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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  十三話 居場所は違くとも

 三十八層の風見鶏亭に付くまで、細々とした会話はあった物の二人はほとんど無言と言っていいほど会話をしなかった。
それと言うのも、言いたい事や言うべき事は沢山あるはずなのに、そのどれもがのどに小石が詰まったように言葉として出てこなかったのだ。

 やがて、シリカとリョウは二階へと上がってリョウの部屋へと入る。
外はもう夕方。窓からはオレンジ色の光が差し込んでおり、その光の中でリョウの着ている浴衣(鎧?)が光の角度ゆえか不思議な緑色に光っていた。
少しばかりその幻想的とも言うべき色彩に見とれたシリカは、ようやく震える声で言った。

「リョウさん……行っちゃうんですか……?」
しばしの沈黙の後、逆光で殆ど表情の見えないシルエットとなったリョウは頷く。

「そりゃ、な。前線離れてもう五日だし、いい加減戻んねぇと……」
「……そう、ですよね……」
 言いたかった。自分も一緒に連れて行ってほしいと。
この世界で、ピナがいなければ本当に一人ぼっちのこの世界で、久しく感じていなかった人間が居ると言うぬくもりを心から感じさせてくれたこの兄のような人と、本当はもっと一緒にいたいのだ。
しかし、言えない。
先程聞いた。リョウはレベル83だと言う。対し自分のレベルは45。その差は38──まさしく冷酷なほどに明確な、シリカとリョウを隔てる距離だ。

 仮にリョウの戦う戦場に付いて行ったとしても、ろくな抵抗も出来ずに一瞬で殺されるのがオチだろう。
同じゲームの中であるにもかかわらず現実以上に高く分厚い壁が二人の間にはある。

「…………あ……あたし……」
 その先を口にすることはできなかった。気持ちがあふれそうになるのを必死にこらえるが、抑えきれずに二つの滴へと姿を変えたそれは、零れて頬を伝う。

────トン……と

 シリカの額にリョウの人差し指の先があてられた。
見ると、リョウの少し呆れたような顔が手の大きさを挟んだ少し向こう。とても近い場所に有る。どうやら屈んでいるらしい。

「リョウ……さん?」
「ったくお前は……毎回直ぐ泣くのはいい加減子供でも無いんだからどうにかしろよ」
「う……」
 そんな事を言われても仕方がない、そう思っているシリカに、リョウの声が続く。ただし今度は先程よりも幾分か優しい声で。

「それにな、泣くような理由もねぇだろ?」
「え……だって……」
「忘れてるようだから言わせていただきますがね、俺はお前にケーキ奢る約束してるんだぜ?」
「あ、」
 すっかり忘れていた。色々な事が有りすぎたせいで完全に脳内から飛んでいたのだ。
リョウの言葉は続く。

「それにその後だって、機会が有れば幾らでもケーキぐらい奢ってやるっつの。俺の知り合いの自作ケーキ食わせてやったっていいし。あ、その都度上手い店が交換条件な?」
「そんな食いしん坊に見られてるんですか?私」
「そう言う事じゃなくてだな……要は別に住んでる所や戦う場所は違くても、俺とおまえの人間関係は変わらんって事」
「あ…………」
「レベルの差ってのは強さの差だ、別に数字の差ごときで人間の格の差が生まれるわけでなし、いつも顔を合わせてる訳じゃ無かろうが、シリカが俺のダチだって事にゃ変化はねぇよ」
「はい……はい……!」
 な?と言って、指を離しニカッっと快活に笑うリョウを見て、シリカもようやく笑顔を取り戻し、頷きながら返事をする。
その過程で涙がこぼれるが、それは先程までとは違う。喜びによって透明に澄んだ涙だった


─────


「それじゃそろそろ、ピナも生き返らせてやるとしようかね?」
「はい!」
 シリカは頷くとメニューウィンドウを呼びだし、アイテム欄から《ピナの心》と《プネウマの花》を実体化させる。
高まっていた気持ちも落ち着き、ティーテーブルの上の水色の羽を見た後、リョウの方を見る。

「花にたまってた滴を、心アイテムに振りかけろ。それで蘇生が出来る」
「はい……」
 色々な事が胸の中で回る中、シリカはゆっくりと花を傾け、花の上へと滴を垂らす。滴が羽に当たった瞬間、羽が光輝き、徐々にその姿を変え始める。光が収まった時、そこには会いたくてしかたの無かった水色のふわふわとした相棒の姿があった。

 ピナとシリカが再会を喜び合っている間、リョウは微笑みながらその姿を見ていたが、唐突にシリカが口を開いた。

「そう言えばリョウさん、音楽スキル上げてるっておっしゃってましたよね?」
「ん?ああ」
 それは、昼間フローリアのメインストリートを歩いているときに聞いた話だ。リョウは趣味で、音楽スキルを上げていると。(その時意外そうな顔をしたら一発チョップをもらったのだ。)

「一曲だけ、お願いできませんか?この子へのお祝いの意味含めて」
 それは、最後の少しだけの我が儘だ。この後分かれる事を思うとどうしてもそう言う事を言いたくなってしまう。

「ふむ……いいぞ。そこ座れ」
「はい」
 頷いたリョウは、シリカがベットに座るのを見届けると、ウィンドウを操作し始める。
やがて、オルガンの様な音の伴奏が流れ始めた。

「これは独奏(ソロ)でやっても迫力に欠けるからな」
 そう言うリョウが取り出したのはヴァイオリン。やがて、リョウがオルガンの音に乗るかのごとく旋律を奏で始める。
音楽スキルを持つ物は、こうして自分の演奏を録音しておくことで、自分が引いた旋律等を何時でも好きな時に流せる。しかもそれを一つの曲として保存しておき、自分がどれか一つのパートを演奏する事も出来るのだ。

 今回演奏する曲。
その世間一般的に知られる呼称は、「カノン」

 徐々に音が増えてゆく。それは通常アンサンブルでつかわれるチェロやコントラバスではなく、全てヴァイオリン。やがてオルガンの伴奏が用意した舞台の上では三つのヴァイオリンの音が踊っていた。

 一つ一つのヴァイオリンが複雑に入れ替わり立ち替わり主役を交代するようにメロディーを奏でる。

 絡まり、或いは離れ、重なり合った音が流れるような軌跡を描く。

 それは段々とテンポを増していき、そして曲中に置いて最も盛り上がる部分。
この曲を、万民多くが知る理由となった部分が奏でられた瞬間、シリカ達は音の海の中にいた。

 周りの空間全てをリョウが生み出す音が支配し、時間と共に次々に色を変える。

 まるで今日見た、花が支配する世界の様に。
そう思った時、シリカの頭の中に何故だろう、昨日と今日リョウと過ごした時間が次々に思い起こされる。
頭の中を駆け巡る思い出を見ながら、シリカは思う。

 自分は、忘れないだろうと。
このたった一日を。
その間を共に過ごした、この少し不思議な兄のような人物を。



 いつまでも続くかのような時間の芸術《おんがく》は、やがて最後の一音とともに、静寂と、思いを残して消えた。

Second story 《不思議な青年》 完
 
 

 
後書き
本日の曲はこちらっ!

パッヘルベルのカノン

http://www.youtube.com/watch?v=6wpPk8qk3uQ

日本でもカノンコードとして広く知られるこの曲、なんだかんだで、フローリアの雰囲気にぴったりな曲だと思っていたりww

ではっ!! 
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