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或る皇国将校の回想録

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第二部まつりごとの季節
  第二十九話 我ら主導者に非ずとも

 
前書き
馬堂豊久 陸軍中佐 主人公、駒州公爵家重臣団の一員である馬堂家の嫡流 

堂賀静成 陸軍准将 軍艦本部情報課次長であり馬堂中佐の嘗ての上司 憲兵出身の情報将校

西原信置 陸軍大佐 西州公爵西原信英の長男 

荻名中佐 陸軍中佐 西原家陪臣 幼年学校生徒であった豊久の担当教官 

 
皇紀五百六十八年 五月八日 午後第四刻
兵部省陸軍局前 堂賀家私有馬車
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


 馬堂豊久砲兵中佐は笑みを浮かべているかつての上司に目を向けた。
「閣下、何の御用で私を?」
 休暇中とはいえ新設連隊が彼方此方から部隊を引っこ抜く為に鎮台司令部要員への挨拶回りと候補の選出を念入りにしており、暇なわけもなく。ここ数日は基本的に屋敷に寝に戻るだけとなっている程度には働いていた。
 そんなさなかに情報課次長が『都合よければ来い。悪くても来い。当然ながら軍装で来ること』などと使者を寄越してまで彼を呼びつけたのである。
 ――まったく、どこのコカイン中毒の探偵だ。
「用があるのは俺ではない。彼――の主家だろうな、恐らく」
そう言いながら堂賀准将は面白そうに視線で先に行くように促す。
「馬堂中佐、待っていたぞ」
そして俺が馬車に乗り込むと目つきの鋭い中年の先客が声をかけてきた。
「あ、おに――荻名教官殿。お久しぶりです。」

「おい、貴様今何を言いかけた。」
 幼年学校時代の鬼教官がじっとりとした目で睨む。
「気のせいですよ、荻名中佐殿」
荻名中佐――五将家の一角である西原家の陪臣格の家主である。
十年前に数年ほど幼年学校の(鬼)教官を務めた後は順調に出世を続け、
現在は軍監本部戦務課において兵站課との調整を行う運用企画班長を勤める程の才覚を示し、西原の陪臣格の中でも切れ者で通っている。
「まったく、貴様は、相変わらずというべきか――」
 荻名中佐が溜息をつく。
「それで如何して堂賀閣下を介してまで私を?」

 ――階級が並んでもとても同格とは思えないな、教官の方が先任だし当たり前なのだが。

「あぁ、貴様に似て陰険で腹黒い上官を通してまで貴様を呼びつけたのには理由がある。
准将閣下の壁に耳を擦りつける連中を追い払う手腕は確かだからな――方針が一致すれば親交を深める会の斡旋を頼むには最適の御方だ」
そう言いながら荻名も席を詰める。
「それ程の話を持っていると」
 情報将校の目つきでかつての師に視線を向ける、
「若殿が堂賀准将に会うついでに貴様に会いたいと言っている」
無意識に息を飲む。
「――成程、西原大佐殿が。確かにそれは大層興味深いお話ですね。」
 十年前、体調を崩していた父、西原信英公の代わりに当時二十八才の中佐が駒州篤胤と安東の先代の二人と組み宮野木和麿大将の肩書きに退役の二文字を付け加えた。
それ以来、西州公爵家の政務をこなしているのに目立つ噂がない(・・・・・・・・)と云う恐るべき辣腕の謀略家である西原信置大佐。現在では軍務に対して不熱心であるとしか聞かない。
だが防諜室――否、この堂賀准将とも関わりがあり、異様に耳が早い。
「問題は、西州御家の話なのか、若頭領個人の話なのかですね。」

「さてな、一介の陪臣には分からんな」
そういって意地悪く笑う。
 ――もうやだ、この教官。
「だが、貴様も分かっているだろうが、その二つはほぼ同義だ。大殿様は大抵の事は若殿にお任せになっていらっしゃるからな」

「ほぼ同義と同義は全く違うのですが・・・・・・」
身をもって父に教えられた事だ。

「聞く相手が間違っているということだ。まぁ、前の時の様に俺に付いていくとでも思っておけ」
馬車に乗り込みながら苦笑を浮かべた馬車の持ち主が会話に割り込んできた。

「あぁ、また龍州に出向ですしね。今度は聯隊のおまけ付きですが」
厭な事まで似ているな。

「ん?やはり貴様も龍州行きか。」
荻名中佐が反応した。

「そうなるでしょうね。まだ正式には決まってはいませんが、どうも連隊を任せていただける様で」

「名目上は臨時配置でその後に大佐殿、か?
貴様も苦労に見合った信賞を、とは言えないか。若殿に目をつけられたのだからな。」
 にたにたと愛弟子(?)の苦境にかつての鬼教官は声をあげて笑った。
 ――却説、あの悪党中年は一体何を企んでいる?西原は総反攻が潰された後は日和見に徹している。守原は宮野木と結び反駒城勢力を結成、安東を取り込みつつある。
それに対して駒城は北領で武勲を自家の陪臣と育預が立てた事。皇家の有力者である実仁親王殿下と協力して奏上の場で大芝居をうったという公然の秘密。そして守原が北領を失った今、五将家の中では随一の経済力を武器に衆民・叛徒出身の将校や水軍、近衛と協調関係を結ぶことで発言力の拡大を狙っている。
 ――どうせ西州は勝った方にドヤ顔で肩を組んでいるのだろう。あの家は歴史を見るとそうした紳士的な外交に長けているのだ――とまぁ、〈皇国〉は今日も元気に魑魅魍魎が跳梁跋扈しているのであるがその中でも西原家から見ると取り分け厄介な魍魎爺が跳ね回っている。

「背州公――宮野木和麿は相変わらずの様子らしいですね」
 馬堂中佐の独り言風の問いかけに堂賀准将が微笑して頷いた。
「駒城も西原も目の敵だ、安東も先代が長生きしなくて良かった、と思っているかもしれんな。」
 宮野木和麿退役大将は自分を表舞台から追いやった駒城篤胤大将と信置大佐を憎悪している。彼等が勝利し、守原と共に実権を握った後に西原家を歓迎するとは思えない。
「守原閣下も宮野木の御老公の方がお好みらしくてな。都合の良い時には我らの主家も盟友扱いしていただけるのだが近頃はそうではないようだ」
 荻名中佐の惚けた言葉に堂賀准将が声を殺さずに笑い出した。
「かつて己の故郷に住まう親しき隣人に敵わないのは仕方無いでしょう」
馬堂中佐もそういって肩を竦める。
 ――我ながら適当な減らず口だ。
 実際のところ、守原英康も西原に利益を配分するよりは元々自家の領土であった背州を本拠地にしている宮野木が強まる方がましだと考えているのだろう。
もちろん宮野木も守原も互いを信頼などしているはずもないがそれでも守原は宮野木の方が西原よりも御しやすいと考える筈だ。何しろ背州鎮台の内にも守原陪臣が要職に在任している、何方が主導権を握れるのかは明らかだろう。

「辺境の強者より近くの弱者、か。守原英康大将閣下は我々すらも辺境の蛮族あつかいしている圧倒的な強者が攻め込む準備を整えている事を忘れているのだろうか」
荻名も鼻を鳴らしている。

 西原家の実力は宮野木よりも高い。古くから西領の実権を握っているだけあり、
駒城≧守原>西原>>他の二家
と、五将家間に出来た実力の序列はこの太平の二十五年間にほぼ確立している。
 これは広大な東州の復興の為に家産が破綻しかけていた安東を除けば概ね己の領土に抱える鎮台の規模に比例している。駒城が政治的に失脚したら守原家が実力が伯仲する二家を〈帝国〉軍の矢面に送り出すだろう。

「あまりに素早く逃げ――転進なさりましたからね。〈帝国〉兵は碌に見ていないから気がついていないかもしれませんな」
軽口を叩きながらも馬堂中佐は守原の構想について思考する。

 ――守原英康の行動指針はなんだ?既に北領の奪還は不可能だ。であるからには奴は何を望む?負担の軽減だけか?それとも護州公爵家が財政破綻で失脚などという不名誉を避けるための早期講和?

 否、と豊久は首を振る。

 ――だが負担の軽減はまだしも早期講和は〈帝国〉周辺国が動かない限り単独では不可能だ。で、あるからには可能な限り駒城が主導権を握り、絶望的な戦いを続けるしかない。
万が一駒城が消耗し、政治で敗北しても馬堂家が有力でいられる様に庇護者が必要だ。

「兎に角、今日は新任副官の頃みたいに閣下の後ろで黙っていますよ」
そう云って堂賀に苦笑を向けながら脳裏でさらに算盤を弾く。
 ――西原にとって対抗手段として駒城の存在が強力過ぎない程度に存在している事がもっとも都合が良い状態だ。だからこそ、何方にも表立って肩入れする様な事はしないだろう。
 ――故に西原が自勢力の確保の為に欲しているのは今現在駒城と友好関係でありながら、駒城からある程度距離をとる、或いはとる必要がある存在。そして軍中枢の情報を知りうる有力者 ――だから堂賀准将か、協力関係にある馬堂家も上手く運べば――。

「それでも構わんがね。分かっていると思うがお前も英雄扱い、要するに悪目立ちしている事には変わりない。
黙っていればやり過ごせるとは思うなよ」
 堂賀はかつての部下の言葉に肩をすくめて応じた。

「それに例の育預を使った奏上の件もある。若殿様は爆笑してたが――名誉である事には変わらんからな。
そうした件をを利用して貴様を担ごうとする連中も出てくるやもしらん。
それはただまとわりつかれるだけで面倒なものだ」
と荻名もまっとうな忠告を教え子に授ける。
 ――奏上は武官にとっては最大の栄誉だ、俺だって裏側を考えなかったら一度は夢見る。
それが大隊長代行の直衛がやらかした事で駒城内でも喧喧囂囂の騒ぎになった。確かに羨ましくはあるが、現状だと其処に俺が立っていたらどうなったか、考えただけでもぞっとする。
今の所は新城が悪目立ちしているからまだマシだが・・・・・・反新城派の神輿に乗せられる事になったら家の破滅だ。
「当事者になっていたら内地で名誉の戦死という笑えない状況も見えてきそうですがね」
「貴様ならそういうだろうと思っていた。本当に貴様は馬堂だ」

「お褒めいただき光栄です、教官殿」
頭が痛いとでもいうかのように蟀谷を揉む荻名に豊久は満面の笑みを向ける。
「まぁ、貴様は余計な事を云わなければ問題ないだろう。今回の貴様は俺のおまけのようなものだ。手札ではあってもまだ指し手ではない。」
「前線送りですからね。皇都の政務は御祖父様と父上にお任せするしかありません」
――今回は聞き、見て、言わざる、と行きますか。



同日 午後第五刻 皇都内 星湾茶寮内
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


 馬堂豊久は辛うじて貴族将校としての体面を保ちつつもその頬を冷や汗が流れるのを止める事はできなかった。
 ――なんの冗談だ、この卓に座っている面子は。
通された部屋に居る先客は三名だった。

「お久しぶりですな、閣下。それと中佐も二年ぶりといったところか」
相変わらず茫洋とした掴み所のない顔つきの西原信置大佐が座っている。
これは当たり前だが。

「ほう、彼があの馬堂の世継ぎか。」
 何故か、〈皇国〉執政利賀元正が居る。五将家のいずれにも属さない政治家で、<皇国>最大の信徒数を誇る帯念宗の実務を司っていたやり手の生臭坊主である。すでに還俗しているが、支持基盤としての帯念宗は宗教の政治力が弱い<皇国>でも無視できない支持基盤であり、将家内だけではなく、衆民院の有力議員にも彼の傘下にある者が何名も存在する。
執政府を内においても主要な閣僚は五将家出身者であり、利賀はむしろその意見を調整するために中立的な立場を買われて執政の座に就いたようなものである。そのため、利賀は政治家としての指導力ではなくもっぱらその政治的位置を重視されるのであるが、それだけで執政の地位を得られるわけもないと豊久は考えている。
 ――そして最後の一人は
「・・・・・・」
じとり、と荻名教官を横目で見るが
「――――――」
 俺は知らんとでも言いたそうに荻名も首をブルンブルンと振っている。
「おや、御二人も来ていましたか」
堂賀准将がにこやかに歓談しながら座る。最初から知っていたのか、それとも不意打ちを食らってこの笑みなのか。
――本当に大物だ。
ユーリア姫との舌戦を思い出し、改めて未熟さを思い知りながら最後の一人へと目を向ける。
「執政殿は公式には此処には居ない事になっている。今日は忍びだよ」
場違いな程若々しい声が響いた。
「こうして会うのは初めてだな、馬堂中佐。海良朱未、陸軍大佐だ」
 三十代前半の青年将校が手を挙げる。
 ――海良朱未、安東当主の義弟殿だ。安東家建て直しの功労者である安東夫人の弟であり、兵部省でも優秀な軍官僚だと評価されている。
「初めまして、海良大佐殿、馬堂豊久陸軍中佐です。父から大佐殿のお話はよく聞いております」
笑みが引きつらない様に注意しながら簡単な挨拶をする。明らかに安東家の利益代表者としてこの座に訪れたのだろう。
つまり、駒城、守原、宮野木を除いた二将家と執政府の長、そして陸軍情報将校の巨頭が密談を行うのである。一人だけ格が違いすぎ事を自覚し、脂汗が滲むのを自覚しながら馬堂中佐は席に着いた。
 ――本当に黙って座っていた方が良いな。出来れば目と耳も塞いで三猿でいたい気分だ。


 
 

 
後書き
外伝は来週末投稿が目標です。 
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