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戦国異伝

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第二十七話 刺客への悪戯その三


「ですが」
「それだけではないと」
「さらにですか」
「はい。例え足が短くともです」
 それでもだとも話すのだった。
「馬に乗れないこともありません」
「ある程度は乗られますか」
「例えそうであっても」
「そうです。ですから今川殿の不得手な理由は」
 それは何故か。謙信は話した。
「あの方は十八まで寺におられましたね」
「あっ、確かに」
「そうでした」
「最初は兄君が今川の主でしたが」
「それがでした」
「僧はあまり馬には乗らないものです」
 馬に乗るのは武士だ。僧侶にしても公卿にしてもだ。馬に乗らないわけではないがそれでもなのだ。武士程頻繁には乗らないのだ。
 それは義元もであった。彼は十八まで僧だった。だとすればだった。
「ですから。そのせいで」
「ううむ、だからですか」
「それであの方は馬に乗るのが不得手だと」
「そうなのですか」
「そうです。馬は武士にとって欠かせぬものです」
 謙信の言葉が暗いものになった。
「それが今川殿にとってよからぬものにならなければいいのですが」
「そうですな。輿に乗っておられてもです」
「いざという時は一人で動くもの」
「だとすれば」
「前に進むこともあれば後ろに退くこともあります」
 それが戦というものだ。謙信はそのことも話す。
「退く時は一人です」
「その時に馬に乗るのが不得手ならば」
「それだけで危ういものがありますな」
「馬はそうした意味でも大事なのですから」
「その通りです。今川殿には軍師として雪斎殿がおられます」
 まさにだ。今川の柱となっている。彼は戦場においても法衣の上に鎧を着て自ら戦っている。只の僧侶ではなく英傑でもあるのだ。
 その彼がいる。しかしなのだった。
「ですが雪斎殿がおられない場合は」
「今川殿は一人で動かれなくてはならない」
「そういえば今川殿御自身の武芸も」
「それも」
 それについてもだった。彼は普段から蹴鞠や和歌に興じている。個人の武芸もなのだった。今一つはっきりしないものであるのだった。
「御子息の氏真殿は剣は長けておられるようですが」
「御本人はといいますと」
「どうやら」
「大事なのは馬と水です」
 謙信はその二つこそが大事だというのである。その二つだとだ。
「動く時は一人なのですから」
「馬に乗ることと水を泳ぐこと」
「その二つですね」
「そうです。私もそれは徹底させていますね」
 家臣達を見回す。己の手足である二十五将達だ。
「そうですね」
「はい、確かに」
「その通りです」
 その二十五将達もすぐに答えを返してきた。
「殿はまずその二つだと仰いますね」
「馬と水」
「その二つだと」
「そうです、この二つです」
 やはりだ。この返答だった。そして謙信はだ。彼のことを話した。
「甲斐の虎もまた」
「武田もそういえば」
「この二つにかなり励んでいるとか」
「あの者もですか」
「だからこそ虎になれたのです」
 その虎にだ。なれたというのである。 
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