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八条学園騒動記

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第十八話 犬とアザラシその四


「知らないのか?」
「知ってるも何も初耳だよ」
 スターリングがそれに答える。
「それ、どんなアザラシなの?」
「一言で言うと黒っぽい色で斑がある」
「普通のアザラシじゃないの、それって」
「そうだよね」
 七美とジョンはまずはそう思った。だがダンは言う。
「本当にそう思うか」
「どう聞いても普通のアザラシに思えるわよ」
「御前水族館でバイトしてるんだよな」
「ええ」
 今更何をと言いだけな顔で答える。
「それがどうかしたの?」
「じゃあ知らないのか?そのアザラシ」
「アザラシも結構いるけれどそんなアザラシは知らないわよ」
 七美は言う。
「それで一体どんなアザラシなのよ。教えてよ」
「猛獣だ」
 ダンは言った。
「えっ!?」
「聞こえなかったのか?猛獣なんだ」
「またまた」
 皆それを聞いてまさかという顔でそう返した。
「冗談きついわよ、ダン」
「そうだよ。アザラシが猛獣なんて」
 蝉玉とスターリングは笑ってそう述べる。
「そんなの有り得ないって」
「そうよね」
 ナンの言葉に彰子が応える。
「何かの間違いじゃないの?アザラシは皆大人しいわよ」
「そうそう」
 七美も何を言い出すのやら、と顔に書いてあるしジョンもそういった顔だ。誰一人としてダンの話を信じようとはしていない。それも当然で皆アザラシと言えば大人しい、可愛いというイメージがあるのだ。
「信じられないか」
「熊か何かじゃないの?」
「それかシャチか。海だったら」
「そんなに言うんなら見せてやるよ」
 皆の言葉に応える形でズボンの裾をめくった。すると左足のふくらはぎに噛み傷があった。
「それは?」
「これがその証拠だ」
「鮫じゃなくて?」
「何なら調べてみるか」
 ダンは皆を見てこう言ってきた。
「正式にな」
「じゃあ間違いなくそれなのね」
「そうだ」
「アザラシが」
 七美には何か悪夢のような話だった。彼女は海の動物と親しめることが何よりの楽しみなのだ。その中でもイルカやアザラシはとりわけ好きな生き物だ。それがどうしてもさえ思っていた。
「だからヒョウアザラシは特別なアザラシなんだ」
 彼はまた言う。
「これでわかったな」
「ええ」
「そんなアザラシがいたなんて」
 皆何か狐につままれたような顔になっていた。それまでのまるで信じていなかった顔とは大違いであった。
「下手に放っておくと他の生き物も襲うしな。大変なんだ」
「それで油断したら」
「人間もこうなる。歯が鋭くてな」
「うわっ」
「それは酷い」
「ペンギンだってやられるんだ」
 ダンはさらに言う。
「実際に野生じゃペンギンを襲う。他のアザラシだってだ」
「それ本当にアザラシなの?」
 何か話を聞いているだけではとてもそうは思えない程である。何なのかと思ってしまう。
「ああ、残念だがな」
「で、それに噛まれたのね」
「そういうことだ」
「またそれは災難ね」
 蝉玉があらためてそれを言う。
「何、大したことはないさ。他にも色々あったしな」
 すっと笑って述べる。意外とクールだ。
「フランツの特訓に比べれば命の危険は少なかったさ」
「いや、あれは非常識だし」
 ナンがそれに対して言う。
「あんなの普通はしないし」
「そうそう」
「まあな。そういえばフランツは何処だ」
 ダンが言う。
「姿が見えないが」
「あれっ、そういえば」
「何処かしら」
 他の面々もダンに言われてそれに気付く。
「どうせまた馬鹿やりに行ってるんでしょうけれど」
「まあそうだろうね」
 七美とジョンの言葉も身も蓋もない言葉であった。かなり手厳しい。
「けれどそんなの気にすることないんじゃないかな。そんなに」
 スターリングは特に慌てることなく皆に述べた。
「いつものことだし」
「御前も穏やかな顔して言うこときついな」
「あれっ、そうかな」
 ダンの突っ込みにも今一つ自覚がないようである。スターリングらしいと言えばらしかった。
「まあ確かにな。そのうち戻ってくる」
 何だかんだでダンも同じような考えだった。皆彼に関してはかなり達観していた。
「どうせ大騒ぎになるだろうしな」
「騒ぎって作るものなんだ」
 彰子はそれを聞いてぽつりと呟く。
「あいつの場合はそうなのよ。どうせ今だって」
「うおおおおおおおおおおっ!」
 七美が言った側から外で叫び声が聞こえてくる。
「俺はやる、俺はやるぞ!」
「また何してんだか」
「うちのラッシーよりあれなんだけど」
 皆その声を聞いただけで呆れてしまっていた。もう誰も彼を止めるつもりはなかった。そのまま生徒指導室に強制連行されてしまったとしてもだ。


犬とアザラシ   完


                 2006.11.24 
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