| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

SAO編
  十七話 あれは所謂──

 さて、騎士姫ことアスナとの奇妙な夜が明けてから次の日の事、
その日俺は、今日一日を休暇の日と定めることにした。

 SAOに置いての気象と言うのは、あらゆる気象パラメータの調子が、ランダムに設定される事で決定される。
それはとりあえず季節に始まり、大体の温度湿度等の決定は此処だ。
ちなみにこの季節設定、冬はすげぇ寒いし夏はマジで暑い。

 ここからさらに、季節の範囲内での気温、湿度、風速、雨や雪、ほこりっぽさ、小虫の群れまで、細かい項目の全てがランダムで設定され、まぁ大体はそのすべてが好条件と言うのは無い。
のだが、一年三百六十五日、その内のたった数日だけ、その殆どが好条件と言う日があるのだ。
しかもそれが過ごしやすい春や秋だと言う事など、最早これは神様の贈り物と言う他あるまい。

「断言しよう!良い天気ってのはまさに今日この日のためにある言葉だ!」
 と言う訳で、急は休暇だ。少々テンションも高い。
取りあえず、俺は普段からポーション及び毒消しの安売りを行っている店に買い物でも行くためのんびりと、屋台で買ったクリームサンドウィッチ(っぽい)を食みながら賑やかなとある階層の主街区を進んでいたのだが……

「おや?ありゃあ……」
 広場の斜面になっている芝生の上に、寝転がった状態の見覚えある黒い影ひとつ。
近づいてみると予想どうり。我が義弟こと、キリトである。
近くへ行き、気持ちよさそうに寝転がっている義弟に声をかける。

「ご気分はいかがですかな?坊っちゃん」
「最高ですね、兄貴殿」
「はは、そーりゃよかった。隣いいか?」
「勿論」
 にやりと笑ってキリトが了承の意を返したのと同時に、俺はキリトの横の芝生にごろりと寝転がり、ちょっとしたセキュリティ操作をしてから目を閉じる。
うむ、実に昼寝日和

「いやぁ……良い天気だねぇ……」
「まったく」
 俺のつぶやきにキリトも短く同意を返す。
 そのまま暫く、二人でのんびりと寝転がっていたのだがふとキリトが口を開いた。

「最近、どうだ?アイツとか」
「んー?問題なく、のんびり暮らしてるよ。偶に俺が買い物頼まれるくらいだな。元気だぜ?」
「そっか」
 ボソッと、そう返すキリトに何を言うべきか迷ったが結局は世間話になった。
あまりまじめな話は俺には向かないと自負している。

「お前もたまには買い物とかしたらどうだ?」
「それを言うなら兄貴の情報くれよ、買い物系の情報兄貴の得意分野だろ?」
 確かに、俺は買い物が得意である。
あらゆる階層のあらゆる店の情報を稀に情報屋を使ってまで集めているおかげで、良い物を安く買うと言う、正に買い物の基本を完璧に実践した様な事が出来ているのだ。

「ふむ……十三、東、最南、大通見、N武器、裏道、三軒、結-《マイナス》45パー(%の意)」
「……マジで教えてくれると思わなかったよ」
確かに、本来なら貴重な情報をただで教えるなど、たとえ義弟でも絶対にしないのだが……

「そうか?……まあ今日は機嫌いいからな」
「こりゃマジで天気に感謝すべきだな」
「いや、俺に感謝しろよ」
「おっと、失敬」
「おいおい……」
 苦笑いしつつそんなのんびりとした何気ない会話の応酬を繰り返す。
いや、ほんとに良い天気だ。

 そうして、会話が途切れ、暖かな陽気に段々と二人共うとうととし始める。と、

『ん?』
 キリトの頭のすぐ横の芝生を、ブーツか何かが踏んだ音がした。
と思った刹那、聞き覚えのあるキツイ声が頭上から降ってくる。言うまでも無くアスナである。

「攻略組の皆が必死に迷宮区を進んでいる時に何のんびり昼寝なんかしてるんですか!こんな所で時間を無駄にする暇があったら少しでも迷宮を攻略してください」
 昨日も聞いた声が再び俺の上で響くのに対し、こりゃなんかいい訳すべきかと俺が口を開きかけた時、隣に居たキリトが一瞬早く切り返した。

「今日はアインクラッドで最高の季節で最高の気象設定なんだ。こんな日に迷宮にもぐっちゃ勿体ないだろ。」
 冷静な、のんびりとした調子の声。
対し、アスナの声は少しむっとした様なものだった。

「天気なんて毎日おんなじです」
 いや、断言したとこ悪いけど全然違うんだよこれが。
そう突っ込みたかったが、此処はキリトに任せることにする。
結果からいえば、キリトは期待を裏切らない提案で返した。

「じゃあお前も此処に寝て行けよ。そうすりゃ分かるさ」
 この提案、始めはアスナの事だがら即答で断るだろう、と思っていたのだが……
少し目を開けてアスナの顔を見ると、どうするか迷っている様な表情を見せていた。
これは、面白い。
即座に俺はキリトの後押しをする。

「良いじゃん。昨日言ったろ?たまには休め。俺はまた買い物行かなきゃならんのでな。失礼。」
 此処は二人だけにした方が面白いだろう。なるべく自然な流れを装って、俺は此処から立ち去る事にする。
後ろから、「情報サンキューな」と言う声が聞こえたのに後ろ手を振って返し、俺はその場を離れた。

 少し離れてから振り向くと、アスナが取り巻きのギルメンを先に行かせて、キリトの横に寝転がる姿が見えた。
さてさて?こりゃ本当に面白くなってきたな。

────

さて、あれから俺は、普段はあまりのんびりと出来ない買い物や旨い物(正確には甘い物)探しをたっぷりと楽しみ、ホクホク顔で家へと戻る事とした。

「いやぁ、実に良い休日だった。」
 心からそう呟き、俺は朝も来た主街区の中をとことこと歩く。
何故と言われればこの階層、北にも中央通りではないが大通りがあり、そこの食材屋、実は夕方の4時ごろからタイムセールと言うべきか安売りになる。
その食材を買い求めに行っていた訳だ。

 歩きつつ、俺は午前のことを思い出し一人微笑む。
あのアスナの反応は、それはそれは面白かった。まさか寝ろと言われて本当に寝るとは思っていなかった分、それはひとしおだ。
あの後、どうなったのか俺としても非常に興味のある所であり、そのせいか俺の脚は転移広場に行くにはいささか遠回りとなるあの芝生の広場へと向いていた。
まぁ、あれから七時間近くも経っているし、もう居やしないだろうが。

「おいおい……マジか」
そこには、あいも変わらず朝と同じ状況だった。
緑の芝生の上に並んでいるのは二つの影、一つは黒、もう一つは白だ。
シルエットからでも、それがキリトとアスナであることは明白だ。
変わっているのは、キリトが上体を起こしている事とギャラリーが遠目にクスクス笑ったり、記録結晶のフラッシュをたいたりしているぐらいか。

まぁ、気持ちは分かる。
それほど、この二人の組み合わせは珍しいのだ。
詳細は省くが、この二人が一緒に昼寝をすると言うのは、学校一の秀才で生徒会長の女子生徒と、頭は良いがはみ出し者の不良男子生徒が一緒に昼寝してるのと同じくらい奇妙なのだとだけ言っておこう。

と、キリトと俺の視線が遠目ながら合った。
キリトの助けを求める様な視線に対し、俺はゆっくりと振り向いて我が家へ……

突如、新着のメッセージが届いた事を知らせる電子音が俺の耳に響く。

「うん?っと……」

From:Kirito
Main:逃げんなぁぁぁぁ!!!

はいはい分かったよ……


「で?まだ寝てると?」
「そう言う事」
俺は今、キリトの隣に座っている。
ほんとはあのまま逃げても良かったのだが──まぁ、寝ろと言った一人は俺であって、その代償としてキリトに付き合うと、そう言う事だ。

「お前も律儀だねぇ」
「ほっとけ、これでなんありゃ後味悪すぎる」
 言った俺にふてくされたようにキリトは答える。

 この世界、ソードアートオンラインの舞台アインクラッドでは、街中は、[アンチクリミナルコード有効圏内](通称「圏内」)に設定されている。
簡単に言えば、この圏内では幾ら剣を振ろうが当てよう絶対に他のプレイヤーを傷付けることはできない。毒やその他の犯罪行為も一切無理だ。

 これはシステム上の設定なので、本来絶対に崩す事は出来ない……はずなのだが。
実はこの設定、相手が熟睡しているか気を失っていれば、案外簡単に相手を殺す裏技がある。
その詳細についてはやっぱり省く。
今は取りあえず、誰かが付いていないとこの眠り姫が死ぬかもしれない。と言う時可能性だけあれば十分だ。

「ま、確かにな。なんか買ってこようか?」
「ものすごくお願いします」
 本気で懇願する眼でキリトは俺を見つめる。恐らく朝から付きっきりだった所を見るに、昼飯も食べていないのだろう。
そんな事なら呼び出してくれても良かったのだが、何とも遠慮深い事だ。
苦笑しながら俺は屋台からホットドック(っぽい)を三本(俺1義弟2)を買って義弟の元に戻った。

────

 ホットドックを食べ終わり、アスナの顔を見ながらぼーっと座っていると不意に、キリトが小さな声で何事かを嘆いた。

「ん?なんだって?」
「あ、いや……何でも無い」
「そか?」
 何も隠す事も無いと思うが……「疲れてるんだろうな」か。

 まぁ、この義弟も数カ月前まではアスナと同じような状態だったのだ。
恐らく、今この娘がどういう状態なのか、身をもって分かっているのだろう。

 キリトは事情を知らないだろうが実際、最近……いや、或いはこのデスゲームが始まってから今日までの間に。この少女がこれだけしっかりとした睡眠をとった事があったのだろうか?
 あの夜、アスナが寝たのはたった三時間少しだけだ。
もしも、これまでもアスナが毎日その程度しか寝てないのだとしたら、恐らく本人が思っている以上に疲労は蓄積しているだろう。
肉体的にも精神的にも。
それこそアイツの──「くしゅんっ」

物思いにふけっていた俺達の横で、小さなくしゃみの音が響いた。
どうやら、騎士姫様がお眼覚めになったらしい。

「……うにゅ……」
 言語では無い言語を放ちつつ、眼をうっすらと開けるアスナ。
横に居たキリトは、顔を覗き込むように胡坐をかいて座っている。
取りあえず眼を開けたアスナはまばたきしながらキリトの事を見止めると、眉をひそめ、次に右手で上体を起こし、周囲を髪を揺らしつつ見回す。右、左、右。

 最後にもう一度キリトの顔と、ついでにその後ろで笑っている(多分心底面白がっている顔で)俺を見ると……
透明感のある白い肌を、瞬時に赤く染め(完全に羞恥)、やや青ざめさせ(動揺+苦慮)、最後にもう一度赤くした(更なる羞恥+激怒)。
眼を見てて分かるが、まぁ、一つ一つの感情の大きい事大きい事。

「な……アン……どう……」
 また言語では無い言語になっているが、まぁあえて無理矢理訳すなら、
「なんで、アンタ、どうして」と言った所ではなかろうか?

「おはよう。よく眠れた?」
 とびっきりの笑顔でそうのたまったキリトの後ろで、俺は笑いをこらえるのが物すごく大変だった事を、此処に追記しておくとしよう。
──いや本当に


 さて、それから後、俺達三人は色々あって、面倒な事件に巻き込まれたり、その過程でおれの古い友人に出会ったりと色々あった訳だが、まぁそれらは割合しよう。

 とにかく、それらが終わり、俺が自宅のベットの上でそろそろ就寝するかと思った時だ。
新着のメッセージを知らせる電子音が、またもおれの耳の中で鳴り響いた。

「おう?……これはこれは」
 何と言うか、意外と言うか……いや、予想通りか?
後々、俺はこの出来事を語る時、ある意味で重大な場面だったあの日の芝生と上での事をこう言う。

『あれは所謂、あの二人にとっての、《人生の転機》って日だったんだろうな』

────

From:Asuna
Main:キリトくんのこと分かりますか?


少々日本語のおかしなこのメッセ。
さてさて、この情報、何と引き換えに渡そうかな?


Third story 《騎士姫と眠りと》 完
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧