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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  六十三話 Link start

 翌日。ジョギングを終え、洗濯物を洗濯機にブチ込んだ涼人は未だに起きてこない和人と直葉を起こすため、二階へと上がる。しかし部屋には居る直前で、突然「うわっ!?」という和人の驚いた声が聞こえたので一気に扉を開けた。ちなみにこの時点まで、涼人は色々あって昨日の事をすっかり忘れて居た事を、此処に追記しておく。

「なんだぁ!?どうし……た?」
「あ゛…………」
 まぁ、当然と言えば当然なのだが、キリトは上体を起こして此方を見、固まっている。当然、その側には直葉がまだ寝て居る。
此処に来てようやく昨日の事を思い出した涼人は、右手を額に当てて深々と溜息を突く。それを見た和人の顔の焦りが増し、それを少し楽しむ。

「はぁ……そうだったな」
「いや……その……これは……」
「あぁ、安心しろ。別にお前が性欲持て余してついに妹を襲ったとか考えちゃいねぇから」
「持てあましてねぇ!つか、ついにって何だついにって……!」
 側に寝て居る人間が居るのでヒソヒソ声だが、全力だと分かる圧の入った声で和人は突っ込む。無言で涼人が爆笑すると、和人は案の定ぶすっとした顔で眼を逸らし、不意に、あどけない顔で眠る直葉を見ると、ふっと笑った。

「……励まされた、か?」
「あぁ……『好きになった人の事、簡単にあきらめたらだめだよ』ってさ。今更言われちゃったよ」
「っは。成程、今更だ」
「はは……」
 苦笑する和人だが、その顔には何処か、ふっきれた様な光があった。

「なぁ、りょう兄」
「ん?」
 俯き気味に直葉を見つめ、下げていた目線を和人はすっと上げる。それは昨日とは全く違う、何かを決意した光が宿っているのを見て涼人は久々に、何処か満される感覚を味わった。

「俺は……アスナを……」
「『絶対に見つけだす』だろ?好きにしろ。まぁ、俺も俺が納得するまで、お前に付き合ってやるつもりだから、そこは了解しとけな」
「……ありがとう」
「なぁに、俺もあいつがどうなったかは気になるからな。気にすんな」
 涼人がからからと笑い。それに影響されるように和人も自然と笑顔がこぼれる。そんな中、五月蠅さで気付いたのか、直葉がむにゃむにゃと言いながら起き上った。

「お、起きたな」
「おはようスグ。あ、早くしないと朝稽古の時間無くなるぞ?」
「ぅ……にゅう……う~ん……あ、おはよ。お兄ちゃん……」
 涼人が気付き、和人が声をかける。直葉はまだボーッとした様子で暫く首を左右にコテンッコテンッと揺らしながら和人の顔を眺めていたが、やがて何かをおかしく思ったのか部屋を左右に見渡し始める。右、左、右……
前にもこんな事があったような?と涼人はデジャヴを感じ取る。確かあれは……思い出しきる前に、直葉が全てを理解した。

「あっ、あのっ、あたしっ」
 カアァァァッ!とあっという間に茹でた蛸の様に真っ赤になった直葉はしばらく放心したようにベットの上で硬直していた物の……いきなりベットから飛び降り、逃げるように部屋の出口に駆けだした。

そしてこの時、ある三つの“不幸”が重なる。
一つ、涼人が部屋の唯一の出口である扉を塞ぐように立っていた事。
二つ、その涼人が直葉の突然の動きに対応し切れなかった事。
三つ、直葉が恥ずかしさの余り半ば顔を伏せ、前を良く見て居無かった事。
これらが重なった結果。

「ぬぉごぅ!?」「わきゃあ!!?」
 ドカン、コケッ、ガシャンである。ドアの所に立っていた涼人に直葉が頭から突っ込み、衝撃で涼人は上半身を廊下に投げ出すように仰向けに倒れ込み、その上に直葉が覆いかぶさるようにうつ伏せに倒れ込んだ。

「だ、大丈夫か!?」
「いづづ……馬鹿たれ、前くらい確認しろ……ったく、頭とか打ってねぇだろうな?」
 和人が慌てたように駆けより、悪態を突きつつも涼人は自分の胸の部分に頭を当てて倒れ込んでいる直葉を心配する。まぁ涼人の身体がクッションになっているためそこまで問題無いだろうとは思われたが。
と……

「……だ……だ……」
「……だ?」
 おかしなことに、涼人は気が付いた。直葉の身体が、小刻みにプルプルと震えて……?

「ダイジョーーーーーーブーーーーーー!!!!」
「うおっ!?」
 いきなり跳ね上げるように顔を上げた直葉に涼人はビビり、反射的に両腕で顔を庇おうとした物のそれより早く直葉が立ちあがり、ガチャバタァン!!と言う大音量を響かせながら自室へと飛び込んで行った。成程、大丈夫そうだ。

「あー、りょう兄、大丈夫か?」
「……多分な」

────

 その後、リョウが結局一人で朝食の白米と納豆、味噌汁を食べて居ると、いきなりドタドタとうるさい音を立てながら誰かが二階に下りて来た。リビングの扉が開く。

「りょう兄!風呂場にバスタオルちゃんとあるよな!?」
「何時もんとこに三枚入れといたぞ」
「サンキュ!」
 かなり焦った様子の和人が早口で聞いてきた質問に、手早く涼人が返すと和人は礼だけ言ってリビングの扉を閉じた。恐らくはシャワーだろう。

「やれやれ……」
 そう言いつつ、残っていた味噌汁を胃袋に収めると、涼人は立ち上がり冷蔵庫へと向かう。
 数分後、再び廊下を走る音が聞こえたと同時に、涼人はリビングの扉を開ける。丁度和人が靴を履き、外に出る所だった。

「カズ!」
「え、あ、りょう兄……」
 軽く拭いただけなのか、まだ和人の髪は生乾きだ。まぁ別にどうでも良いので必要な物だけを渡す。

「ほれっ!」
「え、わっ……と」
「朝飯だけでも持ってけ!」
「……サンキュ!」
 投げ渡したのは、ラップに包んだチーズマフィン(涼人作)二つと、ジュースパックだった。電車の待ち時間にでも食べれば上々だ。

「帰ったら、話す!」
「あぁ。行って来い!」
「行ってきます!」
 本当はまぁ……知っているのだが、それは和人が行くと言うまでは言わない事にしておく。ただ、行けとだけ告げ、和人はそれに大きな声で返すと扉を開いて飛び出して行った。

────

 昼になった。時刻は既に正午近くなっている。のだが……いつまでたっても直葉が降りてこない。

「お~い!スグさん飯ー!」
 上に向かって呼びかけるが返答なし。かれこれこれで六回目の呼びかけである。

「ったく……」
 仕方なく、涼人は階段を上がり始める。普段なら飯だと言えばすぐさま降りて来るのだが、まだ今朝の事を気にしているのだろうか?いや、状況的に寝ているのかもしれない。所詮は兄妹間の事なのだし、そこまで直葉が気にするとも思えない。
コンコン。と扉をノックし、部屋の中に呼びかける。

「スグ。飯。炒飯食わねぇなら全部食っちまうぞ~、返事くらいしろ!おいスグ~?」
 ……返答なし。しかし部屋の中から何やら物音が聞こえて来ているため、この部屋に居るのは間違いないはずだ。

「ス~グ~?おい、開けるぞ~?」
 どうにも様子がおかしいので、仕方なく涼人は扉を開ける。プライバシー?何だそれは。

バタバタバタバタ……ピタッ……バタバタバタバタ……ピタッ……バタバタバタバタ……ピタッ……バタバタバタバタ……ピタッ……バタバタバタバタ……

「……何の返答もしないから何かと思ったら……ベットの上で何やってんの、お前は」
「ぴゃぁーーーーーーーーー!!!」
 呆れた声で涼人が呼びかけるとようやく直葉は真っ赤になった顔を跳ね上げた。
前にもこんな事が有ったよな……とか思いつつ涼人は腕を組んで溜息を突く。あれはシリカの時だったか。あの時のシリカは布団に顔を押しつけて何やらギャーギャーと叫んでいたが、直葉の場合はベットの上でうつ伏せになり、何故か数秒置きに手足をバタバタさせては数秒後にピタリと止めると言う異常な行動を繰り返していた。訳が分からない。
取りあえず声をかける。

「な、ななな、なんで居るの!?て言うか何勝手に人の部屋のドア開けてるのよ!?鍵は!?」
「いや何度も呼んだからね。一階から此処に来るまでで間違いなく九回はお前の名前呼んだからね。しかも鍵とか掛って無かったからね」
「う~!と、とにかく出てよ!!」
「うわっと、押すな押すな」
 ベットから跳ね起きて来た直葉が、若干必死な様子で涼人の背中を押し、部屋の外に無理矢理押し出す。
もしもこの時、直葉が特徴的な行動をしていなければ、涼人の視界は直葉の部屋をより広く見渡し、ベットとは反対側の壁側に有る机の上に置かれた二重リング円冠型の機械に気付いた事だろう。
もしも彼にもっと部屋の中に居る時間を直葉が与えて居たなら、天井に張られた大空を一人の妖精が飛ぶという構図のポスターに涼人は気が付いた事だろう。
 幾つかの偶然が重なり、涼人は桐ヶ谷直葉に起こっていた幾つかの大きな変化に気付く機会を逃してしまった。他人の気付くべき大きな違いと言うのは案外、日常の些細な場面にこそ潜んでいたりするものであると言うが、今回が正にそのケースである事にも涼人は気付く事が出来なかった。

────

「ったく、何してたのか知らんがあの足バタバタはそんなに楽しかったのか?」
「違うってば!!ただ……ただ……何でもない!」
「なんやねんなお前」
 涼人の作ったマヨネーズ入り炒飯を運動部らしくガツガツ食べながら、直葉は涼人の問いに答える。何やら顔が赤いが、どうやら怒っているのと恥ずかしいの両方のようだ。

「あーもうっ!ごちそうさま!」
「はい、お粗末さん」
 食べ終わった直葉が、食器をキッチンに持っていき、軽く洗ってかごにブチ込む。
帰りに冷蔵庫の中から紙パックのオレンジジュースを出し、ダイニングテーブルの上の籠の中に入れてあった今朝和人に渡したチーズマフィンを取って、口にくわえたまま竹刀を持って縁側へと向かって行く。

「太るぞ」
「うんろうふるはらはいしょぶ」(運動するから大丈夫)
「ったく……」
 そのまま無言で正面を向き、涼人も炒飯をかき込んでいく。
途中縁側の方で、何やら直葉と和人が話しているのが見えたが取りあえず食べる事に集中した。美味かった。
食器を洗い終わった頃、和人がリビングに入って来た。

「兄貴……話が有るんだけど」
「行く気か?」
「え、何で知って……」
「ソフトも買ったぞ?っま、善は急げってな?」
「いや意味分かんないんだけど……まぁ、分かってるなら話は早い。か」
 呆れたように溜息を突く和人だったが、再び表情を引き締める。

「俺は、アスナを探しに行こうと思ってる」
「だろうな。んじゃさっさと行くぞ」
「……あぁ!」
 そう言って、涼人は手を拭き、二階へ続く階段がある廊下へ向かおうとする。和人もそれに続くが、階段の途中で不意に和人が立ち止まった。

「あ、そうだ言って無かった」
「どした?」
 訝しげに眉をひそめて振り向いた涼人と眼を合わせて、和人はニヤリと不敵に笑う。

「またよろしくな。“兄貴”」
「……おうよ。“兄弟”」
 それが、アインクラッド最強の兄弟の復活の合図だった。

────

 自室に戻り、携帯を充電器に置いた後、机の上に置いてあった濃紺のヘルメット型機械を持ちあげる。

《ナーヴギア》
 涼人と和人を二年もの間別世界に縛り付けて居た機械であり、同時にその間あの世界への道を壊れることも無く支え続け、二年の時を共に過ごした愛機。
それを不思議な感慨と共に被り、顎の下でハーネスを固定。シールドを下げ、ベットに寝転んで眼を閉じる。

『へへ……』
 涼人は自分の心臓が何時もよりテンポを上げているのが分かった。
しかしその原因は不安よりも期待。これから向かうまだ見ぬ世界への期待がリョウの心の中で湧き上がり、柄に無く自分がワクワクしている事が涼人には良く分かった。
そして、ナーヴギア、アミュスフィア。双方に共通する起動コードを放つ。

「リンク・スタート!」
 視界の中に有った瞼を突きぬけた光の感覚が、ぱっと消えさり、涼人は仮想世界へと飛び立った。

────

 視覚、聴覚、触覚などの感覚器チェックが終わり、涼人は暗闇の中をゆっくりと落下し始めた。
少しすると、足元に虹色のリングが見え始める。そしてそれをくぐると……

「っと。ついたか」
[アルヴヘイム・オンラインへようこそ!]
 そこは異世界だ。
 先ずは、ALOのアカウント登録画面だ。先ずは新規IDとパスワードを登録。何時も使っているIDとパスを入れる。
次はHN。恐らくSAOの連中はいないだろうし、今から考えるのも面倒なので《ryoko》と入れる。それに、スタート地点は自分の種族の領地内に有る首都らしいから、こっちの方が分かり易くて良いだろう。
ちなみにこのALO。パッケージ購入型なおかげか、一ヶ月は無料プレイ期間らしい。

 そして最後は……キャラクター作成だった。と言っても、種族を選ぶだけで容姿は自動だそうだが。
種族は九つある。風妖精シルフ。火妖精サラマンダー。水妖精ウンディーネ。土妖精ノーム。猫妖精ケットシー。影妖精スプリガン。鍛冶妖精レプラコーン。そして、音楽妖精プーカ。
 それぞれ種族ごとに容姿の特徴は出るが、結局は細かい容姿はランダムなので、あくまで選ぶ基準は好みの様だ。取りあえずリョウは、攻撃力の高さが自慢だと言うサラマンダ―にする事にした。
サラマンダ―のボタンを押し、確認にYESを押そうと……

「ん……」
 した所でふと、思い出す事があった。
あの22層の家で、或いは1層の教会で、彼女と歌い、演奏した事……

「好み……ね」
 確認にNOを押し、別の種族を選択して今度こそ、YESのボタンをクリックした。
種族は……《音楽妖精 プーカ》。

────

[全ての初期設定が、完了しました。それでは、貴方の幸運を祈ります]
「ど~も」
 律儀に返したリョウが光の渦に包まれる。床の感覚が無くなり、身体が落下し始める。落下先に有るのは赤と白の大きなテントと、カラフルな色どりに包まれたまるでサーカス団の様な色彩の町。其処へ向かってリョウの身体は一直線に……

──直後、世界がひび割れた──

「あン!?」
 いきなり周囲の映像が乱れ、モザイクとノイズに周囲が埋め尽くされる。

「ちょ……おいおい……」
 そして世界が一瞬溶けるように崩れ落ち、直後に周囲のモザイクが無くなった……次の瞬間……

「うおおおぉぉぉ!?」
 突然急速に体が落下し始めたではないか!
何もない暗闇の中を、只々……しかし明らかに仮想の重力に従っていると分かる感覚で一気に落下して行く。止まれない!

「ちょっ……とまてこらぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
 ゲーム開始早々、いきなりGMを呼び出したくなったリョウだった。

────

「うおおおおおおおお!?」
 物理法則に従って頭を下にしながら落下して行く中、せめて前を向こうとリョウは必死に落ちる先を見続けた。その甲斐あってか……

「げっ!?」
 落ち行く先に小さく地面が見える。森だ!
本当はせめて水が良かったのだが、そんなに甘くないらしい。

「クソッ……たれぇ!!」
全身を一斉に動かし、空中で反動を付けて足を地面に向けるための努力をする。そして地面に対して足が平行になったかならないかと言う所で……

ドズンッッ!!
 と言う地面を揺るがしそうなすさまじい音と共に、リョウは地面に着地した。

「ぐおお……」
 分かってはいたが、それなりに衝撃来た。痛くは無いが、しびれの様な感覚が両足にジーンと響く。

「ったく……何なんだっての」
 周囲を見渡しながら、何とか着地のまま固まっていた身体を動かす。
どうやら、かなり深い森の中ようだ。周囲には深い草むらと、樹齢何年あるのか分かりゃしない様な非常に高い木が何本も立っている。
どうやら夜らしく、巨木の枝に生える木の葉の間からは星屑と軽く月灯りが見えて居た。
周囲からは虫たちの歌声や、梟の様な鳥の鳴き声が聞こえ、狼の遠吠えも遠くから聞こえる。空気には、草木の青々しい匂いが付き、全身を軽い風が洗う。

「ふぅ……ただいま……ってか?」
 それら全ての持つ現実以上の現実らしさが、リョウに自分が二年間の間暮らしていた世界に彼が戻って来た事を確かに告げて居た。
そんな感慨にふけっていると……

「フムグラファ!!」
 近くの草むらから、やたらと長いくぐもった悲鳴が聞こえた。
一体何なのだ。もしや実はアナウンスの言っていた事は全て嘘で、これがALO流の新米(ニュービー)に対する歓迎なのだろうか?
そんな事を思いつつ、声の下草むらの方へと向かうと……何やら黒い服を着たプレイヤーが地面に頭から刺さり、犬神家な事になっていた。

「……やれやれ」
 取りあえず突き出している足を掴んで、倒れる前に引き抜く。眼を回したように放心していたのは、黒髪ツンツン頭で黒を基調とした装備の少年だった。装備の特徴から察するに、スプリガンという種族だろう。

「あんた、名前は」
「……キリト」
どうやら、意外に早く合流できたらしい。

────

「で、ここどこだ?」
「俺に聞かれても……ってか、本当に兄貴か?」
「……そんな変か?」
「変っていうか……ギャップが……」
現在のリョウのアバターは、中々特徴的といえるであろう容姿をしているらしかった。
肌こそ褐色なものの、体には細いながらしっかりとした筋肉がつき、顔は少しばかり目つきの悪い目はしかし、暗いような明るいような……不思議な輝きを持つ碧眼だ。大体、二十代前半位に見える。何より特徴的なのは……その、燃えるような赤毛であった。なんというか……それのせいで初めはキリトが「サラマンダーにしたのか?」と言ってしまうほどに、リョウの頭には鮮やかな色の赤い髪の毛が有った。
まぁ全体的に見ればそれなりに男前……というのがキリトの第一印象だ。


「まぁ、よっぽど変なのじゃなきゃよかったし、男前なら上々ってとこだな」
「兄貴はリアルラック高いもんなぁ……」
リョウの軽口に、苦笑で返す……が、それはすぐさま真剣な表情へと変わった。

「なぁ兄貴……?兄貴ログインするとき……変な事起きなかったか?」
「起こった」
「…………」
出来れば外れてほしい。といった様子で話すキリトに、リョウは容赦なく返答した。
更に質問が続く。

「……一応聞くけど、システムメニュー見たよな?」
「……まだだ」
またしても、キリトの質問を即座にリョウは否定する。
やがて、キリトがオイルをさし忘れた機械人形のように動き鈍くこちらを向く。

「ま、まさか……な?」
「……そう祈ろう」
「確信してくれよ……」
そう言いながらキリトが自身のメニューウィンドウを開き、可視化する。
それを覗き込むと……

「あったな……」
「あぁ……」
そのウィンドウの隅には確かに[log out]のボタンが表示されていた。
試しにキリトがクリックすると、何やらlogoutにはどうたらこうたらという警告文が表示され、了承するかどうかを確認する画面が現れた。
むろんYESは押さないが、少なくともSAOの二の舞にはなっていないらしい。
と……

「……おい、キリト?」
「ん?なんだよ?」
ほっとしたのか周囲を見渡し始めたキリトに、ウィンドウを見つめ続けていたリョウが声を掛ける。
その声は、戸惑いを含んでいるようで、キリトは訝しげに眉をひそめ、視線を上げる。リョウはウィンドウから目を逸らす事無く、言った。

「お前ってこのゲーム初めてだよな?」
「あぁ。勿論だけど……」
「……お前チート使ってね?」
「はぁ!?」
突然、かつかなり失礼な発言に、キリトは若干憤慨しながら振り向く。この世界に来てからまだ五分も経っていないのに、いきなり不正(チート)を疑われると言うのは流石に心外だ。対し、慌てたようにリョウは手を左右に振る。

「あぁ、悪かった悪かった!!いやその……でもこりゃあ……よ」
「だから何を……え?」
再びウィンドウを覗き込んだリョウに続くように、キリトはウィンドウを見て……絶句した。

「なんだこりゃ……」
「俺が聞きてぇよ……」
そこにあったのは、キリトのステータス一覧だった。
HPとMPはそれぞれ、400と80と言う初期の物であろう数値であるのに対して、その下のスキル欄が異常だったのだ。
本来なら始めたばかりなのだから全て空欄であるはずにも関わらず既に8つものスキルで欄は埋まっており、しかもどのスキルもかなり熟練度が高い。
900はおろか、中には1000まで達し、Master!の表示がついている物さえある。

「やっぱお前チート……」
「違う!絶対違う!多分……おそらく……きっと?」
「おーい、言葉尻疑問系になってんぞー」
「いや……流石にこれを見てると……ん?」
だんだんと返答の自信を無くすようにウィンドウとにらめっこしていたキリトが、不意に首を傾げた。不審に思い、リョウも三度ウィンドウを覗き込む。
片手剣1000。体術991。釣り643……やはり初期値としては異常な数値だとしか言いようが無い。と言うか……これは……?

「……お前じゃん」
「あ、あぁ……俺のデータだ……」
其処にあったのは、SAOにおける《キリト》の最終的なスキル値その物だった。

「……」
「兄貴?」
まさかと思い、リョウも自分のウィンドウを開いてみると……
 両手槍489、薙刀1000、体術560、武器防御1000、戦闘回復1000、隠蔽953、策敵867、聞き耳1000、音楽1000……

「……兄貴、どうだ?」
「お前と同じっぽいな……しっかし初見でこれとか、他人から2周目のデータもらって始めるようなきぶんだわ」
「ははは。言えてる。でもじゃあやっぱり此処は……」
「分からんが……少なくともSAOと無関係って事はねぇだろ。寧ろキャラが強いのもその確認が取れたのも好都合……今の所デメリットはねぇし、ラッキーってとこだな」
実際の所を言うと、人間のGMに見つかればプレイ時間と釣り合わない事から(偶然とはいえ)チートがバレ、一発でアカウント抹消(BAN)喰らうだろうから其処だけは気がかりなのだが、そんな事は言わずともキリトには分かって居るだろうし、自重する。

「そういや、アイテムはどうなってんだろ?こっちも引き継ぎなのか?」
「っは、そりゃいい。もしそうなら世界樹も遠くねぇ……そんなに甘くないですかそうですか」
意気揚々と今度はアイテム欄を開き……今度はガクリと肩を落とすリョウ。アイテム欄は確かに埋まるには埋まっていた。居たのだが……残念ながらそこにあったのは文字化けした意味不明な文字の羅列だけで、使えそうなものは一つもなかった。
そんな中……

「あ、待てよ……もしかしたら……!」
突然、同じようにアイテム欄を見ていたキリトが俯いて小さくつぶやいた。間髪いれずに画面に目を戻し、高速でアイテム欄をスクロールしていく……

「あってくれ……頼む……」
「おいおい、何を必死に……「あ……」あン?……あぁ」
かろうじて内容が分かる程度のスピードでスクロールされていた文字の羅列の中に、埋もれるようにして唯一形を保っているアイテムが有った。キリトの行動の意図が分からなかったリョウも、そのアイテムを見た途端に納得したように小さくつぶやく。
そこにあったのは、類敵方の、驚くほどに透き通った無色透明のクリスタル。しかしそれは唯の結晶型アイテムなどでは無い。まるで生きているかのように……否。それが確かに生きている事を示す中心の白い光が、でトクン、トクンと一定のリズムを持って躍動する事でそれを主張している。その名称は、《MHCP001》。
アイテムタブをクリックして、ウィンドウ上に出現させたそれを、キリトは掬いあげるように両の掌で包み込む。
そうして数秒、期待と不安、祈りと願望の光が入り混じった眼でそれを見つめた後、人差し指の先でそのクリスタルを二度トトンッ……と叩く。アイテムの、効力発現の合図だ。
そしてその瞬間……純白の光がキリトとリョウの目の前で──爆発するように輝いた。

「あっ……!?」
「うおっ!?」
キリトの掌の上で光り輝いていたクリスタルが、徐々にキリトの掌を離れていく……地上2メートル程度の場所で静止したそれは、その輝きを更に増していく。やがて草の一本、木の枝の先にある木の実すらも見て取れるほどの光がその場を包んだ頃になって、その光の中心に一つの影が見え始める。それはみるみるうちに形を変え、一つの人影となっていく……
長い黒髪が腰のあたりまで伸び、服装は純白のワンピース。手足は白く透き通った綺麗な色の肌をしていて、今は瞼を閉じているが、それでも十分に美しいと分かる容姿をした十歳くらいの少女……
光の中に生まれ、それ自体を纏うかのように地面にゆっくりと降り立った少女に、リョウは矢張り以前と同じ印象を抱いた。すなわち──妖精。と。

降り立った少女の瞼がゆっくりと開き、その深い黒をした瞳が、真正面からリョウとキリトを見つめる。と……すぐに、その顔がまるで天使のような微笑みを浮かべた。血縁的な力はないはずなのだが、その顔はどことなく、彼女が母と呼ぶ少女の笑顔をリョウの中で連想させた。

「おはよう……ユイ」
言いつつ、キリトははっとしたように自分の容姿を見る。今のキリトの容姿は、黒い服装、髪はそのままであるものの、髪はSAO時代とは違いツンツンと逆立ったような妙な髪形をしているし、顔の造作も声すらあのころとはだいぶ違う。はたしてユイに自分がキリトであると認識できるかが心配になったのだろう。が、それはおそらく杞憂であるはずだ。ユイは基本的に、相手の事をデータやコードで認識できるはずであり、たとえ容姿が違うとしても、それに惑わされる心配はない。それが証拠に……

「おはようございます。パパ……叔父さん」
ユイは泣き笑いしながら、キリトの胸へと飛び込んだ。

────

「しっかしこりゃどういうこった?」
「あぁ……本当に此処はSAOの中なのかな……?」
ユイがキリトの膝の上で嬉しそうに微笑んでいるのを見ながら呟いたリョウに、キリトも眉をひそめて返す。
と、唯一この場で事情を知らないユイが、怪訝そうな顔で首をかしげるのを見て、キリトがあわてて説明を始めた。SAOの終わりと、ALOについて、何故か自分のデータがこの世界に存在する事。アスナの事については上手く言葉にならないようで、途中で言葉を濁してしまったが……
それを聴いて、ユイはどこか耳を澄ませるように眼をつむり……やがて開いた。

「ここは──この世界はソードアート・オンラインのサーバーのコピーだと思われます」
「コピーだぁ?ってことは何か、コアプログラムの基幹部分とかは……」
「はい。同一です。グラフィック形式等も同一のものがつかわれていますね……私がこの姿で存在で来てる事からも、それは確認できます」
「成程な……道理でSAOにグラフィックが迫るだの何だの騒がれるわけだ……ゲームコンポーネントだけを書き換えてやがんのか……」
ようは、SAOのコピーシステム上で動いているゲームこそが、このALOなのだ。

「つーことは、俺たちのデータもSAO時代の奴その物ってわけか」
ユイはまた少しの間眼を閉じる。おそらくリョウの言った事を確認しているのだろう。

「はい。システムデータはほぼ同一ですし、おそらくセーブデータのフォーマットが同じだったために、スキル値等を上書きしてしまったんだと思います。HPMPに関しては形式がSAOとは違うため初期化されて、アイテムデータは……破損してしまっていますね。このままだとエラー検出のプログラムに引っかかると思います。破棄した方がいいかと」
「あぁ……」
「おう」
言うが早いが、リョウとキリトは意味不明な文字群の削除を始めるしかし……

「ん……」
唐突に、りょうが呟きとともに手を止めた。

「どうした?兄貴」
「叔父さん?」
「あー、いや。何でもねぇよ」
それだけ言って、作業を再開するリョウ。キリトとユイは一度首を傾げた物の、特に問う理由もないため作業を続けた。
綺麗にアイテム欄を整理すると、残ったのはかなり少なくなった。どうやらプーカの初期装備は、角笛のような形をした笛と、小さな護身用ナイフらしい。心もとないが……仕方ない。ユイ曰く、スキル値の方に関しては実際に人間のGMに見られない限りは大丈夫であろうという事だった。

「ところで……ユイはこの世界じゃどういう扱いになるんだ?」
「あぁ、そういやそうだな。人間のGMが居るっつーことはMHCPはお役御免だろ?」
「うぅ……言い方に悪意を感じます叔父さん……」
「はは。悪かった悪かった……その叔父さんと言うのどうにかならんかね?」
「?どうしてですか?叔父さんは私の生みの親である桐ケ谷博士の弟さんでパパのお義兄さんで……」
「わかった。俺が悪かった」
「……?」
少し落ち込んだリョウを、キリトが苦笑しながら見つめ、ユイは不思議そうに首をコテンッとかしげている。と……

「で、ユイ。どうなんだ?」
「あ、私は……この世界にもプレイヤーサポート用のAIが設定されてるみたいです。《ナビゲーション・ピクシー》と言う名称で、私はそこに分類されています」
「小妖精《ピクシー》っつう割には、でかくねぇか?」
「いえいえ……」
復活したリョウの問いに、ユイはよくぞ聞いてくれましたといった風に胸を張ると……ポンっと言う音とともに突然消えた。

「お、おい!?」
「ん……?キリト、膝だ膝」
「え……?」
「パパー、こっちですよー」
一瞬キリトはあわてたが、リョウはすぐにユイの消えた原因が分かった。キリトの膝の上に、掌サイズまで小さくなったユイが立っていたのである。
キリトも自分の膝を見て、眼を見開く。

「これが、ピクシーとしての姿です!」
えへん!と言いたそうな顔をして、ユイは腰に手を当てて平べったい胸を張る。小さな体の背中で、透明な翅がぴくぴくと動く。

「おぉ……」
「ははっ。なーるほどね」
キリトもリョウも簡単としたように声をあげ、キリトがユイの頬をつつくと、ユイは笑いながら空中にしゃらんっ。と浮き上がった。
それを見て、リョウがちょっとした期待とともに声を出す。

「……管理者権限はねぇのか?」
リョウが聴くと、ユイは申し訳なさそうに表情を沈ませる。

「すみません。接触したプレイヤーのデータを見たり、リファレンスや広域マップなどへのアクセスといくつかのスキルの行使程度ならできるんですが……」
「そうか。まぁ、いいだろ」
どうやらユイの管理者権限を当てにすることはできなさそうだ。まぁそれならそれで、自分たちで何とかすればいいだけの話だ。
その後、キリトがユイにアスナがこの世界に居るかもしれないという事。そのために、世界中へと行く必要がある事を告げ、ユイの権限で現在地等を確認していた時だった。ふと、キリトがこんな事を言ったのだ

「そういえば……ここでは飛べるって聴いたなぁ……」
「あぁ……ホントだ。はねがあらぁ」
見ると、キリトの背中には甲虫のような黒い羽根が。リョウの背中には朱色で、細く鋭利な形をした翅が四本生えていた。

「羽根で飛べるたぁ……結構皆夢見るよなこういうの」
「だな。ユイ。どうやるか分かるか?」
「えぇっと……補助コントローラーがあるようです」
その後、ユイに飛び方についてのレッスンを受ける。コントローラーを操作すると、リョウの背中で翅がびゅんびゅんと音を立て始め……

「おぉっ!浮いたぞ!」
「おぉぉ……」
二人で空へと上がり、今度は空中で話し始める。

「よっし。大体は分かった。このまま手近な街まで飛ぼうや」
「そうだな。基本的な情報もほしいところだし……ユイ、一番近くの町はどこだ?」
「西の方に、《スイルベーン》という街があります。そこが……あっ」
「どした?」
急にユイが顔を上げ、驚いたような顔を作った事で、リョウは首をかしげ聴く。

「プレイヤーが接近してきます。数は……三人が一人を追っているようです」
「おぉ、戦闘中かな?見に行こうぜ」
「おいおい、初期装備だぜ俺たちゃ」
「なんとかなるなる」
「相変わらずパパはのんきですねぇ……」
キリトのワクワク顔に、リョウとユイは苦笑しながら、それでも反対する気配はない。
とりあえず、初期装備のナイフをリョウはアイテム欄から取り出した。数回振るが……

「俺は羽根でも振ってるんじゃなかろうかと思うわけだが」
「おれも短いし……軽い……」
「パパ、叔父さん、置いて行っちゃいますよ~?」
「おっと、待ってくれユイ」
「しゃあねぇか……お~い、おいてくなユイ坊~」
夜の闇の中を、小さな影に続いて、二つの人影が飛んで行った。


2024年1月20日
VRMMORPG《仮想現実多人数同時参加型ロールプレイングゲーム》
ALO《アルヴヘイム・オンライン》

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