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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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空白期(無印~A's)
  第二十六話 転



 なのはちゃんの魔力がばれてから、少しざわめいた教室を逃げ出すように僕たちは、教室を飛び出して、クロノさんたちが待っているであろうカフェテリアへと向かっていた。教室から出て行くときにいくつかの好奇の視線を感じたが、それはあえて無視するような形になってしまった。

 仕方あるまい。僕にはどう反応して良いのか分からなかったのだから。なのはちゃんがすごいのは分かっていたが、ここまで認識のずれがあるとは思っていなかった。なぜなら、クロノさんたちとあまりにも態度が異なるからだ。クロノさんたちの態度から鑑みれば、彼らの態度は大げさとしかいえなかったのだから。

 どういうことかよく分からないが、とりあえず、クロノさんに問う必要はあるだろう。

 そんなことを考えながら、僕たちはクロノさんたちと待ち合わせをしていたカフェテリアに到着した。カフェテリアはオープンスペースもあるらしく、そこで僕たちよりも先に到着したのであろうクロノさんと恭也さんが、コーヒーと思われる飲み物を手にオープンスペースの一角に座っていた。おそらく、僕たちに見つかりやすくするためだろうが、たとえ店内であっても、二人の真っ黒な服装は、見つけやすかったのではないか、と思っている。

 彼らも僕たちが来たことに気づいたのだろう。コーヒーを飲む手を止めて、こっちに来いといわんばかりに手招きをする。

「意外に早かったね」

「今日は午後からの実技のために魔力測定をやったから、少しだけ早かったんですよ」

「ああ、そういえば、そんなこともやるんだったか」

 僕がクロノさんたちが座っているテーブルに備え付けられた四脚の椅子のうちの一つに座りながら、多少の非難も含めた声色で言うが、肝心のクロノさんは、少し考え込んだ後にようやく思い出した、といわんばかりの表情をして納得したように頷いていた。

 せっかく招いてくれたクロノさんにあまり非難めいたことを言いたくはないが、やはり直接言わなければならないのだろうか。あるいは、動揺しないということは、なにかクロノさんに思惑があったのだろうか。しかし、どちらにしても確かめるためには、直接聞かなければならないだろう。

「あの……クロノさん、一つ聞きたい事があるんですけど」

「ん? なにか、問題でもあったのかい?」

「その……どうして、なのはちゃんのこと伝えておいてくれなかったんですか?」

 少なくともクロノさんが係員の人たちになのはちゃんの魔力のことを伝えておけば、あそこまで大仰なことにはならなかったはずだ。何らかの対応を期待したわけではないが、あそこまで動揺することもなかっただろう。僕たちが奇異の視線に晒されたのは、やはり、教官たちの動揺があったからだろう。なのはちゃんの測定が複数回にわたって行われたり、教官が魔力値を見て驚いたり、それで余計に注目を集めてしまった。

 僕の問いを聞いたクロノさんは、少し考え込むように顎に手をやって、やや目を瞑る。おそらく、僕が言った意図を考えているのだろう。やがて、何か合点がいったのか、不意に目を開くと、納得したように、ああ、と声を上げた。

「そうか……すまない。今回の担当は、『陸』だったことを失念していたよ」

 クロノさんはそうやって謝ってくれるものの、陸という単語の意味が分からなかったため、どうして謝罪されたのかいまいち理解する事ができなかった。僕がクロノさんが言っていることを理解できないと判断してくれたのか、クロノさんは、ゆっくりと事情を説明してくれた。

「まず最初に説明すると、僕が所属している時空管理局という組織は、主に二つに分けられるんだ。一つは、僕が所属している時空管理局の本局、通称、『海』と呼ばれる部署だね。主な任務は、この間のときのようなロストロギアの封印、処理とか次元世界の犯罪の取り締まりなんかだね」

 それに加えて、追加で説明してくれたのは、本局が『海』と呼ばれる所以だった。僕が搭乗したこともある時限航行艦アースラ。あれは、次元の海を泳ぐためのものであり、次元空間を海と見立てて、時空管理局の本局は海と呼ばれるらしい。

「次に、今回、君達の講習を受け持ってくれている部署である時空管理局ミッドチルダ地上本部、通称、『陸』だ。主な任務は、ミッドチルダの治安を守ることだと思ってくれればいい」

 つまり、日本でいうところの警察に近いのだろう。ミッドチルダでおきた犯罪を一手に担っているのだから、おおむね間違いではないはずだ。

 なるほど、クロノさんが言うところの『海』と『陸』という単語の意味は理解できた。しかしながら、どうしてそれがなのはちゃんの魔力がばれて大事になることに繋がるのだろうか。クロノさんの言い方では、クロノさんが所属する『海』だったら問題ないように聞こえる。

 おそらく、その転についてもクロノさんは話してくれるのだろう、と期待して黙っていると、その期待に応えてか、クロノさんは、確信となる部分について話し始めた。

「ここで、なのはさんの魔力クラスがどうして問題になるか、というと、だ。海の平均魔力クラスのほうが陸の平均魔力クラスよりも高いからなんだ」

「え? 同じじゃないんですか?」

 名前としては、同じ時空管理局だ。それなのに戦力が偏るように配置するとは思えない。もちろん、海のほうが少数精鋭というのであれば、話は分かるが、次元世界―――それでこそ、僕たちのような世界までカバーしているとなれば、その人数はむしろ、陸といわれる世界一つ分よりも多くなければカバーできないだろう。

「もちろん、それには理由がある」

 僕の疑問に答えるように、クロノさんはその答えを提示する。

「さっきも言ったけど、海の主な任務は、ジュエルシードのような次元世界に散らばったロストロギア事件や次元世界を跨いだ事件だ。ジュエルシードのようなロストロギアを魔力ランクの低い魔導師が封印できると思うかい?」

「あ!」

 そうだ。だからこそ、ユーノくんは、ジュエルシードを封印できなかった。正確には、ユーノくんには、暴走したジュエルシードを封印できるほどに魔力が戻っていなかった。だからこそ、僕となのはちゃんに助けを求めたのだ。

「だからこそ、海には魔力が高い魔導師が集まるんだ。海の場合、翔太くんぐらいの魔力ランクAといえば、武装隊隊長クラスだ。そして、前線のエース級となれば、有名な魔導師になれば、Sクラスだっている。一方、陸は、武装隊隊長クラスでも平均魔力ランクBぐらいだ。そして、前線で活躍するエース級としても、魔力ランクAAぐらいが普通になる」

「で、でも、そうだとすると治安維持活動に支障がでませんか?」

 ありていに言ってしまえば、陸―――このミッドチルダの警察は魔力ランクが低い魔導師ばかりとなる。ならば、もしも、犯罪者で強い魔導師が現れた場合はどうなるのだろうか?

 そして、僕は地雷を踏んでしまったのか、僕の一言で、クロノさんの表情が氷のように固まってしまった。

「……確かにミッドチルダの検挙率はお世辞にも良いとはいえない。もちろん、ミッドチルダの治安を蔑ろにしたいわけではないさ。ただ、時空管理局の設立理念は、次元世界の平和だ。陸に戦力を回して、海に戦力が足りませんという話になれば、本末転倒だ。それに、海の任務の場合、手遅れになると次元世界が一つや二つ消えてもおかしくない事件もある。その場合の被害者の総数は―――想像したくもないな」

 やるせない表情で言うクロノさん。

 なるほど、大体の状況は理解できた。つまり、簡単に言うと人手不足なのだ。戦力が偏っているんじゃない。偏らせざるを得ないといったところだろうか。

 海の任務は、それでこそなのはちゃんのような魔力ランクをもつ魔導師を多数必要とする。稼働率は、陸に戦力を回す余裕がないということろから想像したとしても、たぶん、百パーセントを超えているのかもしれない。しかも、失敗すれば、地球が丸々一つ消えてしまうような事態なのだろう。

 だからこそ、回したくても回せない。被害の規模が桁違いだから。どちらに重きをおくか、といわれれば、世界が一つか二つ消えるのとミッドチルダという一世界の治安維持を比べるまでもないだろう。だからこそ、陸の魔力ランクの平均が低いのだろう。

 これは、多分、魔法世界の弊害なのだろう。

 僕たちの世界が使っているような―――こちらの世界で言うような質量兵器は、誰でも使える利点と欠点がある。誰でも使えるからこそ、人数を集めれば戦力になる。それが利点であり、欠点だ。僕たちの世界は、その利点を重視し、魔法世界は、その欠点を重視した。だから、魔法世界では質量兵器が、違法なのだ。

 だが、代用したエネルギーである魔法はより厄介な代物だったという話だ。なにせ才能に左右されるのだから。数をそろえれば、必ず一定数が確保できるわけではない。むしろ、必要数量をそろえる事が難しいのだろう。なのはちゃんクラスの高魔力ランカーだって、そう簡単には揃わない。

 だから、優先度が高い順に割り振られる。その結果が、陸と海の格差であり、先ほどのような驚愕に繋がったのだろう。

「だいたいの事情は分かりました。それで、これから僕たちはどうしたらいいですか?」

 これからの立ち振る舞いが一切不明だった。少なくとも、あの視線の中に混じって同じように魔法の練習をするのはとても疲れそうだからだ。それならば、クロノさんに頼んで、先ほどの測定結果は、機械が壊れていた、と話を通してもらうなどの処置も可能ではないか、と考えたからだ。

 しかし、クロノさんは、少し考えると、やがて口を開いた。

「とりあえず、今日のところは、そのまま受けてもらえないだろうか。彼らが、時空管理局に就職するか、どうかは分からないが、魔法に関わる以上、なのはさんのような高魔力ランクの魔導師に会うのは間違いないんだ。それが早いか、遅いかの違いでしかないからね」

 彼からしてみれば、簡単にそれを決めたわけではないのだろう。午後から、あの視線の中で授業をうけるというのは、若干ながら気が重いが、僕にできることは何もない。なのはちゃんから離れていれば、僕も視線を受けることはないのだろうが、あの中で唯一の知り合いである。そう簡単に僕だけ離れるというわけにはいかないだろうし、実技を受けないというのは、今回の旅行の目的からもっとも離れてしまうため、意味がない。

 だから、僕たちは、大人しく講義を受けるしかないのだった。



  ◇  ◇  ◇



 さて、午後の授業が始まった。一度、教室に集められた僕たちは、そのまま教官に連れられて、近くのグラウンドへと出た。大学のグラウンドは、なるほど、総合大学並みに広い。今回集められた人数程度では、問題ないようだ。そこで、僕たちは、それぞれクラスわけされる。

 一つのグループは、魔力ランクがAとBのグループ。CとDのグループ。EとFのグループに分かれることになった。僕は、魔力ランクがAなので、一番上のグループだ。魔力ランクがSプラスのなのはちゃんは、というと僕と同じグループになっていた。グループの大体の人数割りは、僕たちのグループが僕たちを入れて9人。CとDのグループがたくさん。EとFのグループは、CとDよりも若干少ないぐらいだろうか。

 百人ぐらいいるはずだから、これだけ見ると確かに僕のランクが珍しいという事がよく分かった。

 なのはちゃんの魔力ランクから分かるように魔力ランクAを越える人もいるはずだ。しかしながら、グループは、ランクAまでしかない。なんでだろう? と教官に聞いてみたところ、簡単に説明してくれた。

 魔力ランクが高い人というのは、基本的に魔力を生み出す器官であるリンカーコアの覚醒も早いらしい。だから、小学校に上がる前に覚醒する事が多いらしい。そして、この時期の講義に来るのは、魔法世界で言うところの小学校に入学した後に魔力に覚醒した子ども達らしい。だから、魔力ランクもあまり高い子もいないはずで、今までは問題なかったようだ。

 とことんまでに、なのはちゃんは、例外だったらしい。

「これから、最初の魔法の実技の授業を始めるとしよう」

 僕たちのグループの教官は、座学のときから引き続きイスガ・ヤマモト教官だった。ただし、服装は、座学のときとは異なり、どこかで見た事があるような服装だった。どこだっただろうか? と思い出していたが、記憶を探ると一つだけ該当した。四月のあのジュエルシード事件のときに武装隊の人たちが着ていた制服に似ているのだ。

 もっとも、彼の所属も時空管理局であることを考えれば、無理もない話なのだが。

「最初に君達には、魔力という感覚を掴んで、放出するところから始めてもらおうと思う」

 教官の話によると、魔法を使う上で、自分の魔力の感覚を掴むことは大切なことらしい。魔法を使うための式を覚え、デバイスを補助として使うだけでも確かに魔法は使えるが、それは、効率があまりいいわけではなく、正確に魔法を自分の手足のように使おうと考えると、この工程は必要らしい。

 しかしながら、いきなり魔力が、といわれても分からないだろう。彼らだって、学校や検査機関で魔力反応が確認されただけであり、魔法など使ったことがないのだから。もっとも、だから、そこから始めているのかもしれないが。

「まあ、いきなり、そういわれても無理だろうから―――」

 そういって、教官は、魔力の感じ方を説明してくれた。魔力を発生される器官というのは、リンカーコアといわれる器官だ。これは、通常、心臓の隣あたりにある器官らしい。もっとも、レントゲンなどで見えるわけではないらしい。その辺りに意識を集中させ、リンカーコアの鼓動を、血液のように体に巡る魔力の流れを感じることで、魔力を感じる事ができるらしい。

「それじゃ、後は自分達でやってみるといい」

 何か分からない事があれば、聞いてくれ、と言い残して、彼は解散を告げた。

 これでいいのだろうか? と僕も疑問に思ったものだが、確かに最初に魔力を感じないことには話にならない。なのはちゃんは、あの時はレイジングハートの力を借りて魔法を使っていたが、今ではちゃんとレイジングハートなしでも魔法を使う事ができるようになっている。

 解散を告げれた子ども達は、呆然としていたが、やがてお互いに知り合いだったのだろう。3人と4人のグループ―――男の子と女の子のグループ―――に分かれて、どうする? と相談しあっていた。

「僕たちはどうしようか?」

 僕は隣に立っていたなのはちゃんに問いかける。

 簡単に言うと、僕たちは教官が言うことはすでにできているのだ。魔力を感じて、それを体外に放出する。それは、デバイスを持たない僕が最初にユーノくんから習った基礎だった。デバイスなしで魔法を使うためには、デバイスを持っている人よりも注意深く魔力を操る必要があるからだ。だから、何よりも最優先で覚えた。

 これから、僕たちが取れる手段は、二つだ。

 一つは、他の子たちと歩調を合わせるために、彼らが魔力を扱えるようになるまで待つこと。もう一つは、教官に自分達が魔力を使えることをさっさと告げて、彼らとは別に魔法の練習をすることだ。

 しかしながら、ただでさえ、目をつけられているこの状況で、二人だけ特別になるような行動を取るような勇気は僕にあるはずもない。だからといって、魔力が使えない振りをするのも時間がもったいないような気もする。

 語りかけたなのはちゃんもどうするつもりだろうか? と思っているが、彼女からの返答はない。つまり、なのはちゃんもどうしていいのか分からないのだろう。

 一方、解散した他の子たちは、「う~ん」と唸ってみたり、心臓の上に手を置いてリンカーコアを感じようとしたりと試行錯誤をしていた。それは、僕たちのグループだけではなく、全体的にそのように手探りで頑張っているようだ。

「どうかしたのかい?」

 これからどうしたらいいのか迷っているところに僕たちのグループの教官であるイスガ教官が話しかけてきた。僕たちが、周りの子達と異なって何もしていないのが気になったのだろう。だから、話しかけてきたのだろうが、直後にあっ、と何かに気づいたような声を上げていた。

「そうか、君達は、第九十七管理外世界の子だね」

「そうですけど」

 管理外世界の出身であることを聞いてきたので、何か関係があるのだろうか、と少し怪訝に思いながら、答えると僕の声色から、不審に思っていることを感じたのか、慌てて両手を振って僕の疑惑を否定していた。

「ああ、君達が、管理外世界の出身であることを気にしているわけではないんだ。ただ、今回の参加者で管理外世界出身なのは君達だけで、先ほどの魔力判定でも少し騒ぎになっただろう? だから、少し君達について調べてみたんだが、どうにも分からなくてね」

 そこまで言って、改めて考えるように腕を組んで、一つ一つ整理するように僕たちの境遇を口に出し始めた。

「君達のことは、管理局のデータベースに載っていたよ。第九十七管理外世界出身の蔵元翔太君と高町なのはさん。先日の『ジュエルシード事件』において、多大な貢献をした現地住民。ついでに、表彰もされている」

 イスカ教官は、間違っているかい? という視線を向けてきたので、僕は黙って、首を横に振った。

「だが、君達について分かったことはそれだけだ。何をやったのか、どういう風に貢献したのか、すべてが執務官権限によって制限がかかっていてね。ここにいる以上、魔力があることは分かっているんだが、それ以上は何も分からないんだ。だから、君達がどんな魔法が使えるか、教えてもらえるかい?」

 僕たちの情報に関して制限がかかっていることに少しだけ驚いた。別に秘匿するようなことはないような気がするのだが。どうして、クロノさんは情報を秘密にしたのだろうか。そのおかげでどうやら、イスカ教官は、僕たちが魔法が使えるかどうかも分からないようだ。

「そうですね。一応、僕は、ラウンドシールドとチェーンバインドとアクセルシューターぐらいなら、何とか使えますよ」

 なのはちゃんが攻撃魔法系を使う事ができたので、僕はユーノから主に防御と補助の魔法を教えてもらった。ラウンドシールドとチェーンバインドはそれなりの精度だと思っている。攻撃魔法としては、アクセルシュータが使えるが、これはクロノさんから教えてもらい、なのはちゃんと一緒に精度を上げているところだ。もっとも、現状は三つを制御するのが精一杯だが。

「えっと、私は―――」

 僕の紹介が終わったので、次は、なのはちゃんだよ、と視線を投げてみると、なのはちゃんも自分が使える魔法を指折りに数えていく。一つ、二つ、三つ、と魔法名を挙げていくが、片手をすべて指折り終えた後でもまだまだ続く。最初は、ふむふむ、といった様子で頷いていたイスカ教官も段々と顔が強張っていき、両手を越えた辺りで、信じられないというような驚愕の表情をしていた。

 結局、なのはちゃんが挙げた魔法は両手の二倍程度の数であり、最後まで聞いた後、イスカ教官は、おそるおそるといった様子で、なのはちゃんに問いかける。

「失礼だが、君は、我々と関わる前から魔法が使えたのかな?」

 イスカ教官が聞きたいことは分かる。おそらく、彼らの常識から言えば、なのはちゃんが使える魔法の数が異常なのだろう。だから、時空管理局から関わる以前から魔法を覚えていたと思ったのだろう。もしかしたら、僕が考えている以上になのはちゃんの才能が異常なのかもしれない。だから、どこか縋るように見えたのだろう。

 だが、そのイスカ教官を拒否するようになのはちゃんは、イスカ教官の言うことを否定するように首を横に振った。

 それを見て、イスカ教官は、大きくため息を吐いた。そこに込められた感情を僕が理解することはできない。

「君達の状況は理解したよ。しかし、参ったな。申し訳ないが、君達のレベルは今回の講習の実技レベルを超えているんだ。魔力ランク的に考えて、一番上のクラスと言っても講習期間内に君達のレベルになるのは不可能だろう。だから、私としては、君達に実技の免除を言い渡す事ができるが、どうする?」

 クロノさんに講義を受けてくれ、といわれた矢先からこれだ。しかし、困ったことに僕たちは、午後の授業を免除されたとしても、やることがない。この世界に来た目的は魔法世界について学ぶことだ。君達はレベルが高いから、講習はいいよ、といわれてもやることがない。ならば―――

「ここで、魔法の練習をしても構いませんか?」

「ああ、構わないよ。その代わり、と言っては何だが、もしよければ、他の子たちに魔力の使い方を教えてもらえるとありがたい。本来は、私達の仕事なんだがね。この講習は人数が足りないんだ」

 そういって辺りを見渡す。大体、他のグループでも教官に当たる人間は、一人だ。多いところでも二人。このグループは二桁に満たないからいいものの、他のクラスは二桁を軽く上回る人数がいるのだ。教官が一人や二人では上手く回らないだろう。

「分かりました。といっても、僕たちも素人同然なので、教えられるとは思いませんが」

 そもそも、僕たちの世界は魔法という概念すらない世界だ。そんな僕たちが魔法世界の住人である彼らに魔法について教えられるとは到底思えないのだが。

「いや、最初の魔力の感覚を掴むのは、理論というよりも直感に近いものがあるからね。君達が感じたことで構わないよ」

 それだけ言うと、イスカ教官は他のグループに教えるためだろう。別の場所へ向けて歩き始めた。

 さて、残された僕たちだが、教官から許可は貰っているから、ここで練習をしても構わないのだろう。しかしながら、一応は頼まれたこともある。他の子たちの様子を見ることだ。おそらく、教えられることなんて殆どないだろうが、それでも、頼まれたこともあって、何もしないというのも気がとがめる。とりあえず、一度だけでも話しかけることぐらいはしておくべきだろう。

「なのはちゃん、僕は男の子のグループを見に行くから、なのはちゃんは女の子のグループのほうに行ってくれないかな?」

 僕たちのグループでは、総勢が九人で、七人が4人の女の子と3人の男の子のグループに分かれているのだ。彼らはいずれも同年代のように見えるため、あまり性別は関係ないだろうが、それでもとっつきやすさはあるだろう。少なくとも女の子の方に僕だけで行くよりもいいはずだ。

「いいかな?」

 何かを考え込むように俯いていたなのはちゃんだったが、僕が改めて念を押すように言うと、まるで観念したようにコクリと頷いた。

 大丈夫かな? と、なのはちゃんのことを考えると少しだけ不安だったが、いくら友達とはいっても僕が常に隣にいるとは限らないのだ。別世界でも良いから、友達ができて欲しいと思った。一度でも友達の作り方がわかれば、きっと、向こうに帰っても役に立つだろうから。それに、共通の話題を持っていることは友達になるには十分すぎる条件であり、向こうの世界よりもやりやすいはずである。むしろ、この場合、知り合いである僕が付き合ったほうが友達になりにくいだろう。

 だから、僕はあえて、なのはちゃんと別行動をとることにした。

 なのはちゃんに、頑張って、と激励の意味をこめて言うと、僕は、なのはちゃんに背を向けて、男の子のグループが固まっている方向に向けて歩き始めた。

 元々、あまり離れずに練習をしているため、さほど時間をかけずとも男の子達のグループに近づく事ができた。ある程度まで近づいてくると、向こうから勝手に気づいてくれたようだ。3人のうちの一人がこちらに訝しげな視線を向けてきた。その色に込められたのは、とても歓迎とは思えない。だが、その視線に屈することなく、僕は近づいた。

「なんだよ」

 声色からもとても歓迎ムードとは思えない。なんで、こんなに最初から敵意丸出しなんだろう? と疑問に思いながらも、できるだけ笑みを浮かべて、声が届く範囲まで近づいた。その頃には、他の面々も僕に気づいたのだろう、胸に手を当てたり、深く深呼吸をしたりして魔力を感じようとしていた手を止めて、全員が同じように訝しげに僕を見ていた。

「僕は、少しだけだけど、もう魔法が使えるからね。よければ、君達に教えようと思うんだけど―――」

「はっ! 余所者に教えてもらうことなんかないっ!」

 どうだろうか? と最後まで言わせて貰うこともできなかった。おそらく、最初に気づいたのがリーダー格の人間だったのだろう。僕が魔法を使えるというと、明らかに不機嫌そうな表情をし、すべてを言い終わる前に僕の提案を蹴っていた。取り付く島もないというのは、まさしくこのことだろう。しかも、興味深げに見ていた他の子たちにも、その意見に賛成させるように、ほら、やるぞ、と僕から意識を外してしまった。

 もしも、これが教官から頼まれたことでやらなければ、いけないことなら僕ももう少し粘っただろうが、明らかに彼らは、僕が管理外世界から来たことを知っており、そのことで魔法世界の住人であることのプライドが刺激されたのか、明らかな嫌悪感で僕を拒絶した。教官も『できれば』と言っていた以上、彼らにはこれ以上近づかないほうが良いだろう。もっと、こじれそうな気がするから。こういう時は、近づかないほうが吉のこともある。

 そう考えて、彼らに背を向けた僕は、今度はなのはちゃんたち、女の子のほうへ様子を見るために歩き出した。

 ある程度、近づいてみると奇妙な光景が視界に入ってくる。

 固まって、何か様子を見ている女の子のグループとそれを少し離れたところからじっと見ているなのはちゃんだ。構図だけみれば、対立して、一触即発のようにも見えるが、空気はまったくそんな様子はない。むしろ、なのはちゃんと女の子達の様子は困惑といった空気だった。

「なのはちゃん、どうしたの?」

「あ、ショウくん……」

 僕が話しかけるとなのはちゃんは、どこか気落ちしような表情をしていた。本当にどうしたんだろうか?

「ねえ、もしかして、あなた達って、管理外世界から来た魔力ランクSの子?」

 なのはちゃんが何も語ってくれずにどうしたものだろうか? と途方にくれているところで、女の子たちのグループの一人が僕に話しかけてくれた。しかも、僕たちのことを少しは知っているらしい。

「そうだよ。Sランクなのは、僕じゃなくて、なのはちゃんだけどね」

「それは知っているよ。あの時、私達もいたからね。それよりも、何か用があるの? その子、さっきからこっちを見てるんだけど、何も言ってこないから気になってるんだけど……」

 彼女の言葉を聞いて、少しだけピンときた。もしかして、なのはちゃんは、彼女達に話しかけようとして、どうしていいのか分からなかったのかな? だから、じっと見つめるだけになってしまった。いきなり、一人にするにはハードルが高すぎたかもしれない。同性で、話の種もあるものだから、容易いと思っていたけど、どうやら、それもなのはちゃんには難しいらしい。

 なら、最初は、僕が橋渡しになるしかないか……。

「ああ、うん。僕たちは、もう少しだけだけど、魔法が使えるからね。よかったら、魔力の使い方のコツ見たいのを教えようと思ってね」

「え、本当? 私達もどうやっていいのか分からないから困っていたのよね」

 彼女の救われた、というような笑みを見て、少しだけ安心した。もしかしたら、あの男の子たちのように拒否される可能性もあったのだから。それにしても、やっぱり教官の言い方では、魔力の扱いなんて分からないのだろう。もしも、毎回、こんな風に講義が進んでいるんだとすると、よく毎回無事に終わっているものだと思う。もしかしたら、もう少し時間が経てば、あるいは、明日には別の方法を提示するのかもしれないが。

 彼女の話を聞いていたのだろう。残りの三人も僕たちの近くに寄ってきた。

「それじゃ、さっそく、魔力の使い方を教えようかな」

 なのはちゃんにこの場を任せようかな、とも思ったが、先ほどの様子から考えれば、無謀だと思い、僕から話を始めることにした。幸いにして、この講義は10日間続く。午後の実技だって、同じグループで行うだろう。つまり、ここで一緒に練習する事ができれば、10日間は一緒なのだから、なのはちゃんも打ち解けられるはずだ。今は、僕が先導するしかないが。

「ちょっと、両手を出してくれないかな?」

 僕に話しかけてくれた女の子に僕は、両手を出すように言う。彼女は、頭に疑問符を浮かべながらも大人しく両手を差し出してくれた。その彼女の両手に僕の手を重ねるように近づけると、僕は自分の魔力を体に纏わせるように展開する。僕特有の白い魔力光が身体全体を包み込む。

 彼女達は、僕たちが本当に魔力を使えるとは信じていなかったのだろうか、僕が魔力を展開した瞬間に、おぉ、という歓声を上げていた。その声に苦笑しながら、僕は、纏わせるように展開した魔力をそのまま、伸ばすようにして両手を差し出した彼女の周囲に纏わせる。両手は魔力の橋渡しのような役割を担っている。

「えっ、えっ!?」

 もちろん、僕が何も言わなかったものだから、両手を差し出した彼女は、困惑の二文字だ。だから、僕はそれを落ち着けるように声をかけた。

「落ち着いて。いい、目を瞑って、身体の周囲にある魔力を感じて。そして、同じものを君の中に見つけるんだ」

 これは、僕がユーノくんから習った魔力の使い方だ。もっとも、僕の場合は、ユーノくんが肩に乗って、魔力を展開してくれたが。なんというか、魔力には、どこか心臓に似たように鼓動がある。それは、他人のものとはいえ、魔力に触れていれば分かる。ましてや、今は魔力に包まれているような状態だ。胸に手を当てて心臓の鼓動を感じるよりも容易く感じられるだろう。

「ほら、なのはちゃんも、手伝ってあげてよ」

 これの問題点はワンツーマンにならざるを得ないというところだ。しかも、自分の中の魔力を見つけるには、個人差があるらしい。僕は二晩かかった。この子の場合はどうなるだろうか? 僕もずっと魔力を展開するのは疲れるので、少し休憩を挟むことになるだろう。

 チラリと横目で、なのはちゃんの様子を確認してみると、僕と同じように両手を差し出した女の子になのはちゃん特有の桃色の魔力光を纏わせていた。ただ、ちょっと、両手を差し出した女の子の表情が引きつっており、おっかなびっくりといった様子だ。気持ちは分かる。こちらで魔力を展開しているにも関わらず、なのはちゃんの魔力ははっきりと感じられるほどに強大で、力強いのだから。

 僕が、小川とすれば、なのはちゃんは激流だろうか。小川に足を突っ込むのは簡単だが、激流に足を突っ込むのは自殺行為だと考えてもおかしい話ではないだろう。だが、幸いにして魔力は危害を加えるようなものではない。むしろ、なのはちゃんのほうが魔力を感じやすくて、見つけるのが簡単かもしれない。いや、もしかしたら、周りのなのはちゃんの魔力が強すぎて、自分の魔力を見つけられないのかな。どうなるんだろう?

 結局、女の子のグループ四人が自分の魔力を見つけられたのは、その日の実技が終わる寸前だった。その間、僕は魔力を出しっぱなしで、実技が終わった頃にはへとへとだ。自分の魔力を見つけられた女の子達が喜んで、僕たちにお礼を言ってくれたのは嬉しい限りだったが。

 もちろん、なのはちゃんは、なんでもないように平然としていたが。



  ◇  ◇  ◇



 ずいぶん、波乱の初日だったが、それ以降は平穏だった。確かに、なのはちゃんに対する好奇の視線は強かったが、それでも実技は、同じグループの女の子たちと一緒なので、さほど気にならない。ついでに実技の時間は自分のことで精一杯になるからだろう。だれもこちらを気にすることはなかった。

 一方で、魔法世界の生活だが、初日以降、僕はアリシアちゃんとなのはちゃんと初日と同様に一緒に寝るはめになってしまった。アリシアちゃんは、なぜか病院に行った日は酷く甘えてくるし、なのはちゃんは、寝る直前になると袖を引っ張って無言で訴えてくる。初日を承諾してしまったばかりに、後日拒否するというのは、特に理由がない限りは、拒否しづらい。

 幸いなのは、この状況に慣れてしまったことだろうか。『女の子と一緒に寝る』という部分に気恥ずかしさは感じるが、慣れてしまえば、しょせん、彼女達は小学生だ。そんなに深く考える必要はなかった。さすがに高学年になってまでこんな状況では困るものだが。

 僕は、このまま平穏無事に魔法世界の講習が終わる、そう思っていたのだが、世の中、そうそう上手くは回っていないらしい。

 それを僕が感じたのは、魔法の講義も半分ほど消化した午後の実技の時間。ようやく、魔力を自由自在に取り出せるようになった女の子達に基本的な魔法の使い方を教えていた時間のことだった。

 僕の背後で、パンッという軽くまるで、風船でも割れるような音がした。

「え?」

 思わず、その音に振り返ってみると、そこには何もない。ただ、僕の背後から少し離れたところに僕たちと同じグループの男の子たちがいるぐらいだろうか。ただし、どこか驚いたような、怯えたような表情をしながら。生憎ながら、僕の背後で起きたことなので、僕には事態の把握をする事ができない。

「ねえ、どうした……っ!?」

 おそらく、僕の背後が見えていただろう女の子達に事情を聞こうとしたのだが、そんなことはぶっ飛んでしまうような事態が目の前に広がっていた。

 僕と同じように女の子グループの一人に魔法を教えて―――残念ながら、なのはちゃんの教え方は、感覚がほとんどで、コミュニケーションの練習以上の意味は持っていなかった―――いたはずのなのはちゃんが、明らかに怒っています、という表情を浮かべながら、背後に無数のアクセルシュータを背負っていた。しかも、その狙いともいえる彼女の右手の指先は、僕の背後にいる彼らを狙っている。

「ど、どうしたの? なのはちゃん」

 別に彼女達に請われたわけでもないので、なのはちゃんがアクセルシュータを展開する必要はどこにもないはずだった。いや、彼女が怒っていることから考えれば、魔法を見せてくれ、とお願いされたわけではないだろう。

「あいつら、ショウくんに魔法を当てようとした」

 なのはちゃんは、男の子のグループから目を離すことなく、淡々と事実を告げる。同時に、周りに展開していた数えるのも億劫なほどのアクセルシュータを指先をタクトを振るうようにして移動させる。僕に魔法を当てようとした男の子達の周囲に檻のように配置する。それが攻撃魔法でなければ、誰かを逃がさないようにするためという意味でなければ、見事な魔法操作だっただろう。

 しかも、そんな攻撃魔法に囲まれたことは当然ないのだろう。男の子達はお互いに身を寄せ合って、ひぃ、と短く悲鳴を上げていた。その間にも段々と距離を縮めるように近づける。

「ち、違うんだっ! あれは、偶然で、失敗した魔法がそいつに飛んでいっただけなんだ!」

 まるで、許しを請うように男の子の一人が叫ぶが、なのはちゃんは、その訴えを聞いても、ふっ、と笑うだけだった。

「嘘だよね」

 男の子から訴えを一蹴したなのはちゃんは、さらにアクセルシュータの距離を縮める。もはや、彼らに逃げ場はない。アクセルシュータがなのはちゃんの命令で打ち込まれれば、無数の弾丸に似た魔法が彼らを直撃するだろう。彼らに逃げ場が用意されていない事が分かるのか、彼らの顔は、恐怖のためだろう涙でぐちゃぐちゃになっており、何か小言で呟いているように見える。口の動きから考えるに『やめろ』とか『ごめんなさい』だろうか?

 などと冷静に状況を見据えている場合ではなかった。

「なのはちゃんっ! ダメだよ。彼らだって、偶然だって言ってるし、謝ってるじゃないか」

 勿論、彼らが嘘を言っていることぐらいは、僕にだって分かる。最初から僕に取り付く島も与えなかった彼らだ。僕らが関与することで女の子達は例年の数倍の速さで魔法が使えるようになっているらしい。しかも、話の中に出てきたのだが、彼女達と彼らは、知り合いなのだ。僕らのせいで、彼女達が自分達よりも上に行っている。しかも、彼らが余所者と言っている管理外世界の人間のおかげで。

 彼らの自尊心が刺激されてもまったくおかしい話ではないだろう。僕が彼らと良好な関係でも築けていれば、もっと話は違っただろうが、彼らとは、今回限りだと思っていたし、特に彼らと良好な関係を築く理由もなかったので、彼らとは最初の険悪な関係のままだった。何より、最初から敵意を持っている人間と良好な関係を築くまで持っていくのは、非常に骨が折れることなのだ。そういうわけで、放置していたのだが、まさかこんなところで表面化するとは夢にも思わなかった。

 なのはちゃんは、僕と彼らを順番に見る。なのはちゃんが何を考えているか分からない。しかし、ここで問題を起こすわけにはいかないだろう。ここには、クロノさんの紹介できているのだ。ここで問題を起こしてはクロノさんにも迷惑がかかるだろう。

 僕と彼らを交互に見ていたなのはちゃんは、やがて、クルクルっと彼らを指していた指先を動かすと彼らを包囲していたアクセルシュータをすべて消した。桃色の檻ともいえる場所から生還した彼らの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったまま、一瞬何が起きているのか分からない、というほどに呆けていた。

 何はともあれ、なのはちゃんが彼らに危害を加えることなく、魔法を素直に消してくれたことにほっ、とした。しかし、その僕の安心を奪い取るようになのはちゃんは、ツカツカと生還したことを喜んでいる彼らに近づいていた。お互いに生還したことを喜び合っていた彼らもなのはちゃんが近づいたことに気づき、体を強張らせていた。

 まさか、直接、殴ったりしないよね。

 魔法を使っちゃいけない、といったので、実力行使に出る、なんて思考回路はしていないと思うが、それでも心配になった僕は、なのはちゃんを追いかけようと思ったが、僕の心配は杞憂だったようだ。なのはちゃんは、彼らに顔を近づけるとボソボソと何か呟いただけで、それ以上は彼らに興味を失ったように僕の方に向かってきたからだ。彼女の表情は、先ほどの不機嫌は何所へやら、晴れ渡った空のように笑っていた。一方、なのはちゃんの肩越しに見える彼らの表情は、ご愁傷様というほどに恐怖に震えていたが。

 一体、何を言ったんだろう。

 たった一言で、そこまで震え上がれるとは、どんなことを言えば可能になるのだろうか?

「なのはちゃん、彼らに何を言ったの?」

 僕の傍まで来たなのはちゃんに気になったことを聞いてみたのだが、彼女は、少しだけ考えた後、唇に人差し指を当てる仕草をし、笑いながら一言だけ言った。

「秘密、だよ」



  ◇  ◇  ◇



 結局、なのはちゃんのちょっとした暴走の後、イスカ教官に事情を聞かれ、怒られてしまった。不用意に魔法を使うものではない、と。事実、なのはちゃんが魔法を使ったのは、あまりに過剰反応だったので、素直にそのお説教を受け入れるしかなかった。

 しかも、悪いことは重なるようで、僕にちょっかいをかけたことでなのはちゃんが、魔法を使ったわけだが、その力が圧倒的過ぎたらしい。その事件の次の日からは、今まで比較的、仲がよかったはずの女の子達のグループからは、距離を置かれてしまった。具体的には―――

「後は、自分達で頑張ってみるから」

 とやんわりと指導を断わられてしまったのだ。せっかく、魔法世界で、なのはちゃんに友人ができそうだったのに、と、男の子のグループとの関係も考えればよかった、と後悔が募る。そのことに対して、僕はなのはちゃんに謝ったのだが、なのはちゃんは、笑って、「別に気にしてないから、ショウくんも気にしないで」と、女の子グループから距離を置かれたのに、どこか嬉しそうに言っていた。

 問題の対象となった男の子グループだが、彼らは対照的にこちらに好意的に―――いや、正確には従順になったというべきだろうか。何も頼んでいないのに、休み時間にジュースを買ってきてくれたり、ミッドチルダでおいしい、といわれるパンを買ってきてくれたり、とまるで一昔前の舎弟のようだった。しかも、なのはちゃんと話すときは酷く緊張して、背筋を伸ばしながら、使い慣れない敬語を使いながら、なのはちゃんの呼び方は「なのはさん」だ。

 まあ、あれだけの力を見せつけられたら、分からなくもない。小学生の男の子が同年代の女の子にそんな態度を取っているのは違和感ばかりで、なんとかしたかったが、こればかりは、刷り込まれたら、僕がどうこう言って治るものでもないだろう。まあ、彼らとの付き合いも長くないので、そのままでも、構わないだろうと僕は判断した。

 さて、女の子グループから距離を置かれ、男の子グループは舎弟と化してしまった、現在、僕たちは実技の時間は本当に自分の魔法の練習の時間になってしまった。僕は本来習うはずだった身体強化の魔法を習得し、僕が使える魔法をさらに磨きをかけることにした。

 その日、以降は特に変化はなかった。午前中は座学を受けて、午後は実技。家に帰れば、アリシアちゃんに迎え入れられて、家の周囲をなのはちゃんとアリシアちゃんと散歩。帰宅後は、ご飯を食べて、お風呂に入って就寝だ。

 ちなみに、恭也さんは、僕たちが講義を受けている間、クロノさんに紹介されたジムで剣術の稽古しているそうだ。アルフさんは、アリシアちゃんに同伴している。

 そんな感じで日々を過ごす僕たちだったが、もう少しで、講習も終わろうという時期になって、不意に訪れた休日。僕となのはちゃんは、その休日を利用して、ミッドチルダの中でも大きなショッピングモールへと来ていた。

「ん、どうしたの? なのはちゃん」

 とても一日では回りきれないだろう、という広さの中に多数の店舗が並ぶショッピングモール。ここら辺は地球とは変わらないらしい。ショッピングモールへ行くと言ったら、クロノさんがくれたお小遣いを手に僕たちは歩いていた。今日の同伴者は恭也さんだ。今は、恭也さんは別行動をしている。どうやら、興味をそそられるものがあったらしい。

 まさか、ミッドチルダに盆栽があるとは夢にも思わなかったが。

 待ち合わせ場所と時間を決めて、今は自由時間だ。僕たちは真っ先に行きたいという店舗もなかったため、一つ一つを見回っていた。そんな中で、なのはちゃんがある店舗で足を止めた。

 そこは地球でいうなら雑貨屋というべきだろうか。小さなアクセサリーなどが所狭しとならんでいる。可愛い小物なんかも並んでおり、なのはちゃんも女の子なんだな、と思えた。

「ちょっと、見て行こうか」

 なのはちゃんが興味があるなら、構わない。僕だって、別に行きたいところがあるわけではないのだから。僕の誘いになのはちゃんは、コクリと頷いて、僕たちは店内に入った。

 所狭しと並ぶアクセサリーや小物を見ながら、ここなら良いんじゃないか? と不意に思った。何に? といわれれば、アリサちゃんとすずかちゃんのお土産に、と答えただろう。彼女達とは、ここに来る前に遊ぶ約束を打診されたが、今回の旅行のために断わっていた。そのお詫びではないが、お土産の一つを持って帰るのも礼儀だろう。

 もっとも、魔法世界のものを不用意に持って帰るわけにはいかない。しかし、ここで選んだものなら問題ないだろう。魔法がかかっているわけではない。しかも、やはり文化が異なるのか、デザインもあまり地球で見ないものだ。しかし、奇抜というわけではなく、可愛らしいものから洒落たものまである。残念ながら、こちらの通貨は持っていないので、クロノさんから貰った小遣いになってしまうが、そこは仕方ないと割り切るしかないだろう。

 そう考えると僕は、しばし足を止めて、お土産を考えた。温泉旅行のときは、別々にプレゼントしたが、今回は、同じものを贈ろうと思った。二人は親友と言える仲だし、女の子だから、『おそろい』というもので盛り上がったりできるだろう。僕にはいまいちわからない感性だったが。

「これなら、いいかな?」

 僕が選んだのは、温泉旅行のときのような首からさげるアクセサリー。無難といえば、無難かもしれないが、奇抜なものを選んで引かれるよりもましだろう。お土産は、適当で喜んでもらえるものに限る。

 僕は、同じデザインのものを手に取ると会計に向かう。だが、その途中で、不意に視界に入ったものが気になった。

「これは―――」

 僕は、買うものにそれを加えて会計を済ませた。

「お待たせ」

「ううん、大丈夫だよ」

 僕は会計の間、外で待ってもらっていたなのはちゃんに声をかけた。右手に買ったばかりのアクセサリーが入った紙袋を持って。

「何を買ったの?」

「お土産だよ。アリサちゃんとすずかちゃんにね」

 右手で、それを見せるように振ってみせる。確か、彼女たちとなのはちゃんは面識があったはずだ。だが、なのはちゃんは、アリサちゃんとすずかちゃんの名前を聞くと、「そう」とだけ呟くと、不機嫌そうな顔をした。

 あれ? なにか機嫌を損ねるようなことを言っただろうか? と考えてみるが、特に僕の発言に不自然なことはない。しかし、不意に、もはやすでにほとんど忘れかけている前世の言葉を思い出した。曰く、女の子と一緒にいるときは、他の子の話をしない、というものだ。それを聞いたのは僕が中高生のときであり、小学生はあまり関係ないような気がするのだが。

 しかし、なのはちゃんが不機嫌であることは事実だ。どうしたものか? と考えたとき、左手で持っていたもう一つの紙袋の存在を思い出した。この不機嫌を予想していたわけではないが、少しでもこれが役立てばいいのだが。

「あ、そうだ。なのはちゃん、これを忘れるところだった」

「……これは?」

 僕は左手で持っていた紙袋をなのはちゃんに差し出した。それをなのはちゃんは不思議そうな目で見ている。

「プレゼントだよ」

 そう、プレゼントだ。今回、僕のせいで、せっかく仲良くなれた女の子と距離を置かれてしまった。その償いではないが、お詫びの意味もこめて、プレゼントを用意したのだ。もっとも、それを思いついたのは、会計する直前に偶然にも、あれが目に入ったからだが。

「……開けていい?」

「どうぞ」

 恐る恐るといった様子で、受け取ったなのはちゃんは、信じられないものを見るような目で、プレゼントを見ていたが、やがて、ちらっ、ちらっ、とこちらを伺い、ついに耐え切れなくなったのか、許可を貰うと、大切なものを扱うようにとめられたテープをゆっくりと外して、紙袋を破らないように中に入ったものを取り出した。

「わぁ……」

 紙袋の中に入っていたのは、桃色の大きなリボンがついた髪留めが2つだった。少しリボンが大きいかな? とも思ったが、女の子なら可愛らしい部類に入るものだろう。セミロングの長さのなのはちゃんはいつもツインテールのように髪を結っている。だから似合うと思ったのだ。しかも、布でできているのかわからないが、持ってみると大きさの割りに重さが殆どないという魔法世界の代物だった。

「ショウくん、ありがとうっ! 大切にするねっ!」

 まるで向日葵が咲いたような笑みを浮かべるなのはちゃん。ちょっとしたものなのに、そこまで喜んでくれるとは思わなかった。しかし、自分がプレゼントしたもので、そこまで喜んでくれるなら、プレゼントした側としては、冥利に尽きるというものだ。

「うん、大切にしてくれると嬉しいな」

 なのはちゃんは、先ほどまで不機嫌だったのが、嘘のようにニコニコしている。僕は少しだけ気恥ずかしかった。その気恥ずかしさを振るい払うように、僕は時計に目をやり、もう少しで待ち合わせの時間になることに気づいた。

「そろそろ、行こうか」

「うん、そうだね」

 大事そうに髪留めを再び紙袋に仕舞ったなのはちゃんは、僕の声にしたがって、ゆっくりと歩き出す。

 ―――不意に変化が訪れたのは、その瞬間だった。

 突如として、ビービーとどこか、不安感を煽るような警告音が鳴り始める。

 ―――な、なんだっ!?

 驚きは声にならず、足を止めることしかできなかった。周りのお客さんも何が起きたのか、いまいち分からない様子で足を止めていた。もしも、これが火災などだったら、放送のようなものが入ってもおかしくないんだけど。

 そんなことを考えている間にも事態は動く。警告音が鳴り始めると同時に、ゆっくりとショッピングモールの通路の間に隔壁が下りてくるのだ。防火扉のようにも見える。しかし、火災を警告するような放送は一切入らない。お客達もこの異常さに気づいたようだ。ガヤガヤと騒がしくなり、集団パニックに陥ろうとしていた。

 そして、そのタイミングを見計らったように、次のフェイズへと事態は動いた。動いてしまった。

 パンッ、という軽い爆竹が破裂したような音が鳴る。同時に、バリンッという何かが割れる音。決して小さくない音は、その場にいる全員に聞こえていた。その音源に注目が集まるのは当然ともいえた。その音の中心にいる男は、天を指すように腕を挙げていた。その先の手に握られたのは、小さく黒光りする筒状の物体。

 ―――漫画などでしか見たことないが、僕の記憶が正しければ、それはまさしく拳銃と呼ばれるものだった。

 まさか、と思う。当たり前だ。日本に住んでいれば、そんなものにお目にかかる機会は滅多にない。世界中で、そんなことがおきていることは知っているが、それはあくまで、本の中やテレビの中での出来事。自分が巻き込まれることを考えたことなんて一切なかった。

 だからだろう、答えはほとんど出ているのに、僕がまったく反応できずに、周りのように騒ぐ事ができずに、呆然とほうけていたのは。

「全員、大人しく俺達に従ってもらおうか」

 ああ、夢なら覚めてほしいと思う。どうして、僕が巻き込まれるんだろうか、と思う。

 自らが持つ力を誇示しながら、まったく怯えることなく、それが当然といわんばかりに、野生的な笑みを浮かべる男。僕は彼らの正体を理解した。彼らを僕が知っている言葉で表すならこういうべきだろう。

 ―――テロリスト、と。
















 
 

 
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