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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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SAO編 主人公:マルバ
壊れゆく世界◆ユイ――MHCP001
  第三十九話 ミズキ

 
前書き
ものすごく久しぶりの更新となってしまいました。 

 
 ミズキは分厚い書籍アイテムを開いたままユイを呼んだ。
「お二人さん。ちょっとユイを借りてもいいかい」
「借りてもって……なにする気なの?」
「仕事さ、本来のね」
 アスナはミズキが何を言っているのか分からないようだが、ユイはすぐに理解したようだ。
「おじちゃんのカウンセリングを行うんですね」
「ああ、そうだ。どうだ、どんな状態だ」
「……ものすごく、痛そうです。こんな状態で、なんでおじさんは……生きているんですか」
 ユイの言っていることはミズキ以外には分からなかったようだ。疑問の視線がミズキに降り注いだ。その視線の中、ミズキは静かに、再び尋ねた。
「それは聞き飽きたね。どの医者も俺に言ったよ、なんでお前は生きているんだ、ってね。それで、具体的にはどうなってんだよ」
「……至る所からの反応が普通の人の三分の二程度近くまで減少しています。特に視覚野の反応が非常に希薄です。一番酷いのは海馬ですが、ナーヴギアの脳波計では反応はほとんど確認できません。それに、脳波のα波が全く出ていません。常に興奮状態ということです」

 ユイの説明に、その場の皆が愕然とした。マルバが驚いて叫ぶ。
「ミズキ! 一体それはどういう……」
「ユイの言った通りだよ。俺の脳は相当のダメージを受けているんだ。物理的にな」
「物理的……?」
「ああ、よく分からんが酷く事故ったらしい。身体はけっこう酷いことになってるらしいぜ、写真で見た限りだけどな」
「ちょっとまってよ! なんでそんな状態でSAOにいるの?」
「そこは察しろよ。身体が動かせなねぇし目は見えねぇし耳も聞こえねぇから診察とかは全部医療用のナーヴギア通してやってたんだよ。金だけは心配要らねぇみてぇだけどな。なんでもここまで事故って生きてる人間は珍しいらしくてな、研究対象にされてんだよ。ちゃんと給料だってもらってる。皮肉なもんだよな、事故る前の方が給料低かったんだぜ? んでな、診察してない時間が暇だからってんでゲームやらせてもらってたんだ。SAOは兄ちゃんが徹夜で並んで買ってきてくれたらしいぜ」
「えええ!? なにそれ、そんなこと聞いてないよ!!」
「あれ、言ってなかったのか? でもまぁ、ユイがそう言うんだからそうなんだろ。で、どうよ。俺が身体を動かせるようになる可能性は」
「この世界で動ける以上、身体への命令はしっかり出ています。また、たいていの身体欠損は万能細胞で修復可能ですから、身体の修復さえ完了すれば身体は動かせると思いますよ。……ただ、言うならばインプットの部分がかなり壊れてしまっています。五感のうち、嗅覚と触覚以外は働かないと思います。ナーヴギアが視覚と聴覚と味覚の入力を感知できないので……」
「ほう、そりゃあいい。一生身体を動かせねぇと思ってたからな。どうもその辺をビシっと言ってくれる医者がいなかったもんで、助かるぜ。ありがとな」
「いえ……私は何もできませんから……。お力になれなくて、すみません」
「気にすんな。MHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)なんだろ? 身体の相談もできるんならPHCP(フィジカルヘルス・カウンセリングプログラム)になっちまうじゃねぇか。……それで、だ。お前さんの専門分野について聞こうじゃないか」
「精神的な障害、ですか?」
「ああ、そうだ。事故以来あっちこっち壊れちまってるからな、正常じゃねぇのは分かってる。でもな、精神的な問題もあると思うんだよ」
「……おじちゃんの力になれるかは分かりませんが、頑張ってみます。症状を教えてください」
「ああ、ええとな。前向性健忘……って言ゃあいいのか? 事故より後は普通に思い出せるんだが、記憶の保持できる期間が十七日間だけなんだ。あと、事故直前の……そうだな、一週間ほどの記憶がねぇ」

 ミズキの言葉に、全員が目を剥いた。
「ちょっ……ミズキ! 君一体どうしてそんな状態で……!」
「フィールドに出たかって? んなもん知るかよ。覚えてねぇよ」
「いやそうかもしれないけどさ! それじゃなんで僕のこととか覚えてられるんだよ!?」
「十七日間会ってなきゃ忘れるだろうな、そりゃ」
「……ッ!! それじゃ、なんでここがデスゲームだとか、ゲーム世界の中だとか、そういうことは!?」
「それはほら、こいつだ」
 ミズキは開いたままの分厚い書籍アイテムをポンポンと叩いた。
「何かある度にこいつに記録してんだよ。写真とか付けてな」
「まさか、それじゃ……それは、日記なんかじゃなくて……」
「そうさ、こいつが俺の全て、普通の人間の記憶の代わりをするもの。ここに来てすぐにつけ始め、必ず十七日に一度は読み返してんだ」
「そんな……ことって……」

 マルバは目を伏せ、今度はアイリアに尋ねた。
「葵は……知ってたのか……?」
「うん、私が告白した時にね。こんな俺でも付き合ってくれるのか、って言われた」
「そんなこともあったらしいな。音声記録まで残ってるぜ。この時の俺はよっぽど嬉しかったらしい」
「ちょっと、ミズキ。恥ずかしいからそんなこと言わないでよ……」

 ミズキは再びユイに向き直った。
「それで、どうだ」
「……前向性健忘の方は十中八九外傷性のものですね。海馬、つまり記憶を司る部位からの信号が受け取れないため詳細は全く分かりませんが、過去の治療の情報を参照しても外傷性の可能性が最も高いです。逆行性健忘――あ、こちらは事故以前の記憶がないというものですが、こちらは外傷性の可能性も心因性の可能性も両方あります。事故のショックで失った記憶が戻らないということはよくありますが、そのショックの原因を取り除けば改善する場合が多いです」
「事故のショック、ねぇ」
「心当たりはありますか?」
「うーん……その事故、交通事故だったんだが、運転してたトラックで人を撥ねちまったらしいんだよ。最も、俺は気を失ってたからそいつのことを覚えてるはずはねぇんだけどな? ただ、俺は人を傷つけるのが嫌いでね。親父がやくざだったもんだから暴力沙汰とか見慣れてんだが、子供の頃、鉄砲(はじき)で一人()られるのを見ちまってな。ちょっとしたトラウマになってんだよ。それだもんで、もし俺が誰か殺しちまったんじゃねぇかと思うと……」
 ミズキはそこで言葉を切った。脚が震えている。アイリアが寄り添い、その背を優しく撫でた。

 ユイが言葉を発しようとしたが、マルバが左手を挙げてそれを制した。かなり動揺している。
「ミズキ、その名前……まさか、リアルネームじゃないよね?」
「あ? ……ああ、実名だぜ。それがどうかしたか?」

 マルバは絶句した。口を開くが、何も言葉が出てこない。言葉を発そうと挑戦し、その度に口を閉じ、それを四回繰り返した後、かすれた声でつぶやいた。
翠川瑞樹(ミドリガワミズキ)、二十三歳。トラックを運転中に突発性心不全で人事不省に陥り、ブロック塀に衝突して重症を負う。二年前、僕がここにくる時点では……彼は話すことができない状態だと聞いた。会話も仮想空間でしか行えない状態だ、と」
「お前……なんでそんなこと、知ってんだ……?」

 マルバはようやくミズキを正面から見た。相変わらずかすれた声で、囁くように、彼は告げる。
「ミズキ……あれは君だったんだね。君が、僕を撥ねたんだ」



 ミズキは呆然としている。マルバはそんなミズキを見下ろし、またこちらも何も言わない。沈黙があたりを支配した。
 その沈黙を最初に破ったのは、ユイだった。切羽詰まったようにミズキに駆け寄り、その肩を掴む。
「おじちゃん? おじちゃん!! 気をしっかり持ってください!!」
「あ……ああ……」
「おじちゃん! おじちゃんっ!!」
「あ、ああああああああああッッッ!!!! ぐあああああああぁぁぁぁアアアアアアアァァァァァッ!!!」

 一瞬にして、ユイの周囲を大量のモニタリングスクリーンが取り囲んだ。様々なグラフが表示されるが、そのうちの一つが真っ赤な警告色に染まり、その写しているグラフは恐ろしく波打っている。その画面に書かれている文字は……ECG(心電図)
 ミズキの足元が揺らいだ。その胸の前にディスコネクション警告が踊る。ナーヴギアが異常を察知し、強制ログアウトを実行しようとしている。ユイは必死の表情でそれを防ごうとした。ログアウトは死を意味するからだ。ユイの手は黒い石(コンソール)に押し付けられ、管理者権限を用いてログアウトを阻止していた。

「ミズキ!! 死なないでよ、私を残して死なないでよ!!」
 アイリアが必死に叫ぶも、その声は届かない。
「ナーヴギアの警告システムに働きかけてみます!! ビープ音を鳴らして人を呼ぶくらいなら!!」
 ユイが叫び、同時に様々な警告を示すウィンドウがミズキを取り囲んだ。
「見て、心電図が!!」
 マルバが叫ぶと、皆の視線が心電図に集中した。小さなギザギザを刻むだけだった心電図に、三度(みたび)、大きな振動が巻き起こる。ミズキの心臓はすぐに正常な心拍を刻み始め、赤く染まっていたモニタリングスクリーンが緑色に戻った。

「なんとか、なりました。おじちゃんを診ている誰かが異変に気づき、AED(自動体外式除細動器)等を用いて電気ショックを与えたのでしょう。気絶しているようですが、脳波は安定しています」
「よかっ、た……」
 アイリアがその場に崩れ落ちた。
「ユイちゃん、今のは……?」
 アスナが恐る恐る尋ねると、ユイがこわばった表情で答える。
「恐らく、大きなショックによって一時的に記憶が戻り、事故当時を追体験したのだと思います。いわゆるフラッシュバックですね。身体がフラッシュバックに反応して、事故当時と似たような状況を創りだしてしまったのだと考えられます」
「それじゃ、ミズキはまた心不全を……?」
 マルバの問いに対し、ユイは首を横に振った。
「いいえ、今のはただの細動です。心不全ではあのようにはなりません」
「とりあえず、お前たちのギルドホームまでこいつを運ぼうぜ。こんな場所にいつまでもとどまるわけにはいかないからな」
 キリトの提案で、とりあえず場所を移動することになった。アイリアはずっと心配そうにミズキの側に付き添っていた。 
 

 
後書き
つぶやきでも書いたのですが、最近体調が悪く、なかなか更新作業と執筆作業が行えませんでした。
更に考査期間に入るので次回の更新も二週間ほど先になってしまいます。コラボやりますと言っておいて申し訳ありません。

今回はミズキとマルバの関係、それからミズキの話でしたが、次回でユイ編終了となります。次々回、バトル・ロワイアルです。お楽しみに。 
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