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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  五十五話 出陣

「うっし……んじゃまぁ行くわ」
「……うん」
 朝食を食べ終え、立ち上がったリョウの今日の姿は完全武装そのものだった。
灰色で光の角度によって所々が緑色の輝きを放つ浴衣姿に、腰には縮めた冷裂。
何時もながらこれから戦場に赴く者としてその格好が異色であるのは確かだったが、同時に多大な戦闘力を秘めている事もまた事実だった。

 ヒースクリフから、第七十五層のフロアボス発見と言う此方がある意味望んでいた情報と、その攻略作戦への参加要請及び既にそのボスによる犠牲者が出ていると言う出来れば欲しくなかった情報がいっぺんに飛んできたのは、昨日の晩。
 丁度良くその場に居たキリト達と相談した結果、リョウは初めからそのつもりであった為、参加。
アスナとキリトも、犠牲者が出ている事が気にかかったのか、参加する事となった。

『ったく新婚さんは大人しくしてりゃ良いもんを……』
 文句の一つも言いたい所だったが、それらはあくまでキリト達が決めるべき事だ。自分が口を出すべきでない事は、リョウにも分かっていた。
そんなリョウを……

「ね、ねぇ……」
「あン?」
 サチが、小さな声で呼び止めた。

「…………」
「…………」
 最初の一言から何も言わないサチだったが、心配しているのが丸分かりだ。眼が「私は不安でいっぱいです!」と言っている。
だが……

「……ん……なんでも無い!」
「あぁ?……まぁ、いいけどよ……」
 サチは、それを言葉にはしなかった。
リョウにはそれが何故なのかは解らなかったが、サチが何も無いと言っているのだ。ならば聞かない。

「夕飯までには帰ってきてね?」
「へいへい。分かってますって……まぁ今日はたぶん、夕方には帰ってくっから。美味いもん頼むぜ?」
「勿論!……行ってらっしゃい」
「おう。……行って来ます」
 そんな何時もと何も変わらない言葉と共に、リョウは扉を開ける。
11月の冷たい風は、既に葉の落ちた森の中で吹くとよりその寒々しさを増すような感覚を受けるが、今はその風が身体をより引き締めてくれるようで悪くはなかった。

――――

 リョウが森の向こうに見えなくなるまで、サチはずっと玄関先に立っていた。
森の中を冷たい風が行き過ぎる。
その寒さに身を震わせながら、サチは小さく呟く。

「今日は……ポトフでも作ろうかな」

 信じて、ただ待つのだ。
そうすることくらいしか、自分は彼の為に出来る事を持たないのだから。

――――

「偵察隊が……全滅!?」

 第五十五層 グランザム KoB本部

 その会議室で、ヒースクリフを前にしてアスナが驚愕の声を上げた。否。あるいはそれは戦慄だったかもしれない。
それほどに、ヒースクリフの言葉は衝撃的だったのだ。

 ヒースクリフによると、七十五層のフィールドマッピングは二週間と言う時間を掛けたものの犠牲者無しで終わったらしい。
しかし、以前説明したクォーターポイントの特性もあって相当の苦戦が容易に予想できたボス戦に関しては、慎重に慎重を心掛けなければならないと言うのが攻略組全体としての共通認識だったため、KoB、DDAを中心とする攻略ギルドが合同偵察部隊を結成。20人と言う大人数をもって偵察を行った。結果……

 ボス部屋に突入した十人は、外部待機をしていた十人を残し、全滅した。

 十人が突入した瞬間、ボス部屋の扉が閉じて何をしても開かなくなったらしい。そのためボス自体の戦闘に置ける情報はゼロのままだ。
しかも脱出していない所を見るに、またしても結晶無効化空間である可能性が高い……

「いよいよ本格的なデスゲームになってきたわけだ……」
 そう言ったキリトの言葉には、リョウも心底頷きたかったが止めておく。

 外から助けが来ない以上、何か壁になろうが進むしかない。
そんなもの、とっくの昔に分かっていた事だし、どうこう言った所でどうにもならない。

 結局、その日の午後一時、三時間後に、第七十五層フロアボス攻略作戦は決行される事となった。

────

「後一時間か……」
 アルゲードのゲート門広場で、リョウは座り込んで考える。
ボス攻略と言う事もあり、取りあえず足りないアイテムがあってはいけないのでポーション類の買い足しに来たのだ。
一度はエギルの店に行ったのだが……

「定休日って……嘘付くなよ」
 店の前には、定休日と書かれた札が掛っていた。
まぁそれがそのままの意味では無く、エギルもボス戦に参加するゆえの建前だと言うのはリョウにも分かる(そもそもエギルの店に定休日は無い)

「まぁ他の店でも買えはすっから良いけどよ」
 結局、ポーション類は他の店で買ったため支障はない。
ボス戦……否、死闘開始まで後一時間。どう過ごしたものか……

「あぁ、そういや昼飯……」
 今日の昼ご飯は、サチが作ってくれた軽食のサンドウィッチだった。
渡された包みをオブジェクト化させ、リョウはパンっと両手を合わせる。

「いっただっきます」
 何か……肉だか魚だかが挟まれたサンドウィッチを食む。肉だ。スパイシーでピリッと辛く、それが更なる食欲をそそる。美味い。

『彼奴日に日に料理の腕上げてねぇか?』
 同居人としては嬉しい限りだが、リョウとしてもこれ以上サチに胃袋を握られると……

「って今更か」
 いずれにしたって今更サチの料理から離れられる訳が無い。考えたって無駄だ。

「ふぅ……」
 こうして座り込んでいると、この世界は何時まで続くのだろう。等と下らない事をついつい考えてしまう。
これまでで、丁度この世界に来てから二年がたつ。
早ければ来年の夏には自分は現実世界のベットの上だ。それまで、自分の命と、そして義弟の命を自分は守って行かねばならない。

『あとはサチと……アスナもだな……シリカとか、エギルとリズもか?』
 出来るのなら、親しい人間が死ぬ所などもう二度と見たくは無い。
それにしても……

『増えたな……』
 そう。随分と増えた。
SAO《ここ》に来た時は、たった一人だったはずなのだが……毎日どたばたやっている内に、随分と腕に抱えたものだ。

「っま、それもまた良し……だな」
 失いたく無い物は、手の届く範囲ならば多くて悪い事は無い。
無論、それが有る限り失うことへの覚悟は必要だろうが、それが出来ないならば人は何も腕の中に抱え込むことはできないのだろう。

『その覚悟が……あんときの俺にゃ無かっただけの話……か』
 そんな事を思いながらもう一口サンドウィッチを食んでみて……

「……ん!」
 それが今日のサチ渾身のサンドだった事を、リョウは随分後になってから知るのだった。

────

「よっと……」
 第七十五層主街区 コリニアのゲートには、既に攻略組の面々が姿を見せていた。
今日は三十三人程集まると言う話しだったはずだから、既に七割は居るだろう。
人の輪の中へと入ろうとすると、周りの殆どが此方を見ている事に気付く。
その眼に有るのは、好意的な期待、尊敬、信頼から……遠慮、打算的な期待、猜疑心、恐怖、憎悪まで様々だったが、取りあえず好意的な方にのみ目配せと礼を返して人混みの中に紛れる。

「リョウさん、相変わらずだね」
「おっ?」
 後ろから、ポンっと肩を叩かれ振り返ると、そこに居たのは笑う棺桶討伐戦の時にも共闘した男、蒼を基調とした重厚なフルプレートアーマーに身を包んだ重両手槍使いで、DDA……攻略組屈指の壁戦士《タンク》である、シュミットだった。

「シュミットさんこそ、相変わらず高校の馬上槍部みたいな重装備だな……重くねぇの?」
「先ずその印象について激しく突っ込みたいところだけど、やめておこうか。それと、重さに関してそれを振り回してるリョウさんには言われたくない」
「ははは……そりゃそうか。で、本題は?」
「ボスの攻撃に関してギルド内で不確定だけど情報がある」
「はいぃ?」
 見ると、シュミットさんは若干神妙な面持ちで此方を見ている。
どうでもいいがこの人、顔は良い。

「扉が閉まって直ぐにフレンドリストで生存確認をしたメンバーの話なんだが……」
「良い判断力してんなそのメンバー。大事にしろよ」
「分かってる。優秀な新人だ。っと、それは良いんだが……生存していたメンバーが死亡するまでに、時間が短すぎたと言う話なんだ……」
「時間がって……集中砲火でも受けたのか?」
「それは確認できなかったらしいが……一斉に複数だったらしいから、その可能性は低いと思う」
 話すほどに、シュミットの表情が暗さを増して行く。

「おいおい……範囲攻撃で、んなあっという間に殺れる攻撃があちらさんに有るってのか?」
「そう言う風に、大ギルド間じゃ噂になってる。あくまで噂だけど……注意はしておいてくれ」
「っち……心得た。あんた、死ぬなよ」
「あんたもな」
 それを最後に、リョウとシュミットは離れる。
お互い、アタッカーとタンクとして、互いの実力を認めていた。

「さてさて……」
 転移門の方に目をやると、キリトがアスナに何かを言われてぎこちない様子でギルド式の礼をとっていると言う奇妙な図が展開されていた。

「何してんだか……」
 言うのは、やめておこうと思う。もし不足が起これば、自分がフォローすれば良い。

「ボスじゃ無く人にビビりか?」
 そんな軽口をたたきながら、リョウはキリトの元へと走った。

────

 その後やって来たヒースクリフが、ボス部屋の直前まで高価な回廊《コリドー》結晶《クリスタル》を使ってくれたため、リョウ達攻略メンバーはボス部屋の前まで即座に転移する事が出来た。

 直ぐにメンバーが三々五々に散る中、リョウは一人、アイテムを懐に仕込みながら《聞き耳》のスキルを発動させる。
理由は……単純に柱の陰に隠れたキリトが弱気になっていないか確認したかったからだ。
だが……

「大丈夫だよ……」
 その役を、当然と言うべきかアスナが買って出ていた。

「キリト君は、私が守る」
「いや、そうじゃなくて」(そうじゃねぇって)
 恐らくキリトが最も不安になるとすればそこでは無い。
リョウが心の中でそう言おうとして、アスナが笑っている事に気が付いた。

「……だから、キリト君は私を守ってね?」
 正直な所、リョウはこの時、自分の中で少しキリトを侮っていた事を認めなければならないだろう。

 キリトは元来臆病な人間だ。単純な所“人の命を背負う”と言うのが苦手なのである。
ゲーム開始前から共に居るリョウは知っていたが、ゲーム開始時にクラインと別れてしまった事はそれを如実に表しているし、サチの件でそれは拍車がかかっていた。
そもそもキリトがソロと言うスタイルを選んだこと自体、効率云々以前にそれが前提に会った事は間違いないのだ。

 それを知っていた。だからこそ……

「あぁ……必ず」
 キリトのこの一言を聞いた時、リョウの瞳は一段と大きく見開かれた。

 その時、ヒースクリフから召集が掛る。

 プレイヤーたちが一斉にボス部屋の扉の前に並び、ヒースクリフの「では、行こうか」と言う声と共に緊張が高まる。
そんな中、キリトが前のクラインとエギルの肩を叩き、「死ぬなよ」と声を掛けて居るすぐ横に付いた。

「へっ、お前こそ」
「今日の戦利品でひと儲けするまでは死ぬつもりはないぜ」
「だろうな」
 ニヤリと笑ったリョウに、気が付いていなかったのだろうキリトは、「おやっ?」といったようすで横を向く。
そうして前を向いたままのリョウは……

「兄貴?」
「よく言った」
「…………!」
 嬉しそうに笑った。
それを見て、キリトの顔も驚愕の後、歓喜に染まる。

 周囲の者達と共に、双刀と長大な刃が抜き放たれる。

「後は……実行するだけだな?」
「分かってるさ……行くぜ?」
「へっ……おうよ!」

「──戦闘、開始!」
 ヒースクリフの声と共に、彼等は走り出した。


 
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