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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第二話 幼児期②



 《新暦37年 冬  NO.4》


 『原作について』

 さて、俺が主に原作で覚えているのは、大まかなあらすじと主要な登場人物の名前や特徴ぐらいである。しかも俺の記憶はほとんどがネットの二次小説からなので、不安要素半端ないし、かなり偏りがあると自覚している。

 『魔法少女リリカルなのは』は、俺の記憶では確か第4期ぐらいまでストーリーがあったはずだ。『Force』という題名が最新のストーリーだったと思うが、残念ながら俺があらすじや覚えているほとんどの主要人物は第2期、ギリギリ第3期までなのだ。第3期の『StrikerS』については機動六課とか、そこで登場しただろう人物たちはなんとなくわかる。でもストーリーに関してはさっぱりだ。

 ……確か、はやてさんが隊長になって、なのはさんがレイハさんをぶちかまして、ティアナさんが星になって、スバルさんが寝こみを襲って、エリオさんとキャロさんがリア充して、フェイトさんがわがままボディで、ゼストさんがルーちゃんの守護神みたいなことしていて、ヴィヴィオさんが逆バーロー化して、スカさんが「新世界の神に俺はなる!」みたいなことを叫んでいて、そんでピッチリスーツの数の子さん達とバトルする感じだったっけ。……自分で思い出した内容ながら、うわぁ。


 とにかく、俺が読んでいた小説のほとんどがStsまで辿り着いていなかったり、途中までのものも多かったため、詳細不明。なので、必然的に俺が原作として認識しているのは、第1期と第2期の地球をメインとした物語だけとなる。

 もしかしたら第3期から先のストーリーで、ミッドが危険になる話があるのかもしれない。でもそれは俺にもわからないことだし、防ごうにも防ぎ方もわからない。だからそこらへんは特に考えないことにした。むしろスルーした。

 ぶっちゃけると、俺は昔から難しいことを考えすぎると頭がオーバーヒートして、似非悟り状態になってしまうからな。うん、これまじで。だからもし本当に危険があったら、その時は全力で逃げようと思っています。


 だけど少なくとも、俺がミッドに産まれた時点で、第1期と第2期に大きな影響を及ぼすはずがないと考えていた。ミッドにいた原作の主要人物であるハラオウン家やグレアムさんともし接点があったとしても、管理局に入る気もない俺が、原作に関わることはないだろう。

 なので、なのはさん達が頑張って切り開いた未来を、悲しくても前を向き続けることを選んだ彼女たちを、俺は影ながら応援しようと思った。俺も彼女たちもお互い幸せに生きていけたらいいなー、と他人事のように俺は思っていたんだ。



******



「……しまった。まさかの事態だ」
「お兄ちゃん。冷蔵庫開けっぱなしにしたらダメ、ってお母さん言ってたよ」

 あ、確かに言っていたね。母さんは俺たちにすごく優しいけど、躾とかはきっちりやる人だからな。ちなみに俺も妹もそれを苦に感じたことはない。それだけ母さんに大切にされていることがわかるし、俺たちのためだという気持ちが伝わってくるからだ。

 俺は妹に注意された通り、冷蔵庫の扉を閉める。それによくできました、と妹によしよしと頭を撫でられた。母さんは俺たちがちゃんとできたら、よく頭を撫でたりしていたからな。母さんの真似をしているのだろう。しかし、なんか恥ずい。俺、精神年齢的には20代後半だし、お兄ちゃんなんだけどな…。


「そう思ったので即行動。受けてみろ、俺の撫でボ!」
「わわわっ! お兄ちゃん、なんで私なでられているの!?」
「かわいいから。あとは発達上仕方ないとはいえ、お兄ちゃんよりも若干背の高い妹の身長よ縮め、という私怨」
「あ、わかった! これが前にお兄ちゃんが言ってた、『理不尽』っていうものなんだね! って頭がたんぽぽになってるー!!」

 あははは、確かに髪色も相まって、たんぽぽみたいになっている。ぐりんぐりん、と勢いよく撫で回したからだろう。見たか、これぞ俺の必殺技『撫でボ(撫でて頭をボンバーヘアーにする)』! 妹のサラサラヘアーと、少し癖っ毛のある前髪が見事に縦横無尽にコラボレーション。妹の頭を撫でるのに、ちょっと背伸びをしたのは忘れる。

 その後、妹に涙目で頭をボンバーにされました。



「というかやばいぞ。まさか家のマヨネーズが切れていたなんて」
「マヨネーズないの?」

 撫でボ対決はとりあえず終息し、先ほどの話に戻る。温泉旅館を満喫してから帰ってきた俺たちは、家でまったりしていた。ごろごろしていたともいう。

 家のベランダから射し込んでいた太陽の光が薄まってきたため、俺はリビングの電灯をつける。そして、窓から見える夕焼け空を眺めた。そろそろ母さんが、仕事から帰ってくる時間帯だろう。

「温泉卵を食べるなら、やっぱマヨと一緒でしょ」
「お塩もおいしいよ?」
「塩味も好きだけど…、でも今日は諦めるしかないか」

 次元世界という地球とは文化も文明もかなり違うミッドだが、食材や香辛料はあまり変わらないことは素直に嬉しかった。見たことのない食材もあったが、前世でも当たり前のように食べていた物も多かったからだ。母さんの得意料理であるオムライスは特に絶品。2人でおいしいって絶賛して食べたよな。

「買い物もできないし、子どもってちょっと不便だよなー」
「子ども…」

 リビングのソファに座り、俺はつい愚痴をこぼしてしまう。子どもだから護られているし、助けられていることもたくさんあるだろう。実際に俺も子どもの特権をフル活用しているし、子ども時代を結構楽しんでいる。

 だけど、子どもだからこそできないこともやはり多いのだ。俺には成人した記憶があるからこそ、余計にそう思う。この世界に転生してから、そういったことに悩むことも何回かあったなー、そういえば。


「……私も大きくなれたら、お母さんのお手伝いができるようになるのかな?」


 妹のその言葉に、俺は一瞬動揺した。そんな俺の様子に不思議そうに目を瞬かせる幼い少女に、俺は笑って誤魔化した。

 なんてことはない。大好きな母親のために、娘として何かできないかと考えた純粋な思いからの言葉。そこにおかしなことは何もない。母親を心配すること、自分の未来を夢見ること。それは誰もが当たり前のように思って、当然のことなんだから。



******



「「あっ」」

 ガチャリ、と玄関の扉が開く音がリビングまで響いた。俺と妹はすぐに反応し、お互いに顔を見合わせる。妹の顔は嬉しそうで、そしてどこか楽しんでいる雰囲気があった。そして、俺も似たような表情をしているのだろう。

 リビングのソファから俺と妹は立ち上がり、テーブルの皿の上に乗せていた温泉卵を手に取った。妹にも1つ渡し、一直線に玄関へと向かう。

 俺たち兄妹の中にはいくつか決め事がある。よく放浪してふらふらする俺たちだが、なにがあっても夕暮れ前には必ず帰ることにしていた。ただ一言、いつも仕事から帰ってくる母さんに「おかえり」と言うために。玄関に通じる廊下を抜けた先に、待ち望んでいた1人の女性の姿を俺たちは見つけた。


「おかえりなさい! お母さん!」
「おかえり、母さん」
「ふふ、2人ともありがとう。ただいま」

 玄関まで迎えにきた俺たちの様子に、母さんは優しく微笑んだ。やはり職場は激務なのか、腰よりも長く伸びた艶やかな黒髪は傷み、顔には疲労の色と隈が見える。それでも俺達には笑顔を絶やさず、温かく迎え入れてくれる母親。俺と妹の大切な人。

「……ところで、その頭はどうしたのかしら?」
「えーと、撫でボ対決の被害?」
「そ、そう」

 母さんが困惑している。俺たちの頭はところどころは直したが、未だに飛び跳ねていたりする。温泉に入った後だったから、余計に跳ねやすかったのだろう。

 妹は母さんに見られたのが恥ずかしかったのか、せっせと自分の長い髪を指で真っ直ぐにしようとしている。卵で片手が塞がっているため、うまくできていないみたいだが。母さんはそれに気付いたのか、俺たちに不思議そうに問いかけてきた。

「あら、2人とも手に何を持っているの?」
「あっ、いけね」
「あっ」

 慌てて手に持っていたものを隠すが、この際ここでもいいかな。妹に目線を送ると、それにうなずくことで同意を示してくれた。俺たちの行動に首をひねる母さんに、事前に打ち合わせをした通り、俺たちは元気よく声を揃えた。


「「お母さん、お仕事お疲れ様! 温泉卵作ったから一緒に食べよう!」」

「あっ…」

 手に持っていた卵を、俺たちは母さんに見せる。俺たちのささやかなドッキリ。一生懸命に仕事をして、俺たちのことをいつも見守ってくれている母さんへのせめてものプレゼント。

 母さんは一瞬泣きそうな顔をしたが、まるで眩しいものを見るかのようにその目を細めた。すぐに母さんは俺たちを抱きしめる。その手は優しく、太陽のように暖かく、母さんの愛しさが伝わってくるようだった。

「……ありがとう」

 俺たちも卵を落とさない様に、母さんにぎゅっと抱きつく。


「ありがとう。アルヴィン、アリシア…!」



 俺は転生して、気づいてしまったことがある。

 彼女の息子になって、彼女の双子の兄になったことで、わかってしまったんだ。

 主人公達の未来が、リリカル物語の全ての始まりが、この家族からだったんだって。彼女達の幸せと俺たち家族の幸せは、決して結びつくことができないものだったんだって。


「お母さん!」

 嬉しそうに母さんの背中に手を回す、俺の双子の妹。アリシア・テスタロッサ。

 転生してまず、俺はその名前に心底驚いた。そして訪れるであろう未来を想像し、愕然とした。

 彼女が始まりだった。彼女の「死」が始まりだったのだ。この少女は普通の女の子だ。元気いっぱいに野原を駆け回る活発で快活な性格、それにかなりの天然が入った少女。家族が大好きな心優しい、笑顔が似合う女の子。

 それなのに、彼女は享年5歳で死ぬことが決められていた。

 彼女の死が、母を、プレシア・テスタロッサを狂気へと落とした。それは1つの家族の崩壊だった。それは「魔法少女リリカルなのは」という物語の始まりだった。


「…………」

 俺は、アルヴィン・テスタロッサは考える。本来いないはずのプレシアの2人目の子どもとして、アリシアの兄として。そして原作を知る者として。

 普通原作から、20年以上も前に転生するなんて考えねぇよ。俺の立場上、いずれどちらかを選ばなくてはならない時が来る。そして、どっちを選ぶのかなんて俺はもう、だけど……あぁ、もうやべぇ。改めて考えたら頭が痛くなってきたよ。ずきずきしてきたし、悟りの道でも開いてやろうか、こんちくしょう。

 俺はアリシアと母さんから視線を外し、静かに目を閉じる。そこで感じるのは、2人のぬくもりと心地よい心音。俺はそれらに包まれながら、頭痛のする頭を押さえ込むように、静かに身を任せた。



「母さんってマヨと塩ならどっちが好き? しかし、塩も案外いけるな。パサっているが」
「おいしいねー。パサパサだけど…」
「私はどっちも好きよ。マヨネーズは明日取り寄せておくわね。あと2人とも、そんなに落ち込まなくてもいいのよ」

 温泉卵の出来に肩を落とす兄妹だったが、拳を握りしめ再戦を誓った。次はとろっと半熟風味の黄身とマヨのコラボレーションを実現させてみせる、と両者は意気込む。そんな元気な子どもたちに頬を緩ませながら、2人の髪を整えることにした母親であった。

 
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