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銀河転生伝説

作者:使徒
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第26話 バーミリオンの死闘

宇宙暦799年/帝国暦490年2月13日。
ランテマリオで味方の窮地を救ったヤン・ウェンリーは、ハイネセンに戻って2時間後に元帥に昇進させる旨の連絡を受けた。
32歳で同盟軍史上最年少の元帥となったのである。
過去の記録が36歳のブルース・アッシュビー提督で、それも戦死後のことであったから、またしてもヤンは人事上の記録を更新したことになる。


<ヤン>

「返上するほど無欲にもなれないから貰っておくが、今更大してありがたくも無いな。ま、ビュコック長官のお裾分けと思うことにしようかな」

「よろしいんじゃありませんか? 退役した後の年金の額も違いますから」

「貰えればですがね」

確かにその通りだ。
同盟は今滅亡の危機にある。

同盟が帝国に勝つにはハプスブルク大公を戦場で撃つしかない。
彼には娘がいるようだが、まだ幼い。
彼が死ねば帝国軍は一度帝国へ帰還せざるを得ないだろう。
上手くいけば内乱が発生するかもしれない。
そうなれば、同盟が立て直す時間くらいは稼げるだろう。
幸い、イゼルローン要塞奪還の仕掛けも施してある。

とはいえ、ハプスブルク大公を引っ張り出すには帝国軍の名だたる将たちを連破する必要がある……か。
正直言って気が重いが、なるべく楽をして勝たなくちゃな。


* * *


惑星ウルヴァシーに基地の建設を開始した帝国軍の元へ、イゼルローン要塞をルッツ大将に任せたナトルプ上級大将がアイゼナッハ、ドロッセルマイヤー両大将と共に合流した。

これによって帝国軍の兵力は艦艇30万隻、将兵3000万人に達した。
だが、それだけに補給線の長さが問題となりつつある。

帝国軍はガンダルヴァ恒星系第二惑星ウルヴァシーを恒久的に基地化するため、また3000万の将兵を養うため、本国から多量の物資を必要としている。
さすがのガイエスブルク要塞もこれだけの補給を賄う事は不可能だ。

フェザーン、イゼルローン両回廊を占拠し同盟軍の主力を敗退させたとはいえ、同盟最強のヤン艦隊が行動の自由を得たことと合わせて戦勝に奢ってはいられなかったのである。

「輸送船団に2個艦隊の護衛を付けることで反乱軍の襲撃を撃退する。シュムーデ、ハウサー、貴官らは輸送船団の護衛に当たれ。敵が現れたなら、輸送船を死守しつつ消耗戦に引きずり込むのだ。兵力において劣る奴らにとって、消耗戦こそ最も恐れる事態だろうからな」

アドルフは原作のようにヤン艦隊の蠢動を許さぬため、護衛に2個艦隊を付けることにした。

案の定、ヤンは帝国軍の補給路を狙って輸送船団を襲撃しようとしたが、この護衛の多さに手を引かざるを得なかった。
ここで貴重な戦力をすり減らすことは出来なかったのである。

・・・・・

「どうせこの同盟領自体が敵の補給基地のようなもの。いちいち探しまわるのは時間と労力の無駄でしかかない。ならば、餌によって敵を引きつけ一気に殲滅する。このまま奴等を野放しにして、一気にハイネセンを落としてしまうのも手だ。だが、もし奴等が大人しく降伏せず各地に潜伏してゲリラ戦を行えば少々やっかいなことになる。それに、ナトルプ達の功を否定するわけでは無いが、あまりにもあっさりとイゼルローン要塞を奪回できたというのも気になる。何かがある……確証は無いがそんな感じがするのだ」

もちろん、アドルフはヤンがイゼルローン要塞に何を仕掛けたのかは知っている。
しかし、その合言葉まで覚えているほど彼は記憶力が良くなかった。

「もし仮に、イゼルローン要塞を奪回されて籠られるとやっかいだ。ここでヤンとは結着を付けておきたい。そこで……だ、卿らにはそれぞれの艦隊を率いて私の元から離れてもらう。この状況で奴らが勝利するには補給線を絶つか、私を討つしか無いからな。私を撃ち易くすれば、ヤン・ウェンリーも姿を見せるだろう。網を張ってそこを撃つのだ!」

「すると、閣下はご自身が囮となり直属の艦隊のみでヤン・ウェンリーの攻勢に対処なされるお積りですか? それはあまりに危険過ぎます、どうか小官だけでも前衛としてお傍に残ることをお許しください」

「もちろん、あのヤンを相手に私だけで立ち向かう……なんてことはせぬよ。ミュラー、シュタインメッツ、メックリンガーの3名には私と共にヤンを迎え撃ってもらう。それと、万一に備えてナトルプ、シドー両名はバーラト星域へ直進し、惑星ハイネセンを落として同盟政府を降伏させよ。異存は無いな?」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

こうして、帝国軍は動き出す。

また、帝国軍の各艦隊が各地に散ったのを知ったヤン・ウェンリーは艦隊をガンダルヴァ星系に向けた。
宇宙暦799年/帝国暦490年3月26日のことであった。


* * *


ヤン・ウェンリーはハプスブルク大公の本隊をバーミリオン星域で迎え撃つことにした。
これは、限られた時間の中でハプスブルク大公を撃たなければ勝機は無いとヤンが考えたためである。

「総員、第一級臨戦態勢」

「敵との距離84光秒」

「敵軍イエローゾーンを突破しつつあり、完全に射程距離に入りました!」

「……撃て」


宇宙暦799年/帝国暦490年4月13日。
バーミリオン星域の会戦は、平凡な形で開始された。

帝国軍はハプスブルク、ミュラー、シュタインメッツ、メックリンガーの4個艦隊62000隻。
同盟軍はヤン艦隊に第十二艦隊、第十四艦隊を加えた3個艦隊31000隻。

2倍の兵力差を活かして攻めようとするアドルフ・フォン・ハプスブルクと、ある思惑があるヤン・ウェンリー。
双方の思惑が重なった結果、戦闘はごく正統的な戦法での探り合いから始まったのである。

・・・・・

4月16日。
戦いが3日目を迎えたところで、戦況は大きく変化する。

「後方より敵、およそ8000!」

「バカな! この状況で……」

それは、カールセン中将率いる第十五艦隊8000隻であった。

「行けー、敵を挟撃する好機は今ぞ!!」

背後を突かれた帝国軍の艦艇が次々と沈んでいく。

「くっ、ならベルゲングリューン、ジンツァーの分艦隊を回して……」

「前方の敵、攻勢に出てきます!」

これまで、帝国軍との緩い撃ち合いに興じていた同盟軍は一転して速攻に転じた。

前後から挟撃された帝国軍の損害はたちどころに増えていく。

「閣下、このままでは戦力を消耗してしまいます。ここは一度反転し、背後の敵艦隊を先に始末しましょう」

総参謀長のグライフスがアドルフに進言する。が、

「敵前で反転など出来るか、相手はあのヤンだぞ! だが、確かにこのまま手を拱《こまね》いていてもジリ便だな。………ならば、全艦突撃だ。密集隊形をとって敵中央を食い破り戦線を再構築する。バルトハウザー、卿の能力に期待する。先鋒を頼むぞ」

『はっ、お任せ下さい』

帝国軍はバルトハウザー中将率いる2500隻の分艦隊を先頭にして同盟軍の中央を突破するべく突撃を開始する。

「ダメです、敵の攻撃が激しく防ぎきれません!」

「中央を空け、敵を通してやれ。そして敵の集結地点に砲火を集中せよ。なるべく正確に、効率的にだ」

同盟軍の中央を突破し戦線の再構築を図った帝国軍であったが、艦隊の集結地点に集中砲火を受け、先程の挟撃と合わせてその数を大きく減じた。

これで数は45000対32000。
帝国軍は開戦時から17000隻も減じているのに対し、同盟軍は逆に1000隻増えている計算になる(※第十五艦隊が加わったため)。
勝負はまだ分からない。

「全艦、そのまま前進して距離をとれ。艦隊を再編する」 ← アドルフ

「攻撃中止。今のうちに、こちらも艦隊の再編を行う」 ← ヤン

この一連の戦闘で両軍とも陣形が完全に崩れているため、両軍共に戦線の収拾を図る。


翌17日。
再編を終えた両軍の戦闘が再開される。

「モートン提督、カールセン提督に命令、敵中央と両翼を分断せよ」

「全艦突撃!」

「突撃!」

モートン、カールセン両艦隊の決死の突撃で、同盟軍は帝国軍中央と両翼との間に楔を打ち込むことに成功する。
これにより、メックリンガー、シュタインメッツ両艦隊は一時的に本隊との連携がとれなくなった。

「敵両翼を本隊より分断しました」

「よし、前方の敵軍に総攻撃。それと、グエン・バン・ヒューに連絡。敵を撃滅せよと」

「おう、やっと出番か。行くぞ、全艦突撃だー!」

ヤンは、今まで温存しておいたグエン・バン・ヒューの部隊を帝国軍に叩きつけた。

「シャハハハハハ、こいつはいいぞ。前には敵の団体だ。狙いを付ける必要も無い、とにかく撃てば敵に当たるぞ!」

「敵の侵入を許すな、全力を上げてハプスブルク大公をお守りするんだ!」

ミュラー艦隊は、同盟軍の猛攻を必死に食い止める。

・・・・・

「損傷6ヶ所、核融合炉破損。危険状態です」

「閣下、脱出なさってください。この艦の命運は尽きました」

「では、他の間に司令部を移す。最も近い距離にいる艦はどれか?」

「戦艦ノイシュタットであります」

「うん、総員に退去命令」

だが、ミュラーが司令部を移したノイシュタットも同盟軍の砲火に曝され、間もなく航行不能に陥るとミュラー等が退去した直後に撃沈した。

「運が良いのか悪いのか……」

ミュラーは戦艦オッフェングルフに司令部を移し、さらに2時間後、戦艦ヘルテンに移乗した。

こうして不退転の決意を以って勇戦を続けたミュラーは、これによって後に『鉄壁ミュラー』の異名を奉られることとなる。

そして、遂にヤン、スプレイン両艦隊はミュラー艦隊を突破。

数で勝る帝国軍有利と思われたこの会戦、帝国軍は意外な苦戦の中にいた。


* * *


やっとの思いでミュラー艦隊を突破したヤン、スプレイン艦隊であったが、ミュラー艦隊が時間を稼いだおかげでハプスブルク艦隊は猶予を持って陣形を整えており、数においてもヤン、スプレイン艦隊のそれを凌駕していた。

「全艦、砲撃開始! 撃って撃って撃ちまくれ! それと、アースグリム級6隻に主砲の発射を命じろ。ここが正念場だ」

6隻のアースグリム級戦艦――アハトアハト、ドイッチェラント、リュッツォー、アドミラル・シェーア、アドミラル・グラーフ・シュペー、スルクフ――の艦首大型ビーム砲が発射される。

ヤン艦隊に多少の混乱は見られたが、その度合いはそれほどでは無かった。
帝国軍の艦隊運動にいくつか不審な点を見つけたヤンは、その直線上にある艦艇数を少なくし、残った艦艇にも急速回避の準備を伝えていた為である。

結果として、同盟軍の損害は数百隻程度の艦を失っただけで済んだ。
が、アースグリム級の艦首大型ビーム砲の威力はヤンの心胆を寒からしめた。

「こんな切り札を残していたとは……しかし」

ヤンは火力の集中と適確な艦隊運動でアドルフ艦隊の戦力を徐々に削いでいく。

流石に、ヤンとアドルフでは実力の格が違った。

「クナップシュタイン艦隊壊滅しつつあり!」

「ジンツァー艦隊も戦線崩壊の模様!」

「閣下、このままでは……」

「……いったん引いて艦隊を再編する」

アドルフは、いったん引いて艦隊の再編を図る。
だが、そのチャンスを見逃すヤンではない。

「今だ、全艦総攻撃。敵の中央部に砲火を集中せよ」

ヤンは、後退し艦列を整えようとするハプスブルク艦隊へ容赦ない砲撃を浴びせる。

「ガルスター准将戦死!」

「ゲテルリッヒ准将……戦死!」

次々と戦死するハプスブルク艦隊の中級指揮官。

「堪えろ、味方の援軍が駆け付けるまで堪えるんだ!」

ハプスブルク艦隊は必死に堪えるも艦艇は次々と撃ち減らされていき、旗艦ブリュンヒルデも数発被弾する。

アドルフが『俺の運命もここまでか……』などと思い始めた…その時。

「右方より援軍、およそ8000! ファーレンハイト艦隊です」

「おお、来たか。よし、反撃を開始しろ!」

ファーレンハイト艦隊の来援により、同盟軍の左翼を担当していたモートン中将の艦隊はメックリンガー艦隊とファーレンハイト艦隊に挟撃される形となる。

「敵の侵入を許すな! あと一息、あと一息でヤン元帥が敵の旗艦を討ち取れるんだ!」

「閣下、いけません。敵の攻撃が激しく、味方の損害が多大です。このままでは戦線を維持できません。既に、我が部隊の損害は5000隻に達しています」

「馬鹿な! 僅か1時間余で6割以上が失われたというのか!?」

直後、戦艦アキレウスの艦橋にビームが直撃した。

そして、その報は同盟軍旗艦ヒューベリオンへともたらされる。

「戦艦アキレウス撃沈、ライオネル・モートン提督戦死」

同盟軍にとっての凶報はそれだけでは無かった。

「後背に敵出現。数、8000!」

それは、ファーレンハイト艦隊に次いで戦場へ駆けつけてきたアイゼナッハ艦隊であった。

急いで駆け付けて来たため、ファーレンハイト艦隊と同様に数が減じているが、それでもこの局面においては決定的ともいえる数である。

その被害を一番に受けたのは、シュタインメッツ艦隊を抑えていた右翼のカールセン艦隊であった。

「閣下、ミサイルもエネルギーも底を突き、もはや……」

「ワシは士官学校に行けなんでな……」

「は?」

「これまで統合作戦本部のエリートさん達に対する意地だけで戦ってきたものじゃ。こんな時代でなかったら到底艦隊司令官までは出世できなんだろう。それが、こうしてハプスブルク大公にあと一歩のところまで戦えたんじゃ……もう十分じゃな」

第十五艦隊旗艦ディオメデスにビームが殺到し、ディオメデスは爆沈していく。

ラルフ・カールセン提督――彼の死に様は、直立不動で敬礼をしながらという武人らしい最期であった。

「戦艦ディオメデス撃沈、ラルフ・カールセン提督戦死」

「これで、敵の両翼は組織だった行動はできんな。敵両翼の残存部隊はファーレンハイト、アイゼナッハ両提督に任せ、我々は敵の本隊を叩く!」

モートン、カールセン両艦隊を排し、正面に集中できるようになったアドルフ、ミュラー、シュタインメッツ、メックリンガーの4個艦隊は中央に攻撃を集中し、この圧力に耐え切れず、ヤン、スプレイン両艦隊は一時後退してしまう。

「今だ、敵の先頭集団に集中砲火を浴びせよ!」

嵐のように撃ち込まれる砲撃。

なんとか堪えていたヤン、スプレイン艦隊であったが、遂にその艦列を崩してしまった。

「よし!」

「敵が崩れたぞ」

同盟軍が崩れたのを見て、帝国軍の砲撃がより一層増す。

「踏み止まれ、砲撃を集中させろ!」

アッテンボローが懸命に声を張り上げるも、帝国軍の勢いは止まらない。

「提督、もはや数の上で防御線を維持できません」

「…………」

「戦艦アガートラムに直撃弾!」

「なに!?」

「フィッシャー提督は?」

「い、命に別状はありませんが……重症を負われてますので指揮を取れる状態にありません」

エドウィン・フィッシャー中将の脱落は、劣勢にあるヤン艦隊に深刻な打撃を与えた。
ヤン艦隊の神憑り的な強さは、ヤンの知略に艦隊の運動が常に隙なく連動してきたことが大きい。
艦隊運用に関するフィッシャーの名人芸と、その名人を発掘し全権を委ねたヤンの度量とが完璧なコンビネーションを発揮して今日までの勝利を維持し得てきたのである。

そのフィッシャーが重傷を負った現状、艦隊に今までのような運動は到底不可能である。
もはや長時間に渡って帝国軍の猛攻を支えることは出来ないだろう。
ヤン自身がそう考えていた。

そして、更に止めとも言える凶報が舞い込んでくる。

「て、敵の後方に多数の艦影!」

「別動隊か?」

「戦艦スターリン確認……ゼークト艦隊です」

それは、ゼークト艦隊15000隻であった。

「間に合ったか、突撃だ! ここでイゼルローンの汚名を晴らすのだ!」

新たな増援を得た帝国と、既に満身創痍の同盟。

ここに、勝敗は決した。

「力及ばず……か。全艦機関停止、敵艦隊に降伏の意思を……」

ヤンが降伏を決意した……まさにその時。

「閣下、首都星ハイネセンより緊急通信です!」

ハイネセンより無条件降伏せよとの通信が届けられた。

「元々そのつもりだった、全軍に停戦するよう伝達してくれ。我々は帝国軍に降伏する」

同盟軍は全艦に砲撃と機関を停止させ、帝国軍に降伏を申し出た。

・・・・・

「そうか、ナトルプとシドーは同盟政府を降伏させることに成功したか。まあ、戦いの結果はどちらにせよ変わらなかったが……犠牲は少ない方がいい。こんな戦いはもう懲り懲りだ」


宇宙暦799年/帝国暦490年4月21日22時40分。
足掛け8日間に渡ったバーミリオン星域会戦は終結した。

帝国軍の損失・損傷艦艇54064隻。
同盟軍の損失・損傷艦艇31824隻。

両軍合わせて734万人の命が失われた。

まさに、死闘であった。
 
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