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八条学園騒動記

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第五十八話 切り札は女王その二


「確かこれはダンテだったかな」
「ひょっとして神曲かしら」
 言わずと知れたルネサンス期の名作である。トスカナ方言で書かれており地獄、煉獄、天界の三部からなる。中でも地獄篇は当時の人々の地獄観や宗教観が非常にわかり易くそうした意味でも傑作と言える作品である。
「そうだったかな。そこにある言葉だけれどよ」
「予想がつくわね」
 ラビニアは言葉を返した。
「どうせその言葉は」
「まあ聞けって」
 フックはラビニアの言葉を遮ってみせた。
「それも礼儀だろ?人の話を聞くのもな」
「まあそうね」
 その言葉はあえて受けた。駆け引きの中で。
「一応は聞いてあげるわ。さあ」
「この門をくぐる者一切の希望を捨てよ、か」
 あまりにも有名な一文である。地獄門にある言葉だ。ここから八つの地獄がはじまるのである。その中に巣食う無数の異形の怪物達の咆哮と共に。
「これを変えてな。この戦いに挑む女は一切の希望を捨てよってな」
「全然違うわね」
 ラビニアはそこまで聞いたうえで一笑に伏してみせた。
「随分強引な変更だこと」
「それはいいさ。意味は伝わったからな」
 フックもそれはどうでもよかった。何故ならこれは単なる挑発だからだ。
「相手にな」
「じゃあその相手が勝つつもりならその言葉は意味がなくなるわね」
「いや、あるな」
 またしても丁々発止のやり取りが行われる。既に緊張は頂点に達している。
「勝つのは俺しかいないからな」
「御言葉ね。じゃあどちらが勝つか」
「勝負だな」
 二人は同時に机に座った。フックの後ろにはタムタムと二人のクラスメイト達が、ラビニアの後ろには彼女のクラスメイト達がそれぞれ立っている。彼等もまた互いに睨み合い教室は完全に戦場になっていたのであった。
 カードが切られる。その時だった。
 ラビニアの目が光った。タムタムはそれを見逃さなかった。
(いきなり来たか)
 今切られているカードに自分の持っているカードを入れようとする。それを見てタムタムは防ぎにかかる。それには何をするのか。
 さりげなく、誰にも気付かれないモーションで小石を投げた。それも指だけでだ。それは恐るべきコントロールでラビニアのカードを弾いたのであった。
「!?」
「何かあったか!?」 
 ラビニアのクラスメイト達は誰も気付かない。ラビニアだけが落ちたカードを誰にも気付かれないうちに拾うだけだった。彼女も何処から何が飛んできたのか把握できてはいなかった。
 だが二年S1組の面々は違っていた。何が起こったのかわかっていたのだ。
「やっぱりな」
「そう来たわね」
 小声でそっと言い合う。
「いきなり仕掛けるなんて」
「何処までも卑怯な奴だ」
「まず最初は封じた」
 タムタムは密かに呟く。
「だが。まだあるな」
「さて、と」
 カードが前に配られる。フックはそのカードを見る。
 いい感じだった。既に一と十、十三はある。残りは二枚だけだった。
(ここはあれだな)
 自分のカードを見て心の中で言う。
(十一と。これは予定通りで)
 そして。
(切り札だ。女王様は最後だ)
「いいかしら」
 向かいの席に座るラビニアが問うてきた。顔からは何も読み取れない。彼女とてポーカーの経験は深い。表情なぞ見せないことは常識であった。
「こちらから引いて」
「ああ、いいぜ」
(また来るか)
 フックは応えながら彼女がまた仕掛けてくると見ていた。そしてその予想は見事に当たったのだった。
 今度は服の裾からそっとカードを出す。カードを引くふりをしてそのカードを自分の五枚の中に入れるつもりなのだ。だがそれもまたタムタムに見られていた。
(またか)
 タムタムはそれを見てまた小石を指で投げた。そうしてまたしても彼女が出そうとしたカードを弾いたのだった。ラビニアの目論みはまたしても失敗した。
(誰が!?)
 やはりラビニアは気付かない。だが邪魔されているのはわかる。
(私を邪魔しているのかしら。まさか)
 ここでふとタムタムを見た。それでふと思った。
(まさか)
 だがタムタムは目に表情すら見せない。そこが巧妙だった。
 ラビニアもまたそれ以上は見なかった。それならばそれはそれでやり方があるからだ。何もイカサマばかりで勝てるわけではないのだ。実力も必要なのだ。
「よしっ」
 フックはふと呟いた。 
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