を占めていた。だが安心はできなかった。
 もし彼等が野心を持ったならば、その時はひとたまりもない。それは誰もがわかっていることであった。
 西方のオムダーマンにおいてもそれについては色々と話されていた。彼等にとっても重要な懸念であったのだ。
「詳しいデータはまだ出ていないというのにもうこれだ」
 アッディーンも司令室において顔を顰めていた。
「連合と我々は今のところこれといって関わりがないというのにな」
「そうですね」
 秘書官であるハルダルトが応えた。
「国境と接しているわけでも経済的に密接な関係にあるわけでもありませんし」
「そうだな。だから今のところは騒ぐ必要もあるまいと思うが」
 アッディーンはここで手許にある例の巨大戦艦の写真を見た。
「俺も興味がないと言えば嘘になるな。ここまでの巨艦は今まで見たことも聞いたこともない」
「はい」
 それはハルダルトも同じであった。
「ここまでの艦は今までありませんでしたから」
「まるで小さな惑星だ。しかも外観からすると極めて重装備だ」
「おそらく要塞並の装備を持っていると思われます」
「だろうな。こんなものを量産出来る連合の力というのはつくづく恐ろしいものがある。だが」
 ここで口調を少し変えた。驚嘆から確信のそれに変わった。
「どれだけ強大な艦でも弱点は必ずある。それだけは確かだ」
「そうですが」
 ハルダルトはそれには表情が暗かった。
「まあ今のうちに情報は色々と確保しておくべきだな。話はそこからだ」
「では今はこれといって対策を立てなくてよいと」
「オムダーマンと連合には利害関係はない」
「それはそうですが」
「あくまで今のところは、だがな」
 アッディーンはここで釘を刺した。
「今後はどうなるかわからないが」
 サハラ各国と連合の関係は殆どが中立にある。ハサンの様にその地理的関係から有効を保っている国もあるがその殆どの国にとっては何の関係もない異国であった。連合の方も彼等には特に何の感情もなかった。
「それに今はそれよりも優先させるべきことがある」
「はい」
「まずは我が軍の編成だが」
 今のオムダーマン軍は四十の艦隊を基幹戦力としていた。それを整備中であった。
 これはサハラにおいては第二の勢力であった。第一はハサンであり七十の艦隊を擁している。兵力に大きな差があるのは否定できなかった。
「これでハサンと衝突した時勝利を収めることができると思うか」
「それは」
 困難であるということはハルダルトにもよくわかることであった。
「難しいな。例えハサンに勝てたとしても後が問題だ。ダメージを受け過ぎているだろう」
「はい」
「その回復の為に余計な力を使ってしまう。それにそこを他国に付け入られる」
「その時に連合の介入があるかも知れませんね」
「それも考えられるが可能性は少ない。むしろエウロパだ」
「エウロパですか」
「そうだ。連中はサハラ全土を自分のものにしようと考えている。そのサハラで最大の勢力を持つハサンが倒れ、そして我々が深刻なダメージを受けていたならどうする。すぐに行動に移るぞ」
「そうですね。奴等は狡猾です」
 サハラの者にとってはエウロパとは狡猾な侵略者であった。連合の者が思うエウロパとはまた違う姿であった。
「そうだ、こういう時には抜け目なく動く。いや」
 アッディーンはここで目を細くして考え込んだ。
「むしろそうなるように煽るだろうな、奴等の今までのやり方からすると」
「そして我々が疲れたところで攻撃に出る、ですか。変わりませんね」
「要はそれには乗らないことだ」
「はい。しかし連中もそう簡単には尻尾を出しませんよ」
「今言えることはハサンとは衝突しないことだな。後でいい」 
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