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その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)

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第20話 沈む心、甦る決意

「あぁ~、やっと話をする事ができるわね」

「えぇ、本当にここまでこぎつけるのにどれだけ苦労したか」
「もうくたくたです~」

 森から戻った純吾達が集合をしたのは、お茶会の会場だった客間。
 その中で、リリーとシャムスの喧嘩を仲裁した月村家の大人組が、思い思いに肩や首を回したりしながら疲れ切った声を出した。

 実はあの自己紹介の後、バステトとなったシャムスがずっと純吾に抱きついていた事にリリーの嫉妬と怒りが爆発し、彼女に飛びかかったのだ。
 そのまま彼女たちは取っ組みあっての喧嘩をおっぱじめ、地面を転がりまわっていたのだが、リリーから解放されたファリンの知らせで駆け付けた月村家の大人たちで必死になって彼女たちを引き剝がしここまで引きづって来たのである。

 そんな月村家の隣に、恭也が普段より若干険しい顔をして座っていた。
 彼が隣に座る忍と共に森にたどり着いた時、なのははまだ気絶したままだった。彼女に怪我らしい怪我がなかったのが不幸中の幸いだったが、彼のタブーに接触をする事態だ。
 大人組みが座る反対側に、気絶から回復したなのはに気遣しげな視線を送りながら小学生組が座る。

 そしてその隣に、さっきまで喧嘩していたリリーとシャムスはお互いをけん制しあうように睨みあって座っていた。
 メンチを切りあい、お互いを威嚇しあう仲魔2人。そんな時、普段の純吾ならおろおろした雰囲気を出しながら仲裁をするはずだが、今の彼は彼女たちから隠れるように机の隅に座っていた。机に肘をつき、項垂れた頭を両手で覆うようにして支えながら、じっと下を向いている。
 俯いた顔は深くかぶったニット帽のせいもあって表情は良く見えない。かろうじて見える口元はくいしばるように固く結ばれ、言葉を発しようとしない。言葉少ななのはいつもの事だが、今彼が纏っている雰囲気は普段のそれとは違う。息がつまりそうなほど重苦しい雰囲気の彼に、誰からも声をかけるのが憚られた。

「ふぅ……。それで、説明をしてもらえるかしら?
 ファリンがなのはちゃん達が危ないって教えてくれたから急いで森の中に入ってみたら、そこのお二人さんが取っ組み合いのけんかしているし。
 しかもその片方がついさっきまで猫だったシャムスって、こうやって目の前にした今でも信じがたいし。本当に、何があったの?」

 そんな誰も声を発しない、重い雰囲気を何とかしようと、忍がぐりぐりと肩に手を当て回していた首を止めて視線を純吾達の座っている方へと向けた。
 視線を向けられた側は視線を交わすと、ユーノが率先してあのとき何があったのかを話し始めた。

「えっと、お茶会の途中でこの家の近くでジュエルシードが発動したことが事の発端になります。それで僕となのは、それに純吾が森の中に入ってみたら……大きくなったシャムスさんがいたんです」

「それが、あの姿って事?」

 ユーノの説明に、忍が正座を続けているシャムスに視線を送る。今のシャムスも元の彼女からしたら大きくなったと言える。
 それを首を振ってユーノが否定した。

「いいえ、確かに今でも姿かたちが変わってはいますがそれは後でお話しします。
 その時のシャムスさんは純粋にジュエルシードの影響のみを受けて、森の木々を超えるほどの大きさになっていたんです
 幸い今までの暴走体とは違って大人しかったためすぐにジュエルシードの封印作業に入ろうとしたんですが」

「…………あいつが、来た」

 唐突に、ユーノの説明を遮って純吾が言う。
 説明を聞いていた面々は、純吾が突然割って入ったことにも、また声が普段聞いた事のない、とても苦しげなものだった事に驚き、彼に視線を向ける。そのまま次の言葉を待つが先程の言葉は意識しないで洩らした呟きだったのか、純吾は口を再び開こうとはしない。
 その様子に慌てたようになのはが言葉を続けた。

「えっと、私が封印に入ろうとしたらいきなりシャムスに向かって雷が当たったの。それでビックリして雷がやってきた所を見たんだけど」

「そこに、僕とは違う魔導師がいたんです。なのはと同じくらいの女の子でしたが、魔法の腕は僕から見ても相当なものでした。」

「その女の子って前言ってたえっと…じくうかんりきょくって所の?」

 “違う魔導師”という言葉にいち早く気が付いたすずかが質問をした。時空管理局から人が来たのであれば、彼女の親友がこれ以上危ない事をする必要はないし、それに純吾の元いた世界がどこにあるのかの目途も立つ。

「いいえ、彼女は間違いなく違います。彼女はシャムスさんをかばった純吾となのはを無力化して、かなり強引な封印魔法でシャムスさんからジュエルシードを引き抜いたんです。
 警察の役割を兼ねている時空管理局は、絶対にそんな事はしません」

 ユーノの言葉に、恭也がピクリと片眉をあげた。

「おい、無力化っていうのは」

「……そうです。なのはさんを気絶させたのは、その女の子です。手加減されていたでしょうが、彼女はぼく達に向かって魔法で攻撃をしてきました」

 恭也がはぁ、と嘆息しながら頭痛を抑え込もうとしているかのように額に手を当て、アリサとすずかが大きく息をのんむ。ユーノの言った事は余りにも予想外の、それも悪い方に予想を裏切るような内容だった。

「……続きをお願いできるかしら?」

 眉をしかめた忍が続きを促す。

「分かりました。
 シャムスさんからジュエルシードを抜き取った後ですが、その女の子はそのまますぐにどこかへ行ってしまいました。残された僕たちですが、なのはさんとシャムスさんの治療にあたりました。幸いなのはさんは気絶した以外は外傷はなかったんですが、シャムスさんの方は封印魔法の際の外傷と、体の中にジュエルシードの魔力が渦巻いていて、とても危険な状態でした」

「だ、大丈夫だったの?」
 思わずといった風に、すずかが言った。

「ええ、どちらも純吾の方の魔法で治療を行う事ができました。シャムスさんの姿が今のようになったのは、その時の副作用みたいなものです。ジュエルシードの魔力に純吾の魔法が働きかける事で、魔力が体を変化させるという方向性に作用したということなんですが……。純吾の使う魔法は完全に専門外ですので、シャムスさんに聞いた範囲でしかお話しすることができません」

 あわただしく純吾以外の全員が、未だに顔を歪ませメンチ切りあっていた仲魔2人に向いた。視線を感じ取った2人は仲がいいのか悪いのか、同じタイミングで向かい合わせていた顔を自分たちの体面に座っている忍達へと向けた。

「この駄猫ちゃんの言ってる事だけど、はっきり言って私も見た事が無いわ。【アムリタ】にしたって本当の神酒を呼びだすわけじゃないし、ジュエルシードですっけ? とりあえずそっちの技術の影響があるのは間違いないんだから、今この事に明確な答えを出すのは無理よ」

「にゃっはっは。やーい、説明できないでにゃんの~」

「あんたもしっかり説明できない癖に、何調子乗ってんのよこの駄猫! いや駄肉っ!」

 忍達に説明をしてくれたと思ったら、シャムスのちゃちゃにすぐにまた睨みあいに戻ってしまったリリー。
 その呆れるほどの仲の悪さもさることながら、今まで聞いた話では本当に命の危険があったシャムスのはつらつとした様に本当に呆気にとられた様子で、改めて一同は彼女たちを見た。

「えっと、割と話を聞いてる限りだと無理しちゃいけないと思うんだけど。
 シャムス…さん? でいいかしら、あなた、本当に大丈夫なの?」

 呆気にとられた顔のまま忍が尋ねる。柳眉を逆立ててリリーと睨みあっていたシャムスはそれに気が付き、くるりと表情を変えるとともに忍へ顔を向けた。

 一方のリリーはにらみ合いの相手が何の予兆もなく、いきなり視線を逸らされたことに少し肩すかしをくらったかのような気分になり、桜色の唇をへの字に曲げた。そして偶然、忍が“大丈夫”と口にした時、視線の先にいる純吾の肩が小さく、本当に小さく震えるのを見た。
 他の人がシャムスと忍に視線が集まる中、彼女だけは目を険しくして純吾に向ける。

「ん~、別にどうってことはにゃいよ。調子の悪い所はにゃし、むしろこうやって皆と話す事ができて、ラッキーって感じにゃ」

 言った事は本当なのだろう、嬉しそうな顔をしてそう言い切るシャムス。そしてみんなに向かってそう言った後、彼女は少し離れた所にいる新しい主人となった少年に一層深めた笑みを向けた。

「まぁ、一番はジュンゴにゃんと一緒に話ができ「やめ、て」……にゃ?」

 シャムスの視線の先にいる少年が俯いたまま彼女の言葉を遮ると、自分の体をかき抱くように腕をまわした。先程まで腕で支えていた顔が少しだけ見えるようになる。

 凍えているかのような顔だった。青白い顔色をし、口は強く食いしばっていた。目をうつろに開き、その奥にある瞳も、光を見出す事ができない。

「やめ、て…。ジュンゴは、ジュンゴは失敗した。シャムスに、いっぱい痛い思いをさせた。それを見てる事しかできなかった。
 守るって、約束したのに。あの時、この世界の縁を守るって、約束したのに。シャムスが傷ついているとき、見てる事しかできなかった」

 誰も瞳に写さないまま、子供らしくない低い声で感情を吐露する。ぼそりぼそりと、普段とは全く違う幽鬼の様な彼の表情と声に、その場の全員が声も出す事ができない。

「そんなこと……。シャムスさんは、こうやって無事じゃない。純吾君はちゃんと助ける事ができたよ」

 あえぐように、やっとの思いですずかが声をあげた。目の前にいるシャムスはちゃんと助かっているはずなのに、どうして彼があんなに暗くなるのか、彼女には純吾の心が理解できなかった。

 ただ、彼がやり遂げた事を、彼自身が否定してほしくなかった。その思いだけで鉛のように感じられるようになった重苦しい雰囲気の中、力を振り絞って声をあげたのだが、それが声に反応した彼の瞳に光を灯した。

 いつもの穏やかな光でも、生きるという意思に満ちた眩しいばかりの光でもない、激情に支配され、見たものを燃やしつくさんばかりの苛烈なまでの光を。

「違う、違うよ。
 少しでも傷付いたら、あいつらはやってくる。早く傷を治さないと、早く、早くしないとあいつらが……悪魔がやってくる!」

 純吾の目には記憶の一場面が写り込んでいるのだろうか。半ば狂乱したように唐突に立ち上がり、頭を両手で押さえながら叫ぶ。
 椅子が大きな音を立てて倒れ、純吾の悲痛な叫びが客間を満たす。予想だにしていなかった純吾の豹変に、今度こそ動ける者はいなかった。

「……やめて。もう、やめてっ!
ジュンゴは何もしてない。何も悪い事もしてないし、お前達の邪魔もしてないよっ!! だからもう、もうジュンゴの街を壊さないでっ!
 友達を……仲間を奪っていかないで!!」

 その場に倒れ込むようにしてうずくまり、血を吐くような悲鳴をあげる。9歳にしては大柄な彼の背が、今この時だけは酷く小さく、頼りない者に見える。
 そしてその姿を見て、その悲鳴を聞いて、ようやく忍達は彼の行動の理由を悟った。

 この前の街の被害と、そして今回何もできずにシャムスを傷つけてしまったという事。その二つの出来事が、純吾の今まで抑え込んでいたトラウマを再び呼び起こしてしまっていたのだ。


 つまり、崩れゆく街並みに、その後襲いかかってくる悪魔たちに対して、ただ呆然として何もできなかった事。
 それが彼にとって、最悪の結果を引き起こしてしまったというトラウマを。


 元々純吾は戦いの知識も経験もない唯の一般人だった。そんな彼が今まで自ら体験した激甚なトラウマをどうにか思い起こさなかったのは偶然と、周りにいる人たちによる援助によって何とか彼にとって良い環境を整える事ができたからだった。
 しかし、その環境――崩壊前に似た街、支え支えられる仲間――の危機を前に、彼は再び手をこまねいている事しかできなかった。【悪魔召喚アプリ】という力を手に入れ、あの時とは全く違うというのに。

 恐怖、怒り、悲しみ、そして後悔に震える純吾の姿を見ながら、誰も動けなかった。

 
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