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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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空白期(無印~A's)
  第二十三話 裏 前 (アルフ、デビット、なのは)




 アルフは、目の前の現状に困り果てていた。今日は、翔太が温泉旅行に出発した日だ。前日まで色々我侭を言いながら、半分瞳に涙を浮かべながら、翔太に旅行に行くなと訴えていたフェイト―――もとい、アリシアだったが、なんとか翔太がアリシアを納得させたはずだった。

 『はず』というのは、昨夜は確かに納得していたはずなのだが、今朝になるとまた再発していたからだ。布団からは出てきて、身だしなみも整えているのだが、まるで拗ねたように翔太の言葉に反応することはなかった。それでも気になるのか、翔太の視線を盗むようにちらっ、ちらっ、と翔太の様子を伺っていたが。

 その様子が、自分が拗ねていることで翔太の気を引こうとしている事が嫌でも分かってしまう仕草に思わず笑いがこみ上げてきたものだ。しかしながら、その仮面を被っていられたのは、翔太が家から出て行く直前までだったようだ。

 本当は気になるのに気にならない振りをしていたアリシアだったが、翔太が出発する直前に弾けるように玄関まで飛び出したアリシアは、別れを惜しむように翔太に手を振っていた。翔太の母親の影に隠れていたのはアリシアの最後の意地だろう。それさえも、アルフにとっては、可愛らしいと思える仕草に他ならなかった。

 翔太が出発した車が見えなくなるまで見送っていたアリシアだったが、やがて車が見えなくなった頃、翔太の両親に促されるように家に入った。それでも、アリシアの瞳が翔太の消えた方向を最後まで見ていたことをアルフはしっかり見ていた。

 翔太を見送った後、アリシアは翔太が本当にいなくなってしまったことに不貞腐れたようにソファーの上で膝を抱えながら、興味もないはずのテレビを見ている。アルフは、どこか寂しそうにも見える主を見守るようにアリシアが座るソファーの近くに座っていた。

 何をするわけではない。ただ、そこにいるだけ。

 ―――誰かが隣にいる。

 その事実がアリシアの寂しさを少しでも癒すことを願って。だが、それ以上のことはできない。それ以上、何ができるのかわからない。今、何を話しかけてもアリシアの耳には聞こえないだろう。アリシアと繋がっているラインがアリシアの言いようのない寂しさを感じるだけにアルフにはそれがはっきりと分かった。

 アリシアとアルフの間には、テレビから流れる乾いたような笑い声だけが響く。酷く居心地が悪い。しかし、主の寂しさを感じている以上、アルフにはこの場から逃げるという選択肢はなかった。居心地が悪かろうが、この場にいることは決定事項だ。

 そんな、二人に気づいたのだろうか。外で洗濯物を干していたはずの翔太の母親が空になった洗濯籠を持ったまま、アリシアに近づき、ゆっくりとアリシアの隣に座った。

「あらあら、寂しそうな顔して、どうしたの? アリシアちゃん」

 そして、包み込むように肩に手を回すと胸に抱き寄せる。もう片方の手ではアリシアの長い金髪を撫でていた。そんな翔太の母親の手が気持ちよかったのだろうか。日向ぼっこする猫のように目を細めた後、アリシアは独り言のようにポツリとつぶやいた。

「お兄ちゃんは、ちゃんと帰ってくるかな?」

 これはまた、異なことを聞くものだ、とアルフは思った。翔太にとってここは、帰って来るべき『家』であるはずだ。彼がこの家以外の何所に帰ってくるのだろうか。それは翔太の母親も同様のことを思ったのだろう。少しびっくりしたような顔をしていた。しかし、すぐにふっ、と優しい顔になると、優しく言い聞かせるような声でアリシアに言う。

「大丈夫よ。ショウちゃんはちゃんと帰ってくるわよ」

「ほんとう?」

 いつもなら、すぐに信じてしまうはずの翔太の母親の言葉。だが、初めてアリシアは、彼女の言葉を聞き返した。アルフは、それに驚いたものだが、翔太の母親はそれに動じることなく、笑顔で、ええ、と断じて、だって―――と続ける。

「この家には、私も、お父さんも、秋人も、アルフさんも、そして―――アリシアちゃんもいるんだもの。ショウちゃんが帰ってこないはずがないわ」

 その語りかけるような声は果たしてアリシアに届いたのだろうか。おそらく、届いたのだろう。うん、と小さく頷くのがアルフにも見えたから。それを確認した翔太の母親は、うん、と頷くとアリシアの頭を二、三回、ぽんぽんと優しく叩くと、だったら、と続けて口を開いた。

「アリシアちゃんが、そんな悲しい顔をしていたら、ショウちゃんも悲しくなるわ。ショウちゃんがいなくても楽しくいきましょう」

「うんっ!」

 泣いていた烏がなんとら、というヤツだろうか。アリシアの表情からは、悲壮に満ちた表情は鳴りを潜め、今は満面の笑みが浮かんでいた。やはり、母親は偉大だ、とアルフが思うのはおそらく間違っていないだろう。

「それにしても、アリシアちゃんはショウちゃんが大好きなのね」

「うんっ! だって、お兄ちゃんは私を受け入れてくれたもん。妹だって言ってくれたもん」

 そう、と受け止める翔太の母親の顔は愛おしいものを見るように優しい微笑だった。

 アルフは、アリシアの言葉にようやく、アリシアが翔太に懐いていたことに納得した。

 そうだ。そうだったのだ。アリシア―――フェイトは、すべてを否定された。母親だったプレシアによって。フェイトという存在を否定されたのだ。だからこそ、今のアリシアという仮面を被ったフェイトが生まれたのだが。それさえも、否定されたとき、最初にすべてを受け止めたのは、受け入れたのは確かに翔太だった。それは、一種の刷り込みのようなもの、というべきなのだろうか。アルフにはいまいち分からなかったが、喉の奥に刺さった小骨が取れたような気分だった。

「それじゃ、今から勉強して、ショウちゃんが帰ってきたら驚かせてましょうか」

「私、平仮名は全部書けるようになったよっ!」

「そう、なら、今度はカタカナね」

 そういいながら、翔太の母親はアリシアの手を引っ張って別の部屋へと消えていった。おそらく、最近勉強している読み書きの練習だろう。言葉は何とかなってもさすがに読み書きぐらいは練習しなければならない。本来なら面倒だと思うのだろうが、幸いにしてアリシアにとって学ぶということは苦痛ではないらしい。もっとも、翔太に褒められるというのも、嫌いではない要因だろうが。

「さて、あたしはなにするかね?」

 一方で、アルフはあまり勉強が好きではない。そんなことよりも、オオカミ形態になって日向ぼっこでもしたほうが時間的には有意義だと思っている。しかし、翔太の母親にはアリシアの相手をさせておきながら、自分が悠々と日向ぼっこしているというのは気が引ける。向こうがそう思っていないにしても、アルフは居候であることには代わりがないのだから。

「……アキの相手でもしてあげようかな」

 アルフたちが着てから歩けるようになっていた秋人は、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。好奇心は旺盛なようで、柵がついたベットから離れるとヨチヨチと歩き出すだのだから気が抜けない。翔太の母親はアリシアの相手をしている。ならば、秋人の相手を自分がするのは間違いではない。

 そんなことを考えながら、アルフは秋人のベットがある部屋へと足取り軽く向かうのだった。



  ◇  ◇  ◇



「しかし、翔太くんは相変わらず面白いな」

 真昼間から日本酒をお猪口で呷りながら、上機嫌な声で笑いながら夫であるデビットが言うことに梓・バニングスはゆっくり微笑んでいた。それは、梓も同意見だったからだ。

 おそらく、デビットが言っているのは先ほどのことだろう。

 渋る自分達に対して、一緒に行きたい愛娘であるアリサ。意見の違う二人の真っ向対決だった。ここで、巻き込まれた普通の小学生ならば、アリサの味方をするか、あるいは焦れて、アリサを連れて行ってくれるだろう、と見越していたのだ。それが、まさか、折衷案を作って提示してくるとは思わなかった。しかも、目線だけとはいえ、了承まで取ってくるとは。

 梓とデビットが翔太と出会っている回数というのは実はさほどあるわけではない。当然といえば、当然だ。家が近所というわけでもないし、翔太が英会話でアリサの家にお邪魔しているとはいえ、極めて常識人である翔太が日が暮れた後、長々と友人の家に、しかも、異性の家にいるわけがない。よって、出会ったとしても、偶然、梓が定時で帰れる時間や日取りが合わず、休日に遊びに来たとき程度だろうか。

 それでも、アリサの日頃の会話の中や、その少ない出会いの中で彼が非凡であることは分かっていたつもりだったが、ここまで根回しのような事ができるとは夢にも思わなかった。翔太の外見は小学生なのだから仕方ないだろう。そういえば、昨日は、必死に一緒にお風呂に入るのも嫌がっていたな、と思い出した。

 もしかしたら、一緒に入ったほうが面白かったかと思うと、昨日はアリサの方に味方したほうがよかったのではないか、と少しだけ後悔した。

「それに、サッカーの話ができるのがいい」

「ああ、そういえば、言ってたわね」

 会話の中で出てきたというよりも、あれは、アリサの愚痴ともいうべきだろうか。曰く、彼がサッカーの約束をしてしまい、一緒に帰る事ができなかった、という類の愚痴だ。そのときは、「あんまり束縛すると嫌われるわよ」と言いつけておいたが、アリサの性格からして、それを覚えているのは数日だと確信していたが。

 幸いだったのは、彼が、アリサの我侭というか、気が強い部分を受け流せる程度に大人だったということだろうか。一日、彼の様子を見ていたが、翔太はどうにもアリサを友人というよりも妹のような、年下の手のかかる子どもを見ているような、そんな態度を取っているようにも見える。体はアリサたちと同じようにも関わらず、どうしても彼が年上に見えてしまう事がある。人を見る目は経営者として鍛えてきたつもりだから気のせいではないだろうが。

「それにしても、すずかさんと翔太くんとアリサは友人に恵まれた」

「そうね」

 コクリとお猪口にもう一杯、注がれた日本酒をゆっくり口にしながら感慨深げにデビットが呟くのを梓も手元のお猪口にほんのり残っていた日本酒を一気に飲んだ後、デビットの呟きを肯定した。

 アリサの容姿は殆ど白人と言ってもいいぐらいだ。梓とデビットのダブルであるはずなのだが、目に見える容姿は白人のそれに近く、その事が子ども達に忌避感を感じさせるのだろう。幼稚園時代のアリサにはまったくといっていいほど友達がいなかった。逆にその容姿からいじめられるようなことが多く、泣いているアリサに梓が発破をかけたものだ。もっとも、それが原因であの気の強さが生まれているとするならば、もう少し考えるべきだっただろうか、と梓は今更ながらに思っている。

 それはともかく、小学生になってもアリサは大丈夫だろうか、と心配していたが、そんな心配の中でアリサに友人ができたことは喜ばしいことだった。

 月村すずかと蔵元翔太だ。

 アリサの口から友人と思われる彼らの名前が出てきたときは、思わずアリサを抱きしめてしまうほどの喜んだものだ。しかし、アリサの性格をよく知っている梓は彼らとの友情が簡単に壊れやしないか、と心配したものだが、二年以上も続いているところを見るとどうやら杞憂だったらしい。

 それは喜ばしいことだった。

 もっとも、昨日一日、付き合ってみて、彼らの性格を考えれば妥当ともいえたが。彼らの性格は温厚そのもの。アリサの激しい気性も受け入れられる、あるいは受け流せるのだから。

「ほら、梓も。せっかく翔太くんたちが作ってくれた時間だからな」

「ええ、そうね」

 そういいながら、徳利を傾けるデビットの酒を空になったお猪口で受ける。そう、デビットの言うとおりだ。翔太が作ってくれた時間は、夕方までとはいえ、短いのだから。この短い時間で英気を養うことにしよう。

 地元の銘酒を口にしながら梓は思った。

 ―――アリサたちは楽しんでるかしら?

 彼らが楽しんだ証拠は、梓が帰宅した後に気づいたアリサの胸元で揺れるアクセサリーが証明しているだろう。



  ◇  ◇  ◇



 ゴールデンウィークも残り三日となった休日、日課となっている早朝の魔法訓練を終えた高町なのはは、教科書と課題のノートを広げて机にかじりついていた。

 ゴールデンウィークの課題が丸々残っており、三日で終わらせなければならないのだ。本当なら、ゴールデンウィークの間に少しずつやればいいのだろうが、なのはのゴールデンウィークは、アースラで翔太と一緒に大部分をすごしているため、宿題をやる時間が、やる気がまったく湧かなかった。宿題よりも、翔太と一緒に何かをすることに注力を向けていたのだ。

 過去二回のゴールデンウィークは、友達もいないなのはにとって時間はたっぷりあるものであり、宿題は時間つぶしのいい材料にすぎなかった。だが、今年は、翔太がいる。なのはが心の底から望み、手に入れたたった一人だけの友達である翔太が。

 魔法に関する事件とはいえ、ほぼ一日中、一緒にいられる時間は至福の時間だった。その時間を与えてくれたことだけを考えれば、あの魔女に感謝してやってもいいかもしれない、と考える程度には。もっとも、彼女がやったことは決して許すことはないが。

 なのはが魔女と呼ぶプレシアが翔太にやったことを思い出すと今でも腹が立つ。怒りを解消するために何かを殴りたくなる。しかし、今はそれよりも、目の前に広げられた問題集のほうが優先だ。理数系の科目はまだいい。しかしながら、なのはにとって鬼門となるのは文系科目だ。特に国語は一生懸命に考えなければ分からない。考えても分からない問題があるほどだ。

 いつもなら、適当に考えたところでやめるのだが、今年ばかりはそういうわけにはいかなかった。なぜなら、なのはには目標があるからだ。来年、翔太と一緒のクラスになるという大きな目標が。そのためには、学年で三十番以内に入らなければならない。クラス分けの成績は、テストだけでは決まらない。宿題の提出状況などを鑑みられるのだ。そのため、たかが宿題といえども手を抜けない。

 問題が解けない苛立ちから目を逸らすように、なのはは机の隅に置かれた携帯電話に目を向ける。

 過去には、電源すら入れず、机の上におくだけという状況になっていた携帯電話も、今では、その役目を果たすべく、充電もされており、電源もしっかりと入っていた。過去のなのはからは考えられないが、翔太という友人ができたなのはからしてみれば、それは当然のことだ。

 なぜなら、その携帯電話はなのはと翔太を繋いでくれる機械なのだから。

 着信履歴やメールの受信履歴を見れば、そこには蔵元翔太の名前しか並んでいない。さらに言うと着信履歴や受信履歴に比べて発進履歴や送信履歴は驚くほど少ない。もっとも、相手がすべて蔵元翔太という点は変わらないが。

 基本的には電話は着信履歴が残っていた場合、メールは返信しかしていないのだから当たり前だ。

 なのはは未だに恐れている。もし、自分から電話して、そのタイミングが悪くて翔太に嫌われてしまったら? メールの文章で彼を怒らせてしまったら? そう考えるとなのはから電話やメールをするのを躊躇してしまうのだ。過去に何度か挑戦しようとしたが、そのたびに指が振るえ、結局断念してしまう。

 そして、それは本当の意味での友達になった今でも変わらない。いや、むしろその傾向は強くなったというべきだろう。なにせなのはからしてみれば、ようやく手に入れた本当の友達だ。自分の不手際で失いたくない。だからこそ、自分からは動かない。動けない。

 ―――私もショウくんみたいに『いい子』だったらなあ。

 度々思う。もしも、翔太のように何も間違わなければ、いい子で誰にも嫌われる事がなければ、なのはだって、自分から彼に電話する事だってできただろう。しかし、なのはにはできない。なのはは翔太ではないからだ。彼女にできることは彼のようになりたいという羨望の眼差しを向けることと自分からは間違えないように彼が近づいてきてくれるのを待つことだけだ。

 前は前者しかできなかったことを考えれば、大きな進歩だとなのはは思う。

 ―――ショウくん、今何してるかな?

 不意にそれがきになった。彼のことを考えていたからだろうか。あるいは、昨日のパーティー以来、彼の声を聞いていないからだろうか、姿を見ていないからだろうか。どれでもよかった。とにかく、今のなのはは翔太の事が気になって仕方なかった。

 今までなら、この感情を押し殺して、どうせ、できない、と投げやりになっていただろう。だが、今は違う。

「えへへ」

 やりかけていた宿題も放り出してなのはは、翔太の姿を見られることに期待して笑いながら一つの魔法を展開する。

 探索魔法(サーチャー)を改良して新しく作った魔法だ。サーチャーはなのはの意思で動かさなければならなかった。だからこそ、プレシアに攫われたとき、翔太の家以上に翔太の行方を追うことができなくなっていた。その反省を生かして作った新しい魔法は違う。ただ、翔太のみをターゲットとした魔法であり、翔太を追う様に作ってある。さしずめ、監視魔法(ウォッチャー)というべきだろうか。もっとも、なのはにとっては用途のみが大切であり、名前など決めていないが。

 なのはは、ウォッチャーが映し出す映像に翔太の笑顔が浮かび上がることを想像していた。ある意味で言えば、その想像は間違っていなかったのだが、ウォッチャーによって映し出された映像をなのはが受け入れるにはしばらく時間が必要だった。

「………え?」

 なのはがようやく色のない声を出せたのは、その映像を見てから数秒の時間を要した後だった。

 ウォッチャーが映し出した映像は、確かになのはが想像したとおりに笑顔で誰かと話している映像だった。そう、その程度の映像であれば、なのはがいつも見ていた映像を変わりない。しかし、その映像に映っていた誰かが問題だった。

 一人は、長い金髪を持つ親友を自称する女。もう一人は、長い黒髪を持つ吸血鬼だ。

 他の翔太の友人ならともかく、その二人だけは許せなかった。一人は、翔太の親友を偽る女だし、もう一人は翔太の血を吸い、傷つけたようなバケモノだ。そして、なにより許せないのは、彼女達がそんな事実を棚に上げて、楽しそうに笑っており、翔太も一緒に笑っていることだった。

 そこにいるのはなのはであるはずなのに。そこにいたいのはなのはなのに。それ以外の人物が居座っている事が、なのはの心にドロドロと黒いものを蓄積させていく。同時に、彼が笑っている場所に自分がいないことに怒りがこみ上げ、自分自身でイライラが募る。

 その苛立ちを、鬱憤をもてあますなのはを余所にウォッチャーに映し出される翔太たちは、車に乗ったままどこかへと運ばれていたが、やがて、車が止まる。どうやら彼らの目的地に着いたようだった。彼らが車で移動していることから、どうせ塾かどこかだろうと高をくくっていたなのはだったが、実際についた場所を見て、驚くこととなる。

 なぜなら、そこは、なのはもテレビでしか見たことないような高級旅館だったからだ。

「なっ!!」

 ウォッチャーを介しているとはいえ、それを初めて見たなのはは驚愕する。しかし、それは彼らの目的が旅館だったということではない。翔太と金髪の女とバケモノの目的が旅行だったという一点になのはは驚いていたのだ。そういえば、隣には見知らぬ大人がいる。彼らがこの旅行の保護者なのはなのはにも簡単に想像できた。

 楽しそうに荷物を下ろしながら金髪の女や黒髪の吸血鬼と話す様子をなのはは羨望の眼差しで見ていた。

 友達と一緒に旅行へ。その言葉は、一人だったなのはにしてみれば、夢のような言葉だ。

 どうして、自分があの場所にいない? どうして、あの場所にいるのがあの二人なのだ?

 羨ましい。妬ましい。悔しい。様々な感情が入り乱れる中、苛立ちとどす黒い何かで一杯になった心は、それ以上、その情景を見ることを拒否したため、ちっ! という舌打ちと共にウォッチャーからの映像をぶった切ると心の中にある燻るような苛立ちをぶつけるためにゴールデンウィークの課題へと向き合うのだった。



 さて、一夜明けてなのはは再びウォッチャーへと映像を繋いだ。金髪の女や黒髪の吸血鬼が楽しそうにしている映像を見るのは、あまり見たくないのだが、それよりも翔太の様子が気になるのだ。だから、彼女達をあまり視界に入れないように気をつけようと思いながら、なのはは懲りずにウォッチャーへと映像を繋ぐ。

 映像に映ったのは、黒染めの浴衣に身を包んだ翔太の姿だった。

 ―――かっこいいな……。

 聖祥大付属の制服姿の翔太もかっこいいとは思うが、見慣れない格好だからだろうか、それ以上に翔太がかっこよく見えてしまった。その様子を見られただけでも懲りずに映像を繋いだ甲斐があろうというものだ。もっとも、その後に出てきた金髪の女の浴衣姿と黒髪の吸血鬼の浴衣姿は蛇足もいいところだったが。

 その後は、温泉街なのだろうか、商店街のようなところに彼らは繰り出した。なのははできるだけ翔太のみを映す出すようにウォッチャーを調整し、彼が楽しそうに商店を回る映像を余すところなく楽しんでいた。彼が笑っている表情を見るだけでなのはの心は軽くなり、楽しくなる。昨日のささくれていた感情が嘘のようだ。

 ただし、時折、翔太のみを映すように調整しているにも関わらず、くっつくように体を寄せ、近づいている金髪の女や吸血鬼は邪魔というほかなかったが。しかし、それでも常に彼女達が入っていた昨日よりもましだった。

 もしも、彼がこのまま何事もなく商店を回るだけで終わっていたなら、なのはも翔太の笑顔を堪能する午後を過ごせただろう。だが、そうは問屋はおろさなかった。

 急に翔太たちが足を止めて、屈みこみ何かを覗き込んでいた。何を覗き込んでいるのだろう、となのはが気になって映し出してみるとそれは、シルバーアクセサリーといわれるものだ。今まで、そんなものに興味がなかったなのはは、一つも持っていない。

 ―――ショウくんはこういうのに興味があるのかな?

 もしも、彼がそういうものに興味があるのなら、なのはも一つぐらい買ってみてもいいと思った。もしかしたら、なのはが身に着けることで、翔太の興味が引けると思ったからだ。あるいは、彼に似合いそうなものをプレゼントするのもいいかもしれない。誕生日が過ぎていなければ、の話だが。

 しかし、話はそう簡単ではなかった。翔太が両隣に向かって微笑みながら何かを言っていた。その内容までは分からない。なぜなら、ウォッチャーは音声を送るようにできていないからだ。何を言ったんだろう? となのはが考えていると、翔太は不意に難しい顔になってシルバーアクセサリーを選んでいるように見えた。

 やがて、翔太が手にしたのは、月と太陽を模った二つのシルバーアクセサリーだ。それをお金を払って受け取ると、隣にいた二人の女の子に手渡していた。その場にいる翔太の知り合いの女の子は、あの金髪の女と黒髪の吸血鬼だけだ。

 なのはの頭がそれを理解した瞬間、一瞬で心の中を嫉妬心と苛立ちとなのはにも分からない感情が支配し、その苛立ちやその他もろもろの感情に従うように、なのはは振り上げた拳を一気に机へと叩き付けた。

 ドンッ!! と小学生の女の子が机を拳で叩いたにしては大きな音が鳴ってしまった。それもそうだろう。無意識のうちになのはの拳は魔力によって強化されていたのだから。だから、机が多少へこむほどの威力であろうとも彼女の拳にはなんら影響はなかった。

 しかし、机を叩いたにはしては大きな音が鳴りすぎた。

『なのは~、なんか大きな音がしたけど、どうかしたの?』

 ドアの向こうで姉の美由希が聞いていたのだろうか。コンコンというノックの後に彼女の言葉が聞こえてきた。しまった、と後悔しても遅い。しかし、この状況を知られるわけにはいかないなのははすぐさまいい子の高町なのはの仮面を被り、返事をする。

「ううん、少しこけちゃっただけ」

『大丈夫?』

「うん」

 それだけで、どうやら納得してくれたらしい。ドアの向こう側から姉の気配が遠ざかっていくのが分かった。その事実にほっとすると再び、ウォッチャーの映像へと目を移す。そこには翔太から渡されたシルバーアクセサリーを早速つけて、翔太に見せびらかしている金髪の女と慎ましく見せている黒髪の吸血鬼の姿があった。

 その光景を見ながらなのはは思う。

 どうして、彼女たちなのだろうか? と。どうして、自分ではないのだろうか? と。

 なのはにとって翔太は友人であるという事実だけで、何者にも変えがたい存在だ。もしも、彼一人とその他百人とどちらを選ぶか、といわれれば迷わず翔太を選ぶ。彼のためなら何でもしてあげたいと思うし、彼の願いならなんだって叶えてあげようと思う。彼が傍にいてくれるなら。そう、翔太はなのはにとって傍にいてくれるだけで、友達でいてくれるだけで十分な存在なのだ。

 だから、なのはからプレゼントを願うことは決してない。だが、それは翔太からのプレゼントが欲しくないという意味と等価であるという意味ではない。もしも、彼女達と同じように翔太からプレゼントを貰ったなら、それはきっとなのはにとって一生の宝物になるだろう。いや、そうするつもりだ。

 だから、なのはにとってそれほどの価値があるものを貰って、無邪気に喜んでいる彼女達が羨ましかった。それを当然と思っている彼女達が妬ましかった。

 それ以上、彼女達が浮かれている映像を見たくなくて、そんな彼女達を見て、微笑ましそうに笑っている翔太を見たくなくて、なのはは静かにウォッチャーからの映像を切った。そういえば、昨日もこんな感じでウォッチャーからの映像を切ったな、と思いながら。

 もしかしたら、彼女達はなのはを苛立たせる天才なのかもしれない、と思いながら、今も胸の中に燻り、ドロドロと蠢く黒いものを解消するためになのはは自らの愛機を手にとって外に出た。外で思いっきり魔法でもぶっ飛ばせば、少しはこの気持ちが晴れるだろうか、と思いながら。



「ショウくん寝ちゃった」

 ウォッチャーからの映像を見ながらなのはは呟く。

 魔法を思いっきりぶっ放すことで多少は気が晴れたなのはは、夜になって再び翔太の様子を伺っていた。確かに彼女達を見るとイラつくなのはだったが、逆に翔太が笑っているところを見ると心が安らぐのだ。できるだけ彼女達を視界に納めなければ、確かに翔太はなのはにとっての清涼剤になっていた。

 そんな彼も眠ってしまった。彼に釣られるようになのはもふぁ~、と大きく欠伸をする。

 高町なのはの就寝時間は意外にも早い。なぜなら、彼女は朝が早いからだ。彼女の早朝魔法訓練は欠かせない日課になっている。その分、夜が早いのは自然の摂理ともいえた。もっとも、今日はゴールデンウィークということもあって少しだけ遅い時間に寝ているが。

 しかし、翔太が寝てしまった以上、彼女が無理して起きている理由はない。既にお風呂に入って眠る準備が万端だったなのはは、ベットの中に入って部屋の電気を消す。元から無理して起きていたのが祟ったのか、ベットで横になるとすぐに眠気は襲ってきた。この分だとすぐに眠れそうだ。しかも、直前まで翔太の顔を見ていたのだから今日はいい夢が見れそうだった。

「おやすみ、ショウくん」

 ウォッチャーの中の翔太におやすみを言うとなのはの意識はすぐに夢の中へと誘われた。ウォッチャーの中に映し出された翔太と同じくすぅ、すぅという小さな寝息を立てて、寝てしまった。

 なのはがそれ以降の光景を見なかった事が幸か不幸か。それは空に浮かぶ月だけしか知らなかった。



 
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