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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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萌芽時代・発覚編<後編>

「…………出来てもーた」
「凄いではありませぬか、姉者!」

 後ろでは弟が嬉々とした声で笑顔を浮かべてくれてはいるが、生憎お姉ちゃんとしてはそれまで目を逸らし続けていた現実に直面せざるを得ない事実に涙しか出て来ないのよ。

 もう何これ、何なのこれ。
 なんだってば自分が木遁忍術使えちゃうのさ。
 初代火影こと“千手柱間”だけのオリジナル技だったでしょ、これは。
 無言で涙を流している自分を見てどう思ったのか、後ろではしゃいでいる弟は「涙を流す程喜ばしいのですね、流石姉者!」とか無邪気に言っているが、生憎と涙は涙でも嬉し涙ではなく悔し涙なのだよ、弟よ。

 目を逸らしても、頬を抓っても目の前に生えている巨木の姿は消えそうにない。
 認めたくないが、どうやら長年研究を続けていた木遁忍術は成功してしまったらしい……本当にどうしてだ。

「しかし……。これはおれでは使えないのですね。残念です」
「諦めてくれるな、弟よ。もしかしたら、他に使える忍びが一族の中に居るかもしれぬ」

 というか、むしろいて欲しい。
 しょんぼりと肩を下ろして残念そうに木遁忍術で生やした木を見つめている弟に、切実な願いを込めてそう言うと、子供特有の無邪気な笑顔で振り返った弟はこう言った。

「おれとしては姉者以外にこの術を使える相手がいない方が喜ばしいです。そしたらこの術は姉者だけの物でしょう」

 それが嫌なんだってば、お姉ちゃんは。



 自分の切ない願いが天に届かなかったのか、弟の無邪気な呪いが存外に効力を発揮したのか。

 強者揃いの千手一族の者達に木遁を教えてみたのだが、自分以外に使える者はいなかった。
 同じ一族で同じ釜の飯を食っている筈なのになんでだ、と心の中で叫んでも現実は変わらない。
 寧ろそれどころか、木遁と言う比類無い攻撃力と性能を誇る忍術を発明してしまい、尚かつそれを操れるのが自分だけだったせいか、それまで比較的簡単な任務しか任されなかったのが、一族の次期頭領として戦場に連れて行かれる様になってしまった。

 幾ら前世の記憶が有り、精神年齢が他の子供よりも大人びているとはいえ、元は平和な時代しか知らない世界で生きていた人間だ。戦争の悲惨さに何度も目を背けたくなったし、人前ではなんとかして平気な顔をしていても、ぶっちゃけ物陰でこっそり吐いたりもした。

 父上や母上は「その内慣れる」と言ってはくれたが、慣れたところで胸の中に巣くうこのもやもやとした物は無くなってはくれないだろう。
 平和な時代であった前世の世界が本当に恋しい。
 こんな世界の裏を目撃させられては、もう“柱間”が何だとか考える余裕も無い。
 戦場に放り出されてから、気が付けば「柱間」の名を名乗る様になって既に三年が経過していた。


*****

 千手の忍びとして、次期頭領として任務を受け、それを達成する毎日。
 木遁を開発し、文字通り生死の境を行き来する日々を送っていた私の元に父上から集落に帰ってくる様にとのお達しがあった。
 はて、何かあったのだろうかと首を傾げながら、私は久方ぶりに帰郷した。

「お帰りなさいませ、姉者!」
「ただいまだ、弟よ。暫く見ないうちに随分と背が高くなったな」

 数週間振りに顔を合わせた弟は随分と大きくなっていて、ちょっと驚いた。
 子供は少し目を離しただけで随分と変わるもんだよ、とこの間任務を一緒にこなした一族のご老人が言っていたが、どうも比喩でもなんでもなく本当の事らしい。
 ……かく言う自分もまだ子供だけどね。

「姉者、これよりおれの命名の儀が始まりまする。どうか姉者もご列席いただきとうございます」
「なら支度をしてくる。すぐに向かうから待ってろ」
「はい!」

 もうそんな時期なのか、月日が経つのは早い早い……。
 そんな事を思いつつ、一張羅を箪笥の中から引っぱり出して、弟や一族のお偉方の集まる儀式用の部屋へと向かったのだが――はて何かを忘れている様な?


「――これよりお主の名は千手扉間。長子である柱間を支え、一族を守る立派な忍びになる様に」
「はい、父上!」

 忘れてたぁぁああ! まさかの確定フラグかよ!
 もうダメだ。千手、チャクラ、六道仙人、千手柱間と続いて木遁に今度は「扉間」だ。
 もう間違いない……気絶しなかった自分をどうか誉めて欲しい。
 最後の望みは敢えなく絶たれ、これで自分が名実共に「千手柱間」であると認めざるを得なくなった。

「柱間よ、どうした。涙を流したりして」
「いえ。何でも有りません、父上」

 扉間が大きくなったのが嬉しくて思わず涙が……と答えれば、なにげに親バカらしい父上は嬉しそうに目を細められた。部屋の中にいた他の者達も自分の返事になんでか嬉しそうな顔である。

 ――あぁもう、認めるしかないではないか。
 自分はあの“千手柱間”なのである、と。

*****

「弟……いや、扉間よ」
「なんでございましょう、姉者」

 目の前にはやけに真剣な表情の扉間。
 そりゃそうだろう。こんな夜更けに話が有ると言って、人の少ない森の中で顔を突き合わせているのだから。

「簡潔に纏めますと、お姉ちゃんの事を今度から姉者ではなく兄上、もしくは兄者と呼びなさい」
「ええ!? な、なんでですか、姉者!」

 いやもう、君の言う事も最もだと思うよ。
 自分だって突然そんな事言われたら混乱するもの。

「話すと長いんだけどさ、どうやらお姉ちゃんは他所様どころか一族の者達にも男だと思われているんだよね」
「は!?」
「どうも勘違いされてから面倒くさがって直さなかったのが悪いんだけど……。戦場に立つ様になってからはそれがますます顕著になっちゃってさ」

 ほんとにもう、何でこうなっちゃったのやら。
 昔から男の子に間違われてはいたんだけど、どうも間違う段階をすっ飛ばして「男」だと周囲に認識されちゃっているみたいなのである。
 そんなに女の子らしくないのかね、自分。

「周囲にそれとなく水を差してみても、凛々しいとか勇ましいとか猛々しいとか言われるばかりなんだもん。一人称を試しにオレに変えてみたけど、全然違和感ないし」

 寧ろ、柱間様素敵! と叫んでくれる女の子の数が多くなっちゃった程だ。
 男にはどこまでも付いていきますぜ、兄貴! みたいな感じで慕われるし。
 自分、ようやく十歳過ぎたところなのになぁ。

「――と、言う訳でおねーちゃん開き直りました。ぶっちゃけ、男に間違われるなんて些細な問題だし、人面フラグに比べれば」
「じ、人面ふらぐ? な、なんなのですか、それは」
「はっはっは。これからはオレが誰であろうとか関係ないわ。つーかもう、やってられっか! 何が何でも人面フラグだけは回避してやる!!」
「あ、姉者! お気を確かに!!」

 もう「自分=某・忍者漫画世界の千手柱間」の公式が確定しちゃっているのだ。
 叫ばなきゃやってらんねぇよ、こんちくしょう!

 ――幸いにして、といっていいのか。
 「柱間」の天敵であった万華鏡とかいう綺羅綺羅してそうな目を持つ一族の兄弟には、まだ出会ってない。
 彼らに出会わずにいられれば、そんでもって兄の方に目をつけられなければ、最終的なフラグ回避だって可能だろう……多分だけど。

「為せば成る! 為さねば成らぬ何事も! 頑張れば何とかなるさ、多分きっと!」
「姉者! じゃなかった兄上! 落ち着いて下され!!」

 昇る朝日に向かって思い切り叫ぶ。
 もうこの際、“柱間”がどんな人間だったとかどーでもいいわ。人面フラグさえ回避出来れば!
 
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