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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  二十五話 刃と殺人鬼

 先制攻撃は俺だ。
セオリー通りに、低空跳躍を利用して突撃、冷裂の切っ先をPoHの着ている黒ポンチョのフードの部分めがけて……突き出す!

「是ェイ!!」
「ッハ!」
 その一撃を……まぁ避けるわな。同時に、冷裂と上下で平行に並ぶように奴の大型ダガーが振われる。
PoH自身も身体を前に出して、俺の突進の勢いも利用するつもりらしい。

 PoHの愛剣、「友斬包丁《メイト・チョッパー》」はアインクラッド内でも特に名のある魔剣だ。
その切れ味は、現時点でプレイヤーメイドによって作れる最高の剣を凌駕していると言われており、かなりの高級防具でも防ぎきる事は不可能らしい。

 駄菓子菓子

 俺の持つ冷裂とて、決して負けては居ないのだ。

「ムン!」
 冷裂の下部を持っていた左腕を思い切り下へと突き出し、冷裂を半回転させる。ダガーの軌道上に入った冷裂は当たり前のように友斬包丁を受け止め、突進によって付いていた勢いもあってPoHを跳ね飛ばす。

「ハッ!」
 小さく笑いながら土煙を上げて着地するPoHに、俺はさらに追撃を加えるために踏み込んで右手だけで柄の端を持ち、遠心力に任せて左から右へと振るう。
黒い刀身の描く軌跡に、掘り込まれた金の龍が設定された光の角度によって光り具合を変え輝く事でキラキラとした装飾が成され、弧を描く。

 が、PoHは今度は頭を下げてこれを回避。
姿勢を低くし、再び一気に間合いを詰めて来る。

 下から腕が跳ね上がり、振り下ろされるように振われた刃を避けることは無理と判断した俺は、重さによって遠心力が増大し伸びきった腕の中の冷裂を無理矢理に手首の力だけで引き戻す事で、手の中を滑らせるように移動。
左手で石突近くを持つと、顔面を狙って来ていたPoHの一撃をギリギリの所で受け止める。

 水平にした冷裂に、自らの一撃が伏せれたとみるや否やPoHは今度は自らバックステップし、距離を取りながら牽制とばかりに二本のピックを放って来る。
 冷裂を自身の正面で盾のように回転させて防いだ俺は、再び距離を詰めようと正面に冷裂を構え……ようとして、現前の黒ポンチョに驚愕せざるを得なかった。

 俺がピックを弾いている隙に再び地面を蹴ったPoHは、またしても俺との距離を猛然と詰め、既に俺の懐に入っていたのである。
しかも、俺へと腕を伸ばし、遠心力に任せて振われる右手のダガーにはうっすらと血色の光……

「やべっ!」
 言った直後に(俺から見て)左から振るわれてきたメイト・チョッパーが縦に構えた冷裂に直撃、強烈な衝撃が走るが、この程度では俺も動かない。
が、無論これで終わりでは無い。

「ya-ha-!!」
「……!」
 興奮しているのか、珍しくそんな声を上げながら更に切り返しで右から一撃、そのままPoHの円を描くような軌道で刃が動き、切り上げ一発。再び切り返して切り下ろし。
不意を打たれた+その四連撃に、ついに俺のガードが少し崩れた

『いかん!!』
 駄目押しとばかりに突きこまれた正面突き三連発。
一撃目が命中すると俺自身が認識するよりも早く二撃目、続けて三撃目が命中する。
そんなスピードで放たれたPoHの三連突きは、俺の両肩と胸の上部に命中し、ポリゴン光を散らす。
俺が命中した事によるノックバックから立ち直るよりも早く、再びPoHは再びバックステップで距離を取っている。

 俺は、今度こそ自分から距離を詰めようと足に力を込めるが、跳ぶよりも早く再び投げられるピック。
舌打ちしながら叩き落と……そうとした直前で、俺は慌てて冷裂を引っ込めようとする。ピックの後ろの部分に、何か小さな玉がくくりつけられていたからだ

「しまっ……!?」
 しかし時すでに遅し。冷裂に激突したピックは、俺の眼前で強烈な光を発生させる。
咄嗟に腕を掲げ、顔を下にそむける事で眼をつぶされるのは避けたものの、完全にPoHから眼を離す形になってしまった。

『くそっ……!目晦ましの使い方見事すぎんだろ、この無駄技術が!』
 内心悪態をつきつつ、慌てて再び正面を向くが既にPoHの姿は無い。
次の瞬間、左から何かが来る事を殆ど気配だけで察した俺は必死に右に跳ぶ。が、無理な体勢で跳んだため体制を崩し、その上飛距離も全く伸びず、まだPoHの射程範囲内だ。

「ンなんじゃ逃げれてねェぜ!」
 そう言って、再びステップで大きく踏み込んだ奴は、メイト・チョッパーの鋭さを倍増させて見せる様なシルバーのエフェクトを纏ったダガーを身体を捻り一回転させながら振って追撃してくる。

「こなくそ!!」
 対し、俺は何とか足を開いて体制を立て直すと、冷裂を持った両腕を思い切り伸ばし、手首や指の動きを最大限に使ってパリィに徹する。
 しかし、ダガーの間合いである超近距離ではどう頑張ってもパリィしきるのは無理と言う物であり、八発中四発の斬撃が俺の身体を捉える。

 最後の一発は最早命中する事も構わずにPoHの側に突っ込み無理矢理に柄の部分をぶち当てる事でPoHをふっ飛ばし、何とかダガーだとすぐには詰められない間合いを作る。
すでにHPバーは一割近くが削られていた。

「wowwowwow……こんだけやってやっと一割かよ。割に合わねぇなオイ?」
「よく言う。ったく、勘弁してくれよホント、死にそうぜこっちは」
 軽い感じで返すが事実だ。やはりダガー使いで敏捷重視のPoHと筋力重視の俺では、機動性の差がありすぎてヒット&アウェイが出来る分向こうが有利だ。
今はダメージ量も少ないが、このまま続ければジリジリと削られていくばかり。
無論、その前にキリト達の方が終わって援護に来る可能性もあるが、どれだけかかるかも分からない可能性に期待すると言うのは、お世辞にも好ましいとは言えない。

『しゃあねぇか……』
 こうなると自分から勝ちに行った方が良いだろう。
下手に引けば余計に追い込まれるばかりで状況を悪化させかねないからだ。

 しかもこうしてる間にもPoHは俺を間合いに入れようと少しづつ距離を詰めて来ている。迷っている時間も無い……か。

 んじゃ、真面目に殺るかね……


「吸うううううううぅぅぅぅぅぅぅ。吐あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
冷裂をダランと下ろすような構えで、切っ先をPoHに向け、ゆっくりと……大きく深呼吸をする。
それにつれて頭の中がクリアに、冷静に、空っぽになって行く……

集中……集中……

────

「Hey?」
「…………」
 リョウが、急にその口を閉じ急に無口になった事にPoHは疑問を覚える。
此方から話しかけても何も反応がない。正直な所、今のリョウは彼から見て、まるで何も考えていない人形のように見えた。

 実際、その認識はおおむね正しい。
今のリョウは殆ど何も考えて居ない。正しい意味で、頭が空っぽの状態だ。
しかしながら、そんな状態でも幾つかの事はリョウの頭の中に残っているのだが。

 と、そんな事をPoHが考えている内、ようやくリョウの口が開いた。

「行くぞ……」
 突然層言った直後、トン。と言う音と共に、リョウの身体が跳ね上がる。
低空跳躍では無い。文字どうり、斜め上へとリョウの身体が大きく跳ね上がり、上昇して行く。
冷裂の様な重たい物を持ってそもそも跳躍できること自体異常なのだが、その事は今は重要ではない。

 PoHは突然のリョウの行動に少々驚くが、動揺は無い。
此処は洞窟。その場所で高く跳びあがり、攻撃としてする事と言えば……
低い破裂音と共にリョウが洞窟の天井を蹴る。彼にとっては予想通りであり、不意をつかれた事は何もない。

……その異常なスピードを除けば。

「ッ!?」
 上から冷裂の切っ先を此方に向けたまま、振って来るリョウの速度は、まるで「閃光」と呼ばれるSAO最強ギルドの副団長の様であった。
すんでの所でバックステップを行ったPoHの目の前で、冷裂が地面に突き刺さり地面がキラキラとポリゴン光を散らず。

 避けられた事にひとまず内心でPoHは安堵するがしかし、そんな暇は与えぬとばかりにリョウはPoHに猛然と打ちかかった。

 人体の部位の中でも素早く動く手首や、指先の動きを最大限に使って偃月刀を振り回し、PoHに反撃のすきを与えようとしない。
上下左右
 攻撃は正面からのみであると言う事を理解しているにもかかわらず、全方位から打ちかかられているかのように錯覚させられるほどの斬撃の乱舞はPoHにとって、まるで巨大な死神の手に包まれるような印象すら与えたが、PoHはそれを全て回避し続ける。

 ちなみにパリィはあまり出来ない。
唯でさえその重量によって圧倒的な攻撃力を生み出している相手の偃月刀が、今はさらに全プレイヤーの中でもトップの筋力値を持つリョウによって振り回されているのである。
下手にパリィしようとして、武器を当てる角度を間違えれば、此方の武器である友斬包丁が手の中から吹っ飛ばされる事だろう。
それがわかっているからこそ、避けて避けて避けて避けて避けまくる。

 PoHは間合いの差により反撃出来ていないがしかし、さりとてやられるだけで居るわけでは無い。
常にリョウの動きを見続け、いずれ来るであろう隙を徹底的に探す。
これまでのPKの中で鍛えて来た、「人を殺すための」洞察力が、フルに使われていた。

そして、その時が来た。

 左手に持った偃月刀を大きく振り抜いたリョウは、そのままちょうど伸脚をする時のように体制が低くなり、左手は伸びきる。
即ち、胴体はガラ空きだ。
そこに、何のためらいも無くにPoHは跳び込む。
 狙うは首、自分のペースに持ち込み、再びヒット&アウェイ戦法へと移行すれば、間合いの差を覆して十分に勝算はある。
それは事実だし、これまでの戦闘もそれを証明して来たのだから、PoHがそう考える事はごく自然であり、正しい。

此処で一気に流れを引き戻そうと、PoHは友斬包丁を振り下ろす。

瞬間、鈍い金属音が、辺りに鳴り響いた。

────

「No way……」

 ありえない。

 そういったPoHの目線の先に有ったのは、リョウが左の掌で友斬包丁を受け止めている、光景であった。



 掌では無い。
よく見ると、リョウの手には何かが握られており、それが、この世界で最強の切れ味を持つはずの友斬包丁の刃を見事に受け止めていた。

 その手の中に有ったのは、十センチ四方程度の小さな小箱。

「永久保存トリンケット……だと……」
 PoHが呟く。

永久保存トリンケット
 マスタースミスのみが作ることのできる十センチ四方程度の大きさの保存箱。
これ自体が小さいため大きな物を入れる事は出来ないが、その名の通り、この箱の中に入れた物は、本来この世界に置いて食べ物から武具まで全ての物に起こるはずの「耐久値自動減少」が発生しなくなり、永久にその形を保って保存しておくことが出来る。
そしてこの小箱にはもう一つ特徴がある。

即ち「耐久値無限」

 この小箱は、たとえ屋根の上から落とそうが大型モンスターに踏まれようが友斬包丁で切られようが、決して壊れないのだ。


「ご名答。その通りだよPoH、さすがだな。それと……」
 先程までとは違う。何時もの様子で、リョウは言葉を続ける。

「ようこそ、冷裂(こいつ)(まあい)へ」
 ゾッとする悪寒が、一瞬でPoHの全身をつつみこむ。
と言うのもPoHには見えてしまっていたからだ。腕を伸ばし切り、リョウの左斜め後ろに携えられた青龍偃月刀が、深く、濃厚な深緑色のライトエフェクトを纏うのを。

 そしてようやく気が付いた。
この隙はわざと作りだされたものであり、自分が、彼の間合いにまんまと誘い込まれた、獲物なのだと言う事に。

「shit!」
 狩る側から、珍しく狩られる側に回された事で、屈辱にPoHは小さく悪態をついた。
────

 左から右上に向かって立ち上がりつつ冷裂を振り上げる。
PoHは本来片手持ちの友切包丁の刀身に左手を添える事でギリギリのパリィによって何とか軌道を少し反らすが、当然これでは終わらない。

 次は振り上げる過程で冷裂の柄の下部を握った右腕と、左腕を上手く交差させ、先程と合わせて∞のを描くように再び右下から左上への振り上げ。
これは何とか体制を立て直し、少々後ろに下がったPoHに回避されるが、更に前に出ながらスキルは続く。

 振り上げた冷裂を今度は大上段に構え思いっきり正面に振り下ろす。
武器を使った全ての攻撃に置いて、武器の重量と振り下ろす腕力を最大限に使えるため、最も強力と言われる振り下ろし。
喰らえば恐らく一撃であろうそれを、PoHは大きく後ろに下がって避けるが、予想道理の動きだ。

 お次は自身の身体をさらに前に出す。
 冷裂の横に付き、前に出した右足と、冷裂の刃が平行に並ぶように位置取り、冷裂と地面の間の角度が大体7~80度くらいになった所で、一気に冷裂を振り上げる。
地面により、抑えつけられていた力が一気に解放されると同時に、少々握りを緩めて置いた事で両手の中を冷裂が滑るように移動し、一気に間合いを広げる。
 恐らく、予想外の動きだったのだろう。PoHはパリィする事も出来ず、その一撃はPoHの右側の身体の表面を切り裂く……が、浅い。
それでも、圧倒的な威力を孕んだそれは掠っただけにもかかわらずPoHのHPの四割を喰らう。
しかも、まだ終わりでは無い。

 三度跳ね上がった冷裂を再び振り下ろす。が、今度は地面まででは無く、胸のあたりでそれが止まる。そして右手が柄の下部を持っていた事を利用して、間髪いれずに突き出す。
再びリーチの差による攻撃を受けたPoHは何とかそれを左に回避。
しかしながら、俺の身体はそれを確認するよりも早く次の行動に移る。

 突き出し、右腕が伸びきったままの姿勢で俺の身体が回転する。
丁度先程使った乱嵐流のように、一転、二転、三転……そして五回転目。それまで石突きを持っていた右手の冷裂を、右足で急制動を掛け、回転を止める事で手の中を滑らせて右半身を大きく引きPoHを睨みつける。
さながら、弓を構え狙いを定めるかのように。

 それを……突き出す!!

「破ァ……羅ァッ!!!」

ド、ン!!

 空気が爆発するような音と共に跳び出した深緑の光を纏った一撃は、既に回転を受パリィもギリギリだったPoHの友斬包丁《メイト・チョッパー》にブチ当たり、それを、真っ二つに折り砕いた。

薙刀 最上位重連撃技 戦神《いくさがみ》

 唯でさえ威力の高い薙刀の攻撃を、十二連撃で繰り出すと言う、まさしく必殺技とも言うべき薙刀最強のスキルの一つ。
初動時のその独特な構えゆえに、察知されやすく、決まりにくい大技なのだが……博打の成功した例と言えよう。

────

 折られた友斬包丁が、ポリゴンの欠片となってキラキラとした光と共に四散するのを見ながら、俺は思う。

勝ったと──

 恐らく、それは確信に近かっただろう。
PoHの持っていた魔剣たる友斬包丁は砕け散り、既にHPを四割削っている上に、今発生している硬直時間も、足技のスキルでどうとでもなる。
これで、俺の勝ちだと、そう思った。

────PoHが、青く輝く結晶アイテムを取り出す

「……は?」
 PoHは今、吹っ飛ばされた勢いで空中に居る。
つまり、震脚も通じない訳で……

「See-you(あばよ) broski(きょうだい)」

 そう言って、何事かを呟いたPoHは、それがさも当然であるかのように転移結晶の効果により、逃走した。

「マジかよ」
 俺の口に出来た言葉は、それだけだった。 
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