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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  回想――涙の理由

「あの時は本当にびっくりしたなー。私も少し声が高いって思うくらいだったし」

と、後ろから掛けられた声でキリトは物思いに耽っていた思考をリアルタイムに引き戻した。
背後で丁寧にキリトの長い黒髪をタオルで拭いているのは〈月夜の黒猫団〉の紅一点、サチ。

「まあ、ずっと攻略組にいてばれないように努力してたからな。一瞬で見破られたらわたしがショックだ」

ぼーっとする頭でキリトは答える。
あの後、結局サチの勢いに負けて2人でお風呂に入った。
昔話(と言っても一年も経っていないが)に華を咲かせて長い時間。
そして結果、のぼせた。

この世界では汗をかかないし汚れが発生することが無いので、風呂に入る理由はない。キリトは時々気分で入る程度。
それでも、女子なら毎日入るべき(サチ談)らしい。
身だしなみに気を遣う必要性を感じないキリトとしては風呂付きの宿屋は、高いのでコルの無駄使いという認識しかないが。

「ダッカーなんて、歩きながら飲んでいたジュース口から盛大に吹き出してたよねー」
「そのせいで目の前にいたササマルの顔がびしょ濡れだったけどな」

会話をしながらも、サチは慣れた手つきでキリトの髪の毛を乾かす。

この世界の〈濡れた状況〉というのは意外と細かく設定されており、雨の中を歩いたり風呂に入れば擬似的感覚だが髪の毛が体にへばり付く感覚まで忠実に再現されている。
当然、そのままでは気持ち悪いので〈乾かす〉用のアイテムとしてタオルなどが存在するが、こちらも面倒なことに髪の毛の長さやボリュームで乾かすまでに要する時間が変化する。
簡単に言えば、肩までしか髪の毛を伸ばしていないサチに比べて、腰近くまで髪の毛を伸ばしているキリトの方が数倍乾かすのに時間が掛かる、ということだ。これがキリトが風呂に入るのを面倒だと思うもう1つの理由だ。
高級アイテムである〈ドライヤー〉なる品を使えば瞬時に乾くらしいが、そんなものを買う余裕などどこにもないし、買う気もない。

別にどんな風に乾かそうとも髪の毛が痛む心配は無いので、豪快にわっしゃわっしゃとタオルを動かすキリトとは違い、サチは丁寧にタオルで水気を拭き取っている。
適当でいいと言ったのだが、「綺麗な黒髪がもったいない!」とめずらしく強気な態度で主張してきたサチの迫力に負けてしまい、お任せしている状況だ。

「キリトが女の子だってことも驚いたけど、今日もアスカのことを見てびっくりしたなー。まさか本当にあの顔がリアルと一緒だったなんてね」
「そういえば、サチはアスカと知り合いだったんだよな」

キリトが確認するように訊ねる。

「そうだよ。〈始まりの街〉でパーティーメンバーの上限まで人を誘おうって話になって、見かける人に手当たり次第に声を掛けてた時にアスカと出会ったんだけど、あれがリアルの顔だなんて想像できないよ」

笑いながら話すサチにキリトも頷きで同意する。
今までも何度も思ってきたことだが、アスカは色々と規格外な男だ。
第1層で出会った時もパーティーメンバーの名前の確認の仕方さえ知らないくせに、超絶速度の〈リニアー〉を正確に叩き込む細剣の腕前を既に保持していた。

まあ、流石に顔の造形をそのままにしてゲームをしていた、というのにはかなり驚いた。

よもや名前までリアルネームを使っているなんて事ないだろうな、と考えていたキリトの耳に軽快な電子音が響く。メッセージを受託した合図だ。

「誰から?」

サチからの問いに答えるべく、ウインドウを操作して差出人を確認する。

「アスカだよ。『ボス戦は明後日。明日はボス戦に備えてフィールドに出る』だってさ」

私情を挟まない、伝えたい内容だけを簡潔に纏めてあるアスカらしいメールに思わずキリトは苦笑する。
すると、メールの内容を聞いたサチは暗い表情になる。

「・・・・サチ、大丈夫か?」

気遣わしげな声音で訊ねる。
最初から半ば予想していたことだが、やはりサチは前衛に出ることを恐れているままだった。
きっと本心ではボス戦に参加することも望んでいないのかも知れない。
サチがそうなってしまった原因の一端は自分にあると思っているキリトは申し訳なくなる。

「うん、大丈夫」

強がっていることは直ぐに分かったが、敢えて追求することでもないだろう。

「そうか」

キリトが返事を返すと同時にサチがキリトの髪の毛からタオルを外す。

「はい、終ったよ」
「ありがと」
「どういたしまして・・・・って、私が好きでやっただけだから気にしなくて良いよ」

多少ぎこちないものの、笑顔が戻っているサチ。
と、そこでサチが場の空気を変えるように勢いよく手を叩く。

「さて! じゃあ、ボス戦は明後日なら今日は折角だし遅くまでお話しよ!」

言いながらキリトの手をぐいぐいと引っ張ってベッドまで進む。

「お、おいっ! 聞いてたのか!? 明日、フィールドに出るんだぞ!」
「ちょっとくらいなら大丈夫だよ! それに久しぶりに会ったから色々とお話聞きたいしさ」

フィールドで戦っている時ならともかく、こういった状況ではキリトではサチの勢いに勝てない。
半年前から分かりきっていることなので、無駄な抵抗を諦めたキリトはズルズルとサチに引っ張られていく。

そう言えば、半年前もこうやってよく2人で寝たりしたよな、と再度キリトの思考はもう一度、過去へと誘われた。







「じゃあさ、キリト。無茶なお願いだとは思っているけど、少しの間だけ僕らのレベリングに協力してくれないか?」
「えっ?」

キリトは驚きの声を上げた。
そんな注文がくるとは予想外だったからだ。


結局、キリトが自ら女性プレイヤーであることを明かしてから30分後。
〈月夜の黒猫団〉5人の完全にシンクロした叫び声で集まってきたモンスターを片付けてから、落ち着いたケイタに誘われて、とある一店の酒場に入り、打ち上げを兼ねたキリトへの感謝会が行われた。
まあ、実際のところは感謝会ではなくキリトへの質問タイムだったが。

その場でキリトは一つだけ彼らに頼みごとをした。
内容は当然、キリトが女性プレイヤーであることを秘密にしておいて貰うことだ。
全員、なぜキリトが性別を偽っているのかの理由すら聞かずに了承してくれた。

しかしながら、この世界において口約束など何の拘束力も持たない。
快諾してくれた彼らを疑っていたわけではないが絶対の安全が保証されていなかった。
だからキリトは交換条件として自分に出来ることはないか、と訊ねた。

「僕たちの窮地を救ってくれたんだから、それで充分だけど・・・・・・」

と、渋っていたケイタが思いついたように出した提案が、つい先ほどの注文である。


驚くキリトにケイタが続けた。

「さっきも言ったけど、僕たちいつかは攻略組に参加したいと思っているんだ。けど、キリトも見て分かると思うけど僕たちのパーティーは前衛と後衛のバランスが悪くてさ・・・・。良かったらこいつのコーチを頼めないかな」

言いながらケイタは隣に立っていたサチの頭にポン、と手を置く。

「こいつの装備は両手用長槍でさ。ササマルに比べて熟練度が低い今の内に前衛ができる盾持ち片手剣士に転向させたいんだけど、勝手が分からないみたいなんだ」

ぐりぐりと頭を撫でられているサチは不満そうに唇を尖らせる。

「なによー、人をみそっかすみたいに。だって私、ずっと遠くから槍で攻撃するだけだったじゃん。それを急にモンスターの目の前で戦えって言われてもおっかないよ」
「盾の後ろに隠れてたら良いって、何度言えば分かるかなー。お前は昔っから怖がりすぎなんだよ」

そのやり取りを見たキリトは思わず笑みを浮かべた。
フィールドで会話している時も思ったことだが、攻略組では見られないアットホームな雰囲気を醸し出している彼らがめずらしかった。
キリトの視線に気づいたケイタは照れくさそうにする。

「いやー、俺たちリアルでも友達でさ。同じ学校のパソコン研究部に所属してるんだ。あっ、でも心配する必要はないよ。キリトもすぐに仲良くなれるよ、絶対。だから、気の向いた時だけでも良いから頼めないかな? サチも女の子に教えて貰う方がやりやすいだろうし」

最後に慌てたように、

「あっ、別に断ってくれても全然気にしないからね!」

と、付け足したが、顔を見れば本心ではどう思っているかなど明白だった。

親しみやすい笑みを浮かべたケイタの隣ではサチも期待の籠もった眼差しをキリトに向けていた。
他の3人―――ダッカー、テツオ、ササマル―――もキリトの返答に興味がある様子だった。

攻略組であること、性別を偽っていたことを明かしたのに、自分のことを拒まずに受け入れてくれる彼らに、キリトの心の鎖も解けた気がした。
キリトは慣れない笑みを浮かべて、

「じゃあ、わたしでいいなら、手伝うよ」

と、言った。



それからの日々はあっという間に過ぎていった。
1人で迷宮区に籠もっている時に比べて圧倒的に楽しいと感じていたからだろう。
楽しい時間とは得てして早く過ぎ去ってしまうものだ。

前衛が出来る片手剣士のキリトが手伝うことによって〈月夜の黒猫団〉のビルド構成は飛躍的に安定した。
ギルドに入ることは遠慮しており毎日手伝えた訳ではないが、それでも可能な限り足を運んでいた。
やはり高レベルのプレイヤーが1人いることは大きな変化をもたらした。
圧倒的なレベルを保持していたキリトは壁役に徹して、経験値ボーナスがつくラストアタックを可能な限り他の人に譲り続け、攻略組の知識を提供して効率の良い狩り場や、相場より安く商品を売っているショップを教えたりすることによって、レベリングの効率を大幅に向上させることに成功。

キリトが初めて〈月夜の黒猫団〉に出会った時に開いていた最前線の階層との差は10だったが、キリトが手伝いを了承してから1ヶ月で差を5まで縮めていた。

キリトはそう近くないうちに彼らが攻略組に参加することを確信していた。


だが、1つだけ問題があった。

サチの片手剣士への転向だけ芳しくなかった。

それは無理ないことだった。
この世界における戦闘で死の恐怖を押さえつけて凶悪な見た目のモンスターに至近距離で相対するにはかなりの胆力が必要だ。

キリトはケイタ達に他三人のうちの誰かがサチの替わりに前衛に転向したらどうだ、と提案したが、スキル熟練度や諸々の事情を鑑みればサチが一番楽であるのも事実だった。

キリトはサチに無理をしなくていい、と言い続けたが、〈月夜の黒猫団〉の他の4人から日に日に大きくなっているプレッシャーが掛けられていくように感じたのだろう。


サチはある日、急に宿屋から失踪した。

キリトは〈索敵スキル〉の派生スキルである〈追跡スキル〉を使ってサチが隠蔽効果付きのコートを身に纏い、主街区の端に位置する水路の暗闇の中に座り込んでいるのを見つけた。

その時のサチが言った言葉一字一句、キリトは今でも思い出せる。


――――ねえ、キリト。一緒にどっか逃げよ。

――――・・・・私、死ぬの怖い。この頃あんまり寝れないの。

――――ねえ、何でこんなことになっちゃったの? 何でゲームから出られないの? 何でゲームなのに、本当に死ななきゃいけないの? あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの? こんなことに、何の意味があるの・・・・・・?


キリトは今でもそのサチの問いに対する明確な答えを持ち合わせていない。
当然だ。キリトとてサチと同じくこの世界に囚われた1人のプレイヤー。
ただ、少しレベルが高いだけの、何ら変わらない普通の女の子。
だから、キリトは無根拠な薄っぺらい言葉しか言えなかった。


――――・・・・君は死なないよ

――――・・・・ほんとに? ほんとに私は死なずに済むの? いつか現実に戻れるの?

――――ああ・・・・君は死なない。わたしが・・・・そして〈月夜の黒猫団〉が守ってくれる。このゲームがクリアされるその時まで。


嘘で塗り固められた言葉だが、その言葉を聞いたサチはキリトに身を預けて泣いた。

そしてそれから毎日、キリトとサチは同じ部屋で寝た。
他愛のない話をしながら、サチが眠りにつくまでキリトは見守り続けた。
そのせいで夜中のレベリングに通うことはできなくなったが、そんなことキリトにとって些細なことだった。

今からすれば、傷の舐め合い、だったと思う。
キリトは非テスターを見捨てたビーターとして生活していたことへの罪悪感。
サチは1人死ぬことに怯え、逃げ続けている事での仲間への罪悪感。

そんな悲しい関係。

もしかしたら、自分とサチは似たもの同士なのかもしれない、とキリトは思った。

だが、悲しい関係だろうが、傷の舐め合いだろうが、キリトにはどうでも良かった。

この世界に来て初めて知り合い、心の内をさらけ出してくれた女性プレイヤー、サチ。

その存在はキリトにとって大切な物になっていっていた。


自分はこのギルドの仲間じゃない。

それでも、このギルドを、サチを、守ってみせる。

キリトはサチの安心しきった寝顔を見ながら、そう決意していた。


 
 

 
後書き
一週間に一度の投稿ペースは維持したかったのに、最近はそれすらあやしい・・・・。
まあ、あと10日もすれば受験終わりなのでそれまでの我慢ですけどねっ!

早くのんびりと小説を書けるようになりたい・・・・。

 
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