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髑髏天使

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第八話 芳香その一


                   第八話  芳香
牧村は今は家族と食事を摂っていた。今日は珍しく家族四人揃っている。父もいてテーブルを囲んで座り夕食を食べているのである。
「いや、やっぱり寒い時はこれだな」
「そうでしょ。お父さんが早く帰って来るっていうからね」
「わざわざこれにしてくれたんだな」
「ええ、そうよ」
 母親が眼鏡をかけた父親に対して答える。二人共もう中年からそろそろ壮年になろうとしているがそれでもまだ仲睦まじくそのうえ若々しさも残っている。
「皆で食べられるようにって」
「やっぱりこういう時は鍋だな」
「そうよね。けれどさ、お母さん」
 未久が母親に対して言ってきた。丁度今鍋にある箸で葱やしらたき、それに菊菜を取って自分のお椀に入れている。お椀の中にはぽん酢がある。
「どうしたの?」
「あっさりしてるわね、このお鍋」
「お魚だからね」
 母親はあっさりとした声で彼女に返した。
「だからよ。お魚だと太らないでしょ」
「ええ」
「それも鱈だったら余計にね」
 見ればそうだった。入っている魚は白い。鱈である。
「太らないからいいのよ」
「そういうことなのね」
「未久が五月蝿いからよ」
 少し意地悪そうな笑みを浮かべて彼女に言うのだった。
「太る太らないって。いつもいつも」
「そんなに五月蝿い?私」
「かなりね。女の子は食べる方がいいのよ」
「そうなの?」
「そうよ。特に未久みたいな歳の頃はね」
 なお彼女は中学生である。女の子にとっては何かと難しい年頃であるのはもう言うまでもない。そして女の子にとっては成長期でもある。
「食べたら胸だって大きくなるわよ」
「胸って」
「そうよ。だから食べなさい」
 また言うのであった。
「痩せたければ運動してね」
「ちゃんとバスケ部で頑張ってるけれど」
「それならいいけれどね。ほら、この鱈」
 鍋の中の一番大きな鱈を娘に対して指し示した。
「食べなさい。いいわね」
「ええ。じゃあ貰うわ」
「茸もね」
 今度は椎茸やしめじも指し示す。
「食べなさい。身体にいいんだから」
「あとお豆腐もね」
「そうよ。身体にいいものばかり選んで入れたんだから」
 見てみれば確かにその通りである。葱にしろ菊菜にしろそうであるし豆腐や茸はもう言うまでもない。何から何まで栄養がよくしかも美味いものばかり入れている。
「太る心配もないし。食べなさい」
「わかったわ」
「デザートは林檎用意してあるし」
 今度はいささか先の話であった。
「それもね。後で切るわ」
「それは私が切るわよ。ところで」
「ところで。どうしたの?」
「鍋の後はどうするの?」
 未久は自分のお椀の中の豆腐を食べながら母に尋ねた。その目の前では鍋がぐつぐつと煮えてその中に様々な具が煮立っていた。
「後は。何するのよ」
「雑炊にするつもりだけれど」
 母は湯気を立てるその鍋を見ながら未久に答えた。
「今日はね」
「そうなの、雑炊なの」
「お父さん好きだから」
 ここでちらりと自分の夫を見るのであった。
「それに最後の最後まで栄養を摂らないと駄目じゃない」
「そうよね、確かに」
「来期だって最近かなり身体動かしてるし」
 母は最後に自分の向かい側にいる息子を見た。彼は今まで会話に入ることなく黙々と食べ続けていた。表情もいつもの無愛想なものである。 
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