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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  閑話 それぞれの見る彼女

 アスナこと、結城明日奈は現在同時に二つの意味で、幽閉されている。
 まず一つは、アバター名「アスナ」を拘束する、ALOの世界に作られた、世界樹の上の電子の檻。彼女を囲んでいた、金色の檻だ。細い金属で出来たようなそれだが、その実態はこの電子の世界を支配するプログラムによって創られた3Dオブジェクトである。すなわち、システムに《破壊不能》と示されている以上、絶対に破壊する事の出来ない最硬の檻なのだ。

 そして第二の檻は「結城明日奈」と言う人間を閉じ込める、この電子の世界それ自体である。
彼女が今いるALOと言う世界は、表向きは唯のVRMMORPGとして何の変哲もなく稼働中だ。しかしその裏では、一人の男に端を発する非合法かつ、非人道的な人体実験が行われている。
SAOにとらわれていた生き残り6000強の内、彼らがゲームクリアと同時にログアウトする際、あらかじめ作り上げていた経路で別のサーバーに引きずり込み、その魂を解放せず《拉致監禁》。彼らを被検体として、フルダイブシステムを応用した感情及び記憶の操作技術を研究し始めたのだ。

 それと同時に、同様の方法を用いてアスナすらも拉致した。と言っても、こちらは実験の為ではなく、もっぱら半分は遊びのような物のようだが……しかし、余り此処にいて、助けが来るのを待つと言うのはアスナには出来ない。すなわちアスナが監禁されたもう一つの理由。男……須郷伸之は、アスナが昏睡し、意識が無い間に事実上の彼女の夫に収まる事で、アスナ父で有り、レクトの最高経営責任者でもある、結城彰三の後継者の座を得ることだ。そしてSAO事件から既に二年が経過し、どちらの目的も、達成されつつある。

 さて、しかし今日、アスナは有る抵抗を試みた。時折アスナのいる檻に、アスナを侮辱しにやってくる須郷が檻から出て行く時、上手くその檻を開ける暗証番号を盗み見たのだ。これにより、第一の檻は突破できた。
 そうして今、アスナは世界樹の内部に作られた須郷の研究施設内を歩いていた。
外の荘重なグラフィックで出来た物とは違い、無機質なオフホワイトの壁や床に薄暗いオレンジ色の証明が灯るだけの廊下はまるでファンタジー世界の中に場違いに作られたオフィスのようでこれまでSAO、ALOと、現実的な風景の無い世界で二年以上を過ごしてきたアスナには違和感がぬぐえなかったが、分かりにくい複雑怪奇なダンジョンであるよりはましなので、特に気にする事もなくずんずん進んでいく。
 途中迷いかけた所で見つけた案内図に従って廊下を歩き、エレベーターで下へ降りると、アスナがとりあえずの目的地としていた場所の扉に付いた。……《実験体格納室》上のフロアにあった地図が確かであるならば、此処はそう呼ばれる場所の筈だ。

 近づいて行くと、以外にも無機質なその扉は音もなく開いた。ロックされているのを予想していたアスナは少しばかり拍子抜けしつつ、警戒しながら内部を覗き込む。
そこはまるで、巨大なイベントホールのような場所だった。天井は白く発行し、床も同じく真っ白だ。左右の天井はディティールに乏しく、それだけでは遠近感が感じ取れない。しかしアスナの視線の先には、壁や天井以外に遠近感を十分に図れる要素が有った。その部屋の中にびっしりと、そして整然と並べられた……柱型のオブジェクトだ。

 恐る恐るそれらに近づく。高さは床からアスナの胸程度の高さまで。太さは両腕で丁度抱え込める程度か。平らなその情面には、わずかな隙間を開けて……人間の脳髄が浮かんでいた。

「っ……!」
 色合いは、赤。脳髄が朱く光輝き、その中で何かが次々にスパークしている。他の脳も近い現象を起こしてはいる者の、その脳だけは特にひどく光の明滅を繰り返していた。

 脳髄の下に表示されたグラフが鋭いピークを次々に記録し、その横では文字の羅列がログとして凄まじい勢いで下から上へと流れて行く。意味の分からない数字や記号に交じって、PainやFearといった文字が見える。

 苦しんでいると、アスナは直感的にそう悟った。
痛みや恐怖を直接脳の中に叩き込まれ、苦悶の表情と共に誰にも聞こえない悲鳴を上げる“誰か”の顔が、彼女の眼にははっきりと思い浮かんだのだ。
しかし不幸な事に、彼女にとってその誰かは、顔も知らない見知らぬ人物ではない。

「……え」
 不意に湧いた声。原因は、彼女の眼前にある円柱状の、ログが表示されているその更に下。柱その物に、文字が彫られているのだ。

《No.152 Miyuki Asano》

「みゆき……あさの……?」
 それを見た途端、アスナの脳内にあの楽しく今は輝かしい思い出となった日々の一ページがありありと思い出される。

────

『でだ……そんとき後ろから……』
『やーーーー!いやーーーーーー!!!聞きたくない聞きたくない!!』
『あ、アスナ。落ち着けって……』
『リョウ、やっぱりやめようよ怪談なんて。季節外れだし、アスナ可哀そうだよ……』
『分かってねぇなぁサチ。その怖がる顔が面白……』
『ご飯抜き……』
『すみません勘弁してくださいミユキ様……』

────

 あの時、リョウが偶然漏らした、あのサチの本名であろう名前と、此処に刻まれた、この名前。

 ミユキと……Miyuki……

「サチ……なの……?」
 呟いた言葉は、自分の声だっただろうか?それすら、アスナには分からなくなりそうだった。別人の可能性もあるには有る。しかし、一度そう思ってしまうと、考えが拭えない……そして幸か不幸か彼女は知る由もないが、彼女の予想は完全に的中してしまっていた。

「そん……な……」
 眼前で行われている狂気の実験の犠牲。それに、自らの親友が使われている。
ヒトのクローンを作る事は国際法で禁止されているが、これらはその人類最大の禁忌にすら匹敵する最大の悪行だ。単に犯罪であるとか、そう言った問題だけでは無いのだ。人の魂はすなわち個人の最大の尊厳。それが踏みにじられ、破壊され、蹂躙される到底許されるべきものではない。
しかもその発端は、彼女やその親友、恋人が命をかけて戦った先にあったはず物であり、この実験の始まりの引き金を引いたのは自分たちで、挙句の果てに、実験の犠牲となっているのは同じ世界で友として過ごした彼女の親友だ。それはこの二カ月の間幽閉し続けられた少女にとっては、余りにも残酷な真実だった。

 アスナは数歩後ずさり、崩れ落ちそうになる膝を必死に支える。
ここで折れるわけにはいかない。すぐにでも脱出してこの事を世間に流布し、彼女を……サチを救わなければならない。

「待ってて……すぐ、直ぐに、助けるから……!」
 そう言って、アスナは被検体の脳の間を、すり抜けるように駆け始めた。

────

 運命と言うのは、実に残酷だ。
その数分後。アスナは、呆気なく再び捕えられた。

 あの後、走って脱出用であろうシステムコンソールの前までは行ったものの、後少しの所で須郷の部下である研究員(何故か巨大なナメクジのような姿だったが……)に捕えられ、直ぐに此処に連れ戻されてしまった。
結局戦利品はコンソールに刺さっていた、銀色のカードキーのみ。しかしこれも、コンソールが無ければ役には立ってくれないだろう。

 とりあえず、枕の裏にそれをしまいこみ、アスナはうつ伏せになってベットに顔をうずめる。

 何もせずしばらくそうしていると、あの脳髄の部屋で見た、No.152と言う脳の光が、思い出された。
激しくスパークする光と、真っ赤に染まった脳。下のロゴに流れていた、Pain、Fearの文字……

「サチ……」
 彼女の笑顔は、今でもはっきりと思い出せる。微笑むような可愛らしく、同時にとても綺麗な笑顔。
 それが、アスナの頭の中で、痛みと恐怖を流し込まれ、苦痛にゆがむ顔へと変わっていく。
聞いてはいないはずの、声が聞こえる……


 タスケテ……!タスケテ……!イタイ……!コワイ……!タスケテ……!


「ごめん……ごめんね、サチ……私、何にも出来ないよ……アナタを、助けてあげられない……!!」
 この日アスナは、この鳥籠の中へ来て初めて、涙を流した。

────

 都内の、とある病院……の廊下を、一人の女性が歩いていた。
 地方から発進し、驚くべき成長を見せて瞬く今に成長したある化粧品会社の役員を務めるその女性は今年で39。しかし、もう一年で四十に差し掛かるとは思えないほどに若々しい顔立ちをしており、長い黒髪はつやを保っている。
娘が目覚めた時、自分がやつれていては心配されてしまうからと健康には気を使ってきたつもりだ。しかし最近は、だんだんと心が折れかかって来ているのも確かだった。

 女性は名を、麻野真理と言う。

 いつものように入口で見舞いの受け付けを済ませ、真理はエレベーターに乗り込む。
会社の近くに入院した娘の様子を、毎日の昼休みに見に来るのは、彼女の日課だ。娘の部屋で昼食を取っていると、ときどき昼休みの終わりに遅刻してしまう事が有るのだが、仲間達はそれを分かってくれ居ているようで、有る程度は融通を利かせてくれる。

「でも、流石にそれに甘える訳にはいかないものね……」
 そう呟いて、彼女は先程購入したサンドウィッチをちらりと見た。それと同時に、エレベーターが三階へと到着する。

 目的の部屋は、エレベーターを出てまっすぐ行くとすぐに見えてきた。彼女の娘。麻野美幸の病室である。
リニアスライド式のドアを開き、中へ入ると……この時間にしては珍しく、先客が居た。
時折、以前の学校の友人が訪ねて来る事は有るが、この時間帯はまだ授業中の筈だ。
一瞬、真理には娘のベットの横に座るその男が、だれであるのか分からなかった。後ろ姿なので、顔は見えない。ベットの上に手を置き、娘の体には触れず、唯その手が拳を作っている。
その拳は、一目見ただけで分かるほどに、きつく、きつく握り締められ、小刻みに小さく震えていた。

 真理にはそれが、まるで何かに激しく憤っているように見えて仕方がなく、ほんの一瞬だけその男に恐怖すら感じたほどだ。
しかし彼女の眼は幸いにも、警備員を呼ぶよりも前に後ろ姿からそれが誰で有るのかを認識することが出来た。

「涼人……?」
 彼女が声をかけた途端、それまで彼の後ろ姿から漏れていた怒気が一瞬で消え失せる。それが目に見えないものであった性もあって、真理が自分の感じたそれを、気のせいだと思ってしまったのは、仕方のない事だろう。振り向いた青年は、見慣れた笑顔で口を開く。

「おろ、真理おばちゃんか」
「おろ、じゃないでしょ?お昼頃来るなら言ってれればよかったのに。中に入ったら突然男の人が居るから、警備員の人呼ぼうかと思ちゃったわ」
「わり。忘れてました」
「ふふ……良いのよ。また来てくれたのは、わたしも嬉しいから」
 ふふふ。と微笑んだ真理に、娘の幼馴染である青年……桐ケ谷涼人苦笑して返す。
彼は自分が目を覚ましてから、時折こうして娘の見舞いに来てくれる青年の一人だった。あちらの世界では、娘と一緒にいた時期もあったそうだから、心配してくれているのだろう。
涼人とは反対側に付き、娘の顔を眺める。相変わらず目は閉じられ、唯彼女は安らかに眠るだけだ。
 二年以上も、ずっとこの顔を見てきた。何も変わらない……否。娘が痩せていく事が、唯一の変化か……

「今日も良く寝てるわ……」
「だな……」
 しばらくの間美幸の顔を眺めていた二人だったが、やがて真理が顔を上げた。

「あ、涼人、お昼ちゃんと食べた?まだならお金出してあげようか?」
「だ、大丈夫だって!いきなり過ぎっつーか……んな小学生じゃないんだから……」
「あら?私やおばあちゃん達にしてみたらまだまだ涼人も美幸も子供よ?」
「勘弁してくれよ……ちゃんと食ったよ。御心配無く。ったく姉貴いいおばちゃんといい……」
「あ、玲奈ちゃんは?元気なの?」
「たまに電話で話すけど、死ぬほど元気。近いうちこっちに一時帰国するっつってた」
「あ、じゃあ日時決まったら教えてね?余裕あれば会いに行くから」
「へい、わかりやした……」
 ほおを掻きながら涼人は生返事を返す。実を言うと、リョウが押されるのは大体涼人を小さい頃から知っている人が多い。
美幸、真理、怜奈はその代表格なのだ。

「んじゃ、俺そろそろ帰るわ」
「あら、もう?急ぐの?」
「あぁ、ちょっと予定が有るんだよな……そいじゃ」
「えぇ」
 小さく頭を下げて出て行った涼人を、軽く手を振りながら見送った真理は……急ぎ足の足音が完全に去ったのを確認してから、娘の髪を優しくすく。

「美幸……早く、起きなさい?じゃないと涼人、どんどん先に行っちゃうわよ?」
 言葉など、届くはずもない。しかしどうしても、彼女は娘に声をかけずにいられなかった。

────

 帰宅した涼人は、シャワーもそこそこに二階へと上がり、首をぽきぽきと鳴らしながら部屋に入る。ベットの横にある机の下の引き出しを開くと、そこには接続済みのナーヴギアが入っていた。胸元まで持ち上げたそれを、頭にかぶり……

「っ……」
 突然、体がグラついた。

『っち……』
 一瞬だけバランス感覚を失った体を、直ぐに立て直し、地面にしっかりと足を踏ん張る。
少し息をついてからベットに座り込むと、今度こそ、しっかりとそれを頭にかぶった。

『もうちょいだ……もうちょいで着く……』
 昨日の時点で、既に世界樹は目の前にある。あれの上に上がる事が出来れば……そうすれば、全てが終わる……かもしれない。だから……

「ふぅ……行くぜ……」
 大きく息をつき……

「リンクスタート」
 涼人は再び、妖精の世界へと飛び立った。 
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