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星河の覇皇

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第五部第一章 新たなる幕開けその六


「彼等にとっては自分達こそ正義なのですから。そう」
 ここでややシニカルな笑みを浮かべた。
「彼等だけが絶対の正義なのですから」
「独裁者と変わりありませんね」
「本質的には全く同じでしょう。独裁者もテロによる支配を行いますから」
 ナチスやソ連等がいい例である。彼等は虐殺による恐怖でも支配を狙っていたのだ。
 恐怖は人の心を萎縮させる。気の弱い生徒が暴力教師に何もできないのと同じである。
 ナチスもソ連もそれがよくわかっていた。これはロベスピエールに倣ったものであった。ギロチンによる支配を二十世紀に再現したのであった。
 だがこれができるには一つの条件がある。当の独裁者に力があるか否か、である。
 力、とりわけ人を屈服させ、崇拝すらさせるカリスマがなければできないことである。ヒトラー、スターリンにはそれがあった。なければ失脚する。ロベスピエールが最後に失脚し、自らもギロチンに送られたのもそれがあったかも知れない。彼もカリスマは備えていたがヒトラーやスターリン程のものではなかった。後のナポレオンの方がこのロベスピエールよりも遥かに強烈なカリスマ性を持っていたと言えるだろう。
 カリスマのない独裁者は失脚する。他の政治力や指導力もない場合はテロリストになる。結局テロリストは独裁者の尻尾に過ぎないのだ。
「だからこそ彼等は危険なのです。世界は自分の世界だけですから」
「他の世界は破壊しても構わない」
「そういうことです。連中にとっては他の人間の生命や人生なぞ塵と同じものなのです」
 ンガバはここでもアラガルに違和感を覚えた。
(どうも経歴とは合わないな)
 また思った。
 話を聞く限り彼はハードボイルドだ。しかし今彼が話していることはハードボイルドではない。どちらかというとかなり理知的だ。しかもシニカルな香料も含んでいる。
 どちらかというとシャーロック=ホームズか。
(違うな)
 ンガバは推理小説が好きである。古典的な作品は大体読んでいる。
(バージル=ティッブスかな)
 黒人の刑事である。当時の差別のあるアメリカ社会において颯爽と活躍した誇り高き刑事だ。理知的で教養のある人物であった。
(これも違うかも知れないな)
 かといってマイク=ハマーでは決してない。剥き出しの猛々しさなぞ何処にもなかった。
 それに明るい。これはラテン特有のものであろうか。ちなみに彼はウルグアイ出身である。
 元々陽気なカラーが好まれる連合においてもやはりラテン系の明るさは際立っていた。これは一千年前から変わらない。特に音楽の世界ではそうであった。
 そう考えると非常にユニークな人物であった。ンガバはアラガルにあらためて興味を持った。
「さて」
 アラガルはここでまた腕時計を見た。
「そろそろ長官が来られる頃ですね」
「そろそろですか」
 ンガバがそう言った時だった。部屋の扉が開いた。
「ハッ」
 二人は同時に席を立った。ンガバは敬礼し、アラガルは頭を垂れた。武官の礼と文官の礼であった。
 八条も礼を返した。こちらは文官の礼であった。かって軍人であっても今の役職は文官のものであるからだ。
(成程)
 八条は二人の礼を見てあることに気付いた。
 武官と文官の違いではない。それならばとうの昔にわかっている。彼が気付いたのは二人の動きの違いであった。
 やはり動きが違うのだ。ンガバの動きは噂通り虎のそれを思わせる。そしてアラガルは豹だ。
(とすると私は何かな)
 彼はふと思った。
(猛獣使いと言えばこの二人に悪いな)
 確かにいささか失礼だがこの二人にとっては猛獣に例えられるのは悪いことではなかった。むしろ勲章と考えていた。
 八条は席に着いた。二人はそれを確かめて八条に促され席に着いた。
「今日君達二人をここに招いたのは理由がある」
 彼は静かに切り出した。
「これから行われる観艦式の警護についてだ」
 二人はそれを聞きやはり、と思った。
「各国の首脳が一斉に集まるだけありその警護は重要だ。特に注意すべきは」
「テロリストですね」
「そうだ」
 アラガルの言葉に頷いた。ここまでの話は何処か台本の様に進んでいる。
「外から来るものと既に潜んでいると思われるものの二つが考えられる。この際彼等の主義主張はいい」
「やることは同じですから」
「そういうことだね」
 アラガルの言葉に苦笑した。
「ではすぐに本題に入ろう。そのテロ対策だが」
 八条はまずンガバに顔を向けた。
「外から来るぶんについてはンガバ大佐にお願いしたいのですが」
「グリーンベレーにですね」
「はい。できますか」
「お任せ下さい」
 ンガバはにこりと微笑んで言った。
「連中を一人たりとも入れはしません故」
「ではお願いしますね」
 八条は次にアラガルに顔を向けた。
「既に潜伏している者達についてはアラガル部長にお任せしたいのですが」
「わかりました」
 アラガルもまた微笑んだ。こちらはいささか朗らかであった。
「では一人残らず捜し出すとしましょう」
 なお連合中央政府の法においてはテロ行為と死刑となる。連合構成国各国の国内法においてもそれは同じである。テロリストの人権を擁護するような愚か者もいるが常識としてテロリストを許すような者は普通はいない。
 ただし裁判は行われる。抵抗した場合以外は逮捕することが求められる。そう、抵抗した場合以外は。実はこのアラガルは探偵時代テロリストを数多く殺しているという。理由は抵抗したからだという。
(本当なのか)
 誰もがそれを聞いて一度はそう思った。当然といえば当然である。何しろ時には捕まえたその場で射殺したこともあるという。理由はそこに同僚の死体があったからだ。
「仇は取る主義でね」
 彼は射殺した理由を聞かれ涼しい顔でこう言ったという。この笑顔とはまた違った顔である。
 彼が国防省に入ったのはその手腕を買われてのことだが性格的なものもあった。テロリストには徹底的に冷酷でなければならない、そうした面で彼は適任であった。
「頼みますよ」
 八条は彼に声をかけた。
「潜伏しているテロリスト達はアラガル部長のチームにやってもらいますから」
「はい」
 彼は相変わらずにこにことして返す。だがそれは一面に過ぎないのだ。
「では決まりですね。外から来るものについてはグリーンベレー、中にいるものはテロ対策チームにそれぞれ対処してもらうことにします。それでよろしいですね」
「はい」
「お任せ下さい」
 二人は頷いた。
「では細部は専門家である貴方達に全て委任します。責任は私が請け負います」
 こうした場合責任を引き受けることが必要だ。そうでないと部下は安心して仕事ができないからだ。
「頼みましたよ。テロリストを一人残らず掃討して下さい」
 こうして会議は終わった。ンガバとアラガルはすぐに行動に移った。
「これでテロリストへの対策は万全ですね」
 そのことを八条に報告した秘書官は安心しきった顔でこう言った。
「それはどうだろうか」
 だが当の八条は今一つ安心しきった顔をしていなかった。それが秘書官には不思議だった。
「まだ心配なことでも?」
「うん」
 彼はその問いに頷いた。
「テロリストはこちらの裏をかこうと常に考えている。だからこそ危険なんだ」
 二十一世紀初年のアメリカニューヨークで起こったテロには全世界が驚愕した。あの様な方法があったのか、と。
 それからもテロリスト達はあの手この手でテロを行ってきた。ガードをかいくぐりテロを遂行する為にだ。
「今回も何をしてくるかわからない。出入国の管理や太陽系での調査だけで足りるかどうか」
「警護の兵士も今までの三倍に増やしておりますが」
「だからといって完全に防げる保証はない」
「はい」
 秘書官はそう指摘され顔を俯けさせた。
「市民の身元は全てわかっているね」
「それは最初に調べました。住民台帳等で」
 連合やエウロパでは住民台帳や戸籍等で国民の住所や職業がある程度までわかるようになっている。これによりそれぞれの国の人口が容易にわかるのだ。
「怪しい人物もやはり何人かいました」
「そうだろうな」
 テロリストの侵入の手口の一つとして『成りすまし』がある。ある人物の個人情報を入手し、その者になり替わるのだ。時にはその為に顔や指紋を整形までする。なお成りすまされた方は暗殺されたり誘拐されたりしていることが多いが時には成りすまされた本人が全く別の場所で働いており、偽者がいることを知らない場合もある。
「そうした人物は既にアラガル部長の極秘捜査により正体を突き止められ、場合によっては逮捕されているそうです」
「早いな」
「はい」
「しかし部長には彼の任務に専念してもらおう。そちらは・・・・・・そうだな」
 八条は暫し考え込んだあとで言った。
「警察にやってもらうか。そうした細かい仕事は得意だからな」
「わかりました。では警察にはそのように要請しておきましょう」
「頼むよ」
「はい」
 秘書官は八条の言葉に頭を垂れた。これで警察への件は決定した。八条は話を続けた。
「とりあえず手は打てるだけ打たないと話にならないな」
「そうですね。抜かりは許されません」
「他には・・・・・・民間にも頼むか」
「アラガル部長のかっての同業者にですか?」
「それはちょっと」
 八条はそれには苦笑した。
「幾ら何でもテロリストと戦う探偵は滅多にいるものじゃない。ガードマンも使おうかと思ってね」
「それはいいですね」
「そう思うか。ではそれで決定だ」
「はい」
 こうして民間のガードマンを雇うことも決定した。
 話は次々に進められていった。こうして彼等は来るべき観艦式に備えていたのであった。
「連合は最近何かと警備が厳重らしいな」
 シャイターンはこの時選挙戦の最中であった。マヤムーク王国の首相選に出ているのだ。マヤムークでは首相は選挙により選ばれる。大統領のそれに似たシステムとなっているのだ。
 この選挙においてシャイターンは妻の家であるハルーク家の力と民衆の圧倒的な支持を背景にしている。対抗する候補は既に半ば戦いを諦めており勝利は確実だと言われている。
 その為選挙活動も比較的大人しかった。彼はそちらは主に部下達に任せ各国の情報収集に力を入れていた。
「ハッ、観艦式を行うと聞いております」
 ハルシークが敬礼をした後そう報告した。
「観艦式か」
 シャイターンはそれを聞いて一言漏らした。
「それにしては警護が厳重過ぎるな」 
 サハラ各国においても観艦式は時々行われる。確かにその警護は厳重だがここまでではない。
「何か別の意図があるのではないか」
「意図といいますと」
「わかっていると思うが」
 シャイターンはここでハルシークに微笑んだ。
「はい」
 ハルシークも微笑んでそれに返した。
「どうやら連合中央政府はここで何かを見せたいようですね」
「それも銀河全土にな」
 シャイターンは笑みをたたえたままそう言った。
「それが何かまではわからないがな。おそらく連合独自の兵器なのだろう」
「主要艦艇が考えられますが」
「それだけではないだろうな、絶対に」
「ですな」
 ハルシークはまた頷いた。
「一体何を出してくるのか」
「それは楽しみにしておくとするか。何を出してくるか。もっともどの様な兵器でも私の前には敗れ去る運命だが」
 シャイターンの笑みが自信に満ちたものになった。
「完全な兵器なぞこの世に現われたことは一度もない。必ず弱点があるのだ」
 これはこの世の揺るがぬ摂理であった。今まで多くの戦いが繰り広げられそれと同じ位多くの武器や兵器が姿を現わした。だがそれ等は全て人間の作り出したものであり、必ず何処かに弱点があった。それは何故かと言われるとそれを作り出した他ならぬ人間が不完全で弱点を多く持っているからである。
「連合がそれをわかっているかどうかは知らぬがな」
「わかっていなければ敗れるだけです」
「どの道私に敗れる運命にある。若しこのサハラに来たならばな」
 彼は不敵な声を口にした。
「このサハラはサハラの者だけのものだ。他の国の者が入ることは許されない」
 これは侵略という意味である。シャイターンは貿易や交流を否定する程愚かではない。
 サハラはイスラム教が支配している。そのイスラムは商人の宗教とさえ呼ばれている。その彼等が貿易や交流を否定することは自らの否定に他ならないのだ。
 だからこそシャイターンもそれは大いに奨励うべきことであると考えている。だが侵略者に対しては別だ。侵略を許しては自らの命を守れないからだ。
「連合もこのサハラに侵攻してくるということでしょうか」
 ハルシークは少し戸惑いながら言った。
「私にはとても考えられませんが」
「今の時点ではな」
 シャイターンは彼に対し言った。
「ただ今後はわからない。ただ用心はしておくべきだ」
「用心ですか」
「そうだ。例えばの話だが」
 彼は話をはじめた。
「このサハラのレアメタルが多量に発見されたらどうなる?」
「レアメタルですか」
「うむ」
 シャイターンはハルシークに頷いた。
「かっての石油の様なものがな」
「それはないでしょう」
 ハルシークは微笑んで言った。
「そう言い切れるか?」
「はい、連合は資源には全く困っておりません。他の勢力に比べその点でも遥かに恵まれています」
「確かにな」
 やはりここでも国土の広さがものを言った。連合は資源にも非常に恵まれているのだ。
「特にワープに使用する資源については」
 ワープには様々な資源が使われる。純濃度のウランやプルトニウムも使用されるが他の資源も使用される。その多くは放射性物質だ。
 その中でも特に多く使用されているのがプルトニウムである。やはりこの時代においてもそのエネルギーは重宝されていた。この時代のプルトニウムは一千年前と比較して遥かに安全でかつ合理的に使用されている。その為僅かな量で銀河を航行し、ワープすることも可能なのだ。
「プルトニウム以上に効率のいい資源が発見されたとしたらどうだ」
「その様なものがあるのでしょうか」
「あるかも知れない」
 シャイターンは言った。
「こればかりはわからないが」
「あくまで仮定の話ですか」
「ああ。連合は確かに全てにおいて満ち足りている。嫉妬の対象となる程にな」
 これは事実であった。やはり広大な勢力圏がものを言っていた。内部にはそれなりの諸問題を抱えていても連合においては人口問題も戦乱もなかった。
「だがもしこのサハラで彼等が持っていない資源が発見されたなら」
「結果は火を見るより明らかですね」
「仮定だがな」
 シャイターンはここでもまだ仮定であることを強調した。
「連合には野心的な国も多い」
「アメリカに中国、ロシアが特に」
 この時代においてもこれ等の国々のスタンスに大きな変わりはない。連合内部においてもことあるごとに自分達の主張を押し通そうとする。国力が高い分だけ始末に終えないのだ。これを抑えるのが日本やASEAN諸国の役割であった。
「連中は言うまでもないな。二十世紀の頃から全く変わっていない」
「あそこまで変化がないというのも見事ですな」
「そんな連中だ。それで一千年の間やっていけたのだから特に変えるつもりもないのだろう」
「周りにいる国々にとっては迷惑な話ですが」
「そうだな。連合内部に留まっていてくれればそれに越したことはない」
「はい」
「だがこちらに来た場合を考えておかなければならないのは事実だ」
 仮定のケースとしてそうした戦略を立てておくのも戦略の常である。シャイターンはそれを忠実に守っているに過ぎない。
「エウロパだけではなく」
「そうだ。今まで思いもよらぬ敵に攻め込まれ滅亡した国は多い」
 敵とは思わぬところから現われるものである。それも世の摂理であろうか。思えば皮肉な節理である。
「だからこそ警戒を怠ってはならない。ましてや連合は銀河の七分の六を占める巨大な勢力だ」
「はい」
「彼等がもし動いたなら・・・・・・わかるだろう」
「・・・・・・・・・」
 ハルシークはその問いには沈黙した。それは言われずともわかっていることであった。
 連合とサハラでは例えサハラ全土を糾合しても国力差があり過ぎる。人口だけでも十五倍の開きがある。資源も経済力も比較にならない程である。
「対立は避けなければならない、可能な限り」
 シャイターンは連合とことを構えるつもりはなかった。彼の敵はまずはあくまでエウロパであった。
「だが対立した時は我々も戦わなければならない。絶対にな」
「このサハラはサハラの者だけのものですから」
 彼等は多くの国々に分裂し、争っていてもそうした意識はあった。彼等はまずサハラの民であるのだ。ここが連合たエウロパとは違うところだ。
 エウロパではエウロパ市民であると考える。各国の市民であるという考えはその次だ。
 連合では逆だ。連合は各国の主権が強い為まずそれぞれの国の国民と考える。市民ではなく国民なのである。そしてその次に連合市民であると考える。彼等はそれぞれの国への帰属意識が強いのだ。
 サハラはサハラの民だ。それ以外でもそれ以上でもない。アッラーの経典を信じるサハラの民なのである。それぞれの国ことは認識しているが彼等はそれでもサハラの民なのである。
 マウリアになるとこれがかなり厄介になる。彼等はあまりにも独特の考えを持っており他の国の者にとっては極めて理解し難い。彼等にとっては常識であってもだ。
 こうした意識は当然ながらシャイターンにもあった。彼もまたサハラの民なのであるから。
「そうだ。だからこそエウロパも取り除かなければならない。絶対にな」
「はい」
 ハルシークはまた頷いた。
「選挙が終わり、他の国々とあの条約を結び次第動くぞ」
「遂にですな」
「うむ、長い時がかかってしまったが」
 シャイターンは不敵な笑みを浮かべた。
「まずは私がこの北方諸国を完全に掌握しなければならないがな」
「そしてそれからですな」
「そうだ。だが動くとなればすぐに動くぞ」
 それがシャイターンであった。
「エウロパの貴族達よ、精々今のうちに贅沢を楽しんでいるがいい」
 彼等の総督府における優雅な暮らしぶりはサハラにおいてはよく知られていた。それが彼等に対する反発をさらに強めていた。
「すぐに祖国に逃げ帰らなければならなくなるのだからな。身一つで」
「そしてあの者達の汚した地は全て我等のものに」
「そう、サハラは全て我が手に帰する運命なのだ。この手にな」
 シャイターンはまだ不敵な笑みを浮かべていた。そして右手を掲げた。
「この手の中にサハラが入る。麗わしのサハラよ、そなたは私のものとなるのだ」
 そう言うとマントを翻しその場から去った。あとにはハルシークが続いた。
 
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