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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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若葉時代・慰霊祭編<中編>

 
前書き
一話くらいはこういう話があってもいいよね、と思って書いた話。 

 
 ——正直に言おう。
 私は今までに無く追いつめられていた。
 どれだけ追いつめられていたかと言うと、以前マダラと取っ組み合いの乱戦に持ち込まれ、危うく須佐能乎の剛力に叩き潰されかけた時並である。あの時は、マジで焦ったんだよね。

 で、目の前にはにっこりと微笑むミト。

 笑顔だけなら思わず抱きつきたくなる程可愛らしい物なのだが、生憎と目が笑っていない。
 微笑みだけで私に次ぐ実力者であるマダラ並みの迫力です。なので、滅茶苦茶怖いです。

「な、なぁ……。なんでミトそんなに怒ってるんだ……? お姉ちゃん、正直物凄く怖いんですけど」
「嫌ですわ、柱間様。怒ってなんかいませんとも。……ええ、これっぽっちも」

 それって怒ってるって言ってる様な物だよ、ミト。

「折角お似合いでしたのに……。私の贈り物など、柱間様に取っては余計なお世話でしたのね……」
「ご、ごめんって、ミト! あんまりにもあの子が大泣きしていたから、ついつい……」

 非難の色を帯びた灰鼠色の瞳で涙混じりに睨まれ、口から出かけていた言い訳も語勢が弱まる。

 どうやら、私が惜しげも無くミトが付けてくれたリボンをうちはの少女に手渡したのが気に入らないらしい。
 基本、私はああいうものに興味が持てないからなぁ……。刀をもらって喜ぶ娘でしたから、本当に。

 へこへこと頭を下げていれば、憂いを含んだ溜め息がミトの唇から零れ落ちる。
 灰鼠色の瞳が、じっと私を見つめた。

「反省していますか?」
「今までに無く反省しております!」
「でしたら、私のお願い叶えて下さいますか?」

 花が綻ぶ様な笑みを浮かべられ、一二も無く頷く。君が怒りを鎮めてくれると言うのなら、お姉ちゃんは何だってしますとも……!

 ふふふ、とミトが可憐な微笑みを浮かべる。
 ほっとしたのも一瞬だけ、彼女の口より零れた次の一言に、私は目を剥いたのであった。

「え……? ミト、それって本気で言ってるの……?」
「戯れでこの様な事を申しませんとも。ねぇ、柱間様」

 ——私のお願い、叶えてくれるのでしょう?

 結論。
 私は陥落せざるを得ませんでした。



「柱間様ー。父ちゃんがそろそろ出番だから出て来い、って……」

 開かれた扉の先で、口をぽかんと開けて間抜けな顔しているヒルゼン君。
 因みにここは祭りの会場内に設けられた控え室の様な物である。私とミトとは月が昇ってから始まる慰霊祭の準備のために、大分前から篭っておりました。

「——何してるんだ、ヒルゼン……って、え?」
「ヒルゼン? どうかしたの……えぇ!?」

 ヒルゼン君に続いて頭を覗かせたのは、ダンゾウ君とビワコちゃんである。
 彼らは頭だけを覗かせた体勢で目と口を見開いて、ぽかんとした表情を浮かべている。

「えぇ、と……。ミト様、そちらの方はどちら様で?」
「あらあら。気付かないの?」

 呆然と目を見開いたまま、恐る恐るとした仕草で私達の方に指が向けられる。
 やけに愉し気な口調のミトが、子供達を見つめて挑発的に微笑んで答えた。取り敢えず、どこでそんな仕草を覚えて来たの? お姉ちゃん、とっても気になります。

「酷いな、ヒルゼン君。なんで分からないんだ? そんなに今のオレは可笑しいのか?」
「いいえ、違いますわ。とってもお似合いですとも」

 うふふ、と口元を隠してたおやかに微笑んだミト。
 でも、この子達全然私だって事に気付いてくれないんだよ?

「え? お、オレって、まさか……!」
「柱間様? え、嘘だろ!?」

 私とミトとを交互に指差して、驚愕の表情を浮かべるヒルゼン君とダンゾウ君。
 魂消たとは正しく今の彼らの様子を指すのだろう。昔から伝わる言葉の意味を理解して、一人頷いた。

「柱間様、お綺麗です! いつもの凛々しいお姿も素敵ですけど、これはこれで……!」

 はぁ、とうっとりとした表情で誉めくれたのはビワコちゃんだけだ。なんだか寂しくなって、落ち込んだ。
 そんな私の両肩を、ミトが細い掌で掴む。

「でしょう? 普段の柱間様とはまた違った雰囲気ですけど、これはこれで素敵でしょう!?」
「はい! もしかして、ミト様のお見立てなんですか?」
「そうよ! こんな機会でもなければ、柱間様は御自身を着飾ってくれないんですもの」

 女の子同士できゃあきゃあ言い合う二人の周囲だけが物凄く華やいでいる。私も性別は女な筈なのに、この違いの差はどうした物か。
 首を傾げて見守っていれば、纏っていた服の袖が引っ張られる。視線を落とせば、疑問符を周りに浮かべた様子のヒルゼン君が服の袖を掴んでいた。

「柱間様、一つ聞いてもいいか?」
「いいよ。何が聞きたいんだい?」

 ミトに放っておかれたので、少年達の方へと振り返る。にしてもやけに重いな、この衣装。
 
「柱間様、凄く似合っているとは思うけど」
「思うけど……?」
「どうして女の人みたいな衣装を着てるんだ?」

 それは私も知りたい。

「この服綺麗だし、似合っているけど、普段柱間様が着ている服と全然違うよな。いつもはこんな色使ってないし」

 ミトが私に着せてくれたのは、見ように寄っては女性向けの衣装だ。
 華やか……というか色鮮やかな暖色系等の衣に、所々小紋が施された和服を着ている人を見つけたら、十中八九見ている人は着ている相手が女だと思い込むだろう的な物である。

「そりゃそうだ。これを選んだのはオレじゃないもの」
「……え? じゃあ、ミト様が見立てたっていうのは本当だったんだ」

 ダンゾウ君がミトの方へと振り返る。
 女の子同士意気投合していたミトが、ビワコちゃんと揃って振り返る。
 凄いな、今の動き。完璧にシンクロしていたぞ。

「だって、柱間様がなんでも言う事聞いてくれるって言ったんですもの。折角の機会ですから、思う存分やらせていただきましたわ」

 語尾にハートマークでも付きそうな可愛らしい口調です。
 でも、なんでだろう。ミトの背後から逆らってはいけないオーラみたいな物が滲み出ているんだよね。

「ほら、元々柱間様は中性的なお顔立ちでしょう? ですから、前々から着せてみたかったんですの。——こういった感じの衣装を、ね」

 最後だけ、トーンが低くなる。
 ダンゾウ君が両腕を抱えて、ぶるりと震えた。君の反応は正しいよ、ダンゾウ君。
 私だって背筋に寒い物が走ったもの。

「で、でもさ。柱間様って男の人だろ!? 女の服を着せるなんて可笑しいよ!」

 御尤も! 確かに性別は女性だが、世間一般の認識は男性な私だ。
 ヒルゼン君、君の勇敢な意見に私は心からの拍手喝采を送りましょう。しかし、君は重要な事を見落としているぞ。

「あら、ちっとも可笑しくなくてよ?」
「へ?」

 早く気付くんだ、ヒルゼン君。ミトの目がさっきから一度も笑っていない事に! ダンゾウ君はとっくに気付いて私の後ろに隠れてるよ。……因みに付け加えるなら私もミトの迫力に押されて、どっかに隠れたい気分だ。

「——いい事? どのような服も装束も、似合う者が着れば問題ないのです」
「でも、それとこれとは……」

 ふふ、と微笑むミト。
 なんでだろう。当事者は私の筈なのに、さっきからずっと蚊帳の外に放っておかれたままだ。

「そうですね。ヒルゼン、まずは想像して見なさい。例えば……貴方のお父様が今柱間様が纏っておられる様な服をしている姿を」

 猿飛佐助殿は結構上背もあり、がたいもいい忍びである。
 私と違って純粋な男性だし、そんな彼がこんな服を着ていると想像すれば……おえぇぇ。
 世にも恐ろしい光景を想像してしまって、口元を押さえる。洗面器、もしくはエチケット袋が無性に欲しくなった。

「——……想像もしたくない」
「……ヒルゼンに同じ」
「でしょう? その点、柱間様はその問題もありません。寧ろ、これらの華やかな色が一層柱間様を引き立てているではありませんか! 其処に立っておられるだけで場が華やぐ事間違い無しですわ!!」

 拳を握りしめ、力説しているミト。普段の慎ましやかで淑やかな彼女は何処に行ってしまったんでしょう。
 彼女の隣ではさっきからビワコちゃんが目を輝かせて、ミトを誉め讃えています。やけに彼女達の姿が遠くに見えます。

「似合わぬ輩がすれば確かに目に毒! だったら、似合う者がすればいいのです! 私の言っている事に間違いがありまして!?」
「な、ないと思います!」
「ミト様が仰る通りです!」
「ミト様、かっこいい〜」

 ああ、幼気な子供達がどんどんミトに毒されていく。
 可笑しいな。小さな頃から可愛がって来た妹なのに、こんな一面初めて見ました。
 いつも着ている服の数倍は重く感じる凝った衣装に、肩を落とす。ていうか、この服何時の間に用意してたんだろう。昨日、点検に訪れた時はこんな服無かった筈なのに。

 この後、あまりにも私達が出てくるのが遅いので呼びに来た猿飛殿を始めとする忍びの方々は、ヒルゼン君達と全く同じ反応をして下さいました。
 
 

 
後書き
口さえ開かなければバレない。逆に言えば、開けばバレる。 
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