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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第40話 龍の娘

 
前書き
 第40話を更新します。
 

 
 ベレイトの街のやや南よりに存在している、岩塩採掘用の坑道の入り口。この辺りは、ベレイトでもやや下層の人々が住む辺りと成るので、先ほどまで食事を取っていた街の北側と比べるとかなりゴミゴミとした雰囲気で、更に、少しの危険な雰囲気を漂わせている地域と成っています。

 その街の中心からは少し外れた位置に有る、タバサがイザベラ姫に捜査を命じられた採掘場の入り口。そのすぐ(そば)には、優美な反りを持つ一振りの長剣を腰に装備した若い女性。そして、彼女の(かたわ)らに立つ一人の老女の姿が有った。
 若い女性の方は、その身に付けた闇色のマントから推測すると、間違いなく魔法使い(メイジ)。そして、老女の方は、身に付けた衣装や、その生活に疲れたような雰囲気から察するに平民だと思われる。

 迷う事もなくゆっくりとその二人に近付いて行くタバサに従って、俺もその二人に近付いて行く。そして、彼我の距離が近付くに従って彼女らの話声が聞こえて来るように成った。うむ、成るほど。どうやら、老女の方は何かをその女性騎士に訴えかけ、その女性の方も老女の訴えを真摯に聞いていると言う雰囲気ですね。
 そうして、

「判りました、ドミニクさん。貴女のお孫さんは、間違いなく私達が見付け出して参りましょう」

 ……と、彼女らとの距離が歩数に換算して十歩足らずの距離まで近づいた瞬間、若い女性騎士と思しき雰囲気の女性が、老女に対してそう告げた。
 但し、何故か、俺とタバサの方を、見つめた後に。
 そして、その瞬間、何故か、非常にいやな予感がしたのですが……。


☆★☆★☆


「先ほどは失礼致しました」

 硬い石で補強された坑道入り口より、地下に向かう石造りの階段を下りた先に広がるホールの様な場所に辿り着いた後、先ほど、シモーヌ・アリア・ロレーヌと名乗った女性……いや、少女と言うべきですか。その少女が、そう謝罪の言葉を口にした後にタバサの目の前に片膝を付き、蒼き姫の差し出した右手に軽く口付けを行う。
 そう。この所作は所謂、騎士として最上位の礼をタバサに対して示したと言う事です。

 白いブラウスに、濃紺の短いスカート。そして、貴族の印のタイピンに止められた黒いマント。何処から、どう見ても魔法学院の学生にしか見えない服装。
 更に、本来は長い蒼銀の髪の毛を後頭部でシニオンの形で結い上げ、その蒼い瞳からは、強い意志の光を感じる、凛とした雰囲気の美少女。ちなみに顔の造作に関して言うなら、何処となくタバサに似た雰囲気が有ります。

 ……って言うか、蒼い髪の毛に、更に蒼い瞳。そして、ガリア。つまり、フランスでロレーヌ家と言えば、多分、ハプスブルグ=ロートリンゲン家と成る家系だと思うのですが、その家名を名乗る少女が、何故、こんな地球世界で言うトコロのルーマニアに現れるのですか?

 あ、いや。ハプスブルグ家なら、ワラキア公の主家筋に当たる、ハンガリー王の爵位を持っていたような記憶も有りますね。
 但し、これは地球世界の話なのですが。

【なぁ、タバサ。この少女は、ガリア王家の血を引いているのか?】

 先ずは、この質問からですか。そう思い、更に情報の秘匿を考えて、【念話】でタバサに問い掛ける俺。
 しかし……。

 何故か、俺の方を視線を逸らそうとせず、真っ直ぐに見つめるシモーヌと名乗った少女。
 ……う~む。どうやらこれは、質問よりも先に、自己紹介を行うべきですか。立場的に言うと、この三人の中では俺が一番軽輩に当たる人間ですから。

「初めまして、ミス・ロレーヌ。私は、タバサの騎士従者を務めさせて頂いております、武神忍と申します。
 東方出身ですので、ファミリーネームが武神。ファーストネームが忍と言う表現と成って居りますので、御呼び頂く時は、シノブと御呼び下さい」

 そう告げた後、恭しく、片膝をついて中世の騎士風の礼を行う俺。もっとも、俺の本当の職業はタバサの使い魔なのですが、それをそのまま正直に話す訳にも行きませんから。
 ただ、この目の前の少女がタバサの正体を知って居た以上、俺の事も知って居る可能性は大きいと思うのですが。

「いえ。私の父の治めるマジャールの地も、本来は姓を先に、名前の方を後に表記します」

 そう、滑舌のはっきりとした、よく澄んだ声で告げるシモーヌ。その女性騎士と言うに相応しい立ち居振る舞いに、良く似合った声と言葉使い。
 男性の騎士と同じ言葉使いで有りながら、決してぞんざいな雰囲気ではない。たおやかで有りながら凛々しい彼女の声は、陰の気が濃い坑道内では、やけに心地の良いもので有った。
 そして、彼女の語ったマジャールの地とは、このワラキアの隣。つまり、ルーマニアの隣のハンガリーの事で有り、そして、地球世界のハンガリーも日本と同じで、姓を先に、名前を後に表記するはずです。

【マジャール侯爵の蒼銀の戦姫(ぎんのひめ)。わたしの遠い親戚に当たる少女】

 ここで、ようやくタバサが先ほどの質問に答えを返してくれる。成るほど。ならば、このロレーヌと言う家名を名乗った少女は、マジャール侯爵の姫君と言う事ですか。
 しかし、侯爵の娘が、何故に、表向き謀反人の娘のタバサに対して、主君に相対すべき仕草で対応するのでしょうか。
 もしかして、彼女も、花壇騎士に所属していて、前回のカジノ騒動の結果を知り得る立場の人間と言う事なのでは……。

 そう思考を纏めようとした俺に対して、シモーヌが、

「それに、シノブ。出来る事でしたら、ロレーヌと言う家名で私を呼ぶのは止めて頂きたい」

 ……と、かなり堅苦しい騎士としての言葉使いで依頼を行って来た。
 確かに、ロレーヌ侯爵領の隣で、家名を呼ばれ続けると目立って仕方がないですか。それに、西洋の女性騎士の有るべき姿を体現したような、この目の前の少女に取っては、家名に因って得た名声よりも、自らの行いに因って得た名声の方を貴ぶのかも知れません。

「ならば、以後、どのように御呼びすれば良いのでしょうか?」

 そう、普段の言葉使いとは違う、よそ行きの言葉使いで問い返す俺。
 しかし、どうも、この少女を相手にしていると、こちらの方も堅苦しい対応に成るのですが、流石にこれは仕方がないですか。俺は、タバサの使い魔で、俺が礼儀を知らない人間だと思われたら、それはそのまま、自らの主人のタバサの評価に直結しますから。

「親しい友人達には、アリアと呼んで貰っています。今回の任務では、共に姫を護る役割で有る以上、貴卿と私は同輩。ならば、私の方がシノブと呼ぶのなら、貴卿もアリアと呼ぶのが正しい」

 かなりフランクな雰囲気で、そう言ってくれるミス・ロレーヌ改め、アリア。しかし、この世界に来てから出会った少女の中で、一番、貴族を感じさせる女性は、この目の前の少女ですね。
 但し、貴婦人としての貴族を感じさせる女性などではなく、騎士を感じさせる女性と言う雰囲気なのですが。

「判りました。では、この任務の間は、アリアと呼ばせて頂きます」

 ここで断っても意味はないですし、それに、タバサの正体を知った上で、更に、あの王族に対する対応を取ってくれる少女なら敵ではないでしょう。
 それに、この目の前の少女からは、陰に属する気は発せられていませんから。

 そう思い、アリアに対して答える俺。
 俺の答えに満足したのか、少し首肯いて答えるアリア。そして、坑道の奥を覗き込み、

「それでは、先ず、ドミニクさんのお孫さんを探す方を優先する事にしましょう」

 ……と短く伝えて来たのでした。


☆★☆★☆


 見せかけの魔術師の杖に、サラマンダーの魔法により明かりを点して、坑道を奥へと進む一同。

「それで、ドミニクさんの孫娘のジジちゃんが、朝早くに、一人でこの坑道内を入って行く姿を目撃されて以降、誰も彼女の姿を見た者はいないのですね」

 狭い空間に、俺のやや落とした声のみが広がり、そして反射され、少しの違和感と共に、俺の耳にも届く。
 俺以外の人間が発したかのような声と変わって。

「そうです。ですから、もう半日ほどは彼女の姿を見た人物は一人もいないとの事です」

 アリアがそう答えた。尚、今回のタバサの任務は、このアリアとの二人で熟すように指令が来ていたらしいです。
 前回のカジノ騒動の時も、ジル・ド・レイが影からサポートを行ってくれていましたから、矢張り、タバサの任務には、気付かないトコロにバックアップ要員と言うのが居るのかも知れません。

「ただ、ジジちゃん自身が家に有った食糧を持って出ているようなので、もしも、坑道内で迷子に成っていたとしても、食糧や水に関しては、即座に危険な状態に成ると言う訳ではないみたいです」

 坑道の奥を見つめながら、アリアがそう状況説明を締め括った。

 つまり、あの坑道の入り口で、アリアが俺とタバサの到着を待っていた時に老女の話を聞いて居たのは、居なくなった十歳の孫娘のジジちゃんを探す為に坑道内に侵入しようとしたドミニクお婆ちゃんの話を聞いていた途中だったと言う事ですか。
 まして、俺達三人は、その坑道内にこれから侵入するのですから、そのついでに、迷子の少女を捜したとしても問題が有る訳では有りませんし。

 其処まで考えてから、自らの口元に手をやり、少し思考を纏めてみる俺。

 最初のパーツは、食糧を持って坑道内に侵入する少女。
 そして次のパーツは、何者かは判らないのですが、坑道内を棲み家とする臆病な生命体。

 何故か、簡単にストーリーが組み上げられるような気がするのですが。

 まして、この岩塩坑道内に棲みついた未確認生命体は、採掘作業員たちからは嫌われ、恐れられていますが、人食いの類とは違う雰囲気ですから……。

「ジジちゃんは、この坑道内に、一体、どんなペットを飼っているのでしょうか」

 少し、飛躍し過ぎかも知れないのですが、一応、そう口にして置く俺。

 ただ、この坑道内は、少し不気味な雰囲気が有るのは確かなのです。まして、坑道に付き物のノッカーなどの実体化の能力に乏しい地霊の気配を感じる事も有りません。
 奥に進めば進むほど、妙な不安感が首をもたげ、後ろから追い掛けて来る。暗がりから、突如、何モノかが襲いかかって来る。そう言う妄想に囚われるような。そんな坑道です。
 そう、あの違法カジノに向かう通路に似た雰囲気が有る坑道なんですよ。



 三方向に枝分かれした分岐点を前に立ち止まる俺達三人。そのどれもが、冥府の入り口に見え、どれを選んだとしても、死出の道行きと成りそうな雰囲気を感じさずにはいられない、そんな分岐点。

 俺は、少し振り返って、タバサを見つめた。
 最初に渡された地図を再び確認の為に思い浮かべて見るまでもなく、この坑道の内部は複雑で、はっきり言うと当てもなくうろついていては、ジジちゃんを見つけられるのが何時の事に成るか判らない。そう言う、正に地下迷宮と言うような雰囲気の坑道です。なので、ここから先は、それなりの術を行使して探した方が早いとは思うのですが……。

 少し昏い(くらい)坑道内に、炎の精霊の作り上げた、熱を発生させる事のない明かりが、蒼い姫を浮かび上がらせる。

 タバサが少し首肯く。おそらく、俺の意図を察してくれたのでしょう。
 そして、俺の掲げていた魔術師の杖を受け取る為に、彼女が右手を差し出して来た。
 俺も、彼女に手渡す為に右手を差し出す。

 しかし、彼女の右手に杖が渡される事はなく、俺から差し出された魔術師の杖は、タバサのそれよりも、少し高い位置に有る右手に因って攫われて仕舞う。
 そして、

「明かりを持つ役なら私が担いましょう」

 口調は堅い騎士風の口調ですが、彼女の発している雰囲気はかなり友好的な雰囲気で、俺に対してそう話し掛けて来るアリア。
 陰の気に支配された世界に、彼女の浮かべた笑顔は陽の気に溢れる物のように感じられた。

「それなら、アリアにお願いしますね」

 少しの笑みを浮かべて答えを返した俺。そして、その直後に翠玉に封じられしシルフを起動。同時に取り出した予備の杖をこれ見よがしに振る。

 そうして短い口訣と同時に、両手で導引を結ぶ。これは、シルフの能力。風を起こし、空間を把握する彼女の能力を使用して、広い範囲の捜査を行う仙術。
 そう、この坑道内は、今日から三日の間、人間は立ち入り禁止に成っています。つまり、この坑道内で人間サイズの動く生命体は、ジジちゃんと、その未確認生命体のみ。
 まして、正体不明の不気味な怪物がうろついている坑道などに、仕事でもないのに、祭りが開かれる日に好き好んで侵入する酔狂な人間はいないと思います。

 ならば、シルフの能力で何とか探し出す事が可能ですからね。

 もっとも、本来ならば、この坑道内を守護する土地神を召喚して、彼らからジジちゃんや、未確認生命体の情報を聞き出す方が早いとは思います。それに、その方法の方がより仙人らしい捜査方法ですしね。もっとも、流石に、アリアが居るこの空間内では、その捜査方法を為すのは無理でしょう。
 何故ならば、このハルケギニア世界では明らかに異端の魔法に成るはずですから。

 ただ、この、シモーヌ・アリア・ロレーヌと名乗った少女からは、普通の人とは違う、何か微妙な雰囲気を感じているのも事実なのですが……。
 まして、俺が出会ったガリアの貴族は、吸血鬼が二人。そして、モンモランシーも、どうやら精霊を友にする能力を持っているようですから……。彼女も、何らかの特殊な家系の末裔で有る可能性は否定出来ないのですが。

 いや。今は術に専念すべきですか。そう考えてから余計な思考を排除して、風の精霊の術を行使する。
 そう。イメージするのは風。頬に触れ、髪をそよがせる優しい風。閉鎖され、澱んだ大気に相応しくない洞窟内を流れる、春の野に吹くそよ風。
 三叉路を抜け、石材に因って補強された頑強な階段を下り、厳かな礼拝堂をイメージさせる空間を潜り抜け、更に他方へ広がるそよ風()

 タバサを包み込み、アリアの外套をなびかせ、更にその奥に……。

 ………………。
 居た。大きな何かと、小さな何か。
 但し、所詮は空間を把握する能力ですから、流石に距離が離れて仕舞うと、相手が無機物か、有機生命体かの違い程度しか判らない能力ですが、明らかに岩とは違う何者かが、その風が探り出した場所に存在するのは確実だと思います。
 まして、その未確認生命体が何者かは判りませんが、少なくとも、結界系の術を施す事の出来ない相手の可能性が高くなった事は間違いないでしょう。

「大体の場所は確認出来ました」

 その報告に、真っ直ぐに俺を見つめた後に、少し首肯いて答えてくれるタバサ。表情は、普段通り感情を表現する事のない透明な表情のまま。しかし、その精神(こころ)からは、少しの陽の気が発せられている。

 そして、アリアの方は何も問い掛けて来ようとはしなかった。いや、おそらく、彼女は俺が何を為したのかを気付いていると思います。
 何故ならば、彼女も精霊を友とする能力を有しているから。
 先ほど、風の精霊を統べ、その精霊たちが彼女の周りの精霊を包んだ瞬間に判りました。彼女にも、精霊が付き従っている事が。
 主に付き従っているのは風。更に、水。

 そして、彼女の腰にした優美な反りを持つ日本刀の如き長剣が、某かの霊剣で有る事も。

 さて。しかし、どうする。少なくとも、現状では敵とは思えない相手。
 ただ、正体不明の生命体を調べている最中に、更に正体不明の味方が居るような状況は、流石に問題が有るのですが……。

 急に黙り込んで、アリアを見つめる俺を、ただ、黙って見つめるタバサとアリア。
 双方とも表情は変わらず。タバサの方は、彼女に相応しい透明な表情を浮かべたまま。
 アリアの方は、意志の強さを表現しているかのような蒼き瞳で、玲瓏なと表現すべき美貌をこちらに向けるのみ。

 刹那、

【東方の龍よ。我は、マジャールの地に住まう、古き龍の血を継ぐ末裔(すえ)

 聞き覚えのある【女声(こえ)】が、俺の心に響く。
 いや、間違いない。この【念話】は、目の前のアリアから発せられし物。

【我が一族と同族の者を、シャルロット姫が異界より召喚したと聞き及び、こうしてその人物の確認に来たまで】

 成るほど。確か、以前にジョルジュが俺の事を龍種。この世界の言葉で表現するのなら、韻竜だと簡単に見破った時に、この世界の韻竜が滅びていないと言う確信は有りましたが……。
 そこ。竜仙郷か、水晶宮かは判らないけど、そこのお姫様がわざわざ、はぐれ龍に等しい俺を見る為にやって来たと言う事ですか。

 それに、彼女がガリア、つまり、フランスに住む龍ならば、彼女の属性は雷。俺と同じ木行に属する龍の可能性が高い。
 フランスに棲む龍で有名なのは、ヴィーヴル。翼有る竜で、女性形。ただ、ワーム。つまり、細長い身体に羽が生えた姿で表現される事も多い事から、本来の姿は、東洋産の龍。つまり、俺と同じ姿形の龍である可能性も有る、と言う事。

 しかし、本来は龍の息子。ドラキュラが支配するはずの地で、龍の娘に出会うとはね。シャレが効き過ぎていて、ツッコミを入れる気さえ起きて来ませんよ。

 そうすると、あの彼女が所持している宝剣も、龍が護りし剣と言う事ですか。

 そう考えながら、アリアの腰に提げられた剣を見つめる俺。

「この刀は、我が家に伝わる宝刀です」

 俺の視線に気付いたアリアにより、黒い光沢を放つ鞘から抜き放たれる長剣。その銀色に輝く刃には、波立つように走る美しい波紋と、そして、天上に輝く七つの星が描かれていた。

「刀身が曇っているな。七星の宝刀の刀身が曇ると言う事は、陰気が近付いている印」

 少し、瞳を凝らすような仕草をした後に、そうアリアに問い掛ける俺。
 もっとも、彼女の手にしている宝剣が、俺の知って居る七星の宝刀と同じ代物だと言う保障は有りませんが。
 まして、片方の面には確かに、北斗七星が描かれているのですが、もう片方の面には、六つの星、それも、不自然な形で三つと三つに分かれた星が描かれていたのですから。

 俺の言葉に、軽く首肯くアリア。そして、

「この坑道は不自然です。鎮護国家、破邪顕正の宝刀たる、我が家の七星の宝刀の刀身がここまで曇ると言う事は、かなりの危険が迫っている印。
 此度の任務は、かなりの危険が待ち受けている危険性が有ります」

 深刻な雰囲気で、そう告げながら、再び、宝刀を黒拵えの鞘へと戻すアリア。
 ただ、それでも……。

 彼女、さらっと、七星の宝刀と言いましたよ。確かに俺も、そう問い掛けはしましたが、それでも確信が有って問い掛けた訳では無かったのですが。しかし、……と言う事は、あの剣は、仙人の創りし宝貝と言う事。
 それならば……。

「その宝刀が、七星の宝刀ならば、北斗七星の反対側に描かれている六つの星型は、人の生を司る南斗六星なのでしょうか。人の死を司る北斗七星に対応する、南斗六星」

 妙に気になったので、一応、確認の為にそう聞いてみる俺。但し、西洋風剣と魔法の世界に、南斗星君と、北斗星君とは、かなり場違いな話だとは思うのですが。
 まして、南斗六星にしては、配置がやや不自然な気もしますし……。

 しかし、アリアは首を横に二度振る。そして、

「この六つの星は、本来、三つと三つ。別れ別れになった二人が、再び出会う為の物だと言う伝承が残されています」

 ……と答えた。

 三つと三つ。間に不自然な空白。別れ別れになった二人が再び出会う……。

 少し考える。何か記憶に引っ掛かりが有るのですが。
 ………………。
 …………。
 ……そう、七夕伝説!
 成るほど。牽牛(アルタイル)を含む河鼓三星と、織姫(ベガ)を含む織女三星を象っていると言う事か。

 確かに、古代中国の皇帝の祭服には、左袖に北斗七星。右袖に織女三星を象った意匠が施された祭服も有ったらしいから、北斗七星の反対側に、河鼓三星と、織女三星が象られた七星の宝刀が有ったとしても不思議では有りませんか。

 どうも、この世界。単純に西洋風ファンタジー世界だと思っていると、とんでもない落とし穴が待っている可能性が有りますね。
 それに、マイナーなクトゥルフ神話に登場する魔獣や妖物の相手をさせられた経験など、今までの俺には有りませんでした。しかし、タバサに召喚されてから二カ月足らずの間には、既に三度も遭遇しています。

 それぞれは別箇の事案だけに、今のトコロ、関連性は見えていない。しかし……。

 そんな、今考えたトコロで意味のない事を無駄に考え始めて仕舞いそうに成る俺。しかし、その俺を、じっと見つめる少女の視線。
 いや、普段は一組しかない蒼き瞳が、今は二組分存在していましたか。

 おっと、イカン。折角、この世界の龍種に出会えたのです。あまり、任務以外の事に気を取られて居ては、自らの主の面目を潰す事と成りますか。
 そう思い、眦を上げて、分岐点の真ん中のルートを見つめる。
 そして、

「ジジちゃんらしき小さな影と、未確認生命体らしき大きな影は、この真ん中のルートを辿った奥に存在していると思います」

 ……と、かなり真面目な雰囲気でそう告げたのでした。


☆★☆★☆


 また感じる。
 この坑道内に侵入してから、ずっと、誰か……。いや、何者かの視線を感じ続けているのですが……。

 曲がり角の先に。さっき通って来た分岐点から。いや、何もいないはずの暗がりにさえ、何者かの視線を感じている。
 但し、敵意は感じない。まるで、俺が為す事を見定めるかのような雰囲気さえ感じるこの視線は……。

 もしかすると、この地の土地神が、俺や、アリアを見定める為に意識を飛ばして来ているのかも知れないか。西洋風に表現すると、守護天使や坑道や都市を護る精霊が。
 もし、そうだとするなら、先ほど、アリアの前で土地神を呼び出さなかった事が吉と出るか、凶と出るか微妙な線なのですが……。

 もっとも、今更、そんな事を言っても無意味なのですが。

 何故ならば、次の角を曲がった先。そこに、子供のような体格の生命体と、更に人間よりは大きな生命体らしき存在が居るのが、仙術によって確認されている場所ですから。
 ただ……。

 俺は、立ち止まった後、タバサとアリアを見つめる。そして、俺達の周囲を音声結界で包んだ。

「さて。間違い無しに、この角を曲がった先に、何者かが居ます」

 大小ふたつ分の存在を感知したのは確か。但し、

「私には、ひとつは生命体のように感じて居ますが、もうひとつに関しては、生命体なのか、それとも、何か別の存在なのか判らないのですが」

 俺が、続く言葉を口にする前に、しかし、アリアがそう答えた。

 成るほど。彼女の感知能力に関しては、俺よりも高いと言う事なのでしょう。流石に俺では、ここまで離れて仕舞うと、生命体か、それとも擬似生命体なのかの判断を付けられるほどの感知能力は有していませんから。

 しかし、それならば、

「それなら、アリア。ジジちゃんの反応はどう思います?」

 俺の感知能力では、確かな事は言えないのですが、少なくとも……。

「恐怖に支配された状況とは思えません。少なくとも、ジジちゃんは自らの意志で、この坑道内に潜む未確認生命体と同じ場所に居ると思います」

 真っ直ぐに蒼き瞳に俺を映した状態で、そう答えるアリア。その答えは、俺の感じた物と同じ答え。
 しかし、ならばどうする。現状から推測すると、さし当たって、余計な刺激を与えなければ、ジジちゃんの身に危険が及ぶ可能性は少ない。そして、今回の任務。未確認生命体の排除は、ジジちゃんを通じて交渉を行えば、あっさりと解決すると思います。
 現在の状況から推測をするのならば、ですが。

「確かに、今回の任務に関しては、簡単に解決する可能性が高い。
 しかし、アリアが未確認生命体の事を、擬似生命体の可能性を指摘している」

 珍しく俺を見つめる事もなく、真っ直ぐに坑道の奥を見つめながら、普段通り冷静そのものの雰囲気で、そう口にするタバサ。

 それに、タバサの台詞は事実。もしそのジジちゃんと共に有る存在が、本当に擬似生命体ならば、現在は危険な存在でなかったとしても、造物主の命令如何に因っては、急に属性が変わる可能性も存在している。
 簡単に解決するか、それとも、悪い方向に話が転がるか。未だ、先行きは不透明な状況ですか。

 ならば。

「取り敢えず、強化と準備を整えた上で、正面から接触をする」

 俺の言葉に、二人の蒼い少女が首肯く事に因って、この未確認生命体とのファースト・コンタクトが開始される事と成ったのでした。

 
 

 
後書き
 元々、このハルケギニア世界の龍種に関しては、不死鳥の再生話の際に登場させようかと思っていたのですが、流石に、あの話に詰め込み過ぎるのも問題が有りましたから。
 尚、彼女の登場により、トリステインのかませ犬ロレーヌくんについてはこの物語内では登場しない事が確定しました。その辺りについても、ご了承下さい。

 さて、それでは次回タイトルは『フランケンシュタインの化け物』です。

 ……どう考えても、ゼロ魔二次小説のサブタイトルとは思えないのですが。

 追記。
 主人公は、雰囲気は読みますが、相手の思考を読んでいる訳では有りません。
 つまり、相手が発して居る雰囲気から、大体の感情を読み取って、その時の相手の感情を想像しているに過ぎないのです。
 故に、相手の感情を完全に理解している訳ではないと言う事です。

 追記その2。
 主人公最強系とは微妙に違うのですが、どうも、腕が跳んだり、ドテっ腹に大穴の開いた状態でも戦うような物語を書くのは苦手な物で。
 それに、血反吐を吐きながらも、更に立ち上がって戦う、などと言う話も。

 血反吐はキツイですよ。それ以前に、胃液を吐く段階でかなりキツイですから。血の小○もシャレにならないぐらい。
 少なくとも、両方とも、戦う気力は奪われます。胃液に少し血が混じっただけでもキツイですから。
 もっとも、小説の主人公ですから、その辺りは適当に流して、もっと危機的状況を演出しても良いのですが。
 まして、腕が跳ぶぐらいなら問題はないのですが、一発、まともにヒットすると瞬殺されるレベルの攻撃が飛び交っている中で、傷付きながらの辛勝って、どれだけ頑丈な身体なんですか、……って言うツッコミを自ら入れて仕舞いますから。

 ただ、これから先も敵のレベルは上がる一方なので、これから先については、更にキツイ戦いの描写を考える必要が有るのですが。

 追記その3。『ヴァレンタインより一週間』について。
 涼宮ハルヒ二次小説『ヴァレンタインより一週間』は明日……2013年2月25日には、第一話を公開したいとは思っています。

 ただ、こちらは、メインではないので、更新はゆっくり目に成ると思います。
 
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