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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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二十話・前編

 
前書き
 少年は先知れぬ道を歩いていきます。
 
 知らぬ場所知らぬ世界知らぬ人。
 少年にとって歩くそこは生まれた場所とは違う世界です。
 少年は見知った場所を去り、もう戻ることは出来ません。与えられた希望を背負い前に向かいます。
 もう止まることは出来ません。止まるわけにはいかないのです。
 辛くても寂しくても、かつて与えられ背負った希望に押され先知れぬ暗い道を歩きます。
 その先に光が見えずとも闇に向かって歩くしかないのです。

 動き出した足はもう止められない。

 少年は道の先に光を見つけました。
 先見えぬ暗い先に見えた光に少年は喜びました。
 これで終わりだと、あそこまで行ければ抜けられるのだと。
 喜びの余り少年は走りました。
 先の見えない道で光だけを目印に走りました。
 走ってしまいました。
 気をつけていたはずの一切を忘れて……
 

 
 歓声が辺りを包んでいる。
 声は振動となり空を震わせ、そして壁を伝えその熱気をまた空へと繋げる。
 熱の中心からいくつも壁を挟み離れているはずのその部屋でさえそれが感じ取れたのは、それだけその熱気が強いのだろう。
 控え室の中、微かに震える大気を感じながらレイフォンは目を閉じていた。

 何の問題もなく勝ち進んだ。残すところは決勝のみ。
 あの相手も問題なく勝ち進んだ。どうせなら途中で負けでもすれば良かったとレイフォンは思う。そうすればわらい話にでもなったのに。大口を叩くだけはあったということだ。
 数年前にも同じ様にここに来た。だがあの時とは全く違って感じられる。それは自分が変わったのか、周りが違うからか。もっとも、今となってはどうでもいいことだ。
 
 レイフォンは静かに深呼吸を繰り返す。そして心を落ち着けていく。
 するべきことは決まっている。するだけの心は決めている。描くべき絵も固まっている。
 昔なら思い描けなかったその絵も今なら最後の一歩を思い描ける。それが一体何故なのかは分からないが今はどうでもいい。
 今することはミスがないように何度となく心で思い描くだけ。だからこそレイフォンは心を鎮めその時間が来るまで静かに目を閉じる。
 
 暫くして空気の震えが変わったのをレイフォンは感じ取った。出番だということだろう。
 最後に一度静かに息を吐きだしレイフォンは目を開けた。
 その眼に静かな■■を込めて。





 広大な試合場。大勢の観客。
 よく見えるようにと、試合が無粋なものに邪魔されないようにと……かどうかは知らないが遮蔽物の一つもろくにない。
 そこにレイフォンは足を進め、向かいから相手が現れる。
 二人が現れたことで歓声が一層上がりその振動が直接体を叩く。まるで大気自体が確かな質量を持って体を押しつぶすように厚みのある無色の膜が体を取り巻く。
 それも一瞬。響く僅かの言葉と同時にそれは静まる。どちらともなく錬金鋼を復元していく。
 剣と手脚甲。互いに異なる武器が向かい合う。正眼の構えに半身の構え。
 そして続く電子音にも似た音が響き―――――静かに、けれど確かに熱を持って試合は開幕を告げた。



 まずは簡単な力試しから。
 そう言わんばかりにレイフォンはやや大振りに剣を振り上げ袈裟に振り下ろす。
 技ですらない基礎の振り下ろし。けれど見るものが見れば繰り手の技量が分かるだけの力強く真っ直ぐなそれを、けれど同時に踏み込んでいたガハルドの右の正拳が迎撃する。
 共に初手は流派の基礎と言える技のぶつかり合い。されど洗練された熟練の一撃同士のぶつかり合いはその余波を剄の残滓として大気をも揺らす。
 レイフォンの剣は勢いを殺され刃がそれ、ガハルドの拳も伝え伝えられた衝撃にその動きが一瞬止まる。

 レイフォンはそれた軌道のままに踏み込み足を進め体を倒す。その勢いで後ろ足をすらせる様にさせ、そのままその足にて重心を繰り剣を振りかぶろうとする。だがそれよりもガハルドは一手早い。
 剣を両の手にて握り振るレイフォンと四足がそのまま武器として機能するガハルド。打ち合いともならばその差は手数として現れる。レイフォンとて人相手ならば剣を使わずとも相手できるが錬金鋼を付けたその道本業相手では少しばかり荷が重いのは至極当然といえるだろう。あくまでもレイフォンは剣士なのだから。

 顔を狙い伸びる蹴り足を相手にレイフォンは下から振りかぶる途中だった剣の柄を自分に引き寄せる。寄った剣を盾にガハルドの蹴りを受けその衝撃に乗り一時距離を取る。

(この位か……)

 大体の相手の力量を見極めたレイフォンが目を細め内心呟く。僅かな攻防だったがおおよその技量は掴めた。確かに強い。
 ここまで勝ち上がってきたのは実力なのだろうと思えるほど。技は洗練され体捌きも目を見張るだけのものはあるかもしれない。一般武芸者では一分持てば良く出来たと言っていいかもしれないほどの実力だ。申し分はない。

 ああ”これ”なら”何の問題も”ない。

(五でいいか……)

 そう思い閃断を放とうとするが不意に衝撃が走り狙いが大きくずれる。

「―――ちぃ」

 見れば剣の側面に剄の糸が付けられている。さきほどガハルドが触れた場所。恐らく攻撃を受けた時につけられたのだろう。別の事を考えていたせいで気づかなかった事に小さく悪態をつく。
 閃断は見当違いの方に飛びレイフォンの姿勢も僅かにずれる。糸を払うまもなくその隙をついてガハルドは一息にて跳ぶ。地に足つけぬまま大きく脇を開けレイフォンのこめかみめがけ拳を振りかぶる。
 こめかみに向かう拳をレイフォンは相手の懐に飛び込んで交わしそのまま相手の胴をなぎにかかる。

―――外力系衝剄変化・爆ざ

 瞬間ガハルドは脇を締め腕の肘を回し拳の軌道が急変。レイフォンの目の前へと置換された拳が振り抜かれる。

 レイフォンはすぐさま剣を無理に止め足を張り体を横にずらす。一瞬前まで顔があった場所を拳が強い風と共に唸りを上げて突き抜ける。
 ガハルドはそのまま宙で体を捻り突いた腕を横に薙ぎレイフォンの頭を刈りに狙う。込められた剄からして普通なら必殺の刃とさえ言える手刀。首ごと薙ぎ払おうかというその腕をレイフォンは体を落とすと共に剣から離した手で全力で下から殴り飛ばし軌道を変えて避ける。
 頭のすぐ上を通り過ぎる腕の存在を片隅に、殴り飛ばしたそのままにレイフォンは片手で握った剣で再度ガハルドを横に薙にかかる。

―――外力系衝剄変化・爆斬衝

 足りない分の力を剄で増やし、爆炎を纏い加速した剣が地に着いたガハルドを切り裂きに狙う。このまま相手が前に進もうとも一歩進もうとももう遅い。タイミングは合わせた上にその体勢では使えるのは片手。守りに回そうともそのまま押し切り斬り伏せるだけの力はある。

 地に足つけたガハルドはしかしそのどちらも選ばない。地に着いた足に力など入れず地に体を捧げるが如く崩れ落ちる。

 レイフォンの剣は崩れ落ちたガハルドには当たらずその頭上を通過。されどそこでレイフォンは終わらせない。素早く動く柄を握る手に力を入れると同時空手である右を使用。まるで柄を握る己が手を殴り飛ばすかの如く振り下ろし掴み、その勢いのままに軌道を急変。ガハルドへと鋭角にその軌道を変える。外部の爆発的刺激により急加速する物体を寸分の狂いもなく力の流れを見極めるという妙技にて敵を追撃する。

 それに対しガハルドは膝を折った体勢のまま、つい、と片手を持ち上げその手に溜めた剄が放たれる。

―――化練変化・気縮爆

 大気が圧縮され爆発する。
 速度や加速の速い物ほど横からの衝撃を受けた際の影響は大きい。大気の爆発、それとガハルドの拳を受けた剣はガハルドのすぐそばを通過する。

 大気の圧縮を感じ取った瞬間レイフォンは既に後ろに跳んでいた。それを追うようにガハルドは低い姿勢のまま迫る。
 
(これは……一かな)

 レイフォンが思考する。

 レイフォンに迫ったガハルドは地を存分に踏みしめレイフォンの首元めがけ下から弧を描くように右の足刀が放たれる。
 武芸者が戦闘することを前提に作られた頑丈な足場。それに罅を入れ鈍い音が鳴るほど強く踏みしめた足の力で放たれる足刀。まともに受ければただでは済まないだろう。
 レイフォンは後ろに飛ぶ間に剄を練りつつ握り直した剣を引き寄せようとする。

 否、した。

 引き寄せる寸前、剣は衝撃を受け跳ね上がる。
 蛇流だ。だがそれ特定の動作は伺えない。ガハルドの足刀から放たれた剄が未だ繋がったままの糸を通じ剣を跳ね上げたのだ。
 剄を伝導しつつもガハルドの蹴りは止まらない。蹴りの勢いをほとんど止めず、目的ではなくあくまでも過程に蛇流を織り込むという熟練の技。幾重にも繰り返し鍛錬で体に染み込ませ培われた業が放たれる。

 流石だとレイフォンは感心する。自分とてルッケンスの技は使える。もちろん蛇流もその一つだ。けれどここまで流れる様に動作には組み込めない。あくまでも自分の本領は剣。本家には劣る。丹念に土台を作りその上に長い修練で積み上げ技と成し得た者と形だけ見て覚えた者のそこが差なのだろう。とてつもない数の反復や緻密な鍛錬があったはずだ。

 どうするべきか? 思考すると同時に体が動く。練っていた剄をすぐさま不型のままレイフォンは衝撃波として爆発させる。その衝撃に乗じ体を動かし首を大きく逸らす。首狩り鎌の如く唸る足刀の狙いはズレ、レイフォンの顔のすぐ横を薙ぎ払う。
 微かに舞う髪の毛と同時にピリッとした痛みが一瞬頬に走る。どうやら掠ったらしい。タラリ、と血がレイフォンの頬を流れる。

 衝撃波の影響は相手も受けている。すぐさまレイフォンは未だ宙に浮いたままの相手の足に向け剣を振る。刃は脚甲に当たり足を弾く。姿勢を崩した相手の、今度は地に着いている左の足に向けて剣を止めずレイフォンは連撃を放つ。足払いどころか当たれば豆腐を裂くように足を切り落とすだろうその一撃をガハルドはギリギリで左の脚甲で受けその衝撃に吹き飛ばされる。
 レイフォンは空中のガハルドめがけ衝剄を放つ。それと同時に剣に剄を込め軽く振り払い剄の糸を切る。元々切ろうと思えばレイフォンにとってそこまで難しくはないものだ。糸が切り払われる。

 空中で衝剄をガードしたガハルドは僅かに姿勢を崩しながら両手両足で着地。持ち直すまもなくレイフォンは旋剄で迫る。
 不利だと悟ったのだろう。レイフォンの振るう刃にガハルドが下がろうとする。瞬間その両手両足に衝撃が走ったように崩れ落ち姿勢が乱れる。
 驚きの表情を浮かべるガハルドに向けレイフォンは逆袈裟に斬りかかる。
ガハルドはそれを右の手甲にて受け流そうとするが崩れた姿勢では完全ではない。レイフォンの刃が微かにその頬を切り裂き血が流れ落ちる。

 そのままガハルドは跳び下がり大きく距離を開ける。
 レイフォンはそれを追わない。首を鳴らす様に軽くガハルドに向け左右に小さく首を揺らす。それを見たガハルドの顔が微かに歪む。流石に何をされたか分かっている様だ。

 ルッケンス流・蛇流
 レイフォンは同じ技で返しただけだ。それも相手の両手両足に返すというおまけ付きで。
 自分の流派の技を自分と同じように、数を多く返され挑発。傷で血が流れたということも相まりいささかプライドが傷つけられたらしい。ガハルドの表情には怒りが浮かんでいるのが微かに分かる。
 ガハルドが流れる血を手のひらで拭い、それを払うと同時地を蹴る。
 怒りを押し殺したような表情のまま踏み込んでくるガハルドに対しレイフォンも地を蹴った。


 何度となく刃と拳が交差し絡み弾き合う。
 蛇流は確かに面倒な技だがされることが前もって分かっていれば対処の使用はある。使うにしてもある程度の距離や振りが必要であり、糸を付けられたことに気づけばそれが来る前に対処出来るだけの技量が互いにはある。故に双方ともに気をつけあう最中それをもう一度使うのは至極困難。
 ヒット&アウェイ。
 一進一退の攻防が絶え間なく続けられていく。
 互いの武器が交差するたびに大気が悲鳴を上げ風が唸り、観客の歓声が挙がる。



 武芸者という存在。民の守り手。
 グレンダンにおけるその最高峰の称号をかけた戦い。
 剄脈という人ならぬ異物を持って生まれた存在。只の人間では視認することすら不可能と化す動きによる戦い。
 見えぬ拳に大気が悲鳴を上げる。残像さえ捉えられぬ刃に空が切られ大気が吸われる。
 微かな残像が辺りに飛び交う。刻一刻と砕かれ刻まれ、見えぬ戦いの確かな証が場へと刻まれる。
 砕かれた足場から立ち上る砂煙がふわりと揺れる。そして次の瞬間には暴風に飲まれたように飛び散る。見えぬその近くで互いの武器が触れ合ったその衝撃に吹き飛ばされたのだろう。技さえ交わさぬ触れ合いでさえ暴力的な渦を呼び破壊をもたらす。
 人の姿が見えぬその場でまるで地面が自壊するように傷跡を刻んでいく。
 始まった時は真新しささえ感じられた硬い地面。既に傷を残さぬ場所を探すほうが至難と化している。
 同じ人間であると思えないほどの力。まったく別の存在(バケモノ)とさえ思える程の超常的暴力。

 それを振るう二人の武人。一般人は愚か、武芸者からしてもアレ(・・)は違うのだと思える程の力を持つ達人。
 その更に“上”を決め上がる為のぶつかり合い。
 武芸者が、“それ”が自分たちの絶対的庇護者であると疑わぬ民はより一層の歓声を上げた。



 レイフォンの剣が振られればガハルドはそれをいなし流す。ガハルドの拳が迫ればレイフォンは剣で弾く。
 レイフォンの剣は切れぬものなど無しとばかりに思わせるほど一刀一刀が鋭く美しささえ感じられる。斬線は僅かの乱れも見せず流麗な線を描きその軌跡を辿れば一動作かと見紛うばかりに流れ止まっていないことが分かるだろう。
 ガハルドの拳は金剛にして千変万化。間合いの広さこそ剣に劣るものの化練の技を使うそれは先読みは至極困難となるだろう。その腕はまるで体の生き物の様に唸り足は蛇の如く軌道を変化させ隙間へと潜り込む。
 
 火花が散る。
 刃と拳が触れ合うたびに火花が散り刹那の光として彼らがいた痕跡を残す。ぶつかり合うあう技の余波が剄の焔となり揺らめく。

 弾き受け流し潰し往なし斬り蹴り穿つ。
 時には力で時には技で。今までに体に刻み染み込ませてきた経験(それ)から常に先を描き動く。
 今またその切っ先がふれ戦端が開く。


 レイフォンが肩から飛び込むように半身を前にガハルドへと接近。踏み込みと同時に足から腰へと伝導した力のままに神速の刃を振るう。
 ガハルドは体を後ろへと引き廻る。地から天へと逆さに軌道を描くその剣の鋒が体を撫でるかのように僅か先を通り過ぎる。そのまま廻る力のままにガハルドの踵がレイフォンの側頭部を狙う。
 レイフォンは鋒を切り返し向かう足を切り落としに狙う。
 ガハルドの足がクンッと急下降する。狙いを変えレイフォンの脇腹へと落ちていく。
 レイフォンは地を蹴り体を後ろへ。身を投げ出すように跳んだその先をガハルドの足が薙ぐ。足が通り過ぎた瞬間爆ぜる様な音と共にレイフォンの体が凄まじい速さで起き上がる。

―――外力系衝剄変化・背狼衝

「――――ッ」

 ガハルドの顔が僅かに歪む。
 急加速で起き上がったレイフォンはその勢いのままに斬りかかる。

―――外力系衝剄変化・轟剣

 剄を纏い長大になった剣がガハルドを襲う。
 ガハルドはレイフォンの横へ回るように一足で踏み込み右の拳を放つ。唸りを上げるそれをレイフォンは横へ避け剣をガハルドへ向ける。轟剣のまま袈裟に振るわれる刃にガハルドは左の掌で右の肘の内側を掌打。右の拳の軌道を無理やり捻り曲げ剣の側面を打ち払う。

 弾かれたレイフォンはそのまま流れる様に切り返しガハルドを狙い続ける。
 ガハルドが下がる。
 それを追いレイフォンも踏み込む。半身を前に脇構え。相手から刀身を隠すように構え踏み込んで切り上げる。
 ガハルドは刀身を読んで体を下げる。刃が通り過ぎる。

瞬間その胸元が僅かに切り裂かれた。

「――――!!」

 ガハルドが押し殺した驚愕の声を漏らす。
 刃渡りを読み間違えたのだ。
 ガハルドほどの武芸者が武器の間合いを見間違うことは普通ありえない。だがレイフォンはそれを狂わせた。轟剣を使い一旦普段の剣よりも間合いを増加。ガハルドは僅かな打ち合いにて急造でその長さを記憶。その後レイフォンは脇構えにして刀身を隠しその間に剄をバレない程度に込め刀身を伸ばした。それも違和感を覚えられないようにほんの僅かにだけ。
 わざと最初と同じ状況を作り相手にも同じ動きを誘い、そして切った。
 
 作り上げた現状にレイフォンは小さく嗤う様にガハルドへと口端を上げる。それを受け表情に怒りを込めすぐさまガハルドはレイフォンへと拳を向ける。
 気づかれないように伸ばしたのが少しだったこと等もあり切れたのは僅かだっただろう。既に血も止まっている様だ。
 
 両手両足を使い一層の猛攻を仕掛けるガハルド。それをレイフォンは全身を動かして避け、時に弾いていく。
 単純比にて手数は四倍。だがそれを間合いを生かし絶え間なく動くことでレイフォンは潰していく。
 
 延髄を刈りに来た鎌の如き足が迫る。
 それに対し受けてそこから連撃に続けようとレイフォンは剣を受け流すように斜めに構える。
―――カクン
 その刹那ガハルドの足が蛇の如くうねった。

 急激な膝の捻りと屈伸。まとわりつく蛇の如く隙間へと軌道を曲げ変えられたガハルドの右足が鎌首をもたげレイフォンの心臓を貫かんと向かう。同時ガハルドは地に着いた左足裏で地を確かに掌握。硬い石に足の凹みを残す程の力で地を蹴る。その力を受け伸びる足はさながら神速の槍の突きだ。
 横へと考えるがレイフォンが跳んだのは後ろだ。真正面から一直線に伸びる槍は槍にして槍にあらず。

 だがそれでも避けきれぬその脚鎗にレイフォンは剣で受け、殺しきれぬ衝撃に僅かに押され後ろへと飛ぶ。
 飛ぶレイフォンに追いつかんと一瞬の間もなくガハルドが迫る。
 それに対しレイフォンは衝剄を撃ちつつ体を回しその力で唐竹に剣を振り下ろす。
 だが不安定な状態で撃たれた衝剄は大した威力もなくガハルドの衝剄とぶつかり風を生むだけで消える。
 振るわれた剣に対しガハルドは右の手甲を向かわせ―――クンッと手首を弾き肘と連動させ手の内を回すように動かす。その動きに巻かれ剣の軌道が廻る。ガハルドは正面へと誘った剣に対し前後に間隔を開け刀身を左右から両の手で挟み込みこむ。

 別段そこまでおかしいと言い切れないような動き。
 このままガハルドへと突き刺そうか。
 レイフォンはそう考え手に力をいれ――――視界の端、ガハルドが小さく笑ったのが映る。
 瞬間言い知れぬ悪寒が背中を走る。
 何故? それを考える前に体は思考よりも早く錬金鋼へと剄を送った。

 ガハルドが使う剄技のほとんどをレイフォンは知っている。何故なら彼が使うそれはルッケンスの物であり、レイフォンはそれを全て収めただろうサヴァリスに何度となく襲われ技を見てきた。サヴァリスが天才であり他の者が使う際と多少違おうとも剄の流れは大凡同じ。だからこそレイフォンは相手の剄の流れを見ればある程度は分かる。
 今ガハルドが練っている剄の流れは生憎覚えがないが、レイフォンはルッケンス全ての技を知っているわけでもないので別段不思議ではない。知らないというだけが理由ではないしこの程度の剄の量ならば何も問題はない。一体自分は何を感じたのか。
 その答えは直ぐさま現れた。

 刀身部分にガハルドの掌が左右から触れる。包み込むように優しく支えられ―――

―――ギィン―――

 音が鳴った。

 その音は金属が触れ合うような硬質の音ではない。まるで耳を貫くような不協和音にも似た金属の悲鳴だ。
 瞬間レイフォンは悟り内心叫ぶ。

(!? 武器破壊技―――ッ!!)

 込めた剄によってまだ錬金鋼は耐えている。全身の力で剣を振り込めた剄も使い無理矢理にガハルドの手をこじ開け脱する。


 ルッケンス流・崩鳴掌
 それがガハルドの使った武器破壊の化練技だ。
 剄を特殊な振動波に変えて打ち込み錬金鋼を粉々にする技であり、左右から挟み別々の振動波を打ち込む事によってその干渉効果で行う。例えるなら錬金鋼の全体で共振による金属疲労を起こし崩壊させる様な技だ。
 
 剄の流れから大体の形が分かるレイフォンが気づかなかった理由。それは化練剄だったから。化練剄に対しては見てなぞるだけのレイフォンは原理を知らない。基礎さえ習っていない。元々化練剄は多彩であり読みづらいこともある。
 そしてレイフォンがルッケンスの技を知る理由のサヴァリスはこの技をレイフォンに向けたことがない。

 それどころかレイフォンは知らぬことだがサヴァリスはあえて使わなかった。
 出来るだけレイフォンとの戦いを楽しみたいサヴァリスにとって本気にならぬレイフォンに使ってはつまらないだけ。使おうと考えることさえしなかった。
 それでもレイフォンが直前で気づいたのは偶然と言える。あえて言うとするならばサヴァリスとの命懸けの追いかけっこで鍛え抜かれた直感といったところだろう。
 
 
(……問題はない)

 レイフォンは内心呟く。
 錬金鋼は一つではない。なくても取り返しはつくがこの武器が今壊れては困ったことになる。だからこそ錬金鋼の取り敢えずの無事にレイフォンは安堵する。
 だがその代償にレイフォンの姿勢は崩れきってしまった。
 そこをガハルドは見逃さない。
 踏み込んだ足元が割れ瓦礫が舞うほど強く全体重をかけて。その体が膨張したかに思える程の加速を持ってガハルドは踏み込みレイフォンへ向けて絶大な威力の拳が放たれる。

―――ルッケンス奥伝・剛力徹波・穿(うがち)

 音を幾重にも置き去りにした拳が剣を盾にしたレイフォンのその盾ごと貫き、込められた剄が打ち込まれる。
 
―――活剄衝剄混合変化・金剛剄

 それをレイフォンは金剛剄で受ける。だが踏ん張りも効かず殺しきれぬ衝撃に体が錐揉みしながら何度も殴られ続けているかのように吹き飛ぶ。
 円形の試合場の壁。そこにまで飛ばされレイフォンは背中から壁に激突。刹那その壁が崩れ落ちる。
 穿は打ち込んだ剄を振動波として変えその衝撃で相手を幾重も震わせる浸透破壊系剄技。剄にて身を穿つ技。触れたレイフォンの背中から伝導した波状の衝撃波に壁が崩れ落ちたのだ。
 立ち上った砂煙にレイフォンの姿が見えなくなる。
 
 ゆらり。
 立ち上る砂煙がふと強風に吹かれたように大きく揺らめく。
 瞬間その中から剄の刃がガハルドへと向かう。
 一つではない。幾つもの閃断が襲いかかる。

「―――ちっ」

 ガハルドは横へ逃げようとし、別軌道を描く閃断に気づき舌打ちする。
 風打の剣への応用だ。放つ姿が見えぬという利点を使いレイフォンが放った不可視の刃はガハルドを取り囲むように放たれている。
 舌打ちしたガハルドは足を止めその場にて閃断を迎撃。一つ目の閃断が消されると同時に砂煙の中からレイフォンは姿を表す。
 
 砂煙に巻かれたレイフォンは全身が汚れている。閉じた口の端から血が一筋垂れ、後頭部にも僅かに痛みがある。垂れてはいないがもしかしたら血が滲んでいるかもしれない。

 レイフォンは剄の振動波の度に金剛剄を行った。だが金剛剄は衝撃を弾く技。内部からの衝撃故原理的には完全にダメージをゼロにすることは出来ない。戦闘に支障がないレベルにまでなんとか打ち消せたが、その余波の結果が口から垂れる血だ。後頭部は壁にぶつけた際のものだろう。
 だが、まだ動きに問題が出るほどではない。ならば問題はないとレイフォンは思考する。
 
 多数の閃断によって足止めしたガハルドへ接近しながらレイフォンは閃断に紛れるように練っていた剄の渦を落とす。

―――外力系衝剄変化・蛇落とし

 竜巻状の剄が上空からガハルドを襲う。
 閃断を打ち消し終わったが、逃げられなかったガハルドはそれを受ける。その風圧にガハルドがこらえる。もとよりレイフォンはガハルドを飛ばすつもりで剄を練っていない。
 レイフォンの背が爆ぜる。

―――外力系衝剄変化・背狼衝並びに内力系活剄変化・旋剄、

 レイフォンは瞬く間にトップスピードまで上げ、

―――並びに疾影。そして殺剄

 ガハルドの直前でその姿が消える。

 凄まじいまでのロウ・トップ・ロウのチェンジオブペース。蛇落としに意識を取られていたガハルドは一瞬で消えたレイフォンの気配を追う。
 だが遅い。
 ガハルドは急に現れた剄にレイフォンを見つける。それは己が足元。まるで地を這う獣。

 蛇落としで上へと力がかかっていたガハルドの足元に潜り込んだレイフォンは剣を振るう。
 剣を背に、四足の獣の如く地に伏せ抜剣。伏せた獣が飛び掛かるかの如く地を蹴り剣が唸る。

―――クライン舞刀術・琥伏閃

 ベリツェンでネコバ……もとい住民の絶えた家から「保管」した伝書の技。外力系衝剄変化の剣術。
 元々は青龍偃月刀や柳葉刀の様な幅広の刃をもって使う技らしい。手から出る剄が刀身を覆う剄と僅かに反発。刀身を真ん中に挟むように剄の刃が形成。獣の爪の如き三爪が敵を狩る。
 
 振り抜かれた刃をガハルドは何とか避ける。だが剄の爪がガハルドの胸元を僅かに抉る。
 怯んだその一瞬、レイフォンは続けざまに突きを放つ。

―――活剄承継混合変化・鎗伸剣

 避けられず両腕を交差させて受けたガハルドが吹っ飛んでいく。
 
(二……いや三か……?)

 考えつつレイフォンは閃断を放つ。今更だがよくよく考えれば先のガハルドの技は有難かったかもしれない。
 そんなことを思いつつ、閃断よりも一息遅れ向かってくる風打を避けるようにレイフォンは飛び込んでいく。


 一刀一打が触れ合うたびに離れ技が往来する。
 技の余波に時折巻き上がる砂煙が観客の目から二人を隠したりしながらも再び一進一退の攻防が続いていった。










 視線の先で行われている勝負を見ているリーリンの胸中は不安に駆られていた。
 それはレイフォンが傷を負っていることでもあるし、すぐ近くに座っている養父と友人であるクラリーベルの存在が理由だ。
 
 二人の試合は目で直に見るだけでなくモニターを通しても見る事ができる。
 操つられている機器や切り返しの際等時折見える姿にリーリンも大体何が起きているのか分かっている。
 弟たちが騒いでいるのも聞こえてくる。

 視線をレイフォンの方から外しリーリンは右の方にいる養父を見る。
 デルクは手を顎にやり眉根を顰め試合を見ている。長い間デルクと過ごしてきたリーリンには養父にとって何か納得がいかない事があるときの様子だとわかる。

「……やはり歪だ」

 デルクが呟く。
 
「何が歪なのお養父さん?」

 リーリンの問いにデルクは奥歯に物が挟まったような言い方で答える。

「何と言えばいいか……噛み合っていない。なるようになるはずのモノが、そうなっていない。一件レイフォンは上手く動いているように見えるが何かズレている。見たところ動きに迷いがあるわけでも無い。私が教えたはずのものと紙一枚分のズレがある」
「剣を使っているからじゃないの?」
「いや、アレはそういう類ではない」

 リーリンの問いを否定する。

「戦場の流れに身を任せ動くのが道理。アレもそれは理解している。だがこれはまるで舞台のように“そう動くこと”が決まっている。そんな歪さだ。流れが濁っている」

 リーリンには祖父が何を言っているのか理解できない。
 周りを見渡すがデルクのような顔はしていない。それは錬金鋼を腰につけている武芸者も同じだ。皆息を呑むようにして試合を見ている。
 デルクは苦い顔で戦場を見続けている。リーリン自身には試合は僅かな残像しか見えない。だが武芸者であり、そしてレイフォンの師であった養父には自分とも他の武芸者とも全く別のものが見えているらしい。

 もう一人だけ。デルクと同じく周りとは違った表情の一つ左に座る友人をリーリンは見る。
 クラリーベルも周りとは違った表情だ。もっとも、こちらはつまらなそうに細めた目だが。

 はあ、とクラリーベルが息を吐く。

「何かつまらないですね」
「そう?」
「ええ、デルクさんの言うとおりです。面白みがありません。確かに技量が高いといえば高い戦いではあるんですが、こう、胸が熱くなって思わず混ぜて欲しくなるようなワクワクがありません。サヴァリス様に追いかけられてるレイフォンならあるんですが」
「……ああ、うん」
「必死さとかが違います。あれは全身全霊の全力で逃げ惑いますからね。私も加わったらと思うと胸がワクワクキュ~っとして思わず顔が赤くなっていまいます」
「……」

 無言になったリーリンに気づかず、それに……、とクラリーベルが続ける。

「あの抑え。きっとレイフォンは……」

 言い切る前にクラリーベルは首を振る。

「まあ、しょうがない事なんでしょうけど」

 一層つまらなそうに目を細めクラリーベルが言う。

「まったく、めんどくさい事ですよ。サヴァリス様はきっと苛立ちを堪えて見ているでしょうね。……どっちにかは知りませんが。まあそもそも知ってるか知りませんが」

 暫く近づけないでしょうとクラリーベルが呟く。だが、一体何のことなのか。
 聞きたいとリーリンは思うが、きっとクラリーベルは教えてくれないだろう。なんとなくだが分かってしまう。
 
 周りは皆試合に見入っている。二人の反応がおかしいのだ。一つ後ろのアイシャを振り返ればじっと試合場を見続けている。眼が動いていることからも見入っていることがわかる。やや眉根を顰めて目を細めているが、怪訝そうでもつまらなそうにもしているわけでもない。
 
 左右の二人の様子に少しの胸騒ぎがしつつ、リーリンはレイフォンが戦っているだろう方へ視線を向け続けた。










(勝てる……勝てるぞ!!)

 絶え間無い攻防を続けながらガハルドは思った。
 
 ガハルドが明らかに優っている、というわけではないが戦況は十分に渡り合えている。決して相手に劣っているわけではない。
 最初から比べればほんの僅かだが動きも鈍っているのが分かる。これなら勝てるとガハルドは思う。
 サヴァリスは随分とレイフォンの事を評価していたが現状はこれだ。自分と変わらないではないかとガハルドは思う。
 確かに歳を考えれば凄まじいがそれだけだ。
 若先生と並ぶなど烏滸がましい。
 そうガハルドは吠える。

(こんな小僧になど―――許せるものか!!)

 その怒りのままに一層攻勢を強める。

“若先生が認める武芸者の子供がいる”

 数年前から流れた噂。稽古の最中何度となく噂で聞いた言葉に、そして稽古の際にサヴァリス本人から聞かされた言葉にガハルドはもしやと思い色々と動いた。昨夜も今日の為に動いた。
 だが、この程度ならば杞憂だったとガハルドは改めて思う。小細工などせずとも問題はなかったと。
 真っ向から勝ち切れる、と。
 
(……まあいい)

 今回のためにわざわざ”時間をかけて”仕組んだ事を思いながらガハルドは口端を僅かに曲げ嗤う。
 
 道場の皆も応援してくれている。今代のルッケンスから二人目の天剣授受者が出るやもしれんと。出場が決まった時弟弟子の皆も喜んでくれた。
 ずっと憧れていた背中に追いつくことが出来る。隣に並ぶことができる。

 かつて教え、今ここにはいない一人の弟弟子のことをガハルドは思う。
 彼は向上心はあったし常に前を向いて人一倍修行していた。けれど真の意味で上を目指すことを辞めてしまっていたように感じた。否、諦めてしまったのだろう。
 自分は彼ではないから何があったのか本当の所は分からない。けれど想像はできる。一番近くにいただろう相手と比べてしまったのだろう。自分が教えていた時ふとした端々にそれを感じた。

 自分たちでも届く。
 自分が天剣になれば、それを知れば、そんな彼に希望を持たせられるのではないか。

(貴様に若先生の隣など―――)

 あそこに並ぶのは自分だと。その思いを込めてガハルドはレイフォンへ拳を振るう。

―――外力系衝剄変化化練変化・捻り蜘蛛

 ガハルドの両手の間に伸縮性を持った化練の糸が掛かる。
 振りかざされるレイフォンの剣をガハルドは小刻みに動いて避けレイフォンの脚部を狙った低い蹴りを放つ。
 レイフォンは下がって蹴りを避けガハルドの蹴りの外側から剣を振りかぶる。
 だがガハルドは直ぐさまレイフォンへと接近、懐へと潜り込む。振りかぶったままに距離を開けようと引くレイフォンに向け威力を捨て速さをのみを重視した軽い左のジャブを放つ。ジャブは鍔の近くに擦る。
 そこにガハルドの左手から剄の糸が移る。

 瞬間キリキリと捻られた糸が爆発的に縮む。
 ガハルドの右手がそれを辿る様に動く。

―――ルッケンス流・雷轟蛇手・(つらぬき)

 全身の捻りに加え糸の爆発的な加速を得た螺旋の貫手がレイフォンに迫る。
 逃げられる速さではない。避けようともこの距離なら糸を辿り貫手が蛇の如くうねり自動的に追尾する。 
 
 迫る貫手にレイフォンが剣を回しつつ真っ直ぐに突き出してくる。
 剣の回転に従いガハルドの貫手も廻る。けれど通常の倍以上の速さの貫手は威力も通常とは桁違い。腕の螺旋が剣を弾く。
 だが回る剣にほんの僅かに貫手の軌道がズレガハルドは肩を斬られる。剣を弾き飛ばさんと放たれたガハルドの貫手はブレ、結果弾かれた剣を不規則に追い糸が切れると同時にレイフォンの腕を抉り肩口まで滑る。
 直ぐさま切り返される剣にガハルドは大きく後ろへ跳んで距離を開ける。

(ほう、耐えるか……。だが終わったな)

 レイフォンの左手を見てガハルドは思う。
 直撃はしなかった。けれど凄まじい勢いの貫手を受けたレイフォンの左手の指は薬指と小指がおかしな方を向き、腕の側面は抉れ血をとうとうと流し続けている。あれでは左手で剣を握ることはロクに出来ないだろう。打ち込んだ感覚からしたら左手は骨に罅が入っていてもおかしくはない。
 ガハルドも肩を切られたが大して深くはない。僅かに痛むが腕の動きに支障はない。
 被害差は歴然だ。

 レイフォンが右手で剣を振るいガハルドを囲むように大量に閃断を放つ。それは足場を壊し大量の砂煙が一面を覆う。

(これに乗じるつもりか)

 辺り一面が見えない。会場にいる者達も何が起きているかわからないだろう。
 ふと気配を感じそちらを見る。思った通りにレイフォンがいた。レイフォンはガハルドを見ると小さく頷き再度姿を消す。

(そういうつもりか。良いだろう)

 始まってある程度経っている。互いにそこそこは血を流しいい塩梅だ。終わりにしようというのだろう。
 恐らくこの砂煙も皆が見ている前で負けるのは嫌だとかその辺りだろうとガハルドはあたりを付ける。
 それくらい乗ってやるか。そう思いガハルドは最後の一撃に備え剄を練る。
 
 まるで形だけの剄の気配が左右に巻かれ、ガハルドの正面に確かな気配が生まれ向かってくる。
 レイフォンも十分な剄を練っているのが分かる。だがガハルドとて負けてはいない。
 最後の一撃としてガハルドは最高の一撃を放つ。
 それは絶理の一。ルッケンスの格闘術を収めた者がその技のうちから一つ選び自らの必殺の技とした昇華させた絶技。
 剛力徹波・開闢。
 打ち込んだ拳の先から対象の体全体に剄が行き渡り対象の体内から震わせ動きを奪う技。込める剄の量や打ち込み方によっては震わせるだけでなく体内からの破壊も行える浸透破壊系剄技。ガハルドが選んだ絶理の一だ。
 
 砂煙が揺れレイフォンが姿を現す。
 剣を構え真正面から向かってきている。
 負傷した左手は一応剣の塚元にあるがあれではロクに掴めていないだろう。レイフォンが剣を構えて迫ってくる。

 大きく構えられた剣がガハルドへ向けて振られる。打ち合っていた時から比べれば大振りでゆっくりに見える。これで最後ということだろう。これならガハルドの一撃は確かに通るはずだ。
 それに答える様にガハルドは渾身の力で踏み込む。
 これで終わりだという事実が、天剣を手に入れられるという思いがガハルドの体を最高にまで持ち上げる。

 踏み込む、体重移動、足からの力の伝導、腰の捻り、肩の柔らかさ、腕の連動。剄の動きから何に至るまで申し分ない、今の自分に出来る最高の一撃だと自賛出来るほど技と体が一致する。
 地面が弾け、大気が悲鳴を上げる。そしてその右が放たれる。

―――絶理の一・剛力徹波・開闢

 この試合中最高の一撃がレイフォンへと向かう。
 この一撃はレイフォンの剣を弾き飛ばしその体を吹き飛ばしガハルドの勝利を告げるだろう。そうガハルドは確信する。

 互いの剄の余波で砂煙は半分以上吹き飛ばされている。中心地にいる二人はお互いの姿をもう完全に各々から見えている。時折隙間から外が見える事からも観客からもすぐに見えるようになるだろう。
 だが、ガハルドにはそんなことはもうどうでもいい。
 己が拳と相手の剣が一刻一刻と近づいていく世界が酷くもどかしく、そして甘美にガハルドは感じる。
 拳と剣が僅かに触れかける。
 自分でも驚く程の最高の一撃の出来に、そして高ぶる思いに五感は鋭敏になりまるで世界がスローモーションのようにさえガハルドには見える。
 












 だからこそそれが分かってしまった。














 



 レイフォンの目に確かな殺意が宿る。
 その瞬間触れたはずの剣が視界から消え、ガハルドの拳は凄まじい勢いで弾かれた。
 
 



 











 ガハルドは突如跳ね上がった剄量を間近で感じ叫ぶ。

(?! ――――~~~~~こいつまさか―――ッッ!?)

 その時になってガハルドは悟る。レイフォンの狙いを理解する。
 目の前の相手は最初から自分を殺すつもりだったのだと。大人しくこちらに従っていた理由も不思議だったがやっと分かった。
 わざとこちらの脅迫に乗り試合を勧め“誰の目から見ても同等”な試合を演出し最後に斬る。
 故意ではないのだと。ただの事故なのだと。
 周りにそう思わせんがために動いていたのだ。

 手に傷を負い時間もない。煙に乗じて最後の攻撃を仕掛け、決死の攻撃の末のぶつかり合いにより軌道がズレ“誤って”殺してしまう。
 十分起こりうる「事故」だろう。

 この砂塵もわざとなのだろう。理由付けをするとともに自分が振るう所を周りから見られないようにするため。
 剄が跳ね上がったのも練り上げたモノを隠していたのだろう。容易くできるとは思わないがそれをするための時間を確保する意味も砂塵にはあったのかもしれない。
 恐らく離れていた者たちは剄の事を気づかないだろう。もしかしたら形だけの気配はその為に飛ばしたのかもしれない。

 スローモーションの世界の中ガハルドは思考する。だがもう全て遅い。
 ガハルドの肩口から熱い衝撃が走り、それが胴体を斜めに走っていくのが分かる。

 ガハルドの心の中に様々な思いが走る。
 最初から自分を殺すために動いていたレイフォンへの、こんな子供が人を殺すためだけに頭を使い動く恐怖。
 最初から手加減されていた事への怒り。今の実力が本当の実力だというのなら、なんとも馬鹿にされた話だ。
 
 思うことは色々と出てくる。恐怖、怒り、悲しみ、慟哭、憤慨……。
 そして歪なものが一つ。
 疑問。

 体を通り抜けていく熱さに恐怖しながらガハルドは思う。
 確かに最初、レイフォンはその目に確かな殺意を宿していたはず。
 なのにこいつはどうして、

 今はその目を驚きに見開いているのだろう?



 熱がガハルドの体を通り抜けた。

 
















(なん、で)

 剣でガハルドの体を切りながらレイフォンの心の中はその声に満ちていた。
 現状が理解できない。なぜ、この剣は今ガハルドの「右肩」に当たっているのだ。
 
 本来ならばガハルドの拳と接触し、“不幸にも”剣は大きく弾かれガハルドの「首」を切り裂いていたはず。
なのに、どうして。
 そう思いながらも今更振るわれた剣は止まらない。振るう力のままに、慣性のままに剣はガハルドの突き出た右腕を切り落とす。けれどまだ止まらない。踏み出されている左足へとそのまま一直線に剣は進む。

 狼狽えるレイフォンは知らない。何故剣がそれなかったのか。
 その理由は呆れるほどに単純で馬鹿らしい。

 “ガハルドは弱すぎた”

 レイフォンが戦う中で見積もり“これくらいなら大丈夫”だと見積もったよりも弱かった。だから一瞬本気を出したレイフォンの剣をまともに受けることすら出来ず容易く弾き飛ばしてしまった。
 確かにガハルドは強い武芸者だ。だがそれでも天剣授受者になれるような化物とは違う。多少技量はあっても剄量が違いすぎる。
 剄量の差は力の差。いくら技量があろうとも剄量が大ければそれを踏みにじれる。そういうものだ。ガハルドとレイフォンはそこが違いすぎた。そして剄量ほど過大ではないが技量もまた。

 だがそれを見間違えたレイフォンの心から「何故」は消えない。消えないままに剣は太ももの付け根あたりからガハルドの左足をも切り落とし剄の余波がガハルドを倒す。そしてそのまま地面に突き刺さった剣は砕け散る。武器破壊技で脆くなっていた錬金鋼がレイフォンの大量の剄を受けついに耐え切れなくなったのだ。

「ア゛ア゛、ア゛……が……」

 足元のガハルドが呻く。まだ生きているのだ。
 止めを刺そうにも既に今の余波で砂塵はほとんど消えている。だれがどうみても決着は付いた。ここからの一撃の理由はない。
 ならばせめてこのまま怪我で死んでほしいと願うがそれは叶わないだろう。医療技術の発達したここで、この程度なら処置を間違えなければ死なない。
 もう、レイフォンには打つ手がない。
 
 痛みと感覚から左腕の骨が折れている可能性は高い。
 右の手に握る柄に刃は無く、左の腕は力無く項垂れ血を流し続けている。
 腕を伝う血が絶え間なく雫となって地に零れ落ちていく。

(何で……どうして?)
 
 そんな思いがレイフォンの心を駆け巡る。
 家族を守れるはずだったのだ。なのに何で。
 けれどそれはもう遅い。もう遅いのだ。



 風が砂煙を運び去っていく。
 観客たちに見えてきた光景は倒れた男性と立っている少年。歴然とした決着。
 徐々に上がる声は多くの歓声と僅かな悲鳴。救護スタッフが大急ぎで走り出していく。
 
 会場に声が響き渡る。


『―――勝者、レイフォン・アルセイフ!!』


 此度の天剣授受者決定戦は今この時を持って成功(しっぱい)を告げた。
 















 ―――どこかの街中―――

「勝負終わったってさー」「どっちが勝ったんだよ? やっぱルッケンスか?」「違うわ。レイフォンて子よ」「おいおいまじかー。二人目出たらスゲーって思ってたのになー」「少年の方は確か、四年前の大会の優勝者らしいのう」「すごーい。かっこいー」「あんたも頑張りさないよ坊や」「って事は天剣決まったのか。今日は式典かねぇ」「怪我負ってるらしいしどうだろうな」「ルッケンスの奴は片手片足がサヨナラしたらしい。今病院だそうだ」「うわ、ぶるっとした」「―――おう、色々話してるな皆さん」「まあね」「あんたも何か用?」「酒ならあるぞ。飲むか兄ちゃん」「そうだな頂くよ。―――そういや、あんたらこんな話は知ってるか?」「あん?」「いや何、俺もダチから聞いた話なんだけどよ。信憑性は確かだぜ」「もったいぶらずに話しなさんな」「そうよ。気になるじゃない」「悪い悪い。いやさ――――」



―――今回の新しい天剣が、闇試合に出てる犯罪者って話だよ。

 
 

 
後書き
 走っていた少年はふとつまづいて転びました。光ばかりを目に足元を見なかったからです。
 転んだ先には大きな穴がありました。ずっと足元には気を付けていたのに。落ちてしまいました。
 一緒にいる相手からの声で気づくこともできません。約束したのに眠っている間に一人で動いてしまったからです。

 少年は穴を落ちていきます。ずっとずっと落ちていきます。
 頭をぶつけ、体をぶつけ、何も見えない穴の中を落ち続けていきました。









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 色々書いてのこととかについては割烹(ここではつぶやきだっけ)に書きます。
 基本更新するたびに一つはつぶやきの方も更新するので良かったら見て下さい。話書いてのヒイコラ話とか内容について触れたりしてます。
 
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