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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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青葉時代・襲撃編<前編>

 何時あの大馬鹿野郎が戻ってきても大丈夫なように根回しをしつつも、マダラが抜けたせいで回ってきた大量の書類に忙殺されていたある日の事。
 私は手にしていた筆を脇に置いて、そっと窓の外から見える夜空へと視線を移した。

「変だな。今日は随分と晴れていたから、星がよく見えると思ったのに……」
「今宵の月は一段と明るいから、そのせいでしょうね。月光が星明りを掻き消している」

 勿体無いな。月の光と星明りとが一緒に合わさったほうが私の好みになるんだけど。
 漆黒の帳に名残惜しげに視線を這わせながらも、背後の厳しい視線に姿勢を正す。

「なんだよ、扉間。ちゃんと仕事をしてるじゃないか」
「いえ……。いつもそういって気が付けば子供達と遊んでおられる姉者に言われましても」

 やっぱり書類仕事に関して、私の信用度は薄いらしい。
 ちぇーと唇を尖らせながらも、再度腕を動かそうと筆を手にしたその時。

「――――っつ!?」

 猛烈な怖気と寒気に肌に鳥肌が立つ。
 思わず立ち上がって臨戦態勢を取った私同様、扉間の方も顔を青ざめさせて冷や汗を垂らしていた。

「扉間! 今のを感じたか!?」
「は、はい! なんですか、この醜悪なチャクラがこもった空気は……!?」

 羽織った火影の衣装を脱ぎ捨て、一気に身軽な格好になる。
 それから常に装備している武具口寄せの巻物を手にして、印を組む。

「とにかく尋常じゃない! 今すぐ警報を鳴らして、人々を避難させろ!!」
「あ、姉者は!?」
「オレは火影だ。里の皆を守るために前に出るさ。――背中は任せたぞ!」
「――はっ!」

 手早く口寄せした鎧を身に纏って、扉間に手早く指示を出す。
 戸から出るのももどかしく、執務室の窓から飛び出す。
 先ほどまで静かだった木の葉の里の中で警報が掻き鳴らされ、人々が驚いたように建物の中から飛び出てくる。

「火影様! いったい今のは……!」
「話は後だ! 取り敢えず今は非戦闘民を中心に皆を避難させろ!! 急げ!!」

 木の葉の額当をつけている忍び達に、怒鳴るようにして片っ端から急がせる。
 それから、頭上に浮かぶ月を睨んだ。

 先程までの静かで落ち着いた純白の満月の面影などない。
 赤い、濁った血の色を思わせる錆色に染まった月に気づいて、誰もが息を飲む。

『グゥォォォオオ!!』

 夜に響き渡った不吉な咆哮に、子供達が悲鳴を上げる。
 空気が悲鳴を上げるように震え、咆哮に込められた衝撃に肌が刺される。

「な、なんなのだ、今のは……!?」
「お、おい! 見ろ、あそこだ!」

 誰かが里の外を指差す。
 見覚えのある姿に私は思わず絶句し、里の人々は恐怖の悲鳴を上げた。

「――……どうして、お前がここにいるんだ」

 錆色の満月に照らされ、煌々と輝く朱金色の毛並み。
 堂々たる巨躯より生える九本の尾は荒々しく蠢き、凶悪な牙が並ぶ口元から涎が滴り落ちる。
 筆で一本引いたような黒い目元に映える鮮血の瞳は焦点を失い、ただただ標的を求めて彷徨っていた。

『――グルルゥゥ……』

 かつて私が見惚れたあの圧倒的なまでの美しさは疾うに無く、ただただ荒ぶるだけの獣がそこにいた。

「――どうして……なんだ、九喇嘛」
『ウオォォォォオ!!』

 ――問いかけに対する答えなど、ある筈がない。
 頭では分かっていても、私はその場から動く事が出来なかった。

*****

「九尾だーー!! 九尾が出たぞーー!?」

 里のあちこちから上がる悲鳴に、惚けていた意識が我に返る。
 こんな事をしている場合ではない。
 とにかく九喇嘛がどうして木の葉の里を襲ったのかは分からないが、私は火影として皆を守る責務がある。
 ――それを忘れてはならない。

『グゥォォォォオオ!!』

 巨大な尾が一振りして里の建物を叩き潰そうとする。
 あんな勢いで振るわれた一撃をまともに受ければ、建物どころか山だって崩壊するだろう。

「――木遁・樹界降誕! 土遁・地動核の術!」

 木遁の術で九尾の体を縛り上げ、大地へとチャクラを流し込んで九喇嘛がいる地面を持ち上げる。
 これで一旦の隔離は済んだが、事がそう簡単に済む筈が無い。

「何をしている、避難を急がせろ!!」
「は、はっ!!」

 そうしてから呆然と空を見上げている木の葉の忍び達を一喝して、我に返らせる。
 元々が優秀な彼らの事だ。警報を前もって鳴らしておいたお蔭もあって、避難の方も滞り無く進むだろう。

「九喇嘛! なんで木の葉に来たんだ!? ――おい、聞こえてるのか!?」

 自らを戒める木遁の縛りを噛み砕き、爪で引き裂く事で破壊する九喇嘛へと必死に呼びかけるが、返ってくるのは唸り声ばかり。

 ――可笑しい。幾ら破壊衝動に支配されているとはいえ、ここまで自我の欠片も無いだなんて、まるで操られているみたいだ。
 でも、尾獣の中でも最強と言われ【天災】と恐れられている九喇嘛の狐を操る者がこの世に存在するのか? だとすれば、それは一体……?

 地動核で持ち上げた地面の上に再び木遁の樹界降誕を使用して、九喇嘛の巨体を里の外へと弾き飛ばす。
 そのまま押し出された九喇嘛の方へと向かう途中、嫌な予感がしてその場から飛び退いた。

 ――判断は正解だった。

 先程まで私がいた場所に向かって放たれた、轟々と燃え盛る火球。
 見る見る内にその場にあった建物を焼き尽くす業火を背景に、その場に降り立った人影。
 その姿に私だけでなく、その場にいた誰もが息を飲む。
 木の葉に所属していた者であれば――あいつのことを見紛う者はいない。

「……うちは、マダラ?」
「とう、りょう……」

 なんで、あいつが私に向かって火球を飛ばす?
 誰かが呟き、その場にいた人々が食い入る様に人影を見つめる。その中には、うちはの人達もいて。

「――――何をしている、九尾。最強の尾獣と言うのも名前だけか」

 誰もが息を飲んで成り行きを見守るしかなかった。身動き一つでもすればこの悪夢が現実になりかねない、そんな雰囲気を軽々と崩して人影は――マダラは憮然とした声を上げる。

『グオオオォォオッ!!』

 マダラの万華鏡が不吉に輝き、それに呼応する様に里から離れた所で九喇嘛の雄叫びが上がる。
 それが意味する事は則ち――――。

「気を付けて下さい、兄上! マダラは九尾を……!」

 遠くで扉間が叫んでいる。その意味する事に気付き、私は腰を低く落とした。

「そうだ。――この目で、オレは九尾を手懐けた……と言っていいだろうな」
「……一応、聞いておこうか。何のためにそんな事をした、うちはマダラ?」

 思っていた以上に固い声が、自分の口より漏れる。
 それを聞いたマダラが酷薄な微笑みを浮かべる。
 かつて戦場でよく浮かべていた不敵な笑みではない――どこまでも暗く陰鬱な、歪んだ笑み。
 それを目の当たりにして、戦慄が背中を走る。

 赤い目が私を、木の葉を見据えながら、淡々とした声を響き渡らせる。
 以前に名乗りを受けた時と同じ様で、その声は全く違う響きを宿していた。

「――無論、木の葉と貴様に対しての恨みを晴らすために――……オレはここに復讐者として還って来た」
「……本気で、巫山戯るな」

 ――――私の怒りが混じった声音にも、奴は鬱蒼と微笑んだだけだった。 
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