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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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若葉時代・同盟編<後編>

 最後まで千手と敵対し続けていたうちはとの同盟がなった今、この界隈の忍び一族との同盟が成立した事になる。同盟相手とは戦場で相対しないというのが条約の内容であるため、私達はこれにて一時の平和を手に入れたのだ。

 ……ここに至るまでに幾多の屍が築かれ、大勢の人々が苦しんだ。
 それなのに、平和を齎す事が出来たのは火の国付近の忍び一族だけ、か。
 自分が目指そうとする果てが遠すぎる様に感じて、少々恐ろしくなる。――本当に、世に平和を齎す事が出来るのだろうか……と恐れを抱く程に。

 その一方で、いい事もあった。
 千手とうちはが手を組んだと言う知らせはあっという間に各国に駆け巡り、忍界でも最強と謳われる両一族が手を組んだ事に恐れを為した他国の忍者達は両一族とその背後の連合の存在を恐れ、以前程活発に戦端を開く事が無くなったのだ。

 泡沫の様な、平穏なる微睡みの日々。
 その機会を利用して、私はしておきたい事があった。

*****

「――――慰霊祭?」
「はい、そうです」
「成る程、のぅ」

 うちはが連合に参加して以来、初の会合。
 同盟に参加している各一族の頭領が雁首を揃える中、最初に納得がいった様に頷いたのは志村の旦那だった。

「我ら連合の勢力を恐れて、他国に点在する忍び一族達の行動は潜められています。連合の結束力を高めるためと、ここに至るまでの皆の努力の成果の労いと……そして各一族の戦死者達を慰める祭りを行おうかと」
「確かに……象徴的な儀式としては相応しかろう。――皆は如何なされる?」
「いいんじゃないか? この間の火の国との話も上手くいったんだろ?」
「はい。マダラが付いて来てくれた事がかなりの効果を上げてくれました」

 ね、と同意を求めてマダラへと視線を移せば、黒い目が私を睨む。
 み、眉間の皺が凄すぎる、物凄くおっかない。
 内心で引き攣った顔をしておいて、表面上では落ち着き払った表情を浮かべておく。……自分の顔芸が上手くなったのは、まず間違いなくマダラのお蔭だと思っていますとも。

「元々この季節は魂鎮めの時期故にな。それに合わせて何かを行えないかと、我ら日向が柱間殿に話したのじゃ」
「いいんじゃないか? 忍びの一生が短いと言っても、このままじゃ死人も浮かばれねぇだろ。オレは賛成だぜ」

 日向の長老が薄紫を帯びた白い目を私に向けると、あちこちで納得がいったように頷く者が増える。
 次いで、大きく伸びをしながらの犬塚殿の言葉に、各頭領達の間からも賛成の声が上がった。

「祭りは夕方の部と夜の部とに別れて実行しようと考えています。――猿飛殿、例の件を」
「応とも。今の所、夕方には各一族の子供達同士の交流を目的とした祭りを。その後、つまり月が昇ってから、各一族の鎮魂の儀を始めようと計画している」
「一族同士の子供らを……?」

 マダラが疑問の声を上げるので、軽く頷く。
 そう、慰霊祭同様に夕方に行われる子供達同士の交流もまた大事な行事になる。
 猿飛殿と目を合わせて促せば、彼の口が再度開かれた。

「そうだ。夜は大人が中心に行うつもりだが、その前に今後の一族の将来を担っていく子供達にも焦点を当てようと思ってな」
「こういうのはやっぱり、子供同士の方が打ち解け易いからねぇ」

 お菓子を食べながら、秋道の当主が頷く。
 にしても、あのお菓子美味しそうだな……今度どこで売っているのか聞いとこう。
 内心でそんな事を考えていれば、私の方へと話が流れて来ていた。
 おっと、いけない。

「皆様方の間から特に反対の話は出て来ないので、全員了承……という事で構いませんか?」
「ああ」
「いいぜ」
「……悪くない」

 ぐるり、と視線を巡らせながら問い掛ければ、あちこちで了承の意を込めた応答が返される。
 最後まで黙っていたマダラへと、皆の視線が集まった。

 瞳を閉ざして黙考していたマダラの両瞼がゆるゆると開かれる。
 あの、揺れる炎をそのまま映した取った様な赤い目が一度だけ覗くが、直ぐさま黒い輝きの瞳へと戻った。

「――うちはも……異論は無い」
「そうか。これで決まりじゃな」

 そうして、四日後の満月の番。
 連合所属の忍び一族の合同の慰霊祭を兼ねた祭りが開かれる事となった。

*****

「合同慰霊祭……ですか」
「そう。過去の出来事を流す事は出来ないけど、それでも……これから先にこれまでの憎しみを持ち越さない様に、何か出来ないかと考えてね」

 千手の集落に帰って来た後、出迎えてくれた扉間に先程行われた会合内容に関して話す。
 私の黒髪とは似ても似つかない銀髪が光を受けて鈍く輝く。どこか苦しそうに瞳を伏せた弟が幼く見えて、思わずその頭に掌を乗せた。

「姉者……。姉者はどうしてそうも強くいられるのですか……?」
「扉間?」

 顔を伏せたまま、とつとつと話し出す扉間。
 落とされた肩と絞り出される声に弟の苦悶を感じ取って、自然と私の表情も険しくなる。

「正直……うちはと同盟を結びはしましたが……オレは彼らを他の一族の様に同盟の仲間として信じきれません。つい先程まで、それこそ死力を尽くして互いに殺し合おうとして来た者同士ですよ。――それに」

 ただでさえ低い声が、一段と低くなる。
 注意して聞き取ろうとしない限り、その声が聞こえない位に。

「うちはの兄弟の……弟御の方が戦死したと聞いた時」
「扉間?」
「オレは心の何処かで……喜んでいました。父上と母上、あの時に死んだ一族の仇の一人が死んだと……!」

 絞り出された声に秘められた、ぞっとする程冷たい感情。
 一瞬だけ見つめ上げてきた弟の目に涙が浮かんでいる様な気がして、焦る。
 慌てて覗き込めば、今にも泣き出しそうな顔をしていた弟は歯を食いしばっていた。

 銀の頭の後ろに手を置いて、自分の肩に押し付ける。
 そうでもしなければ、この責任感の強い弟は自分の感情に素直になれないと私は知っていた。
 ――嗚咽を思わせる引き攣った声が、耳に届いて軽く視線を伏せた。
 
 私達は、乱世に生まれた定めとして早く大人にならなければならなかった。涙を流すのは弱い証と教わり、忍びなのだから何があっても感情を抑える様にと躾けられた。
 私はまだ前世の記憶が在り、別の世界の常識を知っていたからこそ、完全に忍びの習慣に染まる事は無かったが――弟は違う。
 どこまでも真っ直ぐで染まり易いこの子は、私の唱える理想に共感していたからこそ、心の奥底に秘めた憎しみの感情に無理にでも蓋をせざるを得なかったんだろう。

 理解出来たって、納得のいかない事は多い。
 ましてや失った相手への愛情が強ければこそ、感じる憎しみの強さは一塩だ。
 それが理解出来るからこそ、扉間の苦悩を責める様な真似は出来ない。

 ――だからこそ、話す気になった。
 宥める様に、落ち着かせる様に――優しく言葉を紡ぐ。

「その感情は人として当然の物だよ。恥じる事は無い、扉間」

 あの雨の日。
 弟妹の前では見せなかった、私の心の醜さ。
 それを話そうと、話さなければならないと……思った。

「あの雨の日……。――私もね、最初はうちはに復讐しにいこうと思ってた。集落を襲撃して、父上と母上の仇を取ってきてやろうと」
「姉者が……? まさか」
「本当だ。でも、すぐに気付いた。私達の身に起こった出来事は……この世界では珍しくもない悲劇に過ぎないのだと」

 任務で殺し、任務で殺される。
 これがまだ理不尽すぎる理由で殺された事件であれば、復讐のしがいもあっただろう。
 ――でも、現実は違った。

「ならばこそ、私の真の復讐相手はうちはの一族ではなく、この世界そのものだと私は思った。傷つけられたから、傷つけ返すだけでは——何も変わらない、変わりなどしない。ただただ……憎しみと悲しみと、どうしようもない無念が積み重なるばかりだ」

 珍しくもない悲劇だ。
 この世界で生きている以上、誰もがその痛みを抱えながら生きていくのが当然とされている程に。

「だったら、そうしなければいけないと人々に強いる世界そのものを、変えてやろうと、壊してやろうと私は誓ったんだ」

 世界が変わらないと言うのであれば、変えてやる。
 そんな酷い世界のために、私の大事な存在をこれ以上奪われてたまるか――私の行動原理なんてそんな単純な物だ。

 ……軽蔑するかな、こんな事聞いたら。
 肩に押し当てていた弟の頭がそっと離れる。ややあって、扉間の秀でたおでこが私の肩に再びくっついた。

「――少し、安堵しました。姉者はいつもオレの先にいて、毅然とした姿しか見せてくれなかったので」
「……言ってくれれば振り返るよ。お前は私の大事な弟だもの」

 幼い頃に良くしてやった様に、その背をぽんぽんと叩く。
 扉間は寝付きのいい子供だったから、そうしてやれば直に眠りに就いてたっけ。

「勘違いしてはいけないのは、お前が抱いているその感情は他人も持っていると言う事だ。抱く愛情が強ければ強い程、その思いは簡単に憎しみに変わる。うちは一族の人々だってそうだろう」

 千手とうちはは長年争い続けて来た。
 詰まる所、その期間の長さの分だけ両一族の間には夥しい数の死者が存在したのだ。

「だからこそ、慰霊祭は一つの区切りとして有効ではないかと、私は思うんだ」

 死者を忘れるのは簡単な事ではない。憎しみを無くす事も難しい。
 積もりに積もった感情は、ほっとけばいつまでも慰撫される事無く心の奥底に沈殿していく。
 ――そして、その感情を抱き続けていれば、更なる悲しみと不幸とを呼び寄せかねない。

「亡くなった人々を忘れる事は許されない。けど、彼らの存在を立ち止まる事の言い訳にしてもいけないじゃないのかな……」

 でなければ、浮かばれない。
 死にたくて死んでいった者などいないだろう。皆必死に明日のために命を尽くし、一族のために命を削ったのだ。

 ――その努力は実を結んで、今の私達へと繋がっている。

 綺麗事かもしれないが私はそう信じたいし、そうして大勢の者達の命を懸けた先にはそれに値するだけの物があると……私は願うのだ。 
 

 
後書き
何にせよ、どっかで形だけでも負の連鎖に対して一区切りをいれなければいけないよなぁ、と思って考えついた慰霊祭の話、でした。
主人公はある程度割り切れていますが、皆が皆彼女の様には出来る訳が無い。 
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