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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#09 "abnormal"

Side ロック


「ヒャーヒャッヒャッ!久し振りじゃねえのよ、レヴィ!相変わらずクールで嬉しいぜえ。噂ぁ色々と届いてんぜ。最近益々大暴れしてるそうじゃねえのよ。どうだい?そろそろ『ジャックポット』(うちの店)でも暴れてみないかい。あんたのファンは多いんだぜ?俺に任せてくれりゃあ最高のShowに仕上げてみせるぜ。どうだい?やるかい?やるだろ?やってやろうぜ、レヴィ! ロアナプラの誇る"ミス・パイレーツ"レヴィ女王のSMショーだ!くぅ~良いね、良いね。燃えて来たぜ、おらあ。ボンテージの素材はやっぱりレザーか?あんたが着るんなら特注を用意しねえとな。色はやっぱり黒かな? 赤ってのも捨てがてえんだけどな。おっと、小道具も凝らなきゃいけねえな。バラ鞭と乗馬鞭だと、どっちの方が好みだ?自前のやつがあるんだったら、それを使ってくれても構わねえぜ。あと相手役はどうする?男にするか?女がいいか?面倒なら日替わりで両方やっちまうか。おっ、そいつぁいいな!ああ、でもあんたほどの逸材だからな。安売りすんのもよくねえしな。レヴィ。その辺どう思うよ?」

「取り敢えず黙れよ、ローワン。アタシはやらねえって前から言ってんだろ」

………この街に来て自分が場違いなとこにいると思った事は数え切れないけど、この店は、なあ。

『ジャックポット』

目の前でレヴィと喋ってる(と言うより、 一方的に捲し立ててるだけか)ローワンっていう 黒人でアフロの店長さんが経営しているストリップバーだ。
ストリップバーって事は当然ながら、周りにはやたら露出の多い女性たちがいるわけで(全員トップレス&ボンテージ) 何だか視線の遣り場に困る。

事実、今すぐ前に座ってるローワンさんの両隣にも二人の女性が寄り添っているんだけど、見事な金髪と白い肌の美人だ。(そして、勿論トップレス)
ただ二人にとっては俺の視線など全く気にもならないだろう。二人とも身体こそローワンさんにしなだれかかっているが、眼は僕の横に立つ人物を捉えて離さない。もっともそれは彼女達に限った事ではないのだけれど。

店に一歩足を踏み入れたその時から、店内中の視線はただ一人の人物に固定されてしまっている。働く女性からは情熱的なそれを。客としてきているのであろう男性からは、敵意とやや畏れの混じったそれを。
そして視線の焦点たる当の御本人はというと、これが全くいつもと様子が変わらない。
平然と店内を歩き、今はただ黙ってレヴィとローワンさんのやり取りを眺めている。
相も変わらずの無表情のままで。
動揺する時ってあるのかな、コイツにも。

小さく息を吐いて周りを見渡す。誰も自分に注目してないと思うと、多少気は楽だ。ゼロの言葉に従って少し社会見学させてもらうとしよう。

女性の衣装がやたら露出が高い事を除けば、日本のクラブともそれほど違わないか。
と言っても高級クラブというよりは、もっと庶民的な方かな。天井からはミラー・ボールが下がってるし、BGMもアップテンポなものだ。
ああ、あれは日本にはないな。ポール・ダンスってやつか。映画なんかで良く見るけど本当にやるんだな、ああいうの。
良く観たらここにいる女の人達って、人種も何もバラバラだな。髪の色も金髪、赤毛、黒髪、茶色……金髪でも明るいのもあれば暗い色もある。さすがに日本人はいないみたいだけど。

「熱心に見学してるな。結構な事だ」

唐突に掛けられた言葉に慌てて横に立つゼロに視線を戻す。彼はまだ話を続けてる(ローワンさんはまだ、自身の構想について熱く語り続けていた)二人を見たまま、俺に語りかける。

「ロック、お前はこの街で色んなものを見てきただろ。見たいものも、見たくないものもな」

語り続ける彼の横顔を見ながら思い出す。この街に来てから見てきたものを。

船上で戦うレヴィの姿。熱く語ってくれたゼロの顔。喜ぶガルシア君とロベルタの涙。カウンターの上で倒れた死体。撃たれて吹っ飛んだレヴィ。………自分に向けられた銃口も。

「これからもお前は見ることになる。とびっきりデカい糞みたいな世界の現実って奴をな。この街にいる限りはそれは避けられない。
逃げるのは簡単だ。そしてそれは卑怯者のする事でも、臆病者のする事でもない。賢い"マトモ"な人間のする事だ。
勘違いするなよ。別にお前を追い出そうというんじゃあない。以前にもこう言った。これからもこう言うだろう。だから俺は今この時もこう言わせてもらう。ロック、全ては」

「お前が決めろ。自分で考えて、自分で決めろ」

最後の台詞を言わせる前に、彼の横顔に言葉を投げ掛けた。自分の言葉を。今まで散々自分に投げ掛けられた言葉を。
ゼロの横顔から目が離せなかった。コイツが何を言わんとしているのか。何を伝えようとしているのか。その鉄面皮から少しでも読み取ろうと。ゼロ、お前は………

「だぁぁぁぁぁぁ!! いい加減にしろよな、ローワン!アタシはやんねえって言ってんだろうが!
ゼロ!テメエも何突っ立ってやがんだよ! とっとと仕事の話済ましちまえ! アタシは車に戻ってるからな!」

店内に響き渡るような大きな声にローワンさん達の方を振り向く。
とうとうレヴィがキレたのか、大股で此方に向かって歩いてくる。慌てて後ずさると、俺とゼロの間を通って、店を出ていってしまった。呆然と見送る俺の背中側では、ゼロとローワンさんの会話が始まったようだ。

「またフラれちまったようだな、ローワン。あまり相棒を怒らせないでくれよ。その内ダッチの胃に穴が開いちまうぜ。
さて、頼まれてたものだがな。店用の酒、1500本。港湾局の五番倉庫に置いておいた」

「レヴィを俺の店で使うなあ、俺だけじゃねえ。皆の悲願ってやつさ。簡単にゃあ諦めらんねえよ。
それにダッチの胃に穴なんぞ開くもんかい。ベニーあたりの頭に穴が開くってんなら納得もするけどな。
ああ、酒に関しちゃ助かったぜ。最近また税率が上がりやがったもんでよ。またよろしく頼むぜ。
ん?今思ったんだけどよ。アンタとレヴィのコンビでShowやるってな、どうよ?
ギャラは弾むぜえ。いや、意外とアンタみてえなタフな野郎がやられるってのもアリはアリなんだよ。レヴィも相手がアンタなら……あれ?これ良いアイディアじゃねえか?
なあ、どうよ? マジで説得してみちゃくれねえか? アンタのギャラに説得料上乗せしてやっても良いぜ?」

ローワンさんは身を乗り出すようにして、今度はゼロを勧誘し出した。何ていうかパワフルな人だ。
しかしどうでもいいんだけど、割りと細身の身体にデカいアフロ。薄いサングラスに派手な原色のスーツ。首もとには金のネックレスして、両手の指には指輪がきらきら。履いてるのが踵の高い金色のブーツ。まるで冗談としか思えないようなこの出で立ちはワザとなんだろうか。分かりやすいくらいに怪しい外人の格好だよなあ。

「誘ってもらって光栄だが、生憎痛みには弱い性質(たち)でな。悪いが辞退させてもらうよ。レヴィの説得は尚更勘弁だな。先日ちょっとした事で怒らせて、一発撃たれてしまってな。今はほとぼりを冷ましてるんだ。色々と大変なんだよ」

それじゃあな、と告げてゼロは店を出ていこうとする。
俺も追いて出ていこうとしたら、漸くローワンさんが気付いたのか、俺に視線を向けながら訊ねてきた。

「ところで、ゼロ。そちらの兄さんはどこの誰さんよ? あんま見ねえ顔だな」

「ああ、最近うちに入って来たんだ。仕事は主にレヴィのストレス解消だな。コイツ本人にストレスが溜まってるようなら、悪いが面倒みてやってくれ」

はあっ!

横でトンでもない事を言うゼロの顔に、音を立てるような勢いで顔を向ける。

な、何言うんだ、コイツ?

「そりゃ大変な仕事だな、兄さん。溜まったならいつでもうちに来な。ラグーン商会にゃあ世話になってる。いつでも歓迎だぜ。
おっ待てよ?
レヴィのストレス解消を担当してるって事は、兄さんからレヴィに頼んでもらうという手もあるか……どうだい、兄さん?上手く説得してくれりゃあ、うちの店の…」

「し、失礼します!」

まだ話し続けるローワンさんの声を振り切るように、走って店を飛び出した。

アイツの考えてる事は自分には分からない。改めて今日はそう思った………














Side レヴィ

「たくっ!ローワンの野郎はよ!
毎回毎回下らねえ事ダラダラ喋りやがって……クソッ!やっぱ行くんじゃなかったぜ。
ゼロ!アンタも下らねえ話したんじゃねえだろうな?」

イライラとタバコを噛みながら運転席に座るゼロの後頭部にぶつけるように言葉を投げ掛ける。

あーまだ腹の虫が収まらねえ。ロックの頭でも蹴っ飛ばしてやろうか。ローワンの野郎… うちの取引相手じゃなきゃ、あの良く動く口縫い付けて中に糞でも詰め込んでやるのによぉ……ダッチの顔潰すわけにもいかねえしなあ。

「ローワンからか? お前を説得するように言われたよ。序でに俺も相手役にスカウトされたな。ギャラは弾んでくれるそうだ」

アタシはその時即座に銃を抜かなかった自分を誉めてやりてえ気分だった。
すぐ店に引き返せ、って怒鳴らなかった自分もな。けどまあ、床を踏み抜きそうなこの右足の動きを止める気は全くねえけどな。

「それで。アンタは何て答えたんだ?」

我ながらいい声出てるぜ。身体ん中の奥の奥の深えとこからやってくるような低い声がな。

「勿論キッパリと断っておいた。それと少し話もしてきたぞ。いい加減人の大事なパートナーにあまり下らん提案を持ち込むな、とな。
まあ、ローワンだから大して効果があるとは思えんが、一応言うだけは言っておかないとな」

ちっ。格好つけんなよ。

床を踏みしめてた右足を左足の上に乗せ、何となく窓の外へと視線を移す。噛み締めてたタバコに手をやり一息吸い込む。

やっぱダッチやベニーとは違うよな。あの二人だったら面白がって、やりゃあいいじゃねえか、見に行くぜくらい言うだろうしな。

「ああ、そう言えばロックも誘われていたな。特に断ったりはしていなかったようだがな」

外を眺めてたアタシの耳に聞き捨てならねえ台詞が飛び込んでくる。

へぇー ほぉー はぁーん。

アタシは特に反応しねえままだったが、前の席じゃ馬鹿が一人で何かほざいてやがる。 それを横目で見ながら、アタシは足を組み換えながらゼロに訊ねた。

「まあ、んな事あどうでもいいけどよ。次は何処へ行くんだ?」

「『ブーゲンビリア貿易』だ。
頼まれてた荷の仕入れが遅れるそうなんでな。そのご報告さ」

ああ、サータナム・ストリートに向かってんのか。言われてみりゃ外の風景も確かに、な。
相手次第じゃ車に残っとこうかと思ったけど顔くらい出しとくか。相手が相手だしな。

「え?『ブーゲンビリア貿易』って、何してるとこ?」

オイオイ呆れるぜ、コイツ。んな事も覚えてねえのかよ。シート越しに見えるタコの横顔を思わず睨みつけちまう。本気で能天気な野郎だな。

「名前の通りさ。色んなものを仕入れてこの街でサバく。ロアナプラで根を張る勢力としちゃ一、二を争うとこさ。うちも関わりが深いんでな。失礼のないようにしろよ」

簡単に頷いてやがるけど、そこまで言われてまだ気付かねえのか。この街で一、二を争う勢力つったら、普通気付くだろ。

けっ、まあいいや。
テメエがどうなろうがアタシの知ったこっちゃねえよ。
いい加減噛み潰しちまったタバコを捨てて、新しいのに火い点けるか。
前の男どもを意識の外に追いやって、アタシはただ煙草の味を楽しむ事とする。
車は順調に目的地に向かって走り続けていた………

















Side ゼロ

『ブーゲンビリア貿易』
サータナム・ストリートの片隅に立つ古式ゆかしい洋風建築のビル。そこに表札を掲げる この会社の正体がロシアンマフィア 『ホテル・モスクワ』のタイ支部である事はロアナプラの住人なら大概は知っている。
そしてその頭目であるバラライカ。通称火傷顔(フライフェイス)の顔と名を知らないものも、まあ居ないだろう。
ビル内に設えられた彼女の執務室には、今までも数えるほどしか訪れた事はないが、いつ来ても緊張したものだ。
部屋の主の趣味なのか、別の意図があるのかは知らんが、極力照明を落とされた室内は窓こそあれど、常に深海の底にでもいるかのような重苦しさを来訪者に感じさせる。
出来うることなら立ち寄りたくはない場所だ、特に最近はな。
バラライカから熱い注目の視線を浴びている身としては執務室どころか、ビルの前すら通りたくないところだ。

そう。普段ならな。

「姉御、姉御! あれ、指どころか拳ごといれてねえか?大丈夫なのか、あんなことして」

「大丈夫なんじゃないの。別に死にゃしないわよ」

「うわ!おい、ロックも見てみろよ!アイツあんなん使ってるぞ」

「レヴィ……そんなにはしゃがなくても…」

俺は床を向いて小さく溜め息をつく。バラライカには気付かれないように。
さすがに、かの女傑もこの状況で同情めいた視線を向けられたくはないだろう。万が一笑い出したりでもしたらいよいよ生きては帰してくれないだろうな。

門番に来訪の意図を告げ、執務室まで通された俺達を出迎えてくれたのは中々味わい深い光景だった。何十インチあるかも分からないような巨大モニターとそれを眺めるバラライカ。
モニターの中では白人の男女がベッドの上、一糸纏わぬ姿で交わっている。市場に出回る商品のチェックらしいが、まあご苦労な事だ。
別にバラライカ自らがやる事でもないと思うのだが、単純作業過ぎて部下にやらせるのもどうかと思ったのだろう。基本的に『ホテル・モスクワ』の人員は優秀なのが揃ってる。バラライカの下で働くのだからな。
直属の遊撃隊(ヴィソトニキ)でなくても無能な部下など生きてはゆけないだろう。ましてロアナプラ(この街)じゃあな。
しかし、今回は完全にそれが裏目に出たな。使い走りのチンピラでも居れば任せてしまう んだろうけどな。

「オイオイ、今度はなんだあ?何か玉が4つくらい繋がって…うお!入れちまったよ。一個、二個、三……」

「レヴィ……実況しなくていいから…」

「はあ……死にたいわ」

レヴィは何だか興味津々といった感じで、モニターを食い入るように見つめてるな。意外と詳しくないのか?

ロックは片手で顔を覆ったまま、何度かレヴィに話し掛けてる。全く聞き入れてもらってないが。

バラライカは時折リモコンを操作する以外は殆ど動かず、ソファに座ったままモニターを 観続けてる。

マフィア稼業ってのも中々大変なんだな。
俺は部屋の入り口付近で立ったままそんな事を考えていた。
レヴィは何だかはしゃいでバラライカのすぐ後ろまで寄っていったが、こういう時は近付いていいものなのかな。俺がバラライカの立場だったら、こんな自分の姿は見られたくないものだが。

「レヴィ、もう行こうよ。用件は伝えたんだから」

「ええ? いや、滅多に見れるもんじゃねえぜ」

ロックがレヴィの肩を後ろから押して強引に部屋から出そうとする。
レヴィは首を捻ってモニターを見ながら抗議している。確かに滅多に見れるもんじゃない。こんなバラライカの姿はな。

「ああ、そう言えば最近何処かの馬鹿が勝手に麻薬(ヤク)ばら撒いてるらしいのよ。何か情報あったら教えてちょうだいな。いい迷惑よ、本当に」

ソファから半身だけ出しながらバラライカが話し掛けてくる。
………本当に大丈夫か。目にいつもの鋭さが全くないぞ。

「ああ、何か聞いたら教えるよ。それはそうとして……無理はするなよ」

俺が"あの"バラライカにこんな言葉を投げ掛けるとはな。妙な感慨にも似た気持ちを抱えながら、俺は執務室を後にした。
見送ってくれたのは勿論モニターの中で活躍している男女の大きな声だけだったが………








 
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