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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  七話 迷いの森と小さな勇者

リョウは今、森の中を全力疾走していた。それはもう過去に例が無い程に。

だが、別に今回の依頼の対象である女を追っているとか、そういう状況ではない。
というか、大体一時間と数十分前まではその状況だったのだ。しかし……
「あのガキは何処だぁ!!」
現在彼は、名前も知らない少女を追って第三十五層「迷いの森」内を走り回っていた。


 ロレント達を襲った女、ロザリアを探すために先ずリョウは、自分の伝手の情報屋や、知り合いなどに、とにかく訪ねて回ることにした。
すると女の名前は、意外と有名で、情報屋に金を払うまでも無く、知り合いへの伝手で見つかった。

 犯罪者≪オレンジ≫ギルド[タイタンズハンド]リーダー、ロザリア
最近、30~40層で被害の増えてきた犯罪者ギルドで、メンバーの一人が目標のパーティ(またはギルド)に忍び込み、待ち伏せ場所に誘導してから目標の持ち物を奪い惨殺する、犯罪者ギルドの中でもおよそ性質の悪い部類のギルド。

 この情報を見るに、要はその忍び込むメンバーと言うのが、意外にもリーダー本人だったという訳だ。

 さて、その情報を元にリョウは今度こそ情報屋に依頼をし、範囲を限定指定して探させることで、比較的安い値段でロザリアの居場所を特定することが出来た。
そして、依頼を受けてから4日目の朝、リョウはロザリアの入り込んだ六人のパーティを追って、第三十五層の「迷いの森」へと侵入した。

 一日、隠蔽能力の非常に高いマントにくるまって、パーティを見失わないように見張っていた限りは、このパーティは此処があまり踏破されていないエリアだからか、(攻略組は此処の様なサブダンジョンにはあまり目を向けにくい)たっぷりの金とアイテムを稼いでいたようだ。

 明日か明後日辺り襲撃をかけてきそうだと思い、もう少し見張り生活を覚悟した時、急に目の前のパーティがもめ始めた。

 以前、面白がって上げた聞き耳のスキルを使った所では、どうやらロザリアと、珍しい「フェーザーリドラ」(水色っぽいの羽毛を持つ、小型のドラゴン種)をテイム(特定のモンスターを、使い魔として仲間にする事)して使い間にしているらしいダガー使いの少女(本当子供だ。12、3歳だろう)がアイテム分配の事で口論になっているようだ。
リーダーらしき剣士が必死に仲裁しようとしているが、完全に焼け石に水である。

 確かあの少女は、その容姿からこの辺りの中層圏では結構有名な、アイドル的な存在の人物だと情報屋からは聞いている。
そして恐らく、今回のロザリアの一番の狙い目があの子だろうとも。

 だが流石に、この下手したら出られなくなるダンジョンで、パーティから離れるような真似はしないだろうとリョウは思っていた。いや、高をくくっていた。

──アイテムなんかいりません。あなたとはもう絶対に組まない、あたしをほしいっていうパーティーは他にも山ほどあるんですからね!

『なっ!?』
 しかし子供と言うのは怖いもので。癇癪を起した竜使いの少女は、一人で森の中へと走って行ってしまった。
リーダーの剣士も止めはしていたが、聞く耳持たずだ。
というか……

『あれはまずいだろ!?』
 此処、迷いの森は、この時間だと薄暗く、背の高い木々鬱蒼と茂った不気味な雰囲気の森である。
同時に名前に違わず、碁盤の目のように分かれた”数百”のエリアが一つのエリアに踏み込んでから一分周期で東西南北の連結をランダムで入れ替えると言うえげつない仕様のダンジョンでもあるのだ。
それゆえ一度迷ったら、出てくるためには森を一直線に走り抜けるか、街で売っている高額な地図を見るしかない。

 が、先程まで見ていた限り、彼女が地図を持っている様子はなかった。
そして、駆け抜けるのは恐らく不可能。

 薄暗い中で、曲がりくねり、所々木の根や枝が突きだしたりしている森の小道を全速力で駆け抜けるのがどれだけ難しいかは読者諸君の想像に任せるしかないが、とりあえず慣れていない者は五分に一回くらいのペースで強制的に足を止めざるを得なくなる。とだけ明記しておく。
ということはまぁ単純な話、出られなくなってモンスターに消耗させられ、いずれ力尽きるだろう。というわけだ。

 どうするか、一瞬迷った。

 依頼だけを達成しようとするのなら、此処で少女を追いかけていくメリットはない。
自力で抜け出すかもしれないし、あの子が死んだ所で自分には何の不利益も生じないのだから。
だが、殺された人間のために行動しているとも言える状況の今、これから殺されるかもしれない少女を見捨てる事ははたしてどうなのだろう?

『本末転倒だわな』
答えは決まった。

そして冒頭へと戻る。

「くそっ、こうもしょっちゅう移動されるんじゃきりが無い!」
 一応あのパーティのメンバーには全員策敵スキルから派生するマップ追跡をかけていたので、あの少女が今どこにいるのかはマップ上に表示されるが、彼女も移動している上に、その移動先がランダムなので、引っ切り無しに向かうべき方向、距離が変化してしまう。

 特に前半はひどく、相手も森の中を走るもんだから、レベル的にいくら勝っていても追いくのは不可能に近かった。
ようやく数十分前から歩き始めてくれたのだが……結果だけ言うと、リョウは未だに少女に追いつけていなかった。

「またかっ!」
 再び別エリアへ移動した反応を見てリョウは髪グシャグシャと掻きながらリョウは荒い声を出す。
しかも移動した先はまた無茶苦茶に遠い位置だ。幾らこの世界では体力的に疲れにくいとはいっても、こうもずっとだと精神的に疲れてくる。
何しろもうすぐこれをやり出して二時間近いのだから。

 どうも今日の自分には運が無いらしく、此処までことごとく少女の反応が遠くに飛ばされまくってきたのだ。

『もうやめるかぁ?なんかこのまま続けてもロリコンのストーカーっぽいしなぁ……』
 先程も行った通り、彼女がどうなろうが知ったこっちゃないし、自分でも何でこんな必死になってるんだかさっぱり……ではないにしろいい加減見捨ててもいい様な気がして来た。
まぁ、良い訳は無いのだが、それほど疲れていたのだ。

 だが転移先のエリアで少女を示す赤い光点が止まり、小刻みに動いているのを見て気が変わる。
恐らく、モンスターにエンカウントしたのだろうからだ。
此処までにも何度もエンカウントしていたが、すべて対して長期戦にもならずに切り抜けていた。(だから追いつけなかったのだが)
今度こそ追いつくという気合を込めてダッシュ。隣のエリアへと飛び込む。

 走り始めて三分数十秒、未だに追跡中の少女は戦っているようだ、反応が移動していない。

「やばいか?」
 その場に行かないと分からないが、彼女もそろそろ疲労してくるころだろう。
この世界の闘い中での勘が鈍ったり、反射的な動きが遅れることは、致命的な敗因になりかねない。
そして今の自分でさえこれなのだから、彼女も相当のはずだ。

「くそっ、死ぬなよ……」
 勘だが、嫌な予感がする。自分の勘がよく当たる事はよく知っているので、自然と焦りも増す。

 リョウは走る。
足の動きはより速く、地を蹴る力はより強く。

────

 全速力で、リョウは先程から少女の居るエリアへと走り込んだ。
既に戦闘が始まってから七分近く、これまでのエンカウント時は少女は開始後二分くらいで再び動き出していたから、明らかに長い。

『居たっ!』
 目の前に地面に倒れた少女を見つける。その目の前にいるのは、この三十五層では最強と言われる、猿人型モンスター「ドランクエイブ」が三体。
とは言え最強と言うのはあくまでもこの層での話、目の前のリョウが相手では話にならない程度の雑魚だ。
と言うか目の前の少女も、中層プレイヤーなら十分すぎるほどの安全マージンを取っているはずだし、対処できない事は無いと思う、が、どうやら遠目から見ても分かるほど足がすくんでいるようだ。
理由は、おおよそ見当がついた。

と、その間にもドランクエイブは少女に向かって棍棒を使ったソードスキルのモーションに入る。

『やっべ!』
 注視した所、少女のHPは既に黄色の注意域に達していた。
幾らレベル差があっても、無防備な状態でソードスキルのクリティカルを受ければ、一瞬で全てのゲージを持っていかれる可能性のある所にあの少女は居るのだ。
その恐怖が、少女の足をすくませているのだろう。恐らくあの子は、死への恐怖を諸に味わうのは初めてなのだ。

『くそっ、この距離じゃ間に合わん!』
 此処からでは投擲スキルを使っても、後が続かない。
クリティカルにならない事を祈るしかない事を歯がゆく思いながらも、何とか次の攻撃には割り込もうと走り始めようとする。

が、この瞬間信じられない事が起こった。

 少女の側に浮かんでいたフェザーリドラが、突如ドランクエイブと少女の間に割り込み、主人を護ったのである。

『なっ!?』
 地面にたたきつけられたリドラは、そのままポリゴンを撒き散らして消滅する。
その光景を見ながら、リョウの頭には『ありえない』という言葉が浮かんでいた。

 これがドラマか何かだと言うならこの展開も有り得るかもしれないが、この世界において、あのリドラのような[使い魔モンスター」と呼ばれるモンスター達のAIには、残念ながら主人を護るどころか自らモンスターに襲いかかると言う行動パターンすら存在しない。

……はずなのだ。
だが、さっきのあのリドラの動きは、どう見ても自らの意思で主人を護るための行動を起したようにしか見えなかった。
それは偶然か、それとも……

そのまま思考の海に潜ろうとしたが、そうもいかなくなる。
へたり込んでいた少女が、三体のエイブの群に対して猛然と襲いかかり始めたからだ。

「わああああああ!!」
 此処まで聞こえるほどの叫び声。
ただしその動きは勇猛ではなく蛮勇。
明らかに、自分へのダメージを警戒していない無茶苦茶な攻め方だ。
完全に怒りで我を見失っている。

 彼女にとってあのリドラがそれほどまでに大事な存在であったと、その思いの表れだろうが、あのままでは全てのエイブを倒す前に彼女自身が倒れるだろう。

 今度こそリョウは全力で走り出す。
自分の此処までの苦労と、あの小さな勇者の行動を無駄にしないために。

────

 今、シリカは自分の中で何かが暴走しているのを感じていた。

 家族同然だったピナの身体がポリゴンとなって消滅し、小さな水色の羽が地面に落ちたのを見た瞬間、頭の中で何かが切れた。
頭の中に真っ先に浮かんだのは自分への怒り。

小さな喧嘩でへそを曲げて、自分一人で森を突破できると思いあがった挙句、たった一撃受けただけで死への恐怖とパニックから動けなくなり、結果最も大切に思っていた仔を殺した、自分への怒り。

 その怒りをたたきつけるようにピナを殺したエイブを、ダメージも無視して徹底的に狙う。
そして、その一体のエイブが懐に潜られた所に渾身の一撃を受け、クリティカルヒットのエフェクトと共に消滅しても、シリカは止まらなかった。
今度は振り返ると残りの二体に向かって突撃する。既にHPは赤の危険域、即ち命の危険を知らせるレベルだが、それすらも無視する。
間欠泉のごとく吹きあがる怒りは、もはやシリカから理性どころか、本能的な死の恐怖さえも奪っていた。
目の前に移るのは只々殺すべき敵の姿。

殺す殺す殺すころすころすころすコロスコロスコロスコロ「気持ちは分からんでも無いが、取りあえず落ち着け。」

 不意に自分の感情とは正反対の、そんなのんびりとした声が耳に届いた。

 直後、自分の攻撃がエイブに到達するよりも早く、エイブの迎撃がシリカに到達するよりも早く。
圧倒的な間合いを持った武器が二匹のエイブの身体を横一線に薙ぎ、その一撃で二体のドランクエイブは消滅した。

 シリカは、いつの間にか自分の前に一人の男の背中がある事に気がついた。
 奇妙な格好で、日本人なので黒髪はともかく、来ている服はまるで、男性が夏祭りに着ていく様なおおよそこの場所(フィールド)では不自然としか言いようのない、灰色の袖の長い浴衣の様な服を着ていた。
不思議な浴衣で、角度によって光の反射からか一部が緑色にも見える。
背は結構高く、大体180㎝前半位はあるのではないかと思えた。

こちらを振り向こうとするその男は、間の抜けた姿であるにもかかわらず何処か凄まじい威圧感を放っていて、シリカはようやく戻って来た本能的な恐怖からか、自分でも気付かない内に二、三歩後ずさっていた。
振り返った男と目が合った。

瞬間に、自分の首が飛んだ。
なんてことは無かったが、シリカの身体は相変わらず緊張で固まったままだった。

 男が片手に持っていた柄の長い薙刀の様な武器を手の中でくるくると器用に回すと、みるみる内に柄が短くなり、最終的には腰に下げていてもあまり違和感のない長さ、大きさになってしまった。
男が口を開く。

「えーと、大丈夫……では無さそうだな、あんまり。」

 そう言って頭をかいた青年の声を聞いたとたん、シリカの強張っていた全身から力が抜ける。
小さな水色の羽が無造作に落ちていた。その前にがくりと膝をついた時には、既に自分の頬を涙がとめどなくつたっていた。

既に怒りは消え去り、胸の中には大きな哀しみと喪失感だけが残る。
いつの間にか自分は地面に手をついていて、絞り出すような声が、しかし自然と漏れていた。

「戻って、きてよ……独りは、やだよぉ……ピナぁ……」
小さな嘆きに水色の羽は答えを返す事は無く、せめてもと言うように少し揺れただけだった。
 
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