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戦国異伝

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第一話 うつけ生まれるその一


                        戦国異伝
                    第一話  うつけ生まれる
 天文三年にだ。生まれた。
「おお、遂に生まれたか」
「はい、左様です」
 厳しい顔の大柄の男に対してだ。その前に控える草色の服を着て冠を丁寧に被った口髭の男が上奏していた。
「お世継ぎです」
「ふむ、それはいい」 
 大柄な男はだ。世継ぎと聞いてさらに喜ぶのだった。
「最初の子が正室の子でしかも世継ぎとはな」
「まことにいいことですね」
「うむ、そしてだが」
「そして?」
「まずはその子を見よう」
 彼は言うのだった。見れば着ている服は質素で今にも鎧を着そうである。大柄な身体に厳しい顔にそれは実に似合いそうである。
「わしの最初の子をな」
「殿御自らですね」
「この信秀自ら見ようぞ」
 彼は豪快に笑って言った。その口髭が大きく揺れ動く。
「それではな」
「はい、それでは」
「そして政秀」
 信秀という男はここで前に控えるその口髭の男の名も呼んだ。
「それでだが」
「はい、それで」
「その世継ぎの教育役は御主がせよ」
「私がですか」
「そうだ、御主がだ」
 こう政秀に言うのである。
「よいな」
「は、はい」
 政秀は主君信秀の言葉を受けてだ。まずは畏まって述べた。
「その役目謹んで御受けします」
「しかと育てあげてくれ。そうじゃ」
「はい」
「名前も決めよう」
 その名のことも考えるのだった。
「まずは顔を見てな」
「ではその様に」
 こう話してだった。信秀はその我が子の顔を見た。それはどちらかというと母に似て細面の顔であった。そして名前を吉法師としたのだった。
 この吉法師は生まれてからだ。早速騒ぎを起こした。
「それはまことか」
「はい」
 政秀は信秀に報告していた。
「乳母の乳を噛み切ります」
「まだ生えたばかりだというのにか」
「それでもでございます」
「いや、そんな赤子は聞いたことがない」
 信秀もそれを聞いて驚きを隠せなかった。
「生まれてすぐに。しかも歯が生えたばかりでか」
「しかもかなりの」
「暴れん坊か」
「御言葉ですが」
 それもあるというのだ。
「抱いてもその傍から動かれます」
「ふむ、それはまたかなり元気がいいな」
「それでどう致しましょうか」
「乳母を捜せ」
 信秀は命じた。
「心根の優しい乳母をじゃ。すぐに捜せ」
「はい、それでは」
「必ず誰かいる筈じゃ」
 信秀はまた言った。
「あれを任せられる乳母がな」
「それでは」
 こうしてであった。摂津かの豪族池田恒利の妻に白羽の矢が立てられたのだった。信秀はここで一つの断を下したのであった。 
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