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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  八十話 それから、これから(完全版)


鐘が鳴る。

SAO第一層の始まりの街の鐘の音に似たこの音は、誰が設定したのか知らないが、分かっててやっているのなら中々どうして面白いセンスを持った人物だろう。

「はい、それじゃこの問題はちょっと変えて来週の小テストに出すからね。ちゃんとやっときなさいよ~!」
「そのまま出しても良いんだぜ先生~」
「はいはい」
前の方の席の生徒が物理の教員とそんな会話をしているのを聞きながら、涼人はリュックサックに端末とワイヤレスマウスをぶち込み、背中に背負う。
と、不意に、後ろから声がかかった。

「りょう」
「ん、おう。行くか」
美幸だった。最近ようやく自力で歩けるようになった彼女は、それでもまだ大分細い腕を体の前に組むようにスクールバックを下げ、微笑んでいる。
首だけで振り向いた涼人は直ぐに、目的地に向かって歩き出した。教室を出たところで、スクールバックを持ったサチの動きがとてとてとせわしない事に気づく。

「ったく。ほれ、カバンよこせ」
「え?で、でも……」
「遅く歩かれる方が迷惑だっつーの」
「あっ……あ、ありがとう……」
両手がフリーになり、少し手持無沙汰になった美幸は、少し楽になった様子で微笑みながら先程より軽い足取りで歩く。

「キリト達来てるかな?」
「まぁ、教室自体は下級生《あいつら》の方が近いはずだしな、今頃二人でよろしくやってんだろ。あ、それとキリトじゃねぇぞ。和人だからな」
「あ、そっか。マナー違反だよね……ごめん」
「っま、一部の連中はばれてるっぽいがなぁ。あの夫婦は特に……」
しみじみと言う涼人を、美幸が横から覗き込む。

「あっちでも有名人だったんだもんね。りょうも?」
「ま、一部にはな……」
と、そんなことを言っている内に、目的地である中庭のベンチが見えてきた。
既に一組の少年少女がそこで食事を開始している。

「よーっす御二人さん。相変わらず仲良さそうで何より。一個くれ」
「あ、兄貴」
「立て続けにお願い過ぎて何か色々言いたいんだけど、ホントリョウってご飯とかだと遅刻しないよね。攻略会議なんかじゃしょっちゅう遅刻してたのに」
言いながら、対面するように前のベンチに座った涼人をジト目でにらむ明日奈。美幸は涼人の横にちょこんと座り、和人達と同じように涼人との間にサンドウィッチの入ったバケットを広げる。

「はい。りょうはこっちね」
「おろ、サンキュ。なんかこっち戻って来てからも作ってもらいっぱだな。わりい」
「そ、そんなこと無いよ!」
慌てたように首をぶんぶん振る美幸に涼人はそこまで否定戦でもと多少引き、和人と明日奈は何故か溜息をもらす。

「で?俺そんなにだらしないか?」
「んー、そりゃこっち来てからはあんまりだけど……」
「でも、りょう」
「なんだ?」
美幸がふと思い出したように涼人に言う。反応し首を傾げた涼人に、美幸は苦笑しながら言った。

「授業に遅れそうになるのは、いい加減直した方が良いよ?」
「……なんだいきなり」
「だって今日も遅刻ギリギリだったよね。キリ……和人は間に合ってるんでしょ?」
「まぁ、なぁ……」
言いずらそうに涼人は返す。目の前にいる明日奈が笑いながら、和人は苦笑しつつうんうんと首を縦に振る。

「毎回遅れてるよねりょう」
「…………」
「小学校の時から」
「……………………へいへい」
なんだかんだのうちに、自分への説教になった状況に、涼人はしかめっ面を作りつつ、話題を変える。

「そりゃいいだろ取り敢えずよ……それよかお前ら、午後は?」
涼人の問いに真っ先に答えたのは和人だった。

「俺後二コマ。兄貴とサチは……一コマだっけ?」
「あぁ、ま、下級生諸君はしっかり勉強する事だ」
「えらそうに言うなぁ……兄貴こないだ古文の小テストあったろ。何点だったんだよ」
「お前と共通の苦手科目だからって教える気は……「25点だよ」オイコラ美幸」
「やり、勝った!」
そもそも学年が違うのだから比べる物では無いのだが、同じ頃に小テストがあった和人は小さくガッツポーズをする。
和人や涼人は基本的に理数系は得意だが、文系科目は基本的に苦手なのだ。
和人の勝ち誇った顔に涼人は苦笑する。が……

「にゃろう……」
「自慢しないの。キリト君だって30点ぽっちじゃない」
「ちょ、アスナさん!?」
残念、どんぐりの背比べであった。

「ははっ!」
「笑ってちゃ駄目だよりょう。点数悪いままだと進級にも関わってくるんだから」
和人の慌てた様子に面白がるように笑った涼人が、美幸にたしなめられその笑顔をひきつらせながら頬を掻く。

「あぁ、ま、定期テストまでにゃ何とかな」
「サチは文系得意なんだよね?教えて貰ったら?リョウ」
「へっ!?」
驚きながら明日奈の方を見ると、彼女はニコニコと笑いながら涼人を……ひいては同時に隣の美幸を見ていた。
涼人がのんびりとした調子で言う。

「そりゃそうか……をじゃ今度ALOとかで頼めっか?美幸」
「へっ!?あ、う、うん!勿論だよ!」
ちなみに、こういった所には相変わらず全く進歩が無い二人だった。

――――

美幸が出した冷たい緑茶を飲みつつ、涼人は空を見上げる。
あれから4ヶ月近く経ち、須郷やSAOの事についても一定のケリがついた。

須郷はあの後警察に逮捕され、その後醜くも事情聴取で足掻こうとし……脆くも即座に失敗した。

警察に対して“市民からの善意の協力者”が“どこからともなく入手した”須郷の研究に関するデータを全面提供したのだ。
情報自体は警察にとっても“信頼出来る筋”のとある公務員を通じて提供されたため信憑性は高かったし、後にプロテクトの解除された須郷達のデータファイル(“何故”か消去の操作が効かなくなっていたらしい)とも一致したことから、十分な証拠となった。
また、それで終わりでは無かった。その“善意の協力者”は、須郷の悪事に結びつく他のあらゆる証拠も同時に提供したからだ。
須郷はレクトの資金を不正に流用していたり、株式を不正に売買。研究に関して他の違法行為や、脱税まで、大小15以上の犯罪に手を染めていた。それら全てが洗いざらい情報提供され、その計画性等も認められた結果、須郷伸之は実質社会的に死亡したのである。
ちなみにこの“善意の協力者”が何処の誰であったのかは、読者諸君の想像に任せるとしよう。


須郷の事を言うならば、同時に、萱場彰彦のことについてもふれるべきだろう。
萱場はやはり、去年の11月のSAO崩壊と共に、自らの命を絶っていたらしい。但し、フルダイブシステムを応用したマシンを使い、自身の大脳に超高出力スキャニングをかけ、脳を焼き切って死んだのだ。
それをSAOにおいて長時間のダイブを行っていた萱場の介助をしていたと言う神代凜子と言う女性……(まぁもろ知り合いだったのだが)から聞いた時、涼人は呆れる一方で、成程とも思った。

なぜならその試みが仮に成功した場合、萱場は自身の大脳内の電気信号を全てデジタルコードに変換され、萱場の記憶や思考をコピーした本物の電脳になることが出来るはずだからだ。
それこそ、完璧なAIとも言うべきか。
ちなみにこれは相当無茶で、スキャニングを受けた萱場は有り得ないような激痛をナーヴギアで殺される一瞬よりも遥かに長い時間味わったはずだ。
しかも成功率は極低く、神代いわく0,1%以下だったらしいが、ALOでのあの現象を見る限り成功したらしい。馬鹿であるくせに(いやまぁ頭は良いのだが)運良すぎると思う。

「ん……」
そんな事を考えながらふと涼人が上の方をみると、和人の肩に明日奈が頭を乗せ、のんびりしているカップル(最近涼人達の前だとあまり自重しなくなってきた)にカフェテリアからジトッとした視線を注いでいる女と、楽しそうに笑っている女子生徒が見えた。

「あ」
美幸も気付いたらしく、小さく声を上げる。

「お二人さんよ、綾野と篠崎がみてんぞ」
「ウェ!?」
「り、リズ!?」
上からみていたのは、綾野珪子と篠崎里香。それぞれSAOで言う、シリカとリズベットだった。
気付いてからあたふたする二人に苦笑しつつ、美幸は笑顔で珪子に手を振り、反応した珪子がニコニコしながらスプーンくわえてブンブンと手を振っている。
食事所なのだからもう少し大人しくしろ。後スプーンくわえてんじゃない。

ちなみに和人と明日奈はと言うと、里香のジト目光線を受けて和人は頬を掻き、明日奈は照れ混じりに苦笑を返し、やがて里香が額に手を当てて大きく溜め息をついたかと思うと、「よろしくやってろ」とでも言うかのようにヒラヒラと此方に手を振った。

「……やれやれ」
今日も我が校は平和である。

――――

東京都御徒町。エギルの店である「ダイシー・カフェ」には、《本日貸切》とかかれた無骨な掛けられていた。
「スグは、エギルにリアルで会うの始めてだっけか?」
「うん。あっちじゃ何度かパーティ組んだけど、おっきな人だよねぇ……」
「当たり前だが、本物あのまんまだからな。びっくらこくなよ?」
ニヤリと笑って言う涼人の隣で美幸が、その更に隣で明日奈がくすくすと笑っている。

「私達も始めて此処に来たときびっくりしたもんね」
「うん。サチなんて目がまん丸になってたよ〜」
「エギルが大丈夫か?つったら飛び跳ねてたもんなお前」

「い、言わないで……」
俯いた美幸を見て和人が笑いながら、ノブに手を掛けて回し、中に入った……途端に、店の中から待ち構えたように歓声と拍手、指笛か響いてきた。店内には既にギッシリと人が詰まっており、BGMには驚いた事にアインクラッド第50層、アルゲードのNPC楽団の演奏が流れている。


「こりゃまた……キリト、時間合ってるはずだよな?」
「あぁ、遅刻はしてない……筈だけど」
キリトとリョウはだいぶ驚いて居るが、何故かサチやアスナ、直葉は其処まで驚いて居ないようだ。リョウが何となく状況を察し始める、と同時に、制服姿のリズが前に出てきた。

「主役は遅れて登場するもんだからね。あんた達には少し遅れた時間を伝えといたのよん」
成程。どうやら見事にリズに一杯食わされたらしい。
リョウが唸ると、リズはしてやったりの笑みを浮かべて五人を店に引っ張りこみ、あれよあれよと言う間にキリトとリョウはステージの上に上げられてしまった。
リズが周囲にすわる皆に振り返る。

「それでは皆さん、ご唱和下さい!せーのっ」
「「「「「「「「「「「「キリト、リョウ、SAOクリアおめでとー!」」」」」」」」」」」」

皆が叫ぶと同時に、拍手やクラッカーが、狭い店内に響き渡る。

「オイオイ……ったく」
「…………」
苦笑したリョウと、ポカンと口を開けたキリトはやがて互いに隣にいる兄弟へ目線を向ける……


「こういうのって兄貴が受けるべきなんじゃ無いのか?」
「抜かせ、貢献度ならお前のが上だろ」
「はぁ、何て言うか……ま、お疲れ、兄貴」
「あぁ。お前もお疲れさん、兄弟」
コツンと互いの拳を彼らが小さくぶつけると、再び割れんばかりの拍手と歓声が起こったのだった。

――――

「ふぅ……」
「ははっお疲れさん。キリト」
「あぁ……」
疲れ切った様子のキリトに、リョウが笑いながら声を掛ける。

リョウの横には、クラインや元ギルド、アインクラッド解放軍リーダーであるシンカー等が居るちなみにシンカー等は先日、副官だったユリエールと入籍したそうだ。
クラインは酒を飲んでいるが……

「良いのかよ、この後会社戻んだろ?」
「てやんでえ、残業なんざ飲まずにやってられっかぁ。にしても――いいねぇ」
「あぁ?あー。言えてるな」
「オイオイ……」
鼻の下を伸ばしまくりなクラインを見て一瞬訝しげな表情を見せたリョウはしかし、すぐにニヤリと笑って同意する。
キリトも呆れ気味ながら否定はしない。
何故なら視線の先。既にカオスと化している宴の中には、アスナを始め、サチ、リズ、シリカ、サーシャ、ユリエール、スグと、女性プレイヤー陣が揃い踏みなのだ。
と、兄弟は直葉の方に目が行っているクラインを視界の端に捉える。

「クライン」
「家の妹に手、だしたら」

「割るぞ」
「斬るぞ」

「わ、わぁってらぁ」
何気なくシスコンな部分もあったりするこのふたりである。

『女っていやぁ……』
ALOで出会ったあの特徴的な槍使いの少女、ホムラ。彼女も一応今回のオフ会に誘ったのだが……

――――


『えーと、その日は忙しいので……無理だと思います。すみません……』

――――

『忙しい、ね』
一番差し障りの無い断り方だが……まぁ一々気にするのも面倒だし、どうでも良いだろう。

「所でエギル、例の“種”はどうだ?」
「あぁ、すげえもんさ」


“種”と言うのは勿論、萱場が自分達に預けた“世界の種”と呼ばれたプログラムの事だ。

《ザ・シード》と名付けられたこのプログラムの中身は、詳細は省くが簡単に言うと、《カーディナル・システム》を少しコンパクトにしたものと、ゲーム制作用補助プログラムの複合プログラムだった。
これを、エギルを通じてネットで無料ダウンロード出来るようにした結果、簡単な条件さえ満たせば世界中の企業から個人までが誰でも容易く仮想世界を制作出来るようになったのだ。
結果は、今のエギルの報告の通りである。これをきっかけに、ALO事件によって衰退しかけていたVRゲーム界も完全に息を吹き返し、今ではザ・シード系統のゲームを相互接続するシステムが開発され始めていたり、VRワールドの現実置換面積が日本の面積を越えようとしているらしい。

「大したもんだな」しみじみとした様子でつぶやいたリョウにの言葉をシンカーが繋ぐ。

「そうですね……きっと今、私達は新しい世界の誕生に立ち会っているんでしょう。それこそ、MMORPGと言う言葉では狭すぎる。私のページのタイトルも新しくしたいんですが、なかなか、これ。と言うのが浮かばないんですよ」
「う……うぅむ……」
それを聞いてクラインが頭をひねるが……

「ギルドに風林火山なんて名前つける奴のネーミングセンスになんか誰も期待してないって」
「なんだとキリトてめぇ!」
「……んじゃよ」
と、俯いていたリョウが口を開いた。

「ニューワールド・ストーリーなんつーのはどうだ?ちっと撚りが足りねえか?」
「新世界の物語……ですか。悪くないかも知れません。略称は……」
「「「ニュース」」」
「……成程、確かにぴったりですね……少し紛らわしいかも知れませんが」
笑顔を見せつつウンウンと頷くシンカーにニヤリと笑いながら、リョウがキリトの方をみると、彼もまたニヤッと笑う。

新世界の物語。
まだ誰も知らない、これから始まる世界の話。
沢山の語り手が、この物語となる。その全ての語り手達の幸運を祈りつつ、カウンターに座る男達は、今一度グラスを鳴らした。

────

「ん……?おいキリト」
「え?」
ALO内。アルン近郊でリョウは不意にキリトに声をかけた。反応しキリトと、隣を飛んでいたアスナとサチが此方を向く。
サチの種族は、リョウと同じくプーカだ。
ただし彼女の容姿はまたリョウとは異なり、現実世界の容姿をそのまま映したような容姿に、プーカ固有の独特の輝きを持つ深い緑色の瞳と、此方は現実の彼女に近い真っ黒な髪。
薄黒く透き通った翅を震わせるその姿は、スプリガンやインプに近くもあった。
ちなみにこの“現実世界の容姿をそのまま映したような”と言うのは、レクトプログレスから不友情内の全てのプレイヤーデータを含むSAOのサーバーとALO運営体の権限を受けついだ会社の勇気ある決断により。元SAOプレイヤーが自身のSAOでのプレイヤーデータをステータスも含め全てこの世界に(任意の選択の下)落とす事が出来るようになったための事だ。
故に現在、アスナやこの世界にやって来たリズたちは、それぞれ自分達の現実世界の容姿に、各々が選んだ種族の容姿的な特徴を掛け合わせたような姿をしていた。
ちなみに、このSAO二週目的なシステムに乗らなかった者もいる。

キリトである。
キリトはSAO内で鍛え上げた全ステータス等を全て初期化し、代わりにALOで手に入れたあの容姿で一からスキルなどのレベル上げを始めたのだ。
以前直葉がそれについて疑問を述べていたが、その時の答え曰く……

「あの世界でのキリトの役目は、もう終わったんだよ」

だそうだ。
何を格好付けているのかと、その後リョウにからかわれたのはお決まりである。
ちなみにリョウはと言うと、ステータスもそのままコンバートした、ただし、容姿はALOで手に入れたものだ。
そこは色々とコネを使ったのだが、詳しくは秘密である。

「あれ……」
「ん……ス……リーファ?」
「だよな」
「え?リーファちゃん?」
「あ、ホントだ……」
リョウ達が見ているのは、天空に向かって駆けあがっていく一人の少女の姿だった。まるで月へ向かうがごとく、一心に虚空を駆け上がる。レクトの運営していたALOを引き取り、運営が再開された新生ALOでは飛行制限時間はこの世界から完全に消えたため、何処までも何処までもその影は駆け上がっていく……
とは言え、もうすぐ二次会の約束の時間である。何をしているのかは分からないが……

「しゃあねぇ。迎えに行くか」
「俺も行くよ」
「あ、じゃあ……」
「お前らは先に言ってろ。すぐ行く」
「うん。いこ、アスナ」
「え?う、うん……」
付いていこうとするアスナの言葉を遮ったリョウを見て何かを察したらしいサチが、アスナを連れてアルンの方へと飛んでいく。

「行くか」
「あぁ」
リョウとキリトは雲海へと突入した翡翠の光を追って、互いの翅を震わせた。

────

リーファは堕ちていた。天にある月を目指し上昇を続けてきたが、飛行制限区域のせいで途中で翅が止まり、体が落下を始めてしまったのだ。
本来ならば翅を広げてグライドするべきなのだがしかし……

月に手が届きそう。とは良く言ったものだと思う。
リーファの前には今、大きな丸い月があった。そこには手を伸ばしても届く事は無く、今の彼女は唯それに向かって手を伸ばしながら落ちるだけ。
しかし、それもあくまで“今は”の話となりつつあるのもまた事実だ。

ザ・シード系統のゲ―ムは現在ゲーム間での連結帯《ネクサス》を作る事がブームのようになっているのだが、ALOもより大きなネクサスに参加する計画があるらしい。
手始めに、月面を舞台にしたゲームと連結するそうだから、もしかしたらこの翅で月まで飛んでいけるようになるのもそう遠い未来ではないのかもしれない。
今や月も、行けない場所では無いのだ……しかし、そうあってすら、行けない場所もまた、存在する。

浮遊城アインクラッド。

その城の記憶が、今もなおキリトやアスナ、リョウ達元SAOプレイヤー達の間では光輝き、強い絆となっているのを直葉は今日改めて感じた。
どれだけの時間を重ねても、あの空に浮かぶ城で共に泣き、笑い、恋をした彼等の絆の中に、自分は入れない。

あの人達と同じ場所に、自分は立てない。
それをリーファは今日のパーティで強く感じてしまった。あの場所に立つ為にはどうしても、“あの城”の記憶が必要なのだ。
和人の隣に居られるならば、ほんの少しの居場所でもそれでいいと、ようやくそう感じられるようになってきた。しかしその小さな居場所すら、彼女のは見失ったしまいそうになっていたのだ。

そう思う間にも、彼女の体は雲海へと向かってぐんぐんと落下を続ける。冷たい風がほおをなで、それが彼女の体をより冷たく、硬くする……


と、不意にその落下が止まった。
驚いて目を開けると、そこには自分を受け止めているキリトと、リョウの顔がある。

どうして、と彼女が聞くよりも、リョウが口を開く方が早かった。

「お前何処行く気だよ。もうすぐ時間だぜ?」
「遅れてもつまらないし、迎えに来たよ」
「そっか……ありがと」
にこりと笑ったリーファは、スッと翅を振るわせ、空中に立つ。
しばらく天空の月を見つめていた彼女は、不意に、リョウの方を向いた。

「ね、りょう兄……リョウさ、ダンスに会う曲演奏できる?」
「ダンス?」
「うん」
「ポップ?」
「ううん。クラシック」
リョウの問いに首を横に振ったリーファに、リョウはニヤリと笑って答える。

「……ま、多少ならな」
「じゃ、お兄ちゃん」
「ん?」
「踊らない?」
「お、どり?」
どうにもリーファは最近新しい飛行の技術を開発したらしい。ホバリングの状態で横移動をする方法らしいが、それを利用して空中でダンスを踊るらしい。
キリトはしばらく練習していたようだが、やがて慣れたらしく、上手く移動できるようになった。その間にリョウが周りに鍵盤を展開する。使用楽器は、ピアノだ。

やがて演奏が始まる。

鍵盤からはじき出されるキラキラとした光のツブの中で、浅黒い肌を持つ影妖精と、美しい金髪を持つ風の妖精が回り始める。

其々が翅を震わせるたび、薄い緑の光とスプリガンの紫がかった光が舞い踊る。

ピアノの美しい演奏は輝き続け、光はただくるくる回る。
いつまでも、何時までも回る。しかし……嬉しそうに、あるいは楽しそうな微笑みを浮かべていたリーファの顔が、急に、曇りを見せた。

「……リーファ?」
「どした?」
やがて踊りの勢いも失ったリーファに、キリトが声をかけ、リョウも演奏を止める。
リーファが小さな声で。けれどもはっきりと言葉を紡ぐ。

「……あたし、今日はこれで帰るね」
「…………」
「え……?なんで……」
訳が分からず聞き返すキリトに、リーファは続ける。

「だって……遠すぎるよ、お兄ちゃん達の……みんなが居る場所……私じゃ行けない……そこまで、行けないよ……」
「…………」
「スグ……」
口に下言葉はある意味で、リョウの中では予感としてかすかにあった言葉だった。
だから、返す言葉は、キリトのそれより、ほんの少し早かった。

「翅をはばたかせなきゃ空なんか飛べるわけがない……違うか?」
「え……?」
リョウの軽い調子の言葉に、俯き加減でポロポロと光の粒をこぼし始めていたリーファは不思議そうに顔を上げた。

「兄貴の言う通りだ……行けない訳なんかない。行こうとするかどうかだよ」
「お兄ちゃん……」
キリトの顔をまっすぐに見たリーファに囁くように、リョウは伝える。

「それに、さっき言ったろ?」
その言葉の意味を、キリトは直ぐに察したらしかった。続きを紡ぐ。

「リーファ、迎えに来たよ」
「え……」
「そろそろ時間だ。いくぜキリト!」
「おう!」
「え、きゃっ!」
リーファの手を掴んだキリトが飛び出し、先行して翅で力強く空気を切り裂くリョウを追って加速する。

────

全速力で進むキリトとリョウを、リーファは手を引かれながら必死に追い続ける。
やがて目の前に、巨大な樹木の影とその樹の上に乗る光が見え始める。世界樹と、新生ALOにできたユグドラシル・シティの光だ。リョウもキリトも、その中央に向けてまっすぐに飛んでいく。
やがてその光が街灯や建物のものだと分かるようになって来た、その時だった。

──鐘が鳴る──

ゴーン。ゴーンと、世界樹の中央から巨大な鐘の音が轟く。
その音はこのALO世界に零時を知らせるものであり、キリト達が以前激戦を繰り広げた、世界樹内部空洞の上部から鳴り響いて居るものだ。

それを聞いた途端、キリトとリョウは翅を大きく広げて一気に静止に入る。
キリトの後ろを飛んでいたリーファは急な減速について行けず前に投げ出されそうになったが、キリトに抱きとめられるように受け止められた。

「まいった、間に合わなんだな」
「だな。リーファ、来るぞ」
「え、く、来るって……」
言いつつキリトは空の一点を指差す。そこには天空高く上る月が有り、その緑色の光が世界を煌々と照らす……

「月……だよね?」
「いんや。よーく見てみろ」
「え……?」
言われたとおりにもう一度月を見直す……と、違和感に気が付いた。月の右下の淵が、小さく掛けているのだ。それが何かに遮られているだと気が付くのにさほどの時間はかからなかったが、この世界では月食など起こらない筈……そうこう思っている間に、影はどんどんと大きくなる。それは凄まじいスピードで此方に近づいて来ていたのだ。
円形では無い。三角の楔のような形だ。その影は凄まじい勢いで巨大化し、最早完全に月を覆い隠そうかと言うほどに巨大化する。そして──


──鐘が鳴る──


リンゴーン、リンゴーンと、
世界樹の鐘の音と似て非なる鐘の音が、より大きく、より荘厳な、より重厚な鐘の音が、まるで自らの来訪を告げんとするがごとく、世界に向けて鳴り響く。

次の瞬間、楔形のそれ自体が大きく発光した。
それ全体が黄色のまばゆい光を放ち、その全体像が明らかになる。

どうやら、何層もの鉄の居たが重なったような構造になっているらしかった。底面からは三本の巨大な柱が飛び出し、その先端も眩いばかりに発光している。
最早それはリーファの視界の一部を完全に支配しており、距離感が良くつかめない。あれが船であるのか建物であるのか、それすらも──

しかしその鉄の層と層の間に、いくつもの建物が見えた。その瞬間、リーファはあれが何であるのかを理解した。

「あ、あれ……まさかあれ……!!」
慌てて二人の兄に振り向くと、彼等は興奮を抑えきれぬといった表情で大きく頷く。

「そう言う事だ、一層高さ百メートル、全百層、全高……十キロメートル以上」
「あれが……浮遊城アインクラッドだよ」
「──!で、でもあれが……なんで此処に……」
リーファはこれまでに感じた事のない圧倒的な高揚と興奮の中に、戸惑いを覚えていた。
そして彼らがその問いの答えとして返す言葉は、データやプログラムのプロセス云々の話では無く、一人の剣士としての、一人の戦士としての答えである事は、誰が言うでもなく分かっている事だった。

「決着を付けるんだ」
キリトが言った。

「俺らのあれの征服は、実を言うとまだ四分の三まででな──それじゃ面白くねぇだろ?」
「だから、今度こそ全部……完璧にクリアする──だからさ、リーファ」
キリトはポンっと、リーファの頭に手を置いた。

「おれ、弱っちくなっちゃったからさ──手伝ってくれよな」
「……あ……」
──翅をはばたかせなきゃ空なんか飛べるわけがない
──行こうとするかどうかだよ
彼女の頬を先程とは違う涙が伝う。今流す涙は、とても気持ちが良かった。

「──うん……行くよ。何処までだって、一緒に行く……!」
リョウが、ニヤリと笑った。

「うっし!」
「うおっ!?」
「わっ!?」
キリトとリーファそれぞれの首に腕を掛け、三人で顔を突き合わせる。

「そうと決まりゃ話は早えぇ!一気に一層のボスまで行っちまうか!?」
「いやいやいや、今夜中にとかそれはムリゲだろ」
「そうだよ。情報も何も分かんないのに」
「んだよ、乗り悪ぃなぁ」
不服そうなリョウを見て、キリトとリーファはすぐ近くに顔を見合わせながら吹き出す。
それはとても、朗らかな笑い声だった。

────

そうしてリョウが拘束を解き、三人が並んで浮遊城を見上げていた時、下から野太い男の声が聞こえた。

「おーい、遅せぇぞ三人とも!」
「おーう、悪ぃ」
上昇してきたのはクラインだった。
サラマンダーの赤毛(SAOからずっとだが)と、腰に恐ろしく長い刀を下げている。
ノームとなったエギルは背中に大きなバトルアックスを背負っている。
ケットシーとなって獣の耳としっぽが生えたシリカは肩に小さなドラゴンを乗せ、リョウに向かって手をぶんぶん振りながら飛びあがってくる。
リズは彼女らしくレプラコーンだ。銀色のハンマーを背負い、シリカに呆れるように微笑みながら上昇してくる。
手をつないでいるのは、ユリエールとシンカーだろう。なんとも新婚さんな雰囲気だ。
サーシャはまだ飛行に慣れていないようだ。子供たちにあーだこーだ言われながら頑張って上昇してくる。
サクヤやアリシャ・ルー、ユージーン将軍も配下を連れながら上がってくる。ユージーンの後ろからは、ホムラがリョウに不敵な笑みを向け、リョウもそれに返す。
いつの間にか随意飛行をマスターしたらしいレコンは、凄まじいスピードで上がって来て……リーファに手を振ってから、一直線に浮遊城を目指す……最近妙に自分から隠れているような気がするのは気のせいだろうか?後でとっちめてみよう。

やがて三人の前に、黒髪をなびかせたサチと、水色の髪に肩に小さな妖精を乗せたアスナが昇って来た。

「さ、いこっ!リーファちゃん!」
アスナがリーファに手を伸ばす。彼女がその手を取ると、アスナはニコリと笑って身をひるがえし、上昇を再開。
肩にユイを乗せたキリトもそれに続──こうとして後ろを見た。

「……兄貴?」
「リョウ……?」
リョウは、浮遊城のある一点だけを真剣に睨みつけているようだった。
それが何処であるのかは二人には分からなかったが、それでも睨みつけているのだけは分かった。
そうして彼は俯き、何かを小さく呟く。

「────」
それは恐らく、人の名だったと、サチは確かにそう感じた。
顔を上げたリョウに、サチは心配そうに問う。

「……大丈夫?」
その言葉にどんな意味が含まれていたのか、それは彼女自身にすら分からなかったが──答えは、いつも通りの、ニヤリとした笑顔だった。

「何でもねぇさ……さーて、そんじゃまぁ、行きますか!!」
そう言って、彼等ははばたき、城へと向かう。
やがてその影は、沢山の妖精の群れの中へ溶けるように見えなくなった。


Act 2 Sixth story 《妖精の世界》 完
 
 

 
後書き
今回の音楽

魅惑の妖精

http://www.youtube.com/watch?v=U2eoDhPscNA

とてもきれいな感じの曲です。タイトルからもぴったりかと思い選びましたw
ほんとはショパンにでもしようかと思ったんですが──なんか良いのが無くて……

さて、これで本当にALO編は終わりです。

やっとGGOに集中できる……

ではっ!! 
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