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戦国異伝

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第一話 うつけ生まれるその三


「必ずな。さすればじゃ」
「死なれてもいいのですか」
「必死に生きる。しかしそれでも死ねばわしはそれまでの者ということではないか」
「ではそれでもですか」
「わしは生きる為に無茶をやるのじゃ」
「吉法師様、それはです」
 まだ幼い主の言葉を聞いてだ。政秀の顔が強張った。そのうえで言うのだった。
「あまりにも愚かです」
「わしを愚かというか」
「はい、生きるならば慎重にならなければなりません」
 これは彼の考えでもある。それを主に言うのである。
「何があろうともです」
「慎重であっても時としてそれが穴になる」
 しかしだ。吉法師はこう返す。
「それならば無茶をして横紙破りにして生きる」
「そうされるというのですか」
「そうだ」
 吉法師も言い切る。
「わしはそうして生きる」
「ですからそれはなりません」
「では爺、聞くぞ」
「はい」
「天下を制するのに何が必要か」
 まだ幼い。しかしそれを問うのであった。
「それは何か」
「それはでございますか」
「そうだ、それは何だ」
 政秀を見据えてだ。そのうえでの問いであった。
「それは何だ」
「決まっています。慎重さです」
 政秀はあくまでこう主張する。天下という言葉に何を言っているのかと思いながら。何しろ信秀もまた尾張一国すら統一していないからだ。
「それです」
「つまり定石を守れというのだな」
「その通りです。基本を忘れてはなりません」
「それでは精々尾張一国だな」
 吉法師はこう言って政秀の言葉を否定したのだった。
「新しい政と武器が必要だ」
「新しい、ですか。では見せてもらいましょうか」
 半ば売り言葉に買い言葉になっていた。だがそれでも政秀は言った。
「是非共」
「言ったな。ではわしは見せるぞ」
「ええ、どうぞ見せてもらいましょう」
「わしは天下を制する、必ずな」 
 それを幼い時に言ったのだった。赤い紐を使った乱暴な茶筅髷の姿でだ。湯帷子の袖は片方をわざと外しそのうえで引っ掛け半袴である。しかも腰には火打石の袋に草履をぶら下げ朱色の鞘の太刀を持っている。それは最早大名の息子、しかも跡継ぎの服ではなかった。
 彼は学問を習う為に寺に通った。しかしそこでもだ。
 字を習うのはなおざりで悪さばかりしていた。これには寺の僧達も驚いた。
「何と、あれが弾正様の御子か」
「何という悪童か」
「全くだ」
 こう言ってそれぞれ言うのだった。
「歩きながら餅や柿を食うわ」
「それに鮒を釣ってそれを膾にして食う」
 自ら作ってである。
「しかも皿は蕗の葉ぞ」
「葉を皿にするなぞ大名の跡継ぎではないぞ」
「しかも寺の子の飯を取って食う」
「馬の乗り方も乱暴だ」
「何かというと泳いでばかりじゃ」
 こんな有様であった。
「いや、とんでもないうつけ殿じゃ」
「全くじゃ」
「何処の悪党じゃ」
「ふむ、悪党か」
 しかしそれを聞いた住職はだ。静かに言うのであった。
「そうじゃな。ばさらじゃな」
「ばさらですね」
「全くです」
「そうじゃ、ばさらじゃ」
 他の僧達は否定的だった。しかし住職だけは違っていた。 
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