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戦国異伝

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第十八話 道三の最期その十二


「美濃を手に入れたとする」
「はい、その時ですか」
「美濃を手に入れたならば」
「近江には浅井と六角がいる」
 今度はこの二つの家であった。
「この度浅井の家督を奪い取った長政はかなりの傑物と聞く」
「僅か一万で二万の六角を破ったとか」
「しかも浅井だけの力で」
「それは聞いております」
「その浅井、それに六角じゃ」
 この二つの家のことも念頭にあるのだった。
「そして一番恐ろしいのがおるな」
「武田信玄」
「信濃に居座るあの虎ですか」
「あの男ですか」
「今は信濃の政に専念しておる」
 信玄はそもそもが政を好む男だ。手に入れた土地をどう治めていくか、戦よりもそちらの方に遥かに関心のある男なのである。
 このことは信長も知っていた。だからこそ美濃を手に入れてもすぐには攻めては来ないと見ていた。しかしそれでもなのだった。
「しかし。あの男と境を接するだけでじゃ」
「恐ろしいものがありますね」
「充分な備えがなければ」
「とても」
「そういうことよ。今はできん」
 また断言する信長だった。
「今はとてもな」
「そういうことですか」
「だからこそ今はなのですね」
「決戦はできない」
「義龍めと」
「そういうことじゃ」
 こうしてであった。話は決まったのだった。
 織田軍は即座に撤退をはじめた。やはり後詰はこの二人だった。
「それではですな」
「うむ、そうだな」
 佐久間が丹羽の言葉に頷いている。信長の言葉通りやはりこの二人だった。
 その二人がだ。こう話をするのだった。
「今のところ義龍の軍は来ておらんな」
「そうですな。しかし油断はできません」
「鷺山のことが終われば」
 その時はなのだった。
「すぐに来るな」
「はい、ですから」
「油断はできん」
 佐久間は険しい顔で述べた。その先を見ながらだ。織田軍はもう撤退に入っている。その先には幸いまだ何も見えてはいない。
「何時出て来てもな」
「そうですな。それでは用心して」
「下がろうぞ」
 こうしてだった。彼等は尾張に退くのだった。結果として信長は大義名分を得てそのうえでの撤退であった。そうしてであった。
 尾張に入りだ。信長は周りに問うたのであった。
「誰も死んではおらんな」
「はい、一兵の落伍者もおりません」
「今しがた牛助殿と五郎左殿も尾張に入られました」
「これで全軍尾張に入りました」
「義龍めは追っては来なかったか」
 信長はそれを聞いてまた言った。
「その様だな」
「はい、左様です」
「それはありませんでした」
 ここで信長の前にその佐久間と丹羽が来た。そのうえで彼に話してきたのだ。
「どうやら鷺山での戦が相当のものだったようで」
「その後始末にかかっているようです」
「そうか。義父殿の最後の戦いでだな」
 信長はそこに感慨を見ていた。
「そうなったのだな」
「そうですな。蝮殿、最後まで戦われたのですね」
「お見事です」
「しかしだ」
 だが、だった。ここで信長は暗い顔を見せた。そのうえでの言葉だった。 
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