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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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青葉時代・死別編

 命の灯が掻き消された瞬間を見るのは初めてではなかった。
 けれども、ずっと己の前にいて歩いていた人間の、そんな姿を見る事になるとは思ってもいなかったのだ。

 目の前の人物の頬へと、意を決して己の片手を添える。
 冷え切った己の手とは裏腹にその頬は温かい……当たり前の事実に愕然とする。

「……さよなら、だな」

 時折神秘的な緑色の輝きを帯びていた黒い目を眠たそうに細めながらも、そう囁いた姿を見て。
 ああ、逝ってしまうのだ……と本当に柄にもない感傷が胸を切り裂いた。

「――――柱間」

 ずっと目の前にいた。
 ずっとその背中を追いかけていた。
 届かないからこそ憧れ、正反対であるからこそ羨んだ。
 追いつけないことに苛立ち、何とかしてその目に対等な存在として映ってやりたかった。

 敵として互いに武を競い合っていた頃が最も己の心躍る時だったのだろう。
 誰からも畏れられていた仇敵の前に看過出来ぬ存在として相対出来たのは己だけだったのだから。

 仲間として遇されてから、それから奴の目に自分と言う存在が他の者達同様に映る様になってからは、どうしてかそれが気に食わなかった。
 他の人間達同様に守るべき――奴の庇護を受けるべき存在として扱われる事は、己の矜持がどうしても是としなかった。

 だからこそ何もかも失って復讐者と零落れてしまっても、その目に対等な存在として映る事を欲したのだと思う。

 時折気まぐれに振り向いてはいつも己を翻弄させていたその相手が、自分の前でまたもや己の手の届かぬところに逝ってしまう。

 ――……目の前の相手は、そんな己の複雑な心境など知りもしないだろう。
 いつだって先を歩いて、前だけを見据えて、己と同じ夜の色彩を身に纏っていながらも、誰もが目を離せない程の光を惜しげもなく振り撒いて、己を含んだ大勢の者達を惹き付けて。

 ――その輝きが、目の前で消え失せる。
 糸の切れた傀儡人形の様に、自分の目の前で仄かな微笑を唇に刷いたまま――逝ってしまった。

「……うちはのオレでさえ慈しむ事の出来ないこの目を……お前は美しいと思っていたのか」

 最も親しい友を殺し、弟の目を奪って、ようやく完全な物へと開眼した己の目。
 血族の者達でさえ恐れ戦き、誇れる物ではなかったこの瞳をそんな風に称せるのは、後にも先にもこの風変わりな仇敵だけだろう。そう思えば、あまりにも歪んだ苦笑が口元に浮かぶ。

 ……己が捨てた故郷に戻って来たのは単なる気まぐれだった。
 自分と違って、誰からも求められている仇敵の元へと顔を出したのだってそうだ。
 そうして目にした相手の余りにも儚すぎる姿に息を飲んでいれば、奴はやはり憎しみも恨みもない声音で目の前の木の葉を己へと誇って見せたのだ。

 こんなにもこいつは細かったのか、と既に事切れた躯を眺める。
 元より中性的な顔立ちをしていたのは知っていたし、人間の顔の美醜に興味のなかった自分でも認めざるを得ない容貌の持ち主であったのも理解していた。

 それでも己に――人々に見せる姿はいつだって誇らしげで堂々として、誰よりも毅然と胸を張っていたから、その脆さに気付かなかった。

 そっと夜風に遊ぶ絹糸の様な黒髪に手で掬い上げる。

 その生き様に焦がれて、その強さに魅せられた。
 野の獣よりも奔放な姿は、空を舞う鳥よりも自由な姿は――癪に障る事に長らく自分の憧れでもあった。

 届かないからこそ、悔しかった。追いつけないからこそ、苛立った。
 手に入らぬからこそ憎み、自分では決して真似出来なかったからこそ妬んだのだ。

「……とうとう貴様はオレだけでない、誰の手も届かぬ場所に去ってしまったな」

 不器用だ、と亡き弟からも目の前の相手からも告げられた事がある。
 今ではその通りだと認めるしかない。
 焦がれ、求めて、それなのに素直になれなかった自分が、こいつの死を看取るとはなんたる皮肉だろう。

「――だが、貴様の求める平和は所詮理想論だ。結局人間が分かり合える事などない。……オレ達が、そうであったようにな」

 目の前の相手が空を眺めつつ浮かんだ理想を追い求めるのであれば、己は地に足をつけて絶望の底に転がる世の事実を口にする。

 尾獣と並んで世界の抑止力であった目の前の人間が死んだことで、世界には密やかなる激震が走るだろう。
 ――そうしてこいつの願いとは裏腹に、再び世界は憎しみに覆われる事になる。

「オレはオレのやり方で世界を壊してみせよう。貴様とはまた違った手段で」

 手の中の黒髪がそっと離れていく。
 微笑みを浮かべたままの彼の人へと最後に一度だけ振り向いて、己はその場を後にした。



 遠くで、誰かの悲鳴が上がるのが聞こえ、静かだった里中が騒然としだす。
 一つ、また一つと夜に燈火が灯り、人々がざわめいているのを耳にしながらも――彼は静かに闇へと姿をくらませた。 
 

 
後書き
彼は彼でかなり捩じれている人ですから、その内心はかなり複雑なものであったと思います。
憧れると同時に憎み、妬みながらも羨んで、密かに尊敬しつつも表になど出せない。少なくとも、柱間が生きている間は素直になることはなかったんだろうなぁ…と原作を読みつつそんなことを思いましたので。

この話の中では、マダラ頭領もうすうす主人公の性別に関しては感づいていました。それを確かめる前に決別してしまい、彼が確信したのは主人公が死んでからです。

忘れちゃいけないのは、本誌でかなりの悪役を張っていますマダラ頭領ですけど、彼も彼なりに世界を救済しようとしているのですよね。
やり方が一方的かつ独善的でこそありますが。
手段として手っ取り早く最も現実的なのは残念ながら「月の眼」のほうだと思いますよ。 
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