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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  十話 風見鶏亭の夜

 《風見鶏亭》の一階部分はホテルのロビーに隣接してレストランが置かれている感じで、チェックインと料理の注文をする受付が一体になっている。

「とりあえず、チェックインと注文済ませてくるから、適当な席に座っといてくれ。」
 そう言ってこちらを見るリョウに頷いて返すと、リョウは受付へと近づいて行く。
シリカはわざと奥の隅の方の席に座ってリョウを待つ。
見ると、ちょうど注文を終えたらしいリョウはこちらを見つけ、近づいて小さな丸テーブルをはさんだ向かいの席に座った。

「あの……」
 シリカは不快な思いをさせたであろうリョウに謝ろうと口を開くが、リョウに手で制された。
目の前のリョウは神妙そうな──けれど何故か危機感の様な者は感じない──顔をしながら、

「まぁ待て待て。先ずは飯だ飯、腹が減っちゃあ話も出来ん。」
別に話は出来るのでは?
とシリカは思ったが、口には出さずにおとなしく口を閉じる。

とその時、ウェイターが湯気ののぼるマグカップを二つ持ってきた。
中を見ると、そこにはトロトロとした黒に近い茶色の液体が入っている。
立ち上る湯気からは甘い香りがし、その香りにシリカは覚えが有った。

「チョコレート?」
「お、正解」
 リョウ狙いどおりとばかりににやりと笑うと、カップを一口飲む。
それに習いシリカもカップに口をつける。
ココアか何かかと思っていたが、いざ飲んでみるとココアよりも濃厚で深い甘みが口の中に広がった。しかも甘味だけで無く、時折顔を出す苦味がアクセントとなって、微妙に大人っぽい味を演出している。

「……おいしい……」
「だろ?」
そう言わせる自信が有ったのだろう。シリカの様子を見てリョウは少し胸を張っていた。

「あの、これは……?」
しかし、自分はこの宿に既に二週間近く滞在していたにもかかわらず、この味におぼえがなかった。隠しメニューでもあったのだろうか?

「実はだな、NPCレストランってのはボトルとか、飲み物の持ち込みも出るんだよこれが。でこれは俺が持ってた《ブラック・ビター》ってアイテムだ。なんと、カップ一杯で筋力の最大値が1上がるという優れもの──」
「そ、そんな貴重な物……!」
 驚いて声を上げたシリカだが、リョウは大して気にする様子も無く。

「まぁ、飲み物を何時までも持って立ってしょうがないしな。それに、一人寂しく飲むよりは、こういう時に人と飲んだ方がよっぽどいい味すらぁな。」
「あ、あとチーズケーキに対する基準提示って意味合いもあるな。」と言って「ふっふっふっ」と怪しい笑い声を出すリョウにシリカは思わず笑ってしまう。

 もう一度目の前のホットチョコレート(正確にはそれに似た何か)を飲むとまた甘みが口の中に広がる。
その甘みは、色々な事(主に悲しい出来事)が有ったせいで、固くなった心と疲れのたまった身体をゆっくりと溶かすように癒してくれる気がした。

飲みながら、ふと思った事を口にする。

「でも、《ブラック・ビター》ってコーヒーみたいな名前ですね。」
「あー、駄目だ。コーヒーは駄目」
「え?コーヒー飲めないんですか?」
「うむ、無理だ。あの苦味の塊みたいな黒い液体を上手いと思える奴の気がしれん」
 至極真面目な顔をしてそう語るリョウを見て、またしても笑いが込み上げてくる。
此処まで、年上のお兄さんと言うイメージが強かった彼だが、コーヒーが飲めないという以外に子供っぽい発言で何故か一気に親近感がわいた。

森で、自分を助ける理由を語った時に見せた恥ずかしそうな脱力した様な表情を見せた時にも思った事。
変わっているが面白い人だ。なにより。
『この人は、悪い人じゃない』
シリカは、今はこの人に助けられて良かったと思えていた。


だが、安心した矢先、シリカの中に先程のロザリアとの会話が思い出される。

『あら?あの‘トカゲ’、どうしちゃったの?』
『あらら、もしかしてぇ……?』
『──あんたのレベルで攻略できるの?』
『あんたもその子に‘たらしこまれた’口?』

全てのセリフが、まるで他人の不幸を喜んでいるとしか思えない。嫌な笑いと共に放たれていた。
本当に、嫌な笑いと共に。

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」
気が付くと無意識にそう口に出していた。とたんにリョウがどこか憐れむような表情になる。

「シリカって、此処に来る前にMMOやったことは?」
「いえ……」
シリカは首を横に振る。

「成程な──まぁ、どんなゲームでもやり出すと人格変わる奴ってのはいるんだよ。善人になるか悪人になるかは人によるんだがな。まぁ元々、ロールプレイってのは他人になりきって、その人物の人生なんかを体験するって意味だから、間違っちゃいないんだが、」
 そこでリョウは一度言葉を区切ると、真剣な表情になる。

「知ってのとうり、このゲームは全く勝手が違う。誰も顔を隠せないし、他人の目から隠れられない。自分自身の姿で生きるしかない。」
「それなのに、いくらなんでも他人の不幸を喜ぶだとか、強盗染みた事するとか、果ては殺しをする奴が多すぎるんだよな」
そう言って、シリカの事を真っ直ぐに見るリョウの目は苦々しさと同時に、どこか悲しみをたたえているようにも見えた。

「でもな、そんな奴らでも、少なくと現実ではまともな人間として生きていたはずなんだ。なら、いま殺人まで犯している奴らと、そいつらの現実の姿との境界線はどこだと思う?」
突然問われ、シリカは戸惑いながらも考えたが、直ぐには答えが出なかった。
考え込んでいるシリカにリョウは口を開く。

「俺は‘法’だと思ってんだよな……」
「法……ですか?」
「ああ、考えてみりゃ当たり前なんだけどな。法ってのは抑止力だ。それを犯せば罰が与えられる。だから人間は、最後の一線を越える事を理性で抑える事が出来るんだ。自分に被害が及ぶから」

[この世界で人を殺しても、本当に死ぬかなんてのは分からない。だから、この世界での殺人は罪にはならない。]
これは、この世界で殺人をするオレンジプレイヤー達が殺人の理由としてしょっちゅう上げる理由だと聞いたことが有る。それはつまり、この世界で殺人はしてはならない事だが、強制的に禁止する物は無いと言う事。

「けど、この世界に法は無い。じゃあ、ストッパーが無くなった瞬間にそれらを簡単に犯す奴らは何なんだろうな?」
二度目の問い。シリカにはリョウの言いたい事が分かった気がした。

「多分、この世界でそういう事をする連中は現実でも自分に実害がなければそう言う事をする、根の腐った奴なんだろうな…………正に人間の本質が見えてるってわけだ。」
その吐き捨てる様な言葉と威圧感に気圧されたシリカにリョウは、すまんすまん。と軽く笑って謝る。

しかし、

「まぁ──」
言葉を続けたリョウの瞳をみたシリカは驚きを隠せなかった。その時のリョウの瞳には先程とは比べ物にならない様な深い、何処までも深い哀しみの色がはっきりと見てとれたからだ。

「俺も、人の事言えた義理じゃねえんだよ。人助けなんて殆どしないし、何より──」
次に続く言葉が、何故だかシリカにはには分かった気がした。

「──俺もそのクチだしな。」

「リョウ、さん……?」
シリカは少し驚いたが、何となくでも予想が出来ていたためだろう。そこまでではない。

シリカは、目の前の浴衣姿と言う奇妙な青年が持つ、その愉快な姿に似合わぬ深い苦悩を何となくだが感じ取っていた。
何か言わなければと思うのだが、恨めしきは語彙の少なさか、言いたい事を上手く形にする事が出来ない。
その代わりと言おうか、シリカはテーブルの上に拳となって置いてあった自分より一回り大きなリョウの右手を、両手で無意識に包み込んでいた。

「リョウさんは良い人です。あたしを、助けてくれましたから」
リョウが驚いて一瞬硬直するが、直ぐに力が抜けるとどこか自嘲気味な笑みを浮かべる

「シリカって以外に度胸あるんだな?今のは結構嫌われる覚悟で言ったんだぞ?」
「度胸なんて必要ないです。私はリョウさんを信じてますから」
即答したシリカにリョウは少し驚いた様な顔をしているが、シリカは自身は本気でリョウを信用していた。

それがある意味危険な事なのは分かっている。
自分はこの青年について知らない事が多すぎるし、これまでのやり取りが全て演技だったという可能性も無い訳ではない。
何より、許されない様な事をしたとリョウが言った以上、それなりに恐ろしい事を想像して警戒するべきた。……最悪の事も含めて。

それでも、シリカはリョウを信用したかったのだ。
さっき大通りで、不安に押しつぶされそうになっていた自分の頭をそっと撫でてくれた時、まるでリョウの優しい心が直に伝わって来るような、そんな感覚がした。
あれが演技だと言うのなら、最早リョウの演技は神の域だろう。
それに……

「それに、私がこんな事言っていいのかは分からないですけど……自分のやった間違いを哀しめる人が、普通のオレンジの人たちと何もかも一緒だなんて、私は思いません」
「……!」
リョウは今度こそ驚愕したようで目を見開いたが、シリカの真っ直ぐな目線を見て、それは柔らかい微笑に変わった。

「はは、俺が慰められるとはなぁ……うん、元気出た。ありがとよ、シリカ。」
その時のリョウの笑顔を見た瞬間、シリカは自分の顔が急激に熱くなるのを感じた。今更ながら、自分がしている事の大胆さに気が付いたのだ。わけも分からない内に心臓の鼓動が速くなる。胸が痛い。
慌ててリョウの手を離して両手で胸の中心を抑える。しかし、依然として胸の痛みは消えない。

「ん?……どした?」
「な、なんでも無いです!あ、あれぇ?料理遅いなぁ……!?」
 若干言い訳がましいと思いつつも、シリカは話をそらすためにそう言った。が、

「なんだぁ?どうしたどうした~?」
「んむ、や、止めてくださいよ~」
シリカの態度から何かを察したのか、頭をくしゃくしゃと楽しそうに撫でてくるリョウにシリカは小さく抗議するが、それが何となく楽しくてしばらくそのままじゃれていた。
さて、そのまま突入した今日の夕食は、シチューと黒パン。そして、件のチーズケーキであった。
シリカの今後のデザートが掛った選定の結果はと言うと……

「おっ、これは中々……」
「どうですか!?」
「うむむ……触感は8層のあの店に似て、いやいやしかし……」
「………………」
リョウは難しい顔をして、味を見定めているようだ。シリカは緊張しながらそれを見守る。
そして突如、リョウがそれまで閉じていた目を大きく見開いた。妙な迫力に満ちたその表情に、シリカは一瞬たじろいだ。

「うん、よし。合格!」
「本当ですか!?」
「おう、今度俺のお進めの店連れてってやるよ。おごりで。」
「わぁ!やたー!」
嬉しさのあまり、諸手を上げて喜ぶシリカにリョウはさらに嬉しい提案をして来た。

「その時にはピナも一緒だな。餌でも買ってやるか。」
「はい!ありがとうございます!」
「さて、そうと決まれば明日は張り切って行くとしよう。」
「はいっ!」

と言う訳で、この件が終わったらシリカはケーキを奢って貰える事となった。
何とも現金な事だが、この時からシリカのやる気は二倍増しとなった(もちろん再優先はピナだが)

────

「ふぅ……」
 飯を食べた後俺達は、明日に備えあてがわれた部屋で早めに休むことにした。
しかし、シリカと別れてから約一時間ちょっと。
俺は、SAOに来てから毎日欠かさず行っている、とある日課をこなしていた。

 俺の日課。
それはその日の活動を始める前、起床してからの二時間と、就寝前の二時間に一つのスキルを徹底して使いまくる。と言う物だ。

 SAOのスキルシステムは、レベル制や、ポイント制ではなく、その系統のスキルを繰り返し使う事で凄まじくゆっくりした速度で溜まっていく。
しかし、たとえゆっくりと言っても、そのスキルだけを徹底的に連続で使っていけば、大体二時間で2か、多ければ3くらいはスキル値が上がるのだ。
 スキルのマスター値は1000、一日に大体4程度上がるので、単純計算で250日で、一つのスキルをマスターできる事になる。そしてこのゲームが始まってから約1年半。
俺の完全習得しているスキルは、フィールドでも意味も無く歩きながら使えるスキルを使いまくっていたりする事もあり、メインに使っている武器と、武器防御、策敵、音楽の四つだ。もうすぐマスターできそうなスキルも後二つ三つある。

「ふっ!ふっ!」
 ちなみに今鍛えているのは、《足技》と言う《体術》のスキルからの派生形スキルだ。
名の通り、蹴りを《体術》のスキルで徹底的に使用すると現れるスキルで、蹴りを初めとした足を使う技が集中している。
ちなみに、ただ蹴り続けると言う地味な作業を繰り返さなくてはならないため殆ど鍛えているプレイヤーは居ない。
ならなぜ俺がこのスキルを上げているのかと言うと……俺が体術における蹴り技の、ある特異性に気が付いたからだ。
まぁ、それについては今はどうでもいい。

「ふっ!ふっ!」
 只々、何度も何度もスキルを発動させては繰り出し、発動、繰り出しの繰り返し。
退屈だし、精神的に疲れるが、もう慣れた。

 さて、それからさらに約二、三十分、時刻は午後九時台後半になっており、そろそろやめにしようと足を止めた所へ、まるで狙ったように部屋に扉をノックする音が響いた。

「おう?はいはーい?」
遅い時間の訪問者に疑問を抱きつつ、ドアを開けるとそこに居たのは、先程までと違い、可愛らしいチュニックを身にまとったシリカだった。

「なんだ、どした?」
「あの──」
 口ごもるシリカに、俺は少しばかり悪戯心をくすぐられる。

「なんだあれか?もしかしてシリカって一人だと寝れない人なのか?しかし流石に此処に来るのは……」
「ち、違います!ええと、その……よ、四十七層のことを、聞いてねかったなって、思っただけで!」
「ほーう?……ま、良いけどな」
 なんだか若干、「今思い付いた」感のある理由だったが、まぁ何もわざわざ追求する事も無いだろう。

「んじゃ下行くか?」
流石にこの歳の子と部屋で二人はまずいだろうと思い、そう提案した。のだが……

「いえ、あの──よかったら、お部屋で……あっ、あの、貴重な情報を誰かに聞かれたら大変ですから!」
「え……んー、俺は、構わんが……」
 これは……どうなんだ?モラル的に。
本人の希望だから良いのか?

少々迷いつつも、俺は一歩ドアから退きシリカを部屋の中に招き入れる。
と、シリカは「お邪魔します」と言いつつ恐縮した様子で部屋に入って来た。

 部屋にはティーテーブルと、ベッド、それに椅子が一脚あり、左の壁では備え付けのランタンが光を放っている。
俺はシリカを椅子に座らせ、アイテムウィンドウから幾つかのアイテムを取り出す。
 ポット、金属のコップ二つ、小さな小箱。
それらを机の上に置き、ポットからコップにアイスティー(っぽい)を注ぐ。ちなみにこのポット、何時でもどこでもアイスティー、ホットティー、水を無限に出せるという優れものだ。(実際かなりレア)

「ほい。」
「あ、ありがとうございます」
 シリカがコップをもったのを確認しつつ、俺は机の上の小箱を開く。と、中には小さな水晶玉がランタンの光を反射してなかなか幻想的な光を放っていた。

「綺麗だろ?」
「は、はい……。それ、何ですか?」
「《ミラージュスフィア》ってんだ。効果は……ま、見せた方が早えぇだろ」
 そう言いながら水晶玉を指でワンクリックすると、メニューウィンドウが出た。幾つかの操作をして、OKボタンを押すと水晶玉が青く発光し、大きな円形の立体ホログラムが現れる。

「うわあ……!」
 シリカが歓声を上げ、身を乗り出すようにホログラムを覗き込む。
 この《ミラージュスフィア》は、このように所有者が一度でも行った事のある層の地図を立体ホログラムで表示するアイテムだ。
結構高価だが、プランなどが立てやすくなるし、何より面白いと言う事で前線プレイヤーの中でも所有している人は多い。

夢中になって地図を覗き込んでいるシリカに、層の説明を始める。

「この真ん中のが主街区な。で、俺達の目的地である思い出の丘は此処。道は一本道。ただし、この辺りにはたまに厄介なのが出っから要注意って言われてて……」
 説明しつつ、無意識に策敵スキルで周囲を探る。あまり必要ないかとも思ったが、最早癖の様なものになっているので仕方がない。

 結果だけ言うと、策敵をかけたのは正解だった。扉の前にプレイヤー反応が一つあったのだ。
これは……盗聴か。

「んで、此処をたどってってまずはこの橋を目指す……」
 説明しつつ俺はベットからを立ち上がる。
怪訝そうな顔をするシリカに人差し指を口唇にあてて静かにするように伝えつつ、俺は足音を殺してドアへと近づく。気付かれないよう、徐々に声にトーンを落としながら。

「此処まで辿り着けば後はもう此処から丘が見えるから一直線、ってこ~んな夜更けになぁんの御用ですかなお兄サァン!?」
 ドアを開けながらそう言い放つと、一瞬呆けたような顔を見せた盗み聞き犯は慌てて逃げ出した。正直追いつくのは容易いが、此処は泳がせるのが得策だろうと思い特に追いかけずにそのまま逃がす。
慌てたようにシリカがドアから顔を出した時には、既に盗み聞き犯は下へ続く階段を駆け降りる所だった。

「な、何……!?」
「……話を聞かれてた。盗聴だな」
「盗聴……!?で、でも、ドア越しじゃあ声は聞こえない筈……ですよね?」
「ところがどっこい、聞き耳スキルが高いとそうでもないんだなこれが。まぁ、そんなスキル上げてる物好きはあんまいないがな」
 かく言う俺もその物好きの一人なわけだが、まぁそこはスル―する方向で。

部屋の中に戻りドアを閉めると、俺は再びベットに座る。さてさて、これからどうするか……
取りあえず、ロザリア達[タイタンズハンド]が俺達、(正確にはプネウマの花)をターゲットにした事は確かなようだ。こちらとしては一網打尽が最も望ましいので、どちらかと言うと俺の都合の良い方向に事態は転がっていると言える。

 と、隣に座るシリカに視線を向けると、彼女は不安げな表情で、自分の事を抱きしめるように両腕を自身の身体に回している。
まぁ無理も無い。夜中に自分達の会話が盗聴されたなんて知ったら、特にこの歳の女子では誰だって不安だろう。

「……大丈夫か?」
「あ、はい。……でも、何で盗み聞きなんか……」
「少なくとも俺達にとっちゃ愉快でも何でもない……ろくな理由じゃねぇのは間違いねぇわな。ちょいとメッセージを送るから待っててくれ。」
 言いつつ俺は、机の上のスフィアを片づけつつ、ウィンドウからホロキーボードを開き、ロレントに現状報告のメッセージを送る。

 ロレントからは、「よろしく頼む」とだけの答えが返って来た。

「さて、説明は途中でキレたけど、そろそろ遅いしお前さんも自分の部屋に、っておいおい……」
 メッセージを打ち終わり、そう言いながらベットの方に振りかえると、シリカは俺のベットの上で静かな寝息を立てていた。

「ったく……ほらほら、さっさと自分の部屋に──」
「すぅ……すぅ……」
「…………はぁ、警戒心ってのはねぇのかね、この子は。」
 普通今日始めて出会った相手の部屋には寝ないだろ。それも異性だってのに……

「……しかしまぁ、此処まで気持ちよさそうに寝てるとなぁ……」
 正直、起こすのも悪い気がする。かといって、彼女の部屋に運ぼうにも、システム上、彼女以外が彼女の部屋の扉を開くことはできない。

「しかたない、か。」
 俺は嘆きつつ、掛け布団をしっかり掛けてやり、座った体制のままベットの外に投げ出されていた足もベットの中に戻す。
そんな事をしてるうち、ふと、先程シリカに言われた事が頭の中に蘇った。

『それに、私がこんな事言っていいのかは分からないですけど……自分のやった間違いを哀しめる人が、普通のオレンジの人たちと何もかも一緒だなんて、私は思いません。』

 正直、言われた時は驚いた。


 俺は、人とは少し違う所が有る。
異常、特殊、変態。
幾らでも言い方はあろうが、取りあえず、俺には常人とは決定的に違う所が有るのだ。

……それは多分、悪い意味で。

その違いのせいで俺は、自分の犯した罪に、自分が何を思い、感じているのか、未だに答えを見つけられていない。
もしかしたら、答えなど自分には見つけられないのかもしれないと、最近は半ばあきらめていた。

 だが、実際はどうだ?
俺はこんな初対面の少女でも見てとれるほど、あの時の事を分かりやすく哀しんでいたらしい。

その事に気がつかされた。
今まで、この子よりよっぽどながく共に居た連中にも気が付かされなかった事を、だ。
ゆえに驚いたし、同時に思った。

俺は、哀しんでいたのか?

この問いは、俺自身への問いだ。
もしかしたらそれは、答えを見つけるための欠片の一つになるかもしれない。
それがシリカの勘違いであったり、俺の中の何処かに有る願望にすがった逃げだったとしても、だ。

だから今は、側で眠るこの少女に感謝した。
自分の中の、答えの見えない問いに一つヒントをくれた、この少女に。

「さてと……寝るか」
ちなみにその日は、寝袋で寝た。
 
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