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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  四十話 二人

「砕ィ!!」
 突き出された蹴りが2つの首を持つ骸骨の肋骨を砕け散らせる。

足技 単発重攻撃スキル 車蹴り(くるまげり)

 左足を軸にして身体を前方に一回転。その勢いと遠心力を殺さないまま右足を蹴り出すと言う技で、まあ平たく言えば「ローリングソバット」と言う奴だ。
足技の中でも有数の威力を誇る上に、打撃攻撃に高い威力補正がかかる骨系モンスターが相手であったため、破壊力も倍増。
残り六割あった双頭の骸骨「ツヴァイ・デモンズ」はその身体とHPバーを消滅させた。

「ふぅ……」
 此処は第75層。その、迷宮区の間近となるフィールドの一角。
徐々に夕暮れへと空がオレンジ色に移り変わっていく時間帯。

「今日は此処までにすっか……」
 本日の攻略もそろそろ終わり。後数日もすれば、目の前にある迷宮区への到達者も現れ始めるだろう。
此処まで来たのだし内部に突入しても良いのだが、ソロだといきなり致命的な罠等に掛かったら助けとなる仲間も居ないため、完全未開拓の迷宮区に一人で入るのは少々怖い。
なによりも……

「やっぱ強えぇよな……」
 此処七十五層はアインクラッド全体、百層の丁度四分の三。俗に言う、「クォーター・ポイント」と言うやつなのだが、実を言うとこれまでのアインクラッドに置ける攻略の中で、こと「クォーター・ポイント」においては正直ロクな思い出が無い。

 二十五層、五十層とあった二つのポイントでは、全体的に雑魚モンスの平均ステータスが高くエリア攻略だけでも時間掛けるはめになるわ、二十五層の双頭巨人型ボス相手の時は相手のやたら高い攻撃力で軍の連中の部隊が壊滅しかけてそれ以降前線に出てこなくなるわ……一番ひどかった五十層の鉄製千手観音みたいなボスの時は、ボスのやっぱり異常な攻撃力で尻凄みして勝手に転移で離脱する奴が続出。
結局、援軍が来るまでの間ヒースのおっさんと俺の殆ど二人だけで前衛を支える羽目になり、死にかける眼に遭わされたのだ。
しかもそれで俺の名前なんか変に有名になるし。

「あー、嫌な事思い出しちまった……帰ろ」
 早く帰る分にはサチも文句は垂れないだろう。
心配なのか知らないが、サチは俺が事前に伝えておいた時刻よりも遅く帰って来ると、すぐ怒るのだ。

「アイツは俺の母親かっつー……の?」
 最後の方だけ発言が疑問形になってしまった。
と言うのも、俺の耳の中で最早完全に馴染みとなった、メッセージ受信のチャイムが鳴り響いたからである。ちなみに、最近そろそろ音楽を変えようかと迷っている。

「どれどれー?っとまたですか……」
 送られてきたメッセージの送り主はキリトだった。内容は……

From Kirito
Main 話が有るので、終わったらエギルの店まで来てくれないか。

「あいつ等最近俺呼び出すのが趣味になってねぇか?」
 思わず、そう独り言をつぶやく。
エギルの店へは元から向かうつもりではあったのだが……

────
アルゲード エギルの店。
 何時も通りの店に入り、何時も通り二階へ上が……ろうとした所で、不意にエギルからリョウへと声を掛けられた。

「事情は知ってんのか?」
「あぁ?何が?」
「いや……まぁいい早く行ってやれ」
「?」
 リョウは推察する。
事情……とは呼び出しの原因に関係が有るのだろうか?正直、いきなり呼び出されて来ただけなので勘でしか予想出来てはいない。


「ういっす」
 階段を上がり、部屋の中へと入る。中には何時も通り。揺り椅子に座ったキリトと、その肘掛けに座ったアスナがいた。

「リョウ」
「悪かったな。また呼び出して」
 キリトはばつの悪そうな顔をして苦笑する。
アスナも緊張こそしてはいない物の、少し決まりが悪そうに見えた。

「いやいや、別に良いさ。唯ここ最近まともに出来て無かった狩りを、またしても早めに切り上げる事になっただけだ」
 ソファに腰掛けつつもリョウは持ち前の意地悪精神を少々発動させて、そう嫌味を混ぜた愚痴をやる。ちなみに、元からもうやめるつもりではあったので、ちょっぴり嘘入りだ。と、キリトは頬を掻きながらまた一言、「すまん」とこぼした。

「まぁ、愚痴は後でたっぷり聴かせてやる……それで?今回は何だ?」
 前半の時点では「うへぇ」とか言いながら苦虫を噛み潰したような顔をしていたキリトだったものの、後半の一文を言われた途端に顔を引き締める。
同時に、アスナも顔を引き締め、二人とも立ち上がって背筋をぴんと伸ばす。
思わず釣られてリョウも立ち上がろうとしたが、キリトに制された。

 そして……

「えーと、コホン……報告する事が有ります」
「…………」
 何故か敬語になりつつ切り出したキリトに、リョウは少し茶々を入れたくなった物の、そこは押さえる。
この話が予想通りの内容なら、黙って聞いてやるが吉だと、彼の勘が告げていたから。

「俺とアスナは……」
 一言一言噛みしめるように、或いはその意味を確かめるように、キリトは言葉を紡ぐ。

「この度」
 そしてそれは。

「結婚する事となりました」
 ついに、リョウの前で現実の物となった。


「そうか……」
 半年以上前に、この二人の決闘を見てから、ずっと心のどこかで不確定な勘として予想していた事。
やがてアスナの側ではそれが夢となり、それを彼は出来る限りサポートして来た。

「うん……」
 それがいったい誰の為だったのかは、リョウ自身今でもよく分からない。
義弟に幸せと言う何かを掴んでほしかったのか、悪夢を見てうなされていた少女をどうにかしたかったのか……或いは自分の唯の娯楽と自己満足だったのか。
その答えは出ない。が、しかしリョウは一度大きく頷く。
少なくとも、自分のやっていた事は決して悪い結果をもたらした訳ではないと、そう自身言い聞かせるように。

 そしてリョウの口からゆっくりと紡ぎ出された(ことば)は……

「……おめでとう」
 リョウ自身すら驚くほど、暖かかった。

────

「結婚!?」
 サチの大声が、自宅の空間に少し反響しながら響く。
既に日も暮れ、アインクラッドも夜を迎えた午後七時ごろ。
私服に着替えて夕飯を食べるために食卓に付きながら、俺はサチに今日の出来事を告げた。

「声でかいっつの。耳痛くなる」
「ご、ごめん……でもキリトが結婚って……」
「あぁ。俺も此処まで来るかは微妙だと思ってたからな……」
「…………」
 サチは少し心配そうな顔をする。
俺とキリトの義兄弟設定破綻やギルド崩壊の件に関しては、俺達の中でもある程度の整理はついていた。とはいえ、此奴は此奴なりにキリトの事を心配していたのは俺も知っている。
だが……

「安心しとけ。嫁さんもキリトも、互いの事しっかり思い合ってる。それに嫁さんはキリトと肩並べて戦えるくらい強えぇんだぜ?もうあいつは……あいつ等は、自分で進んでいけるさ」
 そう、心配する必要はもう無い。
彼らは歩き出したのだ。彼ら自身の、この世界での新しい道を。

「うん……そうだね」
 ようやく、サチも安堵したような頬笑みを浮かべる。
此奴自身、心配しながらも俺と同じくキリトが前へ進めるように強く願っていた一人だ。キリトの結婚は、きっと俺達のあの事件にとっても大きな一つの区切りなのだろう……

────

「ねぇ、リョウ……?」
「んー?」
 夕飯も終わり、居間でのんびりと新聞(アインクラッドの情報ギルド等が発行。各アイテムや階層の攻略情報の纏めや、探し物、探し人、伝言掲示板などが集まっており、いくつか種類が有る。平均価格500コル)を読むリョウに、サチは縫物をしながら小さく声をかける。

 この裁縫のスキルはサチの趣味の一つで、既にマスターしている。
リョウがいつも着用してい浴衣の様な鎧服は、サチがリョウの取って来た《メタリカ・レオンの皮》という、上層階モンスターの非常に加工が難しい素材から作った物で、耐久値、隠蔽、軽さ、動きやすさに非常に優れ、しかも一定威力に達しない攻撃をノーダメージで跳ね返す上に微力ながら戦闘回復(バトルヒーリング)の効果まであると言う凄まじい性能の逸品だ。

 ちなみに、今編んでいるのはこれから寒くなる季節のためのマフラーである。

「き、キリト達って、け、結婚したんだよね?」
「あぁ?その通りだが……」
 リョウは気が付いていないが、サチの顔、実は真っ赤だ。
実を言うと、夕飯を食べている間に、その意味する所にようやく気が付いたのである。
即ち、お互いが了承さえすれば、この世界では結婚が出来るのだと言う事に。

「あ、あの……リョウ……さ?」
「なんだよ?」
「その……えと……」
「あん?」
 聞きたい事が中々喉の奥に詰まって出てこない事に自分でイライラしながらも……なんとかその言葉を絞り出す!

「け……ケーキ食べる!?」
「話の脈絡が無茶苦茶なんだが……いただこう!」
 少し呆れた様な顔をしたリョウだったが、そこは甘い物好き精神、すぐに笑顔で要望の意思を返して来た。
 「すぐ出すねー」と言いつつ、編み途中のマフラーをアイテム欄にしまってサチは台所へと向かう。その途中で……

「ハァ……」
 サチは思わず小さな溜息を吐いた。

「どうしてこうなっちゃうのかなぁ……」
 漫画や小説等ではしょっちゅう見るシーンだが、まさか自分がこういう悩みを持つとは……以前なら夢にも思わなかった。

『キリトのお嫁さんは、どうしたんだろ……?』
 どうやって思いを伝えたのか、ぜひ聞いてみたい。
出来れば体験談付きで。

────

 この浮遊城アインクラッドで、リョウとサチが共に暮らす日々が始まってから、既に十カ月以上が経とうとしている……しかしながらも、サチとリョウ、この二人の関係性は、依然として、「唯の同居人」の域を超えていないのだった。
 
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