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髑髏天使

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第八話 芳香その三


「この表情も喋り方も」
「慣れるものなの」
「子供なのよ」
 子供を受け入れない親はいないというのである。
「ずっと一緒だから」
「そうなのよね。ずっと一緒なのよね」
 未久もここで兄を見るのだった。
「お兄ちゃんと。私も」
「嫌な」
「無愛想なのはどうかと思うわ」
 こう言って首を傾げる未久だった。
「それはね」
「そうか」
「そう言われても表情は変わらないのね」
「一応変えはしたつもりだ」
 本人の言葉によればそうらしいが傍目にはとてもそうは見えないのだった。やはり無愛想で声もぶっきらぼうなものでしかなかった。
「だが。そうは見えないか」
「全然」
 兄の言葉に対して首を横に振って返す。
「このお豆腐より表情がないわよ」
「豆腐に表情があるのか」
「例えよ」
 困ったような笑顔でまた兄に返した。
「例え。強いて言うなら豆腐の味だけれど」
「どう?今日のお豆腐」
 母親が豆腐の話が出たところでそれについて尋ねてきた。
「いいでしょ」
「うん。何か凄く食べやすい」
 見れば未久は本当に豆腐をかなり食べていた。今も一つ食べている。
「スーパーのやつなの?」
「そう思う?」
「そう言われると」
 質問をはぐらかされて少し困った顔を見せて首を傾げる未久だった。
「違うの?」
「そうよ、お豆腐屋さんのお豆腐なのよ」
「お豆腐屋さんの」
「そのお店が凄いのよ」
 自分が作ったわけではないのに何故かここでは誇らしげな笑みになる母親であった。人間心理の不思議なところとしてこうした場合に何故か自慢めいたものになるのである。
「そこね。何と」
「何と?」
「南禅寺で仕入れていたお店で修行積んだ人のお店なのよ」
「南禅寺って?」
 こう言われても全くわからない未久だった。
「何処、そこ」
「何処って。知らないの?」
「お寺よね」
 流石にそれはわかる未久だった。
「名前聞く限りじゃ」
「そうよ、お寺よ」
「お寺でお豆腐っていうと精進料理よね」
 これもわかった。
「多分だけれど。そうよね」
「そうよ。南禅寺って湯豆腐で有名なのよ」
「ふうん、湯豆腐」
 湯豆腐と聞いた未久はその目の輝きを微妙に強くさせた。そのうえでまた自分のお椀の中に入れていた豆腐を見る。彼女は豆腐がかなり好きなようだ。
「湯豆腐が食べられるの。その南禅寺で」
「そうなの。これが凄く美味しいのよ」
「そんなにいいんだ」
「ははは、未久も一度行ってみたらいいさ」
 父が大きく笑ってから娘に言ってきた。
「是非な。あそこの湯豆腐は美味いぞ」
「こことか大阪の湯豆腐よりもなの?」
「京都のお豆腐はまた特別だ」
 また言う父だった。
「もうな。あれを食べたら他のお豆腐は食べられないな」
「京都って美味しいものないって聞いたけれど」
 未久は父に対してこう返した。眉間に皺が少しいっている。
「そうじゃなかったの?」
「お金を出せばね」
 だがその彼女に母が言うのだった。
「美味しいものがあるのよ」
「お金を出せば」
「少なくとも今の未久じゃ無理ね」
 少し微笑んで娘に告げた。
「子供や学生さんがね。美味しいものを食べられる場所じゃないから」
「それなら行っても仕方ないじゃない」
 こうしたところは実にわかっている未久だった。 
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