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ソロモン会戦記 

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ソロモンの悪夢(後)

 ジオン公国のモビルスーツ中隊は基本的に3単位編成になっている。すなわち指揮、主攻、助攻の役割を各小隊が担い。小隊編成も此に準じる為一個小隊は3機で編成され、一個中隊は3個小隊、モビルスーツ9機で編成される。無論これらは各部隊の任務、特性、指揮官の性質により変化し一個小隊が2機の時もあるし、4機で編成される場合もあるが概ね3単位編成がその大半を占めている。

 連邦軍の場合は指揮、主攻、助攻と言う役割は変わらないが、此に加え支援と言う役割が加わり一個小隊は4機編成となる。中隊が3個小隊編成と言う所はジオンと変わらないので、一個中隊はモビルスーツ12機で編成されジオンより数が多い。

 正面戦力で見た場合、一見数の多い連邦軍が有利と見えるが、宇宙世紀0079年12月現在、全てがモビルスーツで編成されるジオンのモビルスーツ中隊とは異なり、連邦軍の場合は支援と助攻を担う2機は、モビルスーツでは無く作業ポッドを改造した、簡易戦闘ポッドのRB-79ボールで構成されてる事が多い。

この機体は生産性と操縦の容易差だけが取り柄の劣悪な機体であり、兵器と呼ぶには些か難があるのだがいかに物資、資源な豊富な連邦軍と言えど、開戦初期の攻撃より大損害を受けた北米、欧州の重工業地帯の復興も侭ならぬ現状においては、生産性に優れるこの機体の生産を止めれば宇宙空間においてモビルスーツに対抗できる機体の絶対数を失うだけである。

 動く棺桶とも揶揄されるこの機体を嫌い、宙間戦闘機FFーS3セイバーフィッシュに乗る事を選ぶ物もいるのだが、一部の技量が卓越した優秀な者以外は、開戦以来増え続ける哀れな戦死者のリストに新たに名を連ねるだけである。


 ガトー率いる302哨戒中隊と対峙した連邦軍の2個小隊も、その例に漏れず半数はこの戦闘ポッドで編成されていた。

「敵、機種確認。丸形4つ人型4つ。人型の内一機は頭部とシールドに他機との差違あり。指揮官機だな」

センサーの有効範囲の広いビグロに乗っているケリィから通信が入る。ガトーは手元のコンソールを叩くと、サブモニターに最大望遠で写し出した敵の姿を表示させる。

「ジム・コマンドと言ったかな確か」

 映し出された敵機の姿を見てガトーが呟く。先日の士官級パイロットを対象とした会議で見た資料に載っていた機体である。
簡易量産で作られたRGM-79ジムと違い、RGMー79Sジム・コマンドはそのコマンドと言う名前が示す通り、指揮官用に開発されたとも言われる機体で、特に宇宙戦用に改良されたS型は、高い軌道性を有する為に注意せよとセロ大佐が言ってたのを思い出した。

「だが・・・所詮は素人!」

 大破したサラミス型の陰から踊り出して来たのは、この乱戦の中では間違いない戦術的判断だ。だがそれは余りにも当たり前の行動でもあった。常道だからこそ対処しやすい。連邦同士の訓練では通用してみジオン相手に不意打ちには生り得ない。

ゲルググの足を前へ振り出しそ、の反動で姿勢を変える。既にライフルの照準は敵を捉えていた。ロックオンを告げる電子音がコクピットに鳴り響くと同時にライフルを射出する
一瞬の後ジム・コマンドは光球と化す。敵を補足してからこの間僅かに3秒。余りにも早い行動と言えた。ジム・コマンドのパイロットは恐らく自分の死すら認識できずに霧散してしまったのであろう。

 AMBAC(アンバック)機動。ガトーの行った、人型モビルスーツのみに許された反動姿勢制御だ。宙間戦闘の基本と言えるが、こうも巧くAMBACを使いこなすのはジオンに勇者多しと言えどもガトーしかいない
赤い彗星シャア・アズナブル大佐の得意とする所は、高速機動戦闘であり、真紅の稲妻ジョニー・ライデン少佐も、射撃に特化してる物の本質は高速機動戦闘だ。
白狼シン・マツナガ大尉は格闘戦であるし、エース部隊と名高いキマイラ隊の面々はその大半が強襲戦闘を得意としている。

 AMBAC機動の本質は反動を利用する事により敵に未来位置を読ませない事である為、その戦闘方は乱戦である程有利に働く。

 目の前に居た筈が反動を利用して一瞬の内に位置を入れ替える為、敵からしたらまるで瞬間移動したかの様に錯覚するのである。また推進剤の節約にもなり継戦能力も高まる為、ガトーは自ら率いる302哨戒中隊にこの戦闘方を習熟させていた。
高速機動戦闘は一見華やかであるがパイロットの身体に負担を強いる為、完璧な技量で修得するには相応の時間がかかる。
AMBAC機動の場合、宙間戦闘の基本と位置づけられてる為修得その物に困難はない。ガトー程卓越した物は数少ないが、戦闘行動を行うのに不都合が無いレベル迄の修得なら容易である為問題無い。

学徒も動員されつつあるジオン公国の現状では、短期間で最大の効果を上げれるAMBAC機動による戦闘方の修得は、その有無によって戦争の行方すら左右しかねない問題なのである。

その点において、302哨戒中隊の隊員に問題は無い。
不用意に接近戦を挑まず、かつ離れすぎず適正な距離を保ったままで敵を攪乱している。
見ればカリウスのドムが放ったジャイアント・バズが丁度一機の丸形に命中する所だった。いかに初陣の新兵といえども、モビルスーツが戦闘ポッド如きに不覚を取る事はない。戦場で立ち止まる等と言う、素人染みた行動をしない限りは、初速の遅いボールの180ミリキヤノンによって撃墜される事はあり得ない

 戦闘は302哨戒中隊有利に進んでいる。敵機は既にモビルスーツ2機と戦闘ポッド1機まで数を減らし一カ所に密集している。それに対ししガトー達が扇型に包囲隊形をとりながら攻撃を繰り返している。
破壊されたサラミスの陰に隠れながら、必死に防戦に努めているが全滅するのは時間の問題であろう。その横ではサラミス型をさらに一隻葬ったケリィのビグロが残る一隻のサラミスに対しは機動戦闘を仕掛けていた。
サラミスにまともに応戦できる対空火器は最早無く、僅かばかり残った主砲が必死の抵抗を試みてはいるが、その主砲の死角とも言うべき上方向からの攻撃に対しては成す術も無い現状となっていた。

「勝ったな」

丁度ガトーの横を駆け抜けて行ったケリィのビグロから簡単な言葉で通信が入る。
今まさに敵艦対して攻撃を仕掛けているパイロットが、通信を送れる程ガトー達には余裕があった。

「ああ。腐った連邦など矢張我々の敵では無かったと言う事だ」

 大破したサラミス型の巨大な艦体に隠れる敵のモビルスーツに照準を付けたままガトーは答える。
機体の振動で小刻みに動く照準を修正しつつ、敵機がいる座標を少し避けた位置を目標にライフルで打ち抜く。
ライフルの着弾に驚き、身を潜めていた場所から慌てる様に飛び出したジムは僅かに遅れて発射された二発目の直撃を受け刹那の沈黙の後、中のパイロットと共に宇宙の塵となった。
動力部たる核融合炉への直撃だった為そ、の死骸は肉片の一つ血の一滴すら残さずに消滅したであろう

 時を同じくし、てケリィの対峙していたサラミスにも最後の時が来ていた。艦体の各所には攻撃で生じた火球が見える。既に動く物は無くその様は古の伝承に出てくる幽霊船に態をなしている様だ。
既に指揮官は艦の廃棄を決めたのであろう艦体後方からは脱出用とおぼしき内火艇が出ている。
その敗残兵の集団に一機のモビルスーツが攻撃を仕掛けようとしていた。カリウスのリックドムだ

「辞めろカリウス!敗残兵に手をかける必要はない。」

「しかし大尉。連邦など生かしておいては・・・」

「このアナベル・ガトーを卑怯者と呼ばせたいのか!連邦憎しと言えど戦士が戦うのは戦場でのみ。戦いに破れ、逃げて行く者に追い打ちを架けるなど、私の矜持にかけて断じて認めん。引け!」

 ガトーの怒号を浴びカリウスのリックドムは引いて行く。
カリウスに悪気が無いのはガトーとて分かっている。
初陣で高揚した気持ちがより一層の戦果拡張に走らせたけだ。新兵にはよくある事で自分にも身に覚えが無い訳でもない

 だがガトーは思う。戦いの中で死んでいくのは仕方ない。戦士である以上敵にも覚悟はあろう。だが殺し殺させるのは戦場だけでは十分では無いか。
討たれたから討って、討ったから討たれる。それを繰り返していては憎しみの連鎖が続くだけだ。今次大戦の目的は、スペースノイドの自治権拡大であるが其れさえ果たせるなら無用の憎しみは買うべきではないと思う。
戦いは大儀があるからこそ崇高で尊い。総力戦の態をなして来た泥沼の今だからこそ、それを忘れるべきでは無いのだ。
 無論、感情の全てを否定する物では無い。連邦に家族を、恋人を殺された物は多く居よう。其れが力になるのも事実だ。だが其れは連邦も同じであり、その果てない憎しみの連鎖に捕らわれてしまったら次に待つのは「死」だけなのだ。
そうなれば最早戦士呼べない。いつ戦場で死ぬか分からない身であるからこそ、自分とその周りの人間達位は戦士であり続けたいと思う。


「ガトー。敵の逃げていく方向に新たな敵陰が見えるがどうする?」

 ほぼ周囲の敵を一掃し、周囲の哨戒を担っていたケリィからの通信が届く。恐らく戦闘開始時に周囲の友軍に出した援軍要請が届いたのであろう。戦闘開始から10分での到着は速いと言えるが、この場合は遅きに失したのは否め無い。ガトー達による勝利が余りにも速すぎた為、連邦は敗残兵の収容を優先すると言う予想外の事態を向かえている。

 この機に際しガトーは攻撃の手を休め様子を見る事にする
敗残兵を収容し撤退するなら良し。抵抗するなら殲滅するだけである。ケリィのビグロを左翼後方に下げ、その前に302哨戒中隊は、ガトーを先頭に凸型陣形で布陣し連邦の出方を待つ事にする。


 きっかり15分後だった。敗残兵を収容したコロンブス型輸送艦撤退し、それを見守った連邦はマゼラン型戦艦を中心に前進してきた。
恐らく旗艦であろうマゼランの周囲は、7隻のサラミス型が騎士に従う従者の如く輪型陣を組み守りを固めている。
従者の持つ槍の役割を担うモビルスーツは4個小隊16機を数える。連邦のモビルスーツ編成の例に漏れず半数の8機はボールとは言え、一個中隊が相手するには本来なら多勢に無勢と言える。それは無論連邦の指揮官も思った事であろう。先に撃滅された小艦隊の仇を取るべく過剰とも言える戦力で前進して来たのである


 距離16000からの射撃はモビルスーツを目標とするには狙いが粗すぎたが戦闘開始を告げる点鐘とするには充分だった。7隻の巡洋艦と1、隻の戦艦から発射された幾数もの光軸は、漆黒の宇宙空間を貫きガトー達に光の洗礼を浴びせる。
目標座標がずれている為大した回避行動を取る必要は無かった。続いて二斉射、三斉射と発射されるがそのどれもガトー達の驚異とは成らない。

「中隊長より全機。各機陣型は保ったまま距離を積めろ。隙を見て一気に中心に突撃をかける。ケリィは左翼より大きく迂回しつつ遠距離からの砲撃による陽道を頼む。」

 モビルアーマーを利用しての挟撃作戦とも言えるが、僅か一個中隊、9機で敵のただ中に突撃するのは本来であれば無謀な作戦である。
火力の絶対量が違う敵への突撃など自殺行為でしかない。が302哨戒中隊員のガトーへの信頼は高い。ガトー本人が極めて優秀な搭乗員である事もあるが、彼がこれまで一度たりとも僚機を失った事が無いと言う事実が安心感、信頼感を抱かせるのである。
その実績が端から見ると無謀な作戦にでも、黙って部下が従うと言う救心力と成り得ているのだ。

、ジオンに兵ありと言えども部下に対し、此処までの信頼感を抱かせる事の出きる者はそうは居ない。
優将。良将。猛将。名将。将に対する呼称は色々あるが、古来より部下に無敗の信仰を抱かせる者は英雄と言う。
戦場に英雄は居ないと言うがアナベル・ガトー。彼は間違い無く英雄であった。


 英雄の行進が始まった。
陽道のケリィが放った、メガ粒子砲の三斉射に敵が気を取られたその一瞬の隙を付いて、一気に距離を距離を縮めた。
2番機、3番機を勤めるリックドムが120ミリマシンガンで弾幕を張り敵の気を引く。4番機以下9番機のカリウス迄の6機は小さく蛇行しながらも、高速で進むガトーの真後ろに左右二列に分かれて付く。凸型陣型が△型に編成し直された形だ。

 三角形の頂点で進むガトーのゲルググは、敵の先鋒とも言うべき一個モビルスーツ小隊に近づくと、背中のビームナギナタを手に取った。
素早くビームの粒子が柄の先端と最後部に幅広の刃を形成する。その刃は連邦兵を死に誘うかの様に赤く妖しく輝いている。後方に従う部下達の攻撃、弾幕により左右の逃げ場を塞がれた敵は果敢にも前進してきた。

「ほう。連邦にしては度胸がいい。だが・・・!」

 フットペダルを踏み込み、距離を積めナギナタを横に払う。僅かの間も無く両断され巻きあがる爆発と閃光。余りの早さに一瞬動きの止まった敵を見逃す程ガトーは甘くない。
ナギナタの刃が宙も舞う度に一機、また一機と血祭りになって行く。爆発を免れ宙を漂う機体から漏れるオイルが戦場を染めあげる。肉塊が鉄の塊に、血がオイルに変わろうとも古来から変わらぬ凄惨な殺戮の場が瞬時に出来あがる。
殺戮の時間は終わらない。先鋒が全滅したのを見た残る3個小隊が広く展開しながら包囲を狭めてきた。
近距離戦で全滅したのを見た後であるから、戦術的判断は正しいが相手が悪すぎた。
広く展開した事は連邦お得意の相互支援体型を放棄する事になる。それを見逃すガトーではなかった。

「マウセン。ビュロー。丸形をこの位置から狙撃しろ」

左右を固める2番機3番機のパイロットである。共にガトーにその狙撃の腕を認められている。

 ガトーの指示が下ると、二人はマシンガンをオート連写にし一機づつ確実に撃滅していく。多少の距離があるとは言え脆弱な装甲しか持たない上、相互支援体型を放棄し弾幕すら張れないボールには迫りくる死に抗う術など無かった。一機また一機づつ確実に黄泉の舞台へと旅だって行った。

瞬くまにボールを殲滅された連邦軍部隊は、お互いの出方を伺う様にその場で止まってしまった。

「戦場で立ち止まるとは素人か!」

 ガトーの怒号に呼応するかの様にゲルググはまたもナギナタを払う。最初の切り払いで一機のジムは肩の辺りから袈裟斬りにされて上半身が爆発し四散した。
次の一撃を横にいたジムののコクピット周辺に突き刺し、中のパイロットを蒸発させるとゲルググの脚で宇宙の深淵に蹴りやると、そのAMBAC機動の勢いで、3機目のジムには肩から体当たりをし体制を崩させ、その隙にゼロ距離からビームライフルで動力炉打ち抜いた。
3機目のジムから発せられた核爆発が、周囲の残骸を焼き付くした頃には動いてるジムの姿はもうなかった。

 残る敵艦隊が近づいてきた為、対空放火は苛烈であったが勝利は最早疑い様ない。モビルスーツを持たない艦隊がどれほど惨めかは此までの1年弱の戦いが証明している。

「俺の助太刀はいらなかったかな」

「いや、こうも圧倒的に勝てたのは君の援軍があればだよケリィ」

「謙遜するなガトー。君こそジオンの英雄だ。」

「言い過ぎよケリィ。まあ君からの言葉だ、喜んで受け取っておくよ。」

 サラミスの一隻に対艦ミサイルを放ちながら、短距離通信で届くケリィの声に、ガトーもサラミス型に的確にライフルの射撃を当てながら答える。
旗艦と思わしきマゼランは、ビュローとカリウスの攻撃により満身創痍となり既に後退の準備を始めている。残る数隻のサラミスが撃沈するか後退して行くのも時間の問題であろう。ベララバラ沖遭遇戦。後にそう名付けられる戦いはこうして幕を閉じようとしていた。






臨時作戦本部となっていた士官食堂は歓喜の嵐に包まれていた。僅か一個中隊9機のモビルスーツ隊がモビルアーマーの支援を受けてたとは言え多大な戦果を上げたのだ

撃破した敵モビルスーツは、戦闘ポッドを含むとは言え20機以上、撃沈した敵艦船は実にサラミス型9隻。


「やれやれ、敵に新たに援軍が現れた時はどうしようかと思ったぞ」

額の汗を拭きながらコンスコンが言う

「恐ろしきはガトー大尉といった所でしょうな。こちらも援軍の手配をしていたのにその到着の前に決着をつけるとは・・・」

「参謀長の言う通りであるな。ガトーの大尉の存在は連邦にとって正に悪夢とも言えよう」

「ソロモンの悪夢ですか・・・この様な兵がいる限り、我がジオンに敗北はありませんな閣下」


宇宙世紀0079 12月12日
ジオン公国宇宙攻撃軍所属、アナベル・ガトー大尉。この日より彼はソロモンの悪夢と呼ばれる事になる 
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