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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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双葉時代・発足編<後編>

 ――……多分、これまでに無い早さで私は決断を下したと思う。

「じゃ、オレはこれで」
「おい、待て!」

 くるり、と踵を返しミトへのお土産である白薔薇の花束を抱えたまま、その場を穏便に立ち去ろうとしたのに背後の青年から声がかかる。
 付け加えるのなら、声の他に手も掛けられた。

「貴様、人の顔を見て直ぐさま立ち去ろうとするとはどういう了見だ!」
「いや……。そもそも仲良く立ち話をする程、仲が良い訳でも……」

 口の中でごにょごにょと呟いた言葉は、黒髪青年の吊り上げられた眉を見て、口の中に消えていった。
 もう何この子、訳わからん上に凄く怖いよ。
 勘違いじゃなければ、昔も同じ事を胸中で呟いた気がする。
 おまけに掴まれた箇所に込められた力が尋常じゃないわ、マジで痛い。

「じゃあ聞くが、一体オレに何の用だ?」
「……それは」

 内心で眉根を顰めながらも平然とした態度のまま聞き返せば、青年は居心地が悪そうに視線を逸らした。
 なんなのこの子、面倒くさいなぁ……。

 人の腕を掴んでいるくせに、それ以上言葉を続けようとしない青年に軽く肩を落とす。
 青年よ、君は気付いていないみたいだがここは道の往来で、人々が興味深そうに私達を眺めているのだぞ。
 手に持った白薔薇の花束を揺らすと、馥郁たる香りが私達の間を漂った。

「――全く……。話なら聞いてやる、付いて来い」
「!」

 腕を掴まれたまま、歩き出す。
 無防備に背中を向けた私に驚いたのか、それとも腕を掴まれたまま歩き出した私の行動に驚いたのか。
 どっちにしろ、背後で軽く息を飲んだ気配がしたのは事実だ。



「――……それではごゆっくり」

 そう言って襖を閉めた女将さんに軽く会釈した私は、ずっと黙ったままだった青年へと視線を移す。
 空区の中でも密会などによく使われるこの料店は秘匿性などにも考慮して建てられており、よっぽどの事をしない限り部屋の中での話が外に漏れる事は無い。

「……聞きたい話があったんじゃないのか? 元黒髪少年・兄」
「何だその呼び名は」

 不機嫌そうに青年が唸る。さっきまで静かだったのに、この変わり様はなんだ。
 今は黒い目のままだが、さっきまで赤かった瞳が刺す様に自分を睨んでいる。

「だってお前、昔オレが怪我を治してやった黒髪少年のお兄ちゃんだろ? 間違っているか?」

 さらさら髪だった弟君とは違って、相も変わらず固そうな黒髪のままだ。
 触ったらごわごわしているのかな、ひょっとして。

 そんな阿呆な事を考えていたら、青年が今にも人の事をクナイで滅多刺しにしそうな目で私の事を睨んでいた。ひえぇぇ、超怖ぇぇよ!!

「――千手の木遁使い」
「なんだよ、その呼び名は」

 昔は兎も角、今では私はかなりの有名人だ。
 つまり、この青年が私の名を知らないと言う事は無いと言う意味だ。
 因みに呼び方に異議を申し立てた所、貴様の呼び方よりもマシだとの事。確かにそうだよね。

「数年前、何故貴様は報復に来なかった?」

 取り敢えず、修飾語をもう少し付けて下さい。

「……貴様が千手の頭領に成った原因の一件、忘れたとは思えんが」

 目の前の青年が言いたい所に気付いて、自然と私の顔が険しくなるのを感じた。
 それに青年も気付いたのだろう。どこか愉しそうにも見える、性格が悪そうな表情を浮かべてみせた。

「千手の木遁使いは情に厚いと聞いていたからな。てっきり肉親が死ねばその敵討ちに乗り込んでくると思っていた」
「……ご期待に添えなくて悪かったな」

 かつて無い程低く物騒な響きの声が、自分の口から零れ出た。
 あの雨の日。この青年が言っている様な事を考えついた自分がいたのは確かだ。
 父上と母上の生死確認に影分身を差し向けた先で、両親を含めた千手の者達の遺体を見つけた時に、両親を喪った事への悲しみと同時に憎しみが私の胸の中で渦巻いたのも。

「あの任務の後、一族の者達はいつ貴様が来ても迎え撃てる様に集落の警備を強化していた。……肝心の貴様が来なかった事でそれも水泡に帰したがな」
「……それで?」

 人食った様な私の言葉に、不愉快そうに青年の眉間に皺が寄せられる。
 手にした白薔薇の馥郁たる香りを私は胸一杯に吸い込んだ。

「あいにくだが、オレは目の前の相手に復讐にいくよりも先にしなければ事を見つけたからな。父上達を本当に殺したのが何なのかを理解している以上、目先の感情に振り回されて壊すべき相手を壊し損ねたら意味が無い」

 そう。
 憎しみが自分の胸の中で湧き上がると同時に、憎しみを生み出し続けているこの世界の無秩序さが構成しているシステムを変えなければ、この連鎖は終わらないと私は気付いた。
 ――だからこそ、私の本当の復讐相手はうちはの青年ではなく、この世界で憎しみを生み出し続けているシステムそのものなのだ。

 この青年が私からの報復を望んでいると言うのであれば、それはお門違いだ。
 私の目指すべき場所にあるのは、彼の死ではないのだから。

「……一つ聞こう。千手の木遁使い、貴様が壊したい相手とは何だ?」
「今のお前に教える気はないね、生憎と」

 そう意地悪に告げてやれば青年が私を睨む、ざまぁ。わざわざ私の憎しみを掻立てに来たのかどうかは知らないが、そうそうお前の思う通りに進むとは思うなよ、このすっとこどっこい。

 ……とか思ってはいるが、わざわざ口に出して言う事はしない。だって怖いんだもの。

「ましてや、オレは頭領だ。頭領として一族の皆を守る義務と責任がある。それを投げ出す様な真似を出来るわけないだろう」

 黒髪少年改め、黒髪長髪青年は腹立たしそうに私の事を睨んでいる。
 ていうか、さっきからずっと睨まれてばかりだな、自分。

「聞きたい事は全部言い終えたみたいだな、オレは帰らせてもらうぞ」
「…………」

 押し黙っている黒髪長髪青年。にしてもこいつ髪の毛長いな。
 (一応)性別は女である私よりも長いのではないだろうか。

 ……引っ張ったら、ごっそりと抜けたりして。

 なんだか物凄く阿呆な考えが脳裏の片隅で鎌首を持ち上げるが、首を振ってその邪な考えを霧散させる。
 手に持った白薔薇を抱え直すと、黒髪長髪青年に背を向けてそのまま部屋を出ようとする。
 襖に手を掛けた時、それまで黙っていた青年の声が耳に届いた。

「――……近いうちに、オレはうちはを継ぐ」
「…………」
「次に会う時は貴様の前に対等な存在として立ち塞がってやる――覚悟しておけ」

 その時に改めて名を名乗る事にする。

 青年のその声を最後に、私は踏み出しかけていた足を一歩前に進めた。
 ……あれ? そう言えば私、この子に関わりたくなかったんじゃね? 
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