| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

原作開始前
  第三話「真祖」



 ふと気が付けば、草原の大地に立っていた。


 ――視点が、いつもより高い? 見下ろす大地が普段より高く見える。


 良く見れば着ている服装が普段の黒いワイシャツにジーンズではなく、黒の和服を着流しており、さらにその上から赤いロングコートを羽織っていた。なんだ、このファッションは……。


 目の前には燃えるような赤い髪をした青年が傷だらけになって座っている。


『やっぱり君には敵わないか……。そうであってほしいと願った身としては嬉しいやら悔しいやら。複雑な気持ちだね』


『強敵であってほしいと言ったのは君だろう』


 俺の口から聞き覚えのない声が発せられた。俺の意思とは関係なく勝手に言葉を紡いでいく。


 身体を動かそうとしても一ミリたりとも動かない。


 ――なんだ、これは……?


『そうなんだけどねぇ……やっぱり、悔しいよ』


 苦笑する男が大地に寝っころがり、




 ――視界が暗転した。




 ――なっ、どこだここは!?


 見知らぬ建物の屋上で、気が付けば椅子に腰かけていた。隣には黒髪の美女がこちらを見つめている。


 俺の身体がひとりでに動き、懐からタバコを取り出した。


『どうしても行くの?』


 女の人が悲哀に満ちた顔で訊ねてくる。俺の口が再び勝手に動き出す。


『……ここで行かなければ散っていった戦友たちに顔向けが出来ない。なに、奴らにそう容易くこの首をやるつもりはない。必ず戻って来るさ』


『絶対に帰って来てね……貴方の家はここなんだから』


『ああ。約束を違えたことがないのが密かな自慢なんでね。【紅の守護者】の名に恥じない働きをみせてくるよ』




 ――再び暗転する視界。




 ――今度は酒屋か?


 木製の丸テーブルがいくつも置いてあり、店内には厳つい男たちが酒を浴びるように飲んでいた。俺はカウンター席で一人ジョッキを傾けており、隣に座っていた麦わら帽子を被った青年の質問を受けていた。


『なあなあ、■■■■■はなんでそんなに強いんだ?』


『さあな……俺もわからん』


『自分のことなのにわからないのか?』


『ああ、自分の事なのに分からないんだ。……なんで俺は強いんだろうな?』


 不思議そうに首を傾げる少年に苦笑を浮かべる俺。


『強くあろうとした理由も、今じゃもう思い出せないよ』




 ――三度目の暗転。




 今度はどこかの戦場の様だった。荒れた荒野には黄色い布を巻いた男たちと、どこかの街の兵士と思わしき人たちが剣や槍を手に命の奪い合いをしている。


 俺は崖の上から戦場を見回していた。俺の後ろには鎧を身に付けた兵士たちが各々の武器を片手に静かに待機している。その数は優に三百は超えるだろう。


 何か得心がいったのか一つ頷いた俺は後ろを振り返る。この場にいたすべての人たちが俺に注目した。


『諸君、仕事の時間だ。これより我らは黄巾党を殲滅する。策は事前に説明した通りだ、各々の役目を果たすように。俺から降す命令はただ一言――死ぬな』


『『『応ッ!!』』』


 傍らに佇む黒髪の女性に声を掛ける。


『雹華』


『はっ!』


 セミロングの髪をした一七〇センチほどの女性は踵を揃えて直立姿勢となる。もう少し気を抜けばいいものの、と思ったが俺は口調を変えずに言葉を続けた。


『今から大技を放つ。ある程度敵の数を減らすから、機をみて突入するように』


『御意!』


『さて、天の御遣いの力を見せてやろう。――時は来たれり、我は幾千の雷でもって幾万の敵を討たん。今こそ断罪の鉄槌が降される時! 千の雷!』


 掌を上空に掲げると突如雷雲が発生し、空からいくつもの雷が降ってきた。雷はまるで意思を持っているかのように、黄色い布を巻いた者たちにだけ命中する。


『今だ! 神狼団、突入するっ』


 雹華と呼ばれた女性の号令により、雄叫びを上げながら兵士たちは駆け出した。





   †               †               †





「…………ん……」


 目を開けると、そこは見慣れた部屋だった。カーテンの隙間から覗く朝日が俺の顔を照らし、小鳥のさえずりが鼓膜を優しく叩く。


「ゆめ、か……」


 奇妙な夢だった。俺ではない人から見た視点。様々な場所で出会った人や出来事。夢のはずなのに、どこか生々しく、現実味があった。


「……いや、夢は夢だ」


 頭を振って気持ちを新たにすると、クローゼットに掛けてある普段着に着替える。時刻は六時、普段より一時間も寝坊してしまった。早いヒトではもうすぐ起きてくるだろう。


 ――ところで、バンパイアで早起きっというのはどうなんだろう……?


 そんなどうでもいいことを考えながら、いつものシャツとズボンに着替えて部屋を出る。


「あ、そういえば今日は萌香の誕生日か」


 カレンダーの日付には赤い丸印。今日は萌香の十歳の誕生日だ。


「なにかプレゼントを用意しないとな」


 何がいいだろう? 去年は萌香に合いそうな髪留めだったから、今年はもう少し凝った物にするか。


「そうと決まれば、あとで街に出掛けるかな」


 人間界に行くのも随分と久しぶりだな。


 俺たちが住む場所は人間界とは隔てた場所に位置するらしい。とは言っても何も別世界にいるわけではなく、結界によって人間界と隔てているのだそうだ。こういった結界によって人間界と隔て、生活環境を確保するのは他の妖怪たちも同じらしく、仲には人間社会に交じって生活する剛の者もいるらしい。人間は排他的な生き物だから、見つかった途端に大変な参事になると思うのだが、大丈夫なのだろうか?


 ちなみに、地上の事を人間界というらしい。


「とりあえず、今は早朝鍛練を終わらせるのが先だな」


 タオルを片手に裏庭へと足を運んだ。





   †               †               †





 時刻は二十時。食堂では数多くのヒトたちが集まり、萌香の誕生日を祝っていた。


「Happy birthday to you~♪ Happy birthday dear MOKA~♪」


「萌香ちゃん、十歳の誕生日おめでとう~!」


 刈愛の声に合わせ盛大な拍手が鳴り響く。萌香は照れ笑いを浮かべていた。


「じゃあ、まずは私からの誕生日プレゼントね! 頑張って作ってみたの~!」


 そういって刈愛が取り出したのは一抱えする程の大きさを持つ、お手製のヌイグルミだ。


 動物――と思わしき造型をしているが、何の動物なのか分からない。熊にも仮想キャラクターにも見える。


「わぁ~い! 手作りくまさんだぁ!」


「一応、ウサギさんなんだけど……」


「う、ウサギさん嬉しいなぁ!」


 ――どこか空元気に見えるのは俺だけだろうか?


 刈愛の次は心愛の番だ。ラッピングされた箱を目の前のテーブルにドンッ、と置く。


「刈愛姉さまって以外と不器用なのよね~。あたしはもっと可愛いものよ!」


「ははっ、いつも喧嘩してる心愛からのプレゼントだなんて、なんだか照れるな」


 包装を解き蓋を開けてみると、中から現れたのは愛らしい顔をした一匹の蝙蝠だった。


「あたしが捕まえたバケバケコウモリのこーちゃんよ! 特技は武器に変身すること。萌香お姉さまの式神にどうぞ!」


 ハイテンションの心愛に合わせ西洋剣に変身する蝙蝠のこーちゃん。頭は良いらしい。


「お、重――ッ!」


「そうそう。欠点は体重が百キロあることよ。ご飯よく食べるの」


 試しに萌香が持ってみると、あまりの重さにガクッと剣を取り落としそうになった。


「あ、ありがたいけど、遠慮しとくよ。こいつは私より怪力のお前向きだし、もうお前に懐いているようだしな」


 声にならないショックを受けた心愛は体育座りをして落ち込む刈愛の隣に同じく座りこむ。ここだけ負のオーラに満ちているな……。萌香もフォローする俺の身にもなって欲しいよ。


「ん~、じゃあ私のは気に入ってくれるかな~?」


 じゃーん、と取り出したのは一着の深紅のドレスだ。思わず見惚れる萌香はさっそく試着する。


「萌香ちゃん素敵!」


「お姉さま、きれー……」


「可??! とってもよく似合っているよ萌香!」


 モカのドレス姿に見惚れる姉妹。確かに深紅のドレスが萌香の銀髪とよくマッチしており、本人の愛らしさを前面に押し出している。


「どう……かな、兄さん?」


 もじもじと指を合わせて上目遣いで俺を見上げる萌香に、胸の奥から熱い何かが溢れるような、何とも言えない感覚が沸き起こるのを感じた。


「よく似合っているよ。うん、綺麗だ」


 なんの捻りもない言葉。しかし、そんな言葉に萌香は嬉しそうに微笑んだ。再び胸の奥の何かをかき立てられる。もしや、これが俗に言う、萌えか?


 ――おっと、いかんいかん。俺もプレゼントを渡さないと。


「最後に俺だな。俺からのプレゼントはこれだ」


 懐からラッピングされたケースを取り出す。ワクワクした顔で受け取った萌香は早速、包装を解いた。


「これは……指輪?」


 中に入っているのは銀色の指輪に鎖を通したものだ。


「Une bague de la lune――フランス語で月の指輪と言うらしい。萌香のイメージはどちらかというと月だからな。裏には萌香の名前が彫ってある」


 萌香は愛おしそうに指輪を撫でた。


「ありがとう、兄さん、みんな……。とっても嬉しいよ、ありがとう……」


 心の底から嬉しそうに微笑む萌香の双眸には涙が溢れていた。亞愛たちが萌香に抱きつき頭を撫でる。


 今日一番の拍手が、萌香たちを包んだ。


「……君の教育の賜物か、存外仲良く育ったものだ……。少しいいか、アカーシャ。話がある」


「――? ええ」


 親父とお袋が静かに部屋を出て行く。なにやら深刻な顔をしていたが、気になるな。


 好奇心が抑えきれない俺は気配を消してこっそり後をつけた。


 親父の部屋に入る二人を見届けると、隣室に向かい壁に耳を押し当てる。壁が厚いためこのくらいでは会話は聞こえないが、身体強化の魔術で聴覚の感度を上げることで対応した。今ではこのくらいの芸当は余裕で出来るようにはなっている。


『話というのは他でもない、例の預け先のことだ。先方とはすぐに話がついた、快諾してくれたよ』


『そうですか、よかった……』


『もうすぐ別居中の玉露が館に戻ってくる。あいつは何かとお前と萌香を毛嫌いしているからな。動くなら早いほうが良い』


 ――玉露? たしか刈愛と心愛の実母だったな……。一度しか会ったことないが、他者を見下したあの目はよく覚えている。


『はい、それにあの娘には地下の“アレ”とは関わりのない人生を送ってほしいですから……』


 ――地下のアレ? なんだかきな臭い話になって来たな。


 一体、何が起きようとしているんだ……?





   †               †               †





「なあ姉さん、ここって母さんから絶対に近づくなって言われていた場所じゃあ……」


「なに、怖いの萌香?」


 姉さんがもう一つプレゼントをくれるというからついて来てみれば、向かった先は地下の【開かずの扉】だった。ここは厳重に施錠されており、母さんから決して近づくなと厳命されていた場所だ。


 姉さんはあっさり鍵をバラバラに破壊して扉を開けると、ランタンを片手に先に進んでしまう。私は置いて行かれないように後に続いた


 螺旋状の石畳の階段を下りながら姉さんが唐突に口を開く。灯りは姉さんのランタンだけなので周囲は薄暗く、どことなく嫌な空気が肌を刺激していた。


「萌香は真祖って知ってる?」


「ああ……諸説は色々あるが、私たちバンパイアの祖先の事だろ? その力を引き継ぐものを真祖というらしいが……」


「そう。でも引き継ぐといっても遺伝じゃない。血液を媒介にしてのみの継承……即ち、真祖の血を吸い尽くして始めて、次の真祖に成ることができるの」


 先を歩く姉さんの顔はここからでは判らない。ただ、どことなく笑っている気配が感じた。


「な、なんで今ここでその話を?」


「……じゃあ、こういうのは知っている? かつてとある真祖がたった一人で人間を滅ぼそうとした。真祖はその身に数多の妖を取りこみ強大な力を手にした。その攻撃はたったの七日で大陸を火の海にしたという」


「だから、その話が一体――」


「彼はやがて倒されちゃうんだけど、その骸がもし、朱染家のこの地下に眠っているとしたら?」


 なにを言っているのか一瞬分からなかった。大陸を火の海に沈めた魔物が、この家の地下にいるだと!? そんな――、


「その話を聞いて私も半信半疑だったけど、これを目にして考えが変わったわ」


 階段を下り先に続く長い廊下を歩くと、開けた空間に出た。そして、そこに鎮座するモノを見てしまう。


「じ……じゃあ、これがその――」


「そう。真祖アルカード。最古のバンパイアの一人と呼ばれた男のなれの果てよ」


 そこにいたのは強大な怪物だった。見上げるような巨体はヒトの身体ではなく、まるで映画に出てくるエイリアンのような身体をしている。


 姉さんは振り返ると、嬉しそうに手を広げた。


「見てよ萌香、すごいでしょ! 彼はもう死んでいるけど、死んでもなお際立つこの荘厳さ! 真祖は強さも能力も普通のバンパイアを遥かに凌駕する。私はどんな手を使っても、あらゆる手段を使ってでもこの力を手にしたいの」


「ね、姉さんはこんなものを手にいれて、何がしたいんだ……」


 震える唇から紡いだ言葉に姉さんはただ一言こういった。


「――世界」





   †               †               †





 気が付けば自室にいた。どうやら無意識のうちに部屋に戻っていたようだ。


 姉さんがなにを考えて世界などと言ったのかは分からない。そう、分からないんだ。


 姉妹なのにまるで姉さんのことが分からなかった。世界を手にして一体何をするのだろうか。


 亞愛姉さんは私とは違いすぎる。見ているもの、器の大きさ、その何もかもが――。


「萌香!」


 扉を開け放ってお母さんがやって来た。その顔は焦燥感に満ちており、普段のお母さんが浮かべている表情とは一線を画している。


「お、お母さん? どうしたんだ、そんな血相を変えて――」


 ――パン!


 ジンジンと熱を帯びる頬。お母さんの目から涙が伝うのを見て、初めて叩かれたのだと気が付いた。


 あまりの出来事に呆然としているとお母さんが私の両肩を掴み捲し立てる。


「見たのね、萌香っ! 地下のあれを……! なんてことをしてくれたのあなたはッ! あれは……あれはッ!!」


 お母さんは急に私の肩から手を離すと、戸棚から服を物色し始めた。手当たり次第に鞄に詰めていく。


「お、お母さん!? どうしたの? どうして急に私の荷物をまとめるの!?」


「見ての通りよ萌香。あなたには明日一番でこの館を出て行ってもらうわ」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。


 私がこの家を出て行く?


 なんで……なんで……っ!


「じ、冗談でしょ……。なんで私が家を出なくちゃいけないの? 私が地下のあれを見たから!? 言いつけを破ったから!? ねぇ――」


「違うわ。……このことは前から一茶さんと相談して決めていたことなの。すでに預け先も決めてあるわ」


 信じられなかった、お母さんがそんなことを言うなんて……。


 否応なしに身体が震える。


「どうして……お母さんは私が嫌いなの……? 私が邪魔だから、そんなこと言うの……?」


 お母さんは何も言わず、私にあるものを差し出した。


「……これは?」


「これはお守りよ。ロザリオとチョーカーを繋ぎ合わせたもので、私が作ったの。きっと、あなたのあなたの力になってくれるわ」


 それは黒いチョーカーに銀のロザリオを鎖でつないだものだった。


「でも、これだけは信じて。私はあなたを一度も嫌ったことも邪魔だとも思ったことは無いわ。私はあなたに普通の女の子として幸せになって欲しい……。だから、今はお別れをするしかのないの。いつか全部を話せる日が来るまで、今は何も聞かないで」


 そう言って私の手を握るお母さん。


 信じたかった。だけど、姉さんのことや地下の真祖のこと、さらにはお母さんに家を出るように言われたことで、私の頭はすでに一杯一杯だった。


 ――だから、私はお母さんの手を振りほどいてしまった。


「萌香……!」


 居た堪れなくなって走り出す。今は何も考えたくなかった。


「待ちなさい、萌香!」


 だから、背後から聞こえてきた声がどこか泣きそうな声をしていたなんて、この時の私は思いもよらなかった。

 
 

 
後書き
感想募集中! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧